World Days(新版) 作:完結の陽炎
第1話「世界のおたふく風邪」
もうすぐで夏休みとなる。
そこで世界から計画の提示があった。
具体的には伊藤と乙女、澤永と光のダブルデート作戦である。
「榊野の施設にあるプールのチケット、ことちゃん手に入りそう?」
「はい。お父さんのコネで融通してくれます」
「それで乙女は伊藤、光は澤永でプールに誘えばOKだね」
「ちょ、ちょっと世界!!」
「なによ光?」
「そんなこと言われても、水着とか用意しないといけないし!!」
「わ、私も色々準備が……」
「もう光も乙女ものんびりしすぎ。この夏休みでアタックしないでいつするの? 先にツバつけて秋の学園祭に備えないと」
乙女にはあまり悠長にするなら妹の可憐をけしかける。
チケットも可憐に渡すとなれば受け取るしかない。
世界たちは来てくれないのか?
心細い様子を見せる二人。
だが、お邪魔虫になりたくないので付き添いは却下だ。
自分たちで意中の相手へアピールをしてもらう。
「もしプールで進展しなくても、まだ夏祭りもあるから大丈夫。気楽に楽しんで行きなよ」
度胸と愛嬌があれば何とかなる。
ここで乙女についてもう少し踏み込む。
「乙女、以前に伊藤と一緒に映画を見たと思うけど、あれから進展なし?」
「う、うん」
「まあ、友達感覚の伊藤ならそんなものだね。次はプールや夏祭りで、女の魅力をアピールできるチャンスだよ。頑張れ乙女」
乙女に対しての声援はここまで。
あまりやり過ぎてもプレッシャーになる。
程々ぐらいに留めておくのがコツだ。
次は光が狙う澤永についての注意事項。
欲深い男子で、可愛い女の子なら誰でもいいらしい。
そうなると伊藤の繋がりで世界が狙われるかもしれない。
また言葉と会った場合、スケベ心満載の澤永ではイチコロとなるだろう。
「光、先に言っておくけど、仮に澤永が私に告白してきたら、速攻で容赦なく振るから。その時は光が慰めて進展するチャンスだと思ってね。ことちゃんもその気じゃないなら、澤永の為にもハッキリと断ってあげて」
「はい。もしそういう事があった場合、キッパリとお断りいたします。安心してください黒田さん」
「むー!! なんかとっても複雑なんだけど!!」
「光が早めに澤永とくっつけば丸く収まるってことだよ。だから頑張ってね」
こうして夏休みに突入していく。
光のバイトを手伝う予定を立てている世界。
週2、3日程度のシフトでもOKと聞いている。
体が弱い世界でも何とかなるだろう。
そんな矢先。
不幸にもおたふく風邪を患ってしまう。
感染期間が過ぎるまで刹那たちの面会は不可。
風邪の苦しみだけではない。
退屈と孤独というコンボも合わさっての療養タイム。
それに嘆き耐えながらも徐々に回復していく。
一方その頃。
おたふく風邪は感染するため見舞いに行けない刹那。
辛いだろうからメールを送るのも自重している。
部屋にこもっても世界の心配ばかりしてしまう。
読書に集中することもできない。
夏向けの青いリボンと水色のワンピースで準備は完了。
気分転換として遠出で浜辺まで向かう。
日中は混雑するため時間は夕方。
伊藤と妹の止の兄妹と鉢合わせをする。
まるであの時の再現をするかのようだ。
止が走ってきて刹那が受け止める。
「伊藤」
「あ、悪い清浦。止がまた勝手に走っちゃって」
「ううん。こんにちわ止ちゃん」
「こんちわ」
「私のこと知ってる?」
「うん。せきゃいのおともだち、せっちゃ」
刹那と接しても特に怖がる様子はない。
愛想笑いができなくても止にはわかるのだ。
刹那は怖い人ではなく優しい人だということを。
「清浦一人って珍しいな。いつも西園寺といるのに?」
「世界はおたふく風邪だから」
「マジか? おたふくって確か子どもがなる病気じゃなかったか?」
「世界は生まれつき体が弱くて病気になりやすい。おたふくになってもおかしくない」
「そっか。早く良くなるといいな」
これを聞いた止がとても悲しそうだ。
大嫌いなキーワードのトップスリーに入る。
一番はお父さん、二番は病院、三番は病気だ。
「せきゃい、びょーきなの?」
「うん。本当は世界が私を紹介する約束だったのに、こういう形でごめんね止ちゃん」
「ううん。いたる、せっちゃもすき」
止なりに刹那を励ます。
刹那の寂しさを感じ取ったからだ。
幼い子どもにまで心配をさせてしまう。
そのことに刹那は申し訳ない気持ちになった。
お詫びに折り紙と言いたい所だが、波辺で会うことは想定外。
ちょうど伊藤がラディッシュのチラシを持っている。
「伊藤、それを折り紙にしていい?」
「ああ、そういう約束だったな。別に今すぐ果たさなくてもいいのに」
「約束は大事」
王道の紙飛行機を折ってみせた。
それを少し離れた位置から伊藤に向けて飛ばす。
海の風を利用しているのでかなり勢いがいい。
そのまま伊藤の下半身に紙飛行機が当たる。
「おい清浦、人に向けて紙飛行機ぶつけるなよ。しかも変な所に当てやがって」
「当てる場所は腹のつもりだった。世界なら面白がって伊藤に向けて飛ばす。だから世界の代わりにやった」
「なんの代わりだよ全く。ほら止、清浦が約束守って紙飛行機折ってくれたぞ」
兄から紙飛行機を受け取った止。
大いに感激して兄に向かって紙飛行機を投げる。
しかも股間を狙うのでたまったものではない。
僅かな時間ながら刹那と止は仲良くなれた。
世界の見る目は間違っていなかった。
止から次に会う時、世界も一緒がいいと希望を出す。
世界のおたふく風邪が完治したら会おうとなった。
お互いの都合が良ければという前提付きだが。
………………。
…………。
……。
見舞いが可能な時期を迎える。
絶対に心配かけているであろう刹那にメールを送信する。
待ってたとばかりに刹那がお見舞いにやって来た。
「世界、大丈夫?」
「もう最悪。せっかくの夏休みが台無し。バイトで稼ぐチャンスだったのに」
「おとなしく寝てないとダメだよ」
「何が一番辛いかって。ずっと寝るだけしかできなくて、退屈することなんだよね」
「治すためなんだから仕方ない。ところで、ちゃんとご飯食べた?」
「それは大丈夫。お母さんが冷蔵庫に作り置きしてくれたから」
「そう。他に何かしてほしい事ある?」
トイレに行くとき扉の開け閉めをしてほしい。
移動時にフラフラするので肩を貸してほしい。
飲み物を取りに行くのが大変なので持ってきてほしい。
もし一人暮らしで病気になったら?
