World Days(新版) 作:完結の陽炎
止が伊藤が住むマンションへお泊りに来る。
これについて事前の打ち合わせを済ませていた。
兄妹水入らずで家族の貴重な時間を邪魔したくない。
止の気持ちを第一に優先してほしい。
そこで止が世界に会いたいと言うまでは会わない。
もし兄の伊藤に止がお願いをしてきたら、乙女または可憐に連絡をすること。
そうすれば、どちらかが世界を連れて来るという手筈だ。
止のためにここまで配慮をしてくれる事に、伊藤は素直に感動をしていた。
「おにーちゃ、おえかきいっぱいしたの」
「よし偉いな止。これだけの絵を上手に描けるなんて」
「でへへえらい」
伊藤の部屋で止が仕上げたお絵かきを褒める。
車・太陽・花など様々なクレヨンの絵がわかりやすい。
曲線と直線のバランスが良くて上手かった。
今は休日の午前中。
何をして遊ぶのかを止に尋ねてみる。
止は外に出て砂遊びがしたいとおねだりをした。
前回と同じく海の砂浜へ連れて行ってみる。
しばらく見守ると止が明後日の方向を見ることを繰り返す。
まるで誰かが来るのを待っているかのように。
「どうした止?」
「おにーちゃ」
「ん?」
「こないの」
「誰が来ないんだ?」
「せきゃい」
「止は会いたいのか?」
「うん」
「そっか。止が会いたいと願っているなら会えるよ」
「あいたい。せきゃいとあそびたいのー」
これで決まりだ。
伊藤は携帯を取り出して乙女に連絡をする。
そして帽子がトレードマークとなっている世界を乙女が連れてきた。
「せきゃい!!」
無邪気に止が飛びついて来る。
倒れないように何とか踏ん張って受け止めた。
「いたるちゃんは相変わらず元気だね」
「いたるはげんきだよぉ」
「お絵かき、おにいちゃんに一杯褒めてもらえた?」
「うん、あとでせきゃいにもみせてあげる」
「それは楽しみ。あ、いたるちゃん、雪だるまって知ってる?」
「しってる」
「あれって真っ白な冷たい雪で作られるんだよね?」
「そうだよぉ」
「だったらさ、それを砂で作れないかなって私は興味あるんだよね。名付けて砂だるま」
「すだるま?」
「その砂だるま、私と一緒にやってみない?」
「やりゅの!!」
あらかじめ作り方は調べてある。
世界は童心に返って止との共同作業を行なう。
そんな二人の様子を温かく見守るのが乙女と伊藤だ。
「誠はさ、世界をどう思う?」
「すげぇいい奴だな。止のことを大事にしてくれて」
「私もそう思う。すっごくお節介焼きなんだよ世界って」
「へえー、加藤――じゃなくて乙女が誰かを褒めるなんて初めて聞いたかも」
まだ呼び慣れていないのだろう。
うっかり苗字で呼んでしまい、乙女に睨まれてすぐに訂正をする。
「なによ。私だって褒める時ぐらいあるよ」
「そうか?」
「そうだよ」
好きな人を譲るつもりはない。
それは今も変わっていない。
だが乙女の中で世界には敵わないと思ってしまう。
目の前にいる片想いの彼が世界を好きになるかもしれない。
もしそうなったら、とても悔しい事だが納得はできる。
乙女も人として世界に好感があって憎めないから。
「おにいちゃんダルマOK!! 次はいたるちゃんダルマ作るよ!!」
「くりゅの!!」
伊藤に見立てた大きな砂だるまを作った。
次は止に見立てた小さな砂だるまに着手していく。
兄妹仲良く寄り添っている姿を理想とした。
この間も乙女と伊藤の会話は繰り広げる。
「誠ってさ、誰か好きな人いないの?」
「な、なんだよ急に?」
「何となく……その様子だといるんだ」
「あ、いや……1学期に気になる人はいたけど」
「けど?」
