World Days(新版) 作:完結の陽炎
夏祭り前に軽食は済ませておきたい。
刹那には日頃からお世話になっている。
いい機会だ。
感謝をこめて刹那のマンションで手料理を振る舞う。
世界が得意とするサンドイッチと紅茶を作った。
この二つだけは徹底的に試行錯誤をして研究を重ねている。
母の妥協をしないこだわりが受け継がれていた。
なぜそこまでしたのか?
刹那は固い表情のままで食事をする。
それを笑顔にしてみたい。
美味しかったら喜んで自然に笑うだろう。
ただそれだけの為に幼い頃から頑張ってみた。
「美味しい」
「それは何より」
世界の真心が刹那に伝わる。
打算なきシンプルな厚意。
相手が喜べば自分も嬉しい。
刹那は感情表現が苦手だ。
本人もそれを自覚して笑顔になりたいと思っている。
笑っているつもりでも相手に伝わらないケースが大半だ。
表面上しかわからない人には、クールな刹那にしか見えない。
「ご馳走さま」
「はい。お粗末さまでした」
軽食が終わった時に刹那が訊いてくる。
自分の表情が変わったかどうかを。
世界のようにニッコリできる自信はない。
「私はわかるけど、他の人だとわからないんだよね」
お互いに以心伝心ができる関係。
刹那の微かな変化を世界はちゃんとわかってしまう。
だから世界が笑ってると言っても他の人には笑ってない。
そうなってしまうので、世界の主観は参考にならない。
「世界がわかってくれるならそれでいい」
刹那からしたら他の人なんてどうでもいい。
一番わかってほしい世界がわかってくれたら充分である。
「刹那の笑顔がわかるのって私とおばちゃん、あとはことちゃんぐらいだね」
言葉の観察力は格が違い過ぎる。
世界の体調を一瞬見ただけで判別ができるほどだ。
刹那の感情表現も易々と見極めてしまう。
それは例外中の例外といっていい。
「ことぴーは凄い」
「だからこそ妬まれやすいんだよ。一番敵に回したらいけないタイプなのに」
「世界は、ことぴーがイジメられることを警戒した」
「ことちゃんは男にモテるからね。女からすればやっかみの対象間違いなし。特に乙女が一番ヤバかった」
「乙女がイジメたら世界は黙っていない。あの時の世界、カッコ良かった」
「恋敵の可能性を消してしまえば、乙女は面倒見がいいから、ことちゃんと上手くやれると思ったよ」
食休みの会話をした後で夏祭りに出かける。
アホ毛を隠すための野球帽は欠かさない。
そして刹那の左側に寄り添って歩いていく。
「わおー、祭りだから人で混んでるね」
「世界、コケないように足元気を付けて」
「刹那もね」
二人で出店をゆっくりと見て回っていく。
それだけでも祭りの雰囲気を楽しめるものだ。
途中で遠巻きから乙女と伊藤を見つける。
浴衣姿にポニーテールの乙女。
伊藤の隣を歩き、おしとやかな雰囲気だ。
伊藤も乙女のことを意識しているようである。
「邪魔しないように移動しよ刹那」
「うん」
その後しばらくして次に会ったのは光と澤永。
光は髪を団子にアップさせている。
普段では見られない浴衣姿もあって、澤永の目は釘付けとなっていた。
「光ってば、いつになく気合い入ってるね」
「世界、行こう」
「そうだね。空気を読んで静かに退散」
頃合いを見計らって屋台のたこ焼きへ立ち寄る。
二人で半分のシェアをして持参した飲み物で水分を補給。
花火があがるようになった。
空へ飛び散る音と共に美しい模様が描かれる。
世界と刹那のアイコンタクト。
人混みから離れた場所で立ち止まる。
そして二人で肩を並べて花火を見物した。
「刹那、こういう時間ってホント早いと思わない?」
「思う」
「皆で楽しむのもいいけど、こうして二人で楽しむのもありだね」
「うん」
二人の視線は青空の花火から離れない。
そのまま次の話題を振る。
「刹那って、彼氏作ろうと思わないの?」
「興味ない。世界こそどうなの?」
「私は刹那の幸せを見届けてから考える」
「そんなこと言って。世界は男子から告白されるかもしれない」
「あっても断るよ。他を当たるようにって」
「私に気を遣ってる?」
「違うよ。別の理由」
世界は数歩だけ前に出る。
その背中を刹那が見つめる。
静かに振り返る世界の後ろで花火があがった。
「私、男の人を信じられないから」
どうしても疑心暗鬼になってしまう。
刹那や言葉みたいに全面的な信頼ができない。
「刹那のお父さん、約束を守ってくれるといいね」
「世界……」
「二度と浮気しない。真面目に生きる。刹那が幸せに感じるなら、私はそれでいい。そう思ってるよ」
どうせ父は約束を破るだろうという世界の不信感。
そんな父を反面教師とするためか。
世界は刹那と交わした約束を徹底して守る。
それこそ自分の命に代えても構わない。
「たとえ浮気の子どもとして陰口を叩かれても、刹那がいてくれるから平気」
元気に笑う世界と悲しそうにする刹那。
ゆっくりと近付き刹那の頭を優しく撫でた。
まるで姉が妹を慰めるかのように。
そして刹那が花火の上昇に合わせてそっと呟く。
「おねえちゃん」
花火の音にかき消されても世界には伝わった。
生まれた時から一緒だからこそわかってしまう。
異母姉妹という秘密の関係。
それがお互いの絆を強固なものにしている。
「んっ、何か言った? という感じにとぼけたほうがいい?」
「……世界の意地悪」
「それは今更じゃない。そろそろ帰ろ刹那」
「うん」
刹那から手を繋いできた。
そういう気分になったのだろう。
何も言わずに黙って握り返し、そのまま帰路を歩いて行った。
世界が部屋で休んでいると光からの着信メール。
澤永から告白をされて光がOKで恋人成立という朗報。
これは実にめでたい事である。
世界から積極的に電話をかけて祝福をした。
「あっちへフラフラ、こっちへフラフラする澤永を、しっかりと光が捕まえておかないとね」
「わ、わかってる」
「秋には学園祭があるから、そこで恋人の時間を楽しめばいいんじゃない?」
「こ、恋人って……もう世界ってば、恥ずかしい事いわないでよ!!」
「照れない照れない。澤永と幸せになるように頑張れ」
「……世界」
「ん?」
「あ、ありがとう。色々と気を遣ってくれて」
「ううん、お礼ならことちゃんに言ってあげて。色々サポートしてくれたの知ってるでしょ?」
言葉と馬が合わないことは知っている。
それでも最低限としてお礼は言っておくべきだ。
光は面と向かって言えるほど素直になれない。
だから言葉にお礼のメールをする形にした。
光の性格をわかっている言葉にはそれで充分である。