World Days(新版) 作:完結の陽炎
西園寺世界のパリへの引っ越しと転校。
榊野学園1年3組の担任から知らされた。
その後の休み時間に澤永と伊藤が話をする。
「まさか西園寺が転校なんてな。ここしばらく休みだったのはそういう事だったのか」
「……」
「どうした誠? お前まさか西園寺のこと――」
「いや違う誤解すんな!! 別に泰介が思ってる事じゃなくて」
「そうだよな。お前は加藤と付き合い始めたし。俺も黒田――じゃなくて光と付き合ってるからな」
「あのな、俺は止が泣くだろうから、それで悩んでるんだよ」
「あー、そいつは大変だな。止ちゃん、西園寺にとてもよく懐いてるって聞いたぜ」
「次会う時に、西園寺と清浦で一緒に遊ぶ約束しててさ。清浦が一番辛いだろうに、西園寺の分まで止と遊んでくれるって」
「なんて健気で美しい女の友情なんだ!! くぅー泣けてくるじゃないか!!」
そんな男二人とは別の位置で、光と七海も愚痴をこぼす。
世界がパリへ行った後、お詫びを込めて別れのメールを受け取っていた。
「ホント世界って勝手だよ。散々お節介焼いて何も言わずにいなくなって。私たち友達なのに」
「光の気持ちはわかるけど、世界も辛かったんだよ。メールで謝ってるんだから勘弁してやりな」
「わかってる。本当は文句の一つでも言ってやりたいけど、それで世界を苦しめたくないから」
「だね。今は海外の新しい生活で大変だろうし。しばらく様子見るしかないよ。ま、落