「諦めたんだ。遠くから眺めるだけでいいと思ったけど、よく考えたらその人に迷惑だなって」
乙女はホッと一息つく。
諦めてくれて安心をするのも複雑な気持ちだ。
まるで伊藤の不幸を望んでいるようで罪悪感があるから。
「同じ学園の人?」
「あ、ああ」
「誰?」
「いや、それは流石に勘弁してくれよ。もう諦めたんだから」
「じゃあ今は……今、気になる子いないの?」
「そうだな。俺の気になる人は……」
「人は?」
伊藤の中で選択肢が浮かび上がる。
乙女があまりに食いついている。
そこで伊藤の中で悪戯心が芽生えた。
「泰介だ」
「うわ……」
「って信じるなよ冗談だ」
「……」
「だから露骨にドン引きするなって。俺は同性愛じゃない」
「あのね、そういう冗談やめて。次言ったら本気にするよ私」
「悪かったな」
「それで本当の所はどうなの?」
今度は真面目に答えてほしい。
冗談を口にすることは許されない。
しばらくの間をとって伊藤は答えた。
「西園寺だ」
「やっぱり」
「なんだよ予想してたのか?」
「予想も何も。これまでの誠を見れば誰だってわかるよ」
「そんなにわかりやすいか?」
「バレバレ」
「じゃあ西園寺にも気付かれてるのかな?」
「気付いてると思うよ」
「うわ恥ずかしいな。でも西園寺は俺のこと何とも思ってないんだろうな」
「そう思う?」
「ああ。西園寺って止のことは凄く気に掛けて優しいけど、俺のことは興味ないみたいでさ」
「うん、まあそうだね」
伊藤の推測は当たっている。
世界は伊藤に対して全く関心がない。
純粋に止のことを気に掛けているだけだ。
それは打算も何もない真っ直ぐな善意である。
だから乙女は何も心配をしていない。
伊藤が気になると言っても、世界がその気にならないので関係が成立しないから。
「せきゃいのだるまつくりゅの」
「いいよ。難しいけどチャレンジは大事」
「ちゃんじ」
世界といえばアホ毛である。
それを砂だるまで再現をするのは難しい。
伊藤と乙女に針金ハンガーとニッパーを持って来てもらう。
上手く細工をした後、砂ダルマの頭に刺して曲げを調整する。
こうして伊藤・止・世界という順番で砂ダルマが完成だ。
「よしよし何とかなったね。もし乙女のポニーテール再現だったらどうしようかと思った」
「なによ世界、私のポニーテールだったら出来ないってこと?」
「はたきがあれば見立てになるけど、今時だれも持ってないでしょ」
「まあ、確かに持ってないけど」
「伊藤もはたきなんてないでしょ?」
「ああ、けどモップならそれっぽく見えるんじゃないか?」
「モップの形次第だね」
頑張って一緒に作ってくれた止。
同じ目線となり、世界はありがとうと感謝を伝える。
お礼を言われた止は満面な笑顔を浮かべてくれた。
「世界、また服を汚しちゃってるよ」
「一応汚れてもいい服にしたんだけどね」
「また風呂入って行きなよ」
「うん。今回はちゃんと着替えを持ってきたから」
前回と同様に加藤家で止と入浴だ。
一緒に洗いっこを済ませてから湯舟に浸かる。
そして止は背中を預けて嬉しそうに甘えた。
「いたるちゃん、砂だるま一緒やって楽しかったね」
「うん!! たのしぃーの!!」
「実はね、とっても工作がお上手な友達がいるの。小さい頃、新聞紙で剣作ってもらったし。折り紙をやらせたら、きっと楽しいだろうね」
「おりゅがみ!!」
「でもね、そのお友達って、いたるちゃん怖がるかもって言うんだよ」
刹那は愛想笑いができない。
真面目な顔で普通に見ているだけ。
それなのに睨んでいると誤解された過去もある。
「こわいの?」
