World Days(新版) 作:完結の陽炎
多くの習い事をこなすために多忙な言葉。
父の門限が厳しく、友達と遊ぶ時間がない。
友達との交流を望んでも、言葉の口から言えるはずがない。
それは親に向けての反抗であり我儘になるからだ。
親の言われるがまま従ういい子ちゃんを演じてしまう。
その根底を木っ端微塵に破壊をしてくれたのが……。
「ことちゃんのおうちへゴー!!」
「ゴー」
刹那を連れて世界は大胆な行動に出る。
言葉の家へ突撃をしてのお泊り作戦だ。
夜であれば言葉と遊べるという単純明快さ。
西園寺家・清浦家・桂家。
三者の母は公私ともに付き合いがある。
友達と過ごす時間の大切さをよく知っていた。
そのため世界と刹那のお泊りを承諾。
妻に説得をされて言葉の父も認めた。
しばらくすると引っ込み思案だった言葉に変化が生じる。
おっとりとして精神的な余裕が生まれた。
優しい笑顔が増えて、言いたいことを言えるようになった。
世界と刹那の在り方が、言葉の情操教育としてプラスになっていく。
………………。
…………。
……。
ある日の夜。
母に思いつきの相談をする。
刹那と言葉に贈り物をして喜ばせたい。
世界らしいシンプルな考え。
見栄っ張りの母はプレゼントの支援をしてくれた。
本を読むのが好きな言葉には四つ葉クローバーのしおり。
低身長の刹那には大きな赤いリボン。
二人は大切にすると言って受け取ってくれた。
喜んでくれるだけで世界は自己満足を得る。
良い事をして気持ちがいいという達成感があった。
その後、二人からのお返しをもらう。
刹那からは筆記具のペン、言葉からはコンパクトな手帳。
記者の真似事を好む世界にピッタリのアイテムであった。
………………。
…………。
……。
世界と刹那に父がいない。
そのため言葉の父に興味を持つ。
母との違いを知りたがるのは自然な流れであった。
世界は言葉の父に夢を語る。
名前に相応しい大きな人間になりたい。
相手が喜べば自分も嬉しい。
それを拡大して世界平和を目指したい。
刹那も夢を語る。
壮大な夢を持つ世界を助けて守りたい。
そのためならどんな努力も惜しまない。
二人の父親代わりにアドバイスをしてくれる。
それはお互い様という助け合い精神。
実際に使えるのか?
試してみないと何とも言えない。
二人は学校生活で実践をしてみた。
課題が解けずに困っている世界。
刹那に教えられて助けてもらう。
愛想のない刹那がクラスメイトに話しかけられて困っている。
世界が間に入って上手く会話を繋げてみせた。
あくまで一例であるが確かに適応されている。
ここで世界からの疑問点が浮かび上がった。
ずっと助けてもらうほうが楽ではないか?
これに対しての回答は簡単。
自分だけが助けると不公平で嫌な感情になる。
刹那に訊いても別に気にしていないとの事。
自分だけが変なのか?
そう思って刹那の母に尋ねてみる。
丁度お休みの日でタイミングが良かった。
その感情自体、誰でも多かれ少なかれあるもの。
相手の気持ちになって考えることが大切。
そんな大人のアドバイスを参考とする。
以後、世界はよくよく刹那に確認をする。
逆に刹那も世界に質問をするようになった。
何をしたら喜び、何をされたら悲しいのか?
嫌な事はしない。嬉しい事をする。
有り体に言えばそれだけのこと。
シンプルゆえにお互いをよりわかり合っていく。
体が弱いハンデを背負っている世界。
世界の母から学んだことがある。
いかに楽をすればいいかという手抜き精神。
できる人に任せて楽をする大人の考え方。
チャンスを逃さず一気に突き進む行動力。
目的のためにあらゆる手段を使う。
他にも色々とあるが、物覚えの悪い世界は上手く消化ができない。
刹那を連れて言葉の父へ話を求めた。
世界の母のやり方でいい。
そう思う一方で別の考えもある。
こうすればいいのに?
逆をすればいいのに?
