World Days(新版) 作:完結の陽炎
原巳原駅のホームで帰りの電車を待つ。
世界は電車に轢かれる悪夢を見たことがある。
そのトラウマで線路沿いには立てない。
転落防止の柵があればいいが導入はされていない。
ホームの後ろで柱または壁を背中に預けるか。
ホームのベンチに座るか。
今回はベンチが空いているので後者を選ぶ。
世界の右側に刹那が座り、守ってくれるので安心する。
しっかり手を握ってくれるから、たとえ電車が来ても世界の体はビクッと震えたりはしない。
「世界、大丈夫?」
「うん、線路沿いでなければ大丈夫」
「まだ先だけど、ことぴーのお母さんみたいに免許取るから」
「私も取りたいけど、お金が……車も維持費も馬鹿にならないよね」
電車が来たので二人で乗る。
車内では他の客もいるので静かに扉付近で立つ。
海岸線から海岸本線へ乗り換え。
そして模手原坂下駅でおりて、刹那のマンションへ歩いて向かう。
「相変わらず、刹那のマンションは快適でいいね。家の狭いアパートとは大違いだよ」
生まれの違いで環境の格差を思い知る。
刹那がよく世界に譲ってしまうのは、この辺りで負い目を感じているのかもしれない。
無論、刹那に落ち度はなく、罪悪感を持つ必要は全くない。
「刹那、紅茶ある? たまには私がいれるよ」
「あるけど、世界がいれてくれるなんて珍しい。そういう気分?」
「そうよ。たまにある気まぐれ」
ティーカップとお湯の温度に気を配り、慣れた仕草で紅茶をいれる。
それが刹那の目には優雅な動きに見えて楽しい。
魅せることで紅茶がより一層に美味しく感じるもの。
演出もまた味の内であることを世界は心得ている。
「はい、どうぞ」
刹那が座る食卓の前にゆっくりと音を立てずに置く。
メイドになったように演技を楽しむ世界。
機会があれば言葉に頼んでメイド服を着てみるのもいい。
「ん……世界の紅茶が一番美味しい」
刹那では再現ができない深みのある味。
世界の思いやりが紅茶という形で表れていた。
無意識に頬を緩ませてのリラックスとなる刹那。
その間に世界は自分の紅茶をいれ、刹那の正面に座り一息つく。
そして紅茶を飲み終えて和やかな雰囲気になった。
「片付けは私がするから、世界は私の部屋で待ってて」
「うんわかった」
手早く刹那が片付けを済ませて部屋に向かう。
世界はベッドに座って愛用の手帳を確認していた。
物覚えの悪さを手書きのメモで補っている。
バタンと手帳を閉じた時には刹那が右側に座っていた。
「伊藤はことちゃんを諦めてない可能性があるよ」
先に話をするのは世界。
隣にいる刹那の目を見て話す。
今回は乙女のためにも真面目に話をしたい。
刹那がゆっくりと首を振った。
別の可能性があることを示している。
それなら聞かせてと世界はアイコンタクトで促した。
「伊藤は世界のことが好きかもしれない」
刹那の瞳は真剣そのものだ。
今の状況で嘘や冗談を口にする訳がない。
「……」
世界は黙って思案をする。
心当たりがないかを頭の中で考えてみた。
そして……。
「おそらく原因はいたるちゃんだね。刹那の言う通りなら、私は容赦なく振る事になるよ」
「そう……」
「伊藤に関しては今も興味ないからね。いたるちゃんのお兄ちゃんでなかったら相手をしてない。乙女の恋愛応援に徹して、深く踏み込まなかったよ」
「世界も伊藤に興味ない。私と同じ気持ち」
些細なことでも嬉しくなるのが刹那である。
世界と気持ちが一つになっている。
二人で共有していることが好ましい。
「正直、伊藤の気持ちを私一人で確かめるのはちょっと怖い」
「大丈夫。私も一緒だから」
「へえー、刹那が私を守ってくれるの?」
「無論。指一本も世界に触れさせない」
足技に磨きをかけて陰の努力を続けている。
世界を守るための自己鍛錬は欠かさない。
もっと身長が大きくなればいいが、それは無いものねだりである。
………………。
…………。
……。
委員会のない日の放課後。
屋上まで伊藤を連れて行く。
世界が襲われないように刹那は護身用のアイテムを常備。
言葉から貰った催涙スプレーとスタンガンをポケットに忍ばせている。
世界もタクティカルペンを隠し持ち、いつでも刺せるように用心をする。
閉めた扉を背にする世界。
その正面に立つのは刹那。
伊藤の視点では世界が頭の部分しか見えない。
「刹那、これだと伊藤が見えないよ」
「見えなくても会話はできる。世界はそのまま話せばいい」
「伊藤、悪いけどこれで話をしてもいい?」
「別にいいけど、二人して俺に何の話があるんだ?」
「ちょっと待ってね」
世界はメールを送り、間もなく乙女の返事が来た。
打ち合わせ通り、屋上の扉越しで待機をしてもらう。
扉に近い位置で会話をすれば乙女からも聞こえる。
そして世界はおもむろに切り出した。
「乙女が伊藤に告白した件について」
「っ!?」
「映画やプールのお膳立てをしたのが私。乙女の恋を応援する仲人役をしているから無関係じゃないよ。それで現在、伊藤が保留にしている所まで乙女から聞いている」
「……」
「乙女が返事を今すぐでなくていいと言ったのは、告白して困らせてしまったと思ったから。伊藤からすれば、いきなり友達と思っていた女の子から好きって言われて、すごくビックリしたと思う」
「ああ」