「怖くないよ。だって私の大切なお友達だもん。ちょっと笑うのがへたっぴな優しい女の子。次会う時、いたるちゃんに紹介してみたいな」
「いたる、せきゃいのともだちにあうの」
これは世界の我儘である。
刹那と止で会わせてみたい。
面白くなりそうという単純な好奇心。
決して相性は悪くないはずである。
「そのお友達のお名前、いたるちゃん知りたい?」
「うん。しりたぁーい」
教えるべきかどうかの見極めは充分。
止ちゃんという純粋な幼女ならいいと判断した。
年下で唯一を認める。
その特別に世界が選んだのは伊藤止だ。
「せっちゃん」
「せちゃ?」
「せーちゃーんー」
「せーちゃーむー」
「せっちゃん」
「せっちゃ」
「よし今のでOK。このお名前、とっても大切なものなの。年下の中で、いたるちゃんだけ特別だよ」
「とくべつなのぉ?」
「うん、特別なの」
上手く舌が回らない止にできる精一杯の呼び方。
ここだけは譲れない所でもある。
なにしろ刹那が唯一望んだ愛称だから。
「せきゃい、いたるとおともだちなの?」
「私はそうなりたいって思うけど、いたるちゃんは?」
「せきゃいとおともだちになりゅ!!」
「そう言うと思った。だからこそ、せっちゃんを紹介するんだよ。私の友達なら、いたるちゃんにとってもお友達ってね」
世界らしい強引な理屈である。
何も知らない刹那は後で呆れるに違いない。
また世界の勝手な我儘が始まった。
そんな風に思ってしまうことだろう。
いずれにしても友情に年齢差は関係ない。
共に砂遊びや裸の付き合いをした仲だ。
特に遠慮をするような間柄でもない。
風呂から出た後。
止は桃ジュースを飲みながら自慢をする。
兄の伊藤に向かって、世界と友達になったことを伝えた。
「そっか。良かったな止」
「えへー」
「悪いな西園寺、止がワガママ言っちゃって」
「止ちゃんの歳ならワガママ言うのが仕事でしょ?」
「いや、あんまり甘やかすと問題を起こすから」
「うわ、刹那みたいなこと言わないでよ。耳が痛くなっちゃう」
「せきゃい? おみみ、いたいの?」
「いたるちゃん、痛いの痛いの飛んでけーのおまじないやってくれる?」
「やりゅ」
実際にやってもらってから感謝をする。
何かをしてもらったのならお礼を伝えるのが礼儀。
そういった教育は幼い頃から地道にやっておくのがいい。
こうして世界と止は友達となった。
後日、止の件を刹那に直接知らせる。
刹那は勝手な事をする世界に呆れた。
そういう事は前もって話すことが常識である。
「今決めたって感じだし。チャンスを逃すまいとした事だから」
「そんな言い訳はダメ。社会に出た時に通用しない」
「うわー、刹那が大人みたいなこと言ってるよ」
「世界のためだから」
「それって決まり文句だね。何度も聞いちゃって、すっかり耳ダコさんだよ」
こうして注意はされたが、次に会う約束についての了解を得る。
ただし、止が怖がったら二度と会わないという条件付きだ。
それは当然であると世界も受け入れる。
「でも意外。世界は年下にせっちゃんは認めないと思った」
可憐と心の呼び方は刹那さんである。
敬称のさん付けをつけて丁度いい感じだ。
「いたるちゃんなら、呼び捨てでも全然嫌な気分にならないからね。無邪気な幼い子どもでかわいいし。だからいいかなって、私の直感が告げてるの」
世界は人を見る目があり、紹介をするのが巧みで上手い。
それは刹那だけでなく言葉も認めている。
人と人を繋げる天才の持ち主だ。
今回も刹那と止で仲良くなれる。
そんな確信があってのことだろう。
だから刹那は叱りこそはしたが不安はない。
それに見合う信頼関係が世界と刹那にあるから。