World Days(新版) 作:完結の陽炎
時は遡って伊藤が1年4組へ行った。
展示会の店番から交代で休憩に入る乙女。
直接の顔を見ることで迷いが出た。
自信がないのは乙女だけでなく伊藤も同じ。
また人前という状況も悪い。
これでは答えを言いたくても言えない。
「誠、とりあえず一緒に学祭を見て回らない?」
「え?」
「ほら人前だし……ダメかな?」
「確かに。とりあえずそうするか?」
「うん行こう」
言っていいタイミングと悪いタイミングがある。
乙女としてもムードは大切にしたい。
バスケで例えるならウォーミングアップをするようなものだ。
「そういえば可憐が止を連れて遊びに来るんだったな」
「もう来てるはずだよ。きっと出店を巡ったら会えると思う」
「止のヤツ、すげぇ楽しみにしてたんだ。可憐に迷惑かけてないといいけど」
「あの子は体力あるから大丈夫だよ」
「たしか可憐もバスケやってるんだよな?」
「うん。お姉もやるなら私もって、昔っから私のマネしちゃって」
「へえー、姉妹ってそういうものなのか?」
「まあ、私たち一つしか歳が違わないから。服の交換とかよくやってた時期があるし」
大きな綿菓子を分け合って食べる。
ひょっとこ仮面をつけての悪ふざけで乙女を笑わせる。
校内の占いで伊藤と乙女の相性を調べてもらった。
そして廊下を歩き、伊藤の目の前に立って乙女が言う。
「二人の相性、割と良かったね」
「中学の頃、お互い言いたいこと言って喧嘩ばっかしてたのにな。でも、だからこそ気兼ねなくて楽しかったんだよな」
一緒にいても気疲れすることなく楽に感じること。
遠慮をすることなく本音をぶつけても問題がない相手。
お互いに喧嘩をしても、スッキリして仲直りができる切り替えの早さ。
総合的に考えると、伊藤と乙女の相性は良い。
「ねえ誠、後夜祭のフォークダンス、私と踊ってくれる?」
伊藤の脳裏に世界のアドバイスが蘇る。
ちゃんと言ってあげないと乙女が不安になってしまう。
一人の男として答えをハッキリさせたい。
「乙女、俺は――」
「おにーちゃ!!」
「うわっ!?」
兄を見つけて止が鉄砲玉のように抱き着く。
どこかで会うだろうと思っていた。
それが今だったのだが、実にタイミングが悪い。
「ごめんお姉、止ちゃんがセンパイ見つけちゃって」
「いいよ別に。学園内で会うことは予想してたし」
これは仕方のないこと。
お兄ちゃんっ子である止に我慢しろというのは酷だ。
まだ幼い故にタイミングの配慮はできない。
すると止が乙女に駆け寄る。
「おとねぇ」
「どうしたの止ちゃん?」
「おとねぇ、おにーちゃのことすきぃ?」
「こ、こら止、変なこと言うなよ。乙女が困るだろ?」
「へんなの?」
無垢な幼女が乙女を見上げて首をかしげる。
乙女はしゃがんで頭を撫でた。
世界を見習うように同じ目線に合わせた。
「変じゃないよ止ちゃん」
「じゃあすきぃ?」
「うん。私は誠のこと、止ちゃんのお兄ちゃんのことが好きだよ」
乙女の気持ちに止が満面の笑顔を振りまく。
すると今度は兄である伊藤の袖を掴む。
見上げた状態で純粋な眼差しのまま問いかけた。
「おにーちゃ、おとねぇのことすきぃ?」
可憐は期待に満ちた目で見守った。
乙女も伊藤の返事を待ち望んで耳を傾ける。
止のおかげで返事をするきっかけとなった。
もう先延ばしは許されないだろう。
これを逃がすと一生返事ができないように思える。
そしてついに……。
「ああ、お兄ちゃんも乙女のことが好きだよ」
その後は四人で学園祭を回る。
途中、可憐が止の帰りを送るために離れた。
伊藤は人前を避けて乙女を連れて行く。
場所は出店のないグラウンドの離れだ。
「なんか止に言わされたみたいで、俺の気が済まないんだ。だからここで思ってる事を全部言わせてくれ」
「わかった」
いつでも来いと乙女は聞く姿勢に徹する。
伊藤はグラウンドの出店がある方向を眺めた。
そこから過去を思い返すように語り始める。
「1学期から、同じ電車に乗っていた桂のことが気になって、遠くから眺めたことがあった。でもそれは桂の迷惑になるから諦めた」
「うん」
「止に優しくしてくれる西園寺のことが気になった。でも西園寺から他を当たれって言われて諦めた」
「……うん」
「こんなフラフラしてばっかりでさ。俺、正直不安なんだ。乙女と付き合って大丈夫なのかって」
一貫性がないことへの自己嫌悪。
乙女に返事をしてその先に対する不安。
未経験ゆえに上手くやっていけるかの心配が拭えない。
そして伊藤は乙女に真っ直ぐに見つめて言った。
「俺も男だからさ。エッチなことに興味がある訳で、乙女にそういうのを求めてしまったら、すごい事になると思う」
「す、すごいこと……」
「ありったけの欲望をぶつけて、乙女を傷つけるかもしれない。優しくできる自信なんてないんだよ。そんな余裕が持てるとはとても思えなくて」
「いいよ」
「え?」
「傷物にされてもいい。忘れられないほど刻み込んで、誠が私を愛してくれるなら」
「マジか?」
「でもさすがに避妊はして。まだ私たち学生で、それで子どもが出来ても困るから」
「それなんだよな。俺、経験がないから失敗してしまうかもしれないし」
乙女は可憐から吹き込まれた情報がある。
ダブルダッチメソッド。
男がコンドームをつけて、女はピルを飲むという二重の避妊法。
お金が掛かることで、こずかいで足りないのならバイトが必要だ。
女子バスケ部で活動をしている乙女。
バイトの都合をつけるのは難しいだろう。
ド短期のスポットでバイトをするのが御の字である。
場所選びも厄介だ。
伊藤は集合住宅のマンションに住んでいる。
そのため騒音で近所迷惑になる可能性がある。
乙女の自宅は両親のいない時間帯であればOKである。
「け、結構大変なんだな。そういうことするのって」
「誠が面倒なことを嫌がるのは知ってるけど」
「いや大事なことで面倒なんて言わないって。あとで後悔しないために必要なことだろ?」
「そうだね」
「とにかく俺がバイトして稼ぐよ。乙女はバスケを続けてくれ」
「でも、それだと誠に負担が掛かるじゃない。これって二人の問題だし、私もバイトして稼ぐのが筋でしょ?」
「こういう時ぐらいカッコつけさせろよ。見栄ってものがあるんだよ男には」
「本当にいいの?」
「そもそも俺が乙女にエッチしたい、なんて男のワガママ言ってるんだ。それなら俺が働いて稼ぐのがそれこそ筋じゃないか」
甲斐性の無い男と思われたくない。
伊藤誠にも男としての意地はある。
もっとオブラードに包んだ表現をするべきだったかもしれない。
だが偽りなき本音をぶつける以上、ストレートな言い方になってしまう。
「そんなに私としたいんだ」
「ダメか?」
「ううんダメじゃない。誠って中学から私を女の子扱いしてなかったから、求めてくれるのは嬉しい」
「じゃあ改めて。そういったこと全部ひっくるめて、俺と付き合ってくれるか?」
「はい!!」
カップル誕生の瞬間である。
伊藤が後夜祭のフォークダンスを誘い乙女は喜んで受ける。
こうしてお互いに忘れられない想い出となった。