World Days(新版) 作:完結の陽炎
榊野学園での生活も、ひと月、ふた月と過ぎる。
最初は戸惑った校舎の風景も日常へと化していく。
そんなマンネリの兆しを、世界は見逃さない。
彼女は常に、停滞した空気をかき混ぜ新しいことを嗅ぎつける。
今回のターゲットは、黒田光の自宅。
店舗もろともリニューアルされた新築の輝き。
世界の瞳をキラキラと輝かせるに十分な獲物だ。
お祝いの大義名分を掲げ、本音は光の実家である洋菓子屋の新作ケーキを狙う。
そんな欲望に忠実な世界の脇腹を、刹那がジト目でつつく。
「世界、あとで体重計を見て泣くことになるよ」
「な、泣かないもん――って、くすぐったいってば刹那ぁ!」
世界の行動は迅速。
七海の部活の合間を縫い、瞬く間にメンバーを招集する。
集まったのは世界、刹那、言葉、七海、そして乙女。
言葉がさりげなく上質な手土産を持参するあたり、育ちの良さと礼節が光る。
光の家族に屈託のない笑顔を振りまく世界。
誰の目にも賑やかで良い友人に見えることだろう。
「ねえ光、夏休みとかバイト募集しないの?」
「うーん、リニューアルしたてだから、まだ様子見」
「そっか残念。こずかい稼ぐチャンスなしか」
「冬のクリスマスシーズンになれば、猫の手も借りたいくらいになると思うわよ」
そんな会話を楽しみながら、世界は新築披露への返礼として、刹那に視線を送る。
刹那は言葉なく、ただ静かに頷く。
二人の間に、説明のための言葉は不要だった。
世界が場を仕切り、飲み物の希望を募る。
コーヒー派は乙女、七海、世界。
紅茶派は光、言葉、刹那。
見事に三対三に分かれた。
「キッチン、広くて使いやすそうだね。刹那、やっちゃおう」
「うん」
今回、二人は本家本元としての誠意を見せる。
自前の機材を持ち込んでいた。
コーヒーは刹那、紅茶は世界。
それぞれが究極の一杯を、言葉が持参した菓子に合わせて淹れていく。
まずコーヒーメンバーとして、
乙女、七海、世界の順に感想がもれた。
「インスタントとは次元が違うね……」
「手抜きコーヒーが霞んで見えるよ」
「にゃはは、やっぱ刹那のコーヒーが最高!」
次に紅茶メンバーとして、
光、言葉、刹那の順でコメントが入る。
「マジで美味しい。これ、うちの店で出したいレベルじゃん」
「とても落ち着きます。素晴らしい色ですね世界さん」
「……んっ。おいしい」
和やかな空気の中。
世界はさりげなく情報を落としていく。
「ねえ光、聞いた? 澤永が赤点で補習だって」
「知ってるわよ。あのバカ、一夜漬けが通用すると思ってたんでしょ」
光は吐き捨てるように毒づく。
だが、世界はすでにその先を読み、布石を打っていた。
伊藤誠を通じ、澤永が彼に泣きついた瞬間を見計らい、「困ったときは黒田に頼れ」という暗示を仕向けておいた。
「まったく、私に助けを求めてきて。ホント、見てられないわよ」
「へえー。その割には、まんざらでもなさそうじゃない、光?」
「う、うっさい!」
七海に茶々を入れられ、光はそっぽを向く。
その頬に差した朱色を、世界は満足げに眺めている。
策が成った充足感。
そんな世界を、刹那は慈しみ、静かな眼差しで見守っていた。