World Days(新版) 作:完結の陽炎
加藤家で乙女と可憐が待っていた。
客間に入って確認を行なっていく。
扉越しで乙女の耳に聞こえていたかについてはイエス。
世界の報告と乙女の聞いた内容で一致もしている。
そして可憐に用意をしてもらったお茶で一息ついた、
「これで乙女は安心して、学園祭まで伊藤の返事を待つことができるね」
「安心も何も。私は最初から世界を疑ってないってば」
「信じてくれてありがとう。可憐も聞いての通り、あとは伊藤の返事次第だからね」
「わかりました。しかし世界さんは、そんじょそこらの女子とは訳が違いますね」
「可憐のその口ぶり、女の友情は男の前では脆いって言いたげね」
世界の発言で可憐は苦々しい過去が蘇る。
それを吐き出すことでスッキリしてもらう。
溜め込んでいてもいいことはないから。
「友達だと思ってた子が裏切るなんてよくある話なんです。抜け駆けなんて当たり前、油断して奪われるほうが悪い。割り込み上等の早いもの勝ち理論なんです」
「経験者は語るだね。随分と苦労したようでお疲れ様」
可憐を優しく労わる世界。
静かに聞いていた刹那の反応は真逆。
射抜くような鋭い目で可憐を睨みつけていた。
世界に変なことを吹き込むな。
そんな無言の圧力で威嚇をしている。
可憐は割と平気だが、乙女のほうは些か怯えてしまう。
「刹那さん、そんなに睨まないでくださいよ。お姉がビビってしまいます」
「び、ビビってないし」
「ビビってるじゃん」
喧嘩を売ってどうすると世界はため息をひとつ。
そして怒っている刹那に意見をする。
「まさに刹那が教えてくれた人それぞれだよね。裏切らない友情もあれば、裏切る友情もあるってこと」
「……ふん」
「ごめんね可憐。刹那は根が真面目でちょっと融通利かない所あるから」
「私、刹那さんに嫌われちゃいましたかね?」
「刹那、可憐のこと嫌いになった?」
「別に」
「ほら可憐、刹那は嫌ってないってさ」
「いやいや、素っ気ない返事で明らかに嫌われてますよ」
「刹那は誰にでもこんな感じだから気にしないで」
これはスキンシップで落ち着かせないとダメだ、
刹那の後ろからギュッと抱きしめる。
小柄で全体的に細めの体つき。
フレッシュな香りは自然に近くて刹那に合っている。
好奇心に駆られた世界は刹那の髪と首筋に鼻を近付けた。
「嗅ぐな」
刹那に速攻でバレる。
でも世界は引き下がらない。
「刹那っていい匂いするけど何でだろう? シャンプーとボディーソープ、同じ銘柄を使ってるのに私だとこうはならないよ」
刹那が困り顔でくすぐったそうに身をよじらせる。
爽やかな香りが些か濃くなるも引き際を弁えた。
刹那の左側へ肩を寄せるようにして世界は座る。
そして可憐に学園祭に来るかどうかを尋ねてみた。
「もちろん行きますよ。お姉が振られるかどうかの瀬戸際ですから」
「振られるとか言うな」
「お姉とは友達でいたいとセンパイは返事しそうですけどね」
それはあり得ると思ったのだろう。
乙女が俯いてしまって激しく落ち込む。
思ったことをすぐに口に出す。
それが可憐の悪いクセだ。
刹那が咎めるような視線を投げる。
これはマズイと思った可憐は自分の手で口を塞ぐ。
だが既に手遅れ。
吐いた唾は呑めないとはこの事だ。
ここで世界は動く。
乙女の両肩に手を乗せた。
そして元気付けるために全力で励ます。
「乙女が私に嫉妬しないで信じてくれたように、私も乙女の想いが成功することを信じている」
「世界……」
「顔を上げて胸を張り、堂々と学祭まで待っていればいいの。何も心配はいらないって。もし辛い時があるなら、話を聞いてもらったり、思い切り遊んで気晴らしでもすればいいよ」
「あ、ありがとう」
「どう? 少しは元気出た?」
「出た出た。なんか落ち込んでるのがバカバカしくなってきた」
「そうでしょ。ま、乙女はそれでよしだね」
乙女から離れて今度は可憐のところへ接近。
その様子が険しく可憐が戸惑うほどだ。
