World Days(新版)   作:完結の陽炎

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第5話「伊藤誠の気持ちを確かめる」

 原巳原駅のホームで帰りの電車を待つ。

 世界は電車に轢かれる悪夢を見たことがある。

 そのトラウマで線路沿いには立てない。

 転落防止の柵があればいいが導入はされていない。

 

 ホームの後ろで柱または壁を背中に預けるか。

 ホームのベンチに座るか。

 

 今回はベンチが空いているので後者を選ぶ。

 世界の右側に刹那が座り、守ってくれるので安心する。

 しっかり手を握ってくれるから、たとえ電車が来ても世界の体はビクッと震えたりはしない。

 

「世界、大丈夫?」

「うん、線路沿いでなければ大丈夫」

「まだ先だけど、ことぴーのお母さんみたいに免許取るから」

「私も取りたいけど、お金が……車も維持費も馬鹿にならないよね」

 

 電車が来たので二人で乗る。

 車内では他の客もいるので静かに扉付近で立つ。

 海岸線から海岸本線へ乗り換え。

 そして模手原坂下駅でおりて、刹那のマンションへ歩いて向かう。

 

「相変わらず、刹那のマンションは快適でいいね。家の狭いアパートとは大違いだよ」

 

 生まれの違いで環境の格差を思い知る。

 刹那がよく世界に譲ってしまうのは、この辺りで負い目を感じているのかもしれない。

 無論、刹那に落ち度はなく、罪悪感を持つ必要は全くない。

 

「刹那、紅茶ある? たまには私がいれるよ」

「あるけど、世界がいれてくれるなんて珍しい。そういう気分?」

「そうよ。たまにある気まぐれ」

 

 ティーカップとお湯の温度に気を配り、慣れた仕草で紅茶をいれる。

 それが刹那の目には優雅な動きに見えて楽しい。

 魅せることで紅茶がより一層に美味しく感じるもの。

 演出もまた味の内であることを世界は心得ている。

 

「はい、どうぞ」

 

 刹那が座る食卓の前にゆっくりと音を立てずに置く。

 メイドになったように演技を楽しむ世界。

 機会があれば言葉に頼んでメイド服を着てみるのもいい。

 

「ん……世界の紅茶が一番美味しい」

 

 刹那では再現ができない深みのある味。

 世界の思いやりが紅茶という形で表れていた。

 無意識に頬を緩ませてのリラックスとなる刹那。

 その間に世界は自分の紅茶をいれ、刹那の正面に座り一息つく。

 そして紅茶を飲み終えて和やかな雰囲気になった。

 

「片付けは私がするから、世界は私の部屋で待ってて」

「うんわかった」

 

 手早く刹那が片付けを済ませて部屋に向かう。

 世界はベッドに座って愛用の手帳を確認していた。

 物覚えの悪さを手書きのメモで補っている。

 バタンと手帳を閉じた時には刹那が右側に座っていた。

 

「伊藤はことちゃんを諦めてない可能性があるよ」

 

 先に話をするのは世界。

 隣にいる刹那の目を見て話す。

 今回は乙女のためにも真面目に話をしたい。

 

 刹那がゆっくりと首を振った。

 別の可能性があることを示している。

 それなら聞かせてと世界はアイコンタクトで促した。

 

「伊藤は世界のことが好きかもしれない」

 

 刹那の瞳は真剣そのものだ。

 今の状況で嘘や冗談を口にする訳がない。

 

「……」

 

 世界は黙って思案をする。

 心当たりがないかを頭の中で考えてみた。

 そして……。

 

「おそらく原因はいたるちゃんだね。刹那の言う通りなら、私は容赦なく振る事になるよ」

「そう……」

「伊藤に関しては今も興味ないからね。いたるちゃんのお兄ちゃんでなかったら相手をしてない。乙女の恋愛応援に徹して、深く踏み込まなかったよ」

「世界も伊藤に興味ない。私と同じ気持ち」

 

