World Days(新版) 作:完結の陽炎
時間をかけて少しずつ元気になってもらうしかない。
腫れ物扱いは七海が好まない。
いつも通りに接するほうが気楽でいいようだ。
光と乙女も変な気を遣わないようにしてもらった。
表面上で明るくなっただけでもマシである。
そう簡単に心の傷は治らないが気長にやるしかない。
昼休みの屋上。
ベンチに座っているのは世界・刹那・言葉。
他のメンバーは教室または食堂である。
「うん。世界のサンドイッチ、美味しい」
「本当に美味しいです。これだけの味や食感、私では出せません」
今回は二人のために自慢のサンドイッチを作った。
些か手間は掛かったが、普段からお世話になっているので苦にならない。
飲み物だけ言葉の厚意に甘えて、温かいレモネードを頂く。
「私、天文部立ち上げて心底良かったって思う。屋上が役に立ったみたいで何よりだよ」
「はい。お二人にはとても感謝しています。あの時は一刻も早く、七海さんの悲しみを取り除きたかったので」
「世界の携帯にすぐ電話したことぴーは偉い」
「同感だね。我慢したらダメな事は、私は自分の体で身に染みてるよ」
これをきっかけに七海は言葉と接する頻度が増えた。
部活で疲れている時に一緒にいると癒されるらしい。
おっとりお嬢様の雰囲気に和んでしまうのだろう。
「バスケ試合の観戦チケットとか、七海は喜びそうだけど、刹那はどう思う?」
「七海、他の人のプレイも参考になるって言ってた。プロの試合なら、より刺激になってきっと喜ぶ」
「という訳でことちゃんよろしく」
「またそうやってことぴーに甘えるの?」
「だって私はアイデア担当だもん。実行者は刹那とことちゃんのお、し、ご、と」
「言い方ムカつく。蹴りたい」
「まあまあ、せっちゃん。七海さんに元気になってほしいのは私も同じです。任せてください」
適度なアフターケアを心掛ける。
それだけ七海のことを大切にしているから。
友達としてできる事はしておきたい。
「少し寒くなってきたね。屋上で食べるのもそろそろ終わりかな?」
「今は季節の変わり目、世界は風邪をひかないように温かくすること」
「はーい」
屋上から教室へ戻り、伊藤へ話し掛ける。
止が遊びに来る日程を尋ねるためだ。
向こうの都合でしばらくは来れないらしい。
「むー残念。刹那の折り紙フルコースで、いたるちゃんを楽しませたいのに」
夏休みで世界がおたふく風邪になった時。
砂浜で刹那と止は会っている。
その際、伊藤が持っていたチラシを使って紙飛行機を折ってあげた。
もし次があれば、もっと色々なものを作ってやればいい。
「もし日にちがわかったら、乙女を通して知らせて」
「直接西園寺ではダメなのか?」
「あのね、乙女は伊藤の彼女なんだよ。その顔を立てたほうが乙女は喜ぶじゃない」
「そういうものか?」
「そういうものよ。嘘だと思うなら試してみなさい」
ここで刹那は静かに思う。
世界は自分の性格を大雑把だと口にするが違う。
相手に対して細かい気配りをする。
逆に言えば、自分の事が適当になるのが欠点。
そこは刹那が補う意思を持ち、今も観察を怠らなかった。
後日、可憐と会って近況を探る。
場所は砂浜の海岸。
誠と乙女が付き合うようになったこと。
そのバイトに奔走している。
「世界さん、世界さんのお母さんのラディッシュは募集してないんですか?」
「求人に女性活躍中で出してあるみたいよ……ほら」
携帯のネットを可憐に見せる。
確かに女性活躍中の求人記載があった。
「あー、つまり男の人はいらないと?」
「……まあ、あの店はお母さんの縄張りだからね」
男の人が入ると、どうしても空気が変わる。
色恋沙汰を持ち込むタイプは避けたいのだろう。
寄せては返す波を見つめながら、画面を閉じる世界。
可憐は少し残念そうに、砂浜に足跡をつけながら歩いた。
「お姉の彼氏……あ、もうお義兄さん候補ですかね。センパイ、バイト探しに必死ですよ」
「へえー、そんなに働きたいんだ」
「お姉にカッコいいところ見せたいのか、あるいはデート代を捻出したいのか、果たしてどっちでしょうね?」
「さあー、でも、身の丈に合わないバイトで、委員会の仕事が疎かになったら、また刹那に蹴られるかも」
やがて田中が退院すれば、誠はお役御免となる。
その辺りのタイミングも含め、四苦八苦する誠が想像してしまう。
「でも世界さん、あのお姉がですよ? センパイと同じバイトしたいとか言い出さないか心配で」
「乙女は七海と同じ女バスで部活あるでしょうに」
「そうなんですけどね。あの二人、放っておくとお互いしか見えなくなるんじゃないですか?」
「乙女はそうだろうけど、伊藤はどうだろうね」
男の浮気を思うと黒い感情が渦巻く。
父不在を思えば、男を信じきれない。
そっと気持ちの引き出しにしまいこむ世界がいた。
「もし伊藤が本当に困ってるなら、光の店を紹介してあげてもいいけど」
「あの洋菓子屋の?」
「うん。でも、あそこは光の『伊藤フィルター』が厳しいからね。可憐から見て。伊藤は光のシゴキに耐えられると思う?」
「いやーどうでしょう。刹那さんレベルに耐えられるならいけるのでは?」
「光はシャーと猫みたいに威嚇するタイプ、刹那は無言の圧だから、比べる質が違うと思うけど」
ふと世界の携帯にメール着信が発生。
光からだ。
彼氏の泰介が光の店を手伝うようになった。
男手で足りないからと、力仕事を任せて助かっていると惚気話だ。
つまり……。
「あはは、どうやら澤永で充分みたいね」
砂浜に寄せては返す波の音だけが、二人の沈黙を埋める。
光の店で汗を流す彼氏の知らせ。
どこか平和で、居場所が決まる安堵感をもたらしていた。
「その澤永さん、いい働きしそうですね。光さんに尻に敷かれてるくらいが丁度いいのでしょうか」
可憐がクスクスと笑いながら、波打ち際で貝殻を拾い上げる。
世界はその横顔を眺め、ふと考える。
泰介と光。伊藤と乙女。
それぞれの形が決まっていく中で、取り残される予感。
あるいは、守らなければならない平穏の形がある。
「……ねえ可憐。学園祭が終わって、少し寂しくなるかな」
「世界さんらしくないですよ。冬休みになれば、やることいっぱいありますって」
可憐は拾った貝殻を世界の手のひらに乗せた。
白く、冷たい感触。
世界の自己管理という名の孤独を、可憐は見透かしていた。