どことなく厳しい刹那と重なって見える。
「あのさ可憐、すぐに思ったことを口に出すクセは直そうよ。私もそれで刹那に注意されたことがあるから人の事言えないけどね。ただ今みたいに大切な家族を落ち込ませるなんて、可憐も望んでないでしょ?」
「す、すみません」
「謝るなら私じゃなくて乙女にしなよ」
「う、うん。ごめんお姉」
「いいよ別に。アンタのそれ今に始まったことじゃないし」
その後、場を和ませるために天文部の話題に変える。
可憐は入学をしたら、バスケ部と天文部で掛け持ちをしたいと言う。
天文部で新入部員は募集をしていない。
あくまで屋上を使えるようにするのが目的だから。
天文部の活動はそのための手段に過ぎない。
「えーそんなー、お姉は良くて私はダメなんですかぁー?」
「実質、活動してるのは私と刹那とことちゃんの三人で、あとは任意の幽霊部員だよ。可憐だって別に天文部に興味なんてないでしょ?」
「まあ、星を眺めるなんてガラじゃないのは認めます。でも私だけ仲間外れなんてズルいです」
「やめなって可憐。募集してないって言ってるんだから無理言わない」
「ま、可憐が入学してきたら前向きに検討するってことで」
「うぅ……わかりました」
やる事が終わったので加藤家を出る。
姉妹に玄関で見送られて立ち去っていく。
電車で乗り換えて最寄り駅となる模手原坂下で降りた。
思った以上に心身の消耗が激しい。
世界は少し頑張り過ぎた。
生まれつきの軟弱な体質が厄介である。
「世界、私がご飯作りに行くから休んで」
あっさりと世界の疲労困憊を見破る。
顔に出さないようにしてもわかるようだ。
「家に食材ないよ」
「私が買ってくる」
「そこまで刹那に迷惑を――」
「いいから黙って休め」
刹那が一歩も引かずに命令をしてきた。
過去の反省を活かして鬼になるためである。
今度こそ世界に無茶をさせたくないから。
刹那の不器用な優しさを感じて素直に従う。
「何か食べたいものある?」
「オムライス」
過去に刹那に教わったが卵の包みが面倒である。
腹の中に入れば一緒。
雑な理論で卵混ぜのチキンライスで手間を省くのが世界だ。
せっかくの機会ということで刹那に作ってもらう。
刹那が買い出しをして世界のアパートへ来た。
狭いキッチンでも器用に料理をこなしてくれる。
味付けが丁度良く、盛り付けの見栄えも良く、食べるのが楽しくなる。
栄養が取れるように野菜たっぷりのコンソメスープも味わった。
すっかり御馳走になった。
洗い物を済ませて食後のコーヒーまでいれてもらう。
そして世界のベットへ座り、隣合わせで会話を始めた。
「ことちゃんのアドバイス通り、栄養の摂取で体が楽になる。これが回復するって感覚なんだね」
「栄養バランスは大事。世界は一人だとズボラで、その辺りが適当になる」
「そこは栄養のあるズボラ料理で対策するって。一人鍋とか簡単で洗い物が減らせるし」
「世界らしい」
「……ねえ刹那」
「なに?」
「泊まる気満々だね。着替えまで用意して」
「ダメ?」
「いつも通りにいいよ。刹那には苦労をかけるね」
「別に大したことじゃない。私よりも世界のほうが沢山苦労した」
そんなことはない。
そう返事をしようとしたが口を閉ざす。
見透かすような刹那の真剣な眼差し。
これは嘘をついてもすぐに見破られる。
あえて回りくどい事を抜きに、刹那の本音を探ってみた。
「刹那、正直に答えて」
「うん」
「乙女と可憐にこれ以上関わるなって思ってない?」
「思ってる」
「ああ、やっぱり」
「あの二人のせいで世界が体調を崩す。もう関わらないでほしい」
「正直に言ってくれてありがとう」
まさに歯に衣を着せぬ。
そんな刹那が補ってくれるから世界は好き勝手にできている。
実に難儀な立ち回りだ。
刹那には嫌われ役よりも好かれ役になってほしいのに。
「可憐の余計な一言で、乙女が落ち込んで、すぐに励まさないとヤバいと思った。それでガラにもなく可憐を叱った。多分この辺りがなかったら、ここまで消耗しなかったと思う」