 些細なことでも嬉しくなるのが刹那である。

 世界と気持ちが一つになっている。

 二人で共有していることが好ましい。

 

「正直、伊藤の気持ちを私一人で確かめるのはちょっと怖い」

「大丈夫。私も一緒だから」

「へえー、刹那が私を守ってくれるの?」

「無論。指一本も世界に触れさせない」

 

 足技に磨きをかけて陰の努力を続けている。

 世界を守るための自己鍛錬は欠かさない。

 もっと身長が大きくなればいいが、それは無いものねだりである。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 委員会のない日の放課後。

 屋上まで伊藤を連れて行く。

 世界が襲われないように刹那は護身用のアイテムを常備。

 言葉から貰った催涙スプレーとスタンガンをポケットに忍ばせている。

 世界もタクティカルペンを隠し持ち、いつでも刺せるように用心をする。

 

 閉めた扉を背にする世界。

 その正面に立つのは刹那。

 伊藤の視点では世界が頭の部分しか見えない。

 

「刹那、これだと伊藤が見えないよ」

「見えなくても会話はできる。世界はそのまま話せばいい」

「伊藤、悪いけどこれで話をしてもいい?」

「別にいいけど、二人して俺に何の話があるんだ?」

「ちょっと待ってね」

 

 世界はメールを送り、間もなく乙女の返事が来た。

 打ち合わせ通り、屋上の扉越しで待機をしてもらう。

 扉に近い位置で会話をすれば乙女からも聞こえる。

 そして世界はおもむろに切り出した。

 

「乙女が伊藤に告白した件について」

「っ!?」

「映画やプールのお膳立てをしたのが私。乙女の恋を応援する仲人役をしているから無関係じゃないよ。それで現在、伊藤が保留にしている所まで乙女から聞いている」

「……」

「乙女が返事を今すぐでなくていいと言ったのは、告白して困らせてしまったと思ったから。伊藤からすれば、いきなり友達と思っていた女の子から好きって言われて、すごくビックリしたと思う」

「ああ」

 

 すぐに返事できなかったことを責めたりはしない。

 伊藤が戸惑ってしまったのも無理はない。

 大事なことは今後どうするのかである。

 

「私が知りたいのは二つ。一つ目は乙女の気持ちに伊藤がいつ返事をするのか? 二つ目は伊藤が他に気になる女の子がいるのか?」

「気になる女の子……」

「とりあえず伊藤に好きな人がいないことは確定だね」

「なんでそう言い切れるんだよ?」

「だってそうでしょ? もし伊藤が乙女を好きなら即OKすればいいし、他に好きな人がいるなら断っているはず。まさか二股かけるような真似なんてしないよね?」

「するか!!」

 

 伊藤が嘘をついてないかを刹那に観察してもらう。

 もし二股をするような不誠実な男なら、乙女の友達として容赦はしない。

 

 刹那から特に反応はないので嘘をついていない。

 もし嘘があれば、後ろにいる世界に何らかの合図を送ってくれるから。

 ひとまずは安心である。

 

「好きまでは到達していないけど、気になる女の子はいないの?」

「それは……」

「別に名指しは求めてないよ。あくまでいるか、いないかを知りたいだけ。どうなの伊藤?」

 

 ここで長い沈黙となる。

 根比べ上等として世界と刹那からは何も言わない。

 返事をするのをひたすらに待つのみ。

 そして伊藤が重い口を開いてくれた。

 

「……いる」

「わかった。二つ目はそれでいいよ。一つ目の方について私からの提案。それは学園祭で返事をすること。一緒に学園祭を回ったり、フォークダンスを踊ったり。まあ、その時点で答えているようなものだけど、女の子はハッキリと口に出してほしいものなの。だからその時はちゃんと言ってあげてね」

「学園祭か……わかった。その時に返事をするよ」

 

 考える時間がほしい伊藤としてはありがたい。

 引き延ばしにするつもりはないのだろう。

 学園祭はこれ以上にないタイミングといっていい。

 