すぐに返事できなかったことを責めたりはしない。
伊藤が戸惑ってしまったのも無理はない。
大事なことは今後どうするのかである。
「私が知りたいのは二つ。一つ目は乙女の気持ちに伊藤がいつ返事をするのか? 二つ目は伊藤が他に気になる女の子がいるのか?」
「気になる女の子……」
「とりあえず伊藤に好きな人がいないことは確定だね」
「なんでそう言い切れるんだよ?」
「だってそうでしょ? もし伊藤が乙女を好きなら即OKすればいいし、他に好きな人がいるなら断っているはず。まさか二股かけるような真似なんてしないよね?」
「するか!!」
伊藤が嘘をついてないかを刹那に観察してもらう。
もし二股をするような不誠実な男なら、乙女の友達として容赦はしない。
刹那から特に反応はないので嘘をついていない。
もし嘘があれば、後ろにいる世界に何らかの合図を送ってくれるから。
ひとまずは安心である。
「好きまでは到達していないけど、気になる女の子はいないの?」
「それは……」
「別に名指しは求めてないよ。あくまでいるか、いないかを知りたいだけ。どうなの伊藤?」
ここで長い沈黙となる。
根比べ上等として世界と刹那からは何も言わない。
返事をするのをひたすらに待つのみ。
そして伊藤が重い口を開いてくれた。
「……いる」
「わかった。二つ目はそれでいいよ。一つ目の方について私からの提案。それは学園祭で返事をすること。一緒に学園祭を回ったり、フォークダンスを踊ったり。まあ、その時点で答えているようなものだけど、女の子はハッキリと口に出してほしいものなの。だからその時はちゃんと言ってあげてね」
「学園祭か……わかった。その時に返事をするよ」
考える時間がほしい伊藤としてはありがたい。
引き延ばしにするつもりはないのだろう。
学園祭はこれ以上にないタイミングといっていい。
「私が伊藤に対してどう思っているのかを伝えておくね。いたるちゃんの優しいお兄ちゃんであり、友達である乙女の彼氏になるかもしれない人。それ以上でもそれ以下でもない」
「友達じゃないんだな?」
「クラスメイトよ」
気を持たせるつもりは世界にない。
刹那のようにハッキリと言わせてもらう。
「あいにく私は恋愛的な目で伊藤を見ていない。乙女の仲人をしているのがその証明だからね」
「なるほど……って、そこまでズバッと言われると男として自信失うって」
「そこは根性でどうにかしなさい。仮に告白をされても、悪いけど他を当たってと私は断るから」
「俺じゃなくてもか?」
「それを伊藤が知る必要はない。厳しい言い方をしちゃうけど、もし伊藤が気になる女の子として私を見ているなら、今この場でキッパリと諦めてね」
「マジで一刀両断だな。逆に清々しくなってきたよ」
「私なんてまだ生易しいほうだよ。ねえ刹那?」
「なぜこっちに振る?」
刹那は正面を向いたまま動かない。
世界を守ることを徹底している。
体は小さいのにとてもたくましい。
「刹那のほうが言い方厳しいから。上には上がいることを教えておかないとね」
「確かに。清浦って委員長やってるだけあって厳しいよな」
「ま、そういう訳でOKするか断るかは伊藤の自由だよ。それが伊藤の気持ちなら私たちは尊重するし、別に恨んだりもしないから安心して」
「……わかったよ。それにしても西園寺はマジでいい奴だな。何か俺よりも男らしいぞ」
「可憐に男なら狙ってた、なんて言われてるよ」
「アイツ、結構そういう冗談言うタイプだからな。でもまあ西園寺が男だったら、泰介みたいに友達になれたかもしれないな」
シリアスばかりでは堅苦しくてたまらない。
こういう時に世界は冗談を挟む悪いクセがある。
そろそろ悪ふざけが来るだろう。
刹那が予想をしていたら案の定。
「伊藤が同性愛じゃなければね」
「アホか!! 俺にそっちの趣味はない!!」
「私は別に差別しないよ。伊藤が澤永と付き合ってもクラスメイトに変わりないから」
「やめろ!! 泰介は普通に友達としてしか見てねえよ!!」
「世界、冗談はそこまでにしなさい」
「はーい」
ここが潮時である。
刹那の後ろに隠れたまま携帯のメールを送信。
これで扉の前にいた乙女は見つからないように退場をする。
「それじゃあ話は終わり。伊藤は先に屋上出てよ。私は戸締りしないといけないから」
伊藤が出て行けるように扉から退く。
それに合わせて刹那も動いてくれた。
世界の正面を維持して防衛の体勢を続けている。
「なんか清浦が西園寺の護衛をしてるみたいだな」
「世界は私が守る」
「おかげで私は安心して役目を果たせたよ。刹那に感謝だね」
「それって俺に対して警戒してるって事だよな?」
「か弱い女の子なので」
「どの口が言うか?」
「この口が言うよ――って漫才がしたいなら澤永とやりなよ。私もそこまでヒマじゃないんだし。伊藤はとっとと帰りたまえ」
「うわあ冷たいな。俺は用済みかよ全く」
愚痴りながらも伊藤が屋上から去る。
世界は腕を上げて軽くストレッチをした。
健康を意識して少しでも元気になれるようにしている。
「お疲れ刹那、伊藤が話のわかる人で良かったよ」
「世界のほうがお疲れ。あとは伊藤次第」
「それじゃあ、乙女の家で結果報告に行くよ」
そこで可憐も待っている。
姉妹揃ってしっかり現状を伝えておくことが必要だ。
こうして屋上の戸締りをしてから加藤家へ向かう。