刹那も似たような感想を持っている。
何もかも鵜呑みにする訳ではない。
自我を持って己の価値観で物事を考える。
父の傍にいる言葉は、そこまでの考えに至っていなかった。
しかし言われてみると一理ある。
二人の言う事にも頷けるところはあった。
言葉の父は優しく教えてくれる。
世界と刹那を娘同然に可愛がってくれた。
「親も一人の人間で完璧ではないのだよ。私だってそうさ。だから世界ちゃんも刹那ちゃんも、そして言葉もよく聞いてほしい。様々な人から学び、自分がこうしたいと思った事を大切にするといい。もちろん悪い事は真似しちゃダメだよ。その場合は逆をするようにしなさい」
言葉がお父さんっ子となる理由はこれである。
人生を過ごす上で重要なことを教えてくれるから。
仕事帰りで疲れているのに自分たちを見てくれるから。
………………。
…………。
……。
刹那のせっちゃんは特別な愛称。
普段から人の物を欲しがる世界が初めて譲ってくれた。
それは刹那にとって非常に大きな意味を持つ。
せっちゃんと呼ばれたい相手が他にもいる場合。
刹那は世界に許可を求めた。
譲ったのだから刹那の好きにすればいいのに?
その考えと良しとしない。
世界に譲ってもらったことへのケジメである。
世界が認めた相手以外はせっちゃんと呼ばせない。
そういう決意ならば仕方がない。
世界は呼んでもいい他の相手を探してみた。
真っ先に思いつくのは言葉の両親だ。
美味しいケーキやジュースをくれる言葉の母。
大切なことを教えてくれる物知りな言葉の父。
だが父は恥ずかしがり屋なため刹那ちゃんである。
何気に名前のちゃん付けをする人がいないので貴重だ。
ちなみに言葉に幼い妹はいるが、年下にせっちゃんは変だと思って除外とした。
マンションの年配である管理人と近所のおばちゃん。
どちらも世界が元気に挨拶をすると優しく接してくれる。
よって、せっちゃん呼びをOKとした。
「おばちゃんにせっちゃんはいいの?」
「うん。おかあさんはせつなでいい」
名付けてくれた刹那も大切な宝物である。
譲った世界に配慮をしてくれる優しいお母さんが大好きだ。
小学生ながらに刹那は親の気持ちを察知している。
「おばさんはダメ?」
「おかあさんキライ。だからダメ」
「わたしがおねがいしてもダメ」
「ダメダメダーメ!!」
「ううっ……じゃあ、おばさんのかわり、せかいがよんで」
「もっとダメ!! あんなふざけたなまえつけて、ずぇーたいよんでやらない!!」
「ふざけてない。かわいい」
「かわいくない!!」
これに困った刹那はどうしたものかと自分の母へ相談をする。
すると刹那の母は任せなさいと頼もしく返事をした。
後日、刹那の母が言葉の母へ話し合う。
言葉の母は認めているのに、世界の母は認めない。
これは何を意味しているのか?
世界よりも刹那を取る。
そんな実の母へ向けての反抗と嫉妬だ。
刹那のあだ名はそれだけの特別な価値があるから。
二人の母が協力をして世界の母へ注意をする。
娘に嫌われて将来見捨てられてもいいのか?
半ば脅迫となるが、さすがの世界の母もそれは嫌がった。
世界の父だけでなく、実の娘にまで捨てられてはひとたまりもない。
ではどうすればいいのか?
娘の意思を尊重すること。
世界からの望みは明確にある。
刹那を喜ばせたい気持ちはある。
だから世界がいない時なら母がせっちゃんと呼んでも構わない。
その代わり、自分が聞く時は刹那ちゃんと呼んでほしい。
要するに母の口からせっちゃんを聞きたくない。
それさえ守れば後は好きにしろ。
小学生にしては随分と大人の妥協案である。
そうなったのは、刹那や言葉の影響を受けてのことだ。
事実、この妥協に関しては言葉からの助言が含まれている。
大人の考え方ができて、とても頼りになるお姉さんみたいだ。
おかげで親子の確執は緩和されて仲直りができた。