「……」
「私は私のやりたいようにしている。これでも無茶をしないように気を付けてるつもりだよ。ただ数字で見えないから加減が難しいの」
「……」
目を逸らすことなく静かに話を聞く。
真剣であるが故に不器用な性格をしている。
刹那の真意を突くために世界は言った。
「ねえ刹那、二人と仲良くなって私の負担を減らすってやり方ではダメなの? それだと舐められたり、足元を掬われるとか思ってる?」
「うん。調子に乗ると碌なことがない。歯止めは必要」
体は小さいのに一切のブレがない。
刹那の存在感は大きい。
頼り甲斐があり純粋に強くて羨ましい。
「嫌われていると思われていいの?」
「いい」
「私のために嫌われてほしくないな」
「仲良くするフリがいいの?」
「それは刹那が望んでないでしょ」
「うん」
「でもさ、刹那のやってる事って汚れ役だよ」
「世界のため。一向に構わない」
刹那の在り方を世界は否定しない。
逆の立場なら同じことをしているだろう。
お互い様というものである。
「わかった。今から可憐に電話を入れて事情を伝える。あとで刹那も出てもらうつもりだから、言いたいことがあれば言えるようにして」
「いいの?」
「私の体が弱いことを二人にちゃんと知ってもらう。そうすれば自分たちの行ないについて改善をするかもしれない。まあ、できなかったら刹那が私を守ってくれたらいいよ」
「うん」
早速、世界は可憐に電話をかける。
可憐はいつになくテンションが低い。
刹那の睨まれたことを気にしているのか?
それとも世界に注意をされたことがショックだったのか?
どちらでもない。
姉の乙女にパシリで買い出しという些細なことだった。
良くも悪くも可憐は引きずらないタイプである。
「可憐、私って生まれつき体が弱い体質でね。厄介なことにストレスにも脆い弱点があってさ。体調を崩しやすかったりするの」
「そうなんですか。もしかして、具合悪くなったりしてます?」
「もうクタクタで家事をするのもしんどいレベル。刹那が世話をしてくれて助けられた。私は個人的に乙女と可憐、どちらも気が合うから楽しくやりたいけど、刹那はもう関わるなって注意されちゃって」
「そ、そんな事情があるとは知らなかったです」
今ここで知ってもらったことに意味がある。
世界の事情を伝えてわかってもらうことが必要だ。
「どれぐらいなら活動しても大丈夫かは色々試してるんだよ。可憐が持ってるゲームみたいに数字に出てくれたらいいのに。今回ちょっと調整がミスって体力ゼロになった感じなの」
「わ、私のせいですよね? 私が余計なことを言ったせいでお姉が落ち込んで、それを世界さんがフォローしてくれて、さらに私を叱ってくれて」
「予想外の対応って結構焦るから、精神的なストレスが大きいみたい。でも可憐ならきっと次は気を付けてくれるって信じてる。私もできるだけ自己管理するから、可憐もすぐに思った事を口を出すクセは直すよう頑張って」
「はい。本当にすみませんでした」
可憐の謝罪はしっかりと受け取った。
世界はそこまで大して気にしていない。
だが刹那に関してはまた別の話である。
「それじゃあ、今から刹那と交代するから、覚悟して聞いてね」
「ふえっ!? ちょ、ちょっと刹那さんがそこにいるんですか!?」
「私の目の前で聞いているよ。大丈夫、刹那はクールだから怒鳴ったりしないよ」
「待ってください!! 私に心の準備を――」
これ以上の問答は無用。
携帯を差し出すと刹那はすぐに受け取った。
煮えたぎる怒りを背負い、淡々とした非難が注がれる。
言いたいことを存分に吐き出してもらう。
最後まで聞き終えた可憐。
一時的に再起不能となってしまった。
あとで乙女が事情を知り、世界と刹那に慌てて謝罪。
世界はいつも通りで大丈夫と言う。
刹那は次から気を付けるように警告。
そして乙女と可憐は、自分たちの行ないを改めるように努めた。