それを考えると世界は恐ろしくなる。
身の回りのこと全て自分でやらないといけないから。
「ありがとうね刹那。病気になるとホント動くのキツイから。こればかりは慣れないね」
「気にしないで。世界が元気になってくれたらそれでいい」
「元気か……不調の原因に心当たりはあるんだよね」
「その心当たりって?」
世界は体だけでなく精神も弱い。
特にストレス耐性が低く悪い夢を見やすい。
覚えている範囲で幾つかを語る。
親戚や友達に罵られてのイジメを受ける。
刹那が遠くへ引っ越しをして消えてしまう。
電車に撥ねられてしまう人身事故もあった。
「気にしたらダメ。夢は夢で現実じゃない」
「刹那が一緒に寝てくれてる時は、割と平気なんだけどね」
「一人で眠っている時に悪い夢を見やすい?」
「そうみたい。だからことちゃんとのお泊りでも、特に悪夢はないかな」
イジメについては浮気の子どもという秘密があるから。
世間の目が冷たいという暗示を思わせる。
刹那の引っ越しはパリ転勤の可能性を示唆する。
両家の母はパリの短期出張を繰り返している。
それが長期となれば刹那の転校はあり得てしまう。
電車の人身事故について、そこに至るまでの原因は不明。
何か大きなトラブルが発生する予兆かもしれない。
この悪夢のせいで、電車の線路沿いに立てなくなった。
線路に落ちるかもしれないトラウマが根付いたから。
「電車に撥ねられる夢は強烈だった。当たる瞬間に目が覚めて冷や汗が止まらなかった。電車の通学で刹那には迷惑かけちゃってるね」
「迷惑なんて思ってない。それよりも無理しないでバスを使ったほうがいいと思う」
「線路沿いにいなければ大丈夫だから」
「でも電車が来るたび、世界は体が震えて負担になる」
「刹那が手を握って守ってくれるから平気。その時に震えがないことは証明済み」
「世界が一人で電車に乗る時が心配」
「無理な時はバスにするから。刹那との約束、私は破らないよ」
「うん。世界は約束を守る」
世界は寝たままで刹那の清らかな瞳を見つめる。
堅物のクールな表情からの優しさに溢れる視線。
自分さえいなければ、刹那は余計な苦労をかけずに済むのに。
そんなことを口に出せば刹那が本気で怒る。
ある意味、あだ名事件の時よりも恐ろしい。
世界の自己否定および存在否定は刹那が最も嫌う所だから。
「世界、また嫌なこと考えてる」
何も言わなくても意思疎通ができる。
それは便利な反面、気持ちを見透かされてしまう。
隠しても無駄なので本音を伝えるしかない。
「病気の時はどうしても心細くて不安になっちゃうの。刹那が怒るのがわかっててもね」
「……」
「だから刹那が遠くへ行っちゃう夢も怖かったよ」
「海外転勤の話なんてない。それは世界の考えすぎ」
「そうだといいな」
「そうだから。今は風邪を治すことに専念して」
ひとつのことに集中すれば雑念が生じない。
合理的な刹那らしい考え方である。
「ところで私が風邪の間、何かあった?」
「浜辺で伊藤と止ちゃんに会った。紙飛行機を折って約束も果たした」
「いたるちゃん、刹那を怖がってなかったでしょ?」
「うん。世界の言った通りだった。次会う時は世界も一緒がいいって」
「了解。でもたまには刹那とデートするのも悪くないよね?」
後先考えずにデートという冗談を口にする。
たまには二人だけで出かけてみるのもいいだろう。
「うんいいよ。世界とデートする」
「あのね刹那、私たち女同士でデートはないから。ここは否定する所だよ」
「そう? でも久しぶりに世界と二人っきりで出かけたい」
「ことちゃん、七海、光、乙女でワイワイしちゃって、刹那と二人だけで行くことって少ないからね」
「うん」
「これを楽しみにして風邪を治すね」
「約束。世界が元気になったら一緒に出かける」
久しぶりに世界とお出かけができる。
世界の前では感情が豊かで自然と表情も柔らかい。
刹那が喜んでいることは丸わかりだ。
この約束を守るためにも、今はしっかりと養生をする世界であった。