「私が伊藤に対してどう思っているのかを伝えておくね。いたるちゃんの優しいお兄ちゃんであり、友達である乙女の彼氏になるかもしれない人。それ以上でもそれ以下でもない」

「友達じゃないんだな?」

「クラスメイトよ」

 

 気を持たせるつもりは世界にない。

 刹那のようにハッキリと言わせてもらう。

 

「あいにく私は恋愛的な目で伊藤を見ていない。乙女の仲人をしているのがその証明だからね」

「なるほど……って、そこまでズバッと言われると男として自信失うって」

「そこは根性でどうにかしなさい。仮に告白をされても、悪いけど他を当たってと私は断るから」

「俺じゃなくてもか?」

「それを伊藤が知る必要はない。厳しい言い方をしちゃうけど、もし伊藤が気になる女の子として私を見ているなら、今この場でキッパリと諦めてね」

「マジで一刀両断だな。逆に清々しくなってきたよ」

「私なんてまだ生易しいほうだよ。ねえ刹那?」

「なぜこっちに振る?」

 

 刹那は正面を向いたまま動かない。

 世界を守ることを徹底している。

 体は小さいのにとてもたくましい。

 

「刹那のほうが言い方厳しいから。上には上がいることを教えておかないとね」

「確かに。清浦って委員長やってるだけあって厳しいよな」

「ま、そういう訳でOKするか断るかは伊藤の自由だよ。それが伊藤の気持ちなら私たちは尊重するし、別に恨んだりもしないから安心して」

「……わかったよ。それにしても西園寺はマジでいい奴だな。何か俺よりも男らしいぞ」

「可憐に男なら狙ってた、なんて言われてるよ」

「アイツ、結構そういう冗談言うタイプだからな。でもまあ西園寺が男だったら、泰介みたいに友達になれたかもしれないな」

 

 シリアスばかりでは堅苦しくてたまらない。

 こういう時に世界は冗談を挟む悪いクセがある。

 そろそろ悪ふざけが来るだろう。

 刹那が予想をしていたら案の定。

 

「伊藤が同性愛じゃなければね」

「アホか!! 俺にそっちの趣味はない!!」

「私は別に差別しないよ。伊藤が澤永と付き合ってもクラスメイトに変わりないから」

「やめろ!! 泰介は普通に友達としてしか見てねえよ!!」

「世界、冗談はそこまでにしなさい」

「はーい」

 

 ここが潮時である。

 刹那の後ろに隠れたまま携帯のメールを送信。

 これで扉の前にいた乙女は見つからないように退場をする。

 

「それじゃあ話は終わり。伊藤は先に屋上出てよ。私は戸締りしないといけないから」

 

 伊藤が出て行けるように扉から退く。

 それに合わせて刹那も動いてくれた。

 世界の正面を維持して防衛の体勢を続けている。

 

「なんか清浦が西園寺の護衛をしてるみたいだな」

「世界は私が守る」

「おかげで私は安心して役目を果たせたよ。刹那に感謝だね」

「それって俺に対して警戒してるって事だよな?」

「か弱い女の子なので」

「どの口が言うか?」

「この口が言うよ――って漫才がしたいなら澤永とやりなよ。私もそこまでヒマじゃないんだし。伊藤はとっとと帰りたまえ」

「うわあ冷たいな。俺は用済みかよ全く」

 

 愚痴りながらも伊藤が屋上から去る。

 世界は腕を上げて軽くストレッチをした。

 健康を意識して少しでも元気になれるようにしている。

 

「お疲れ刹那、伊藤が話のわかる人で良かったよ」

「世界のほうがお疲れ。あとは伊藤次第」

「それじゃあ、乙女の家で結果報告に行くよ」

 

 そこで可憐も待っている。

 姉妹揃ってしっかり現状を伝えておくことが必要だ。

 こうして屋上の戸締りをしてから加藤家へ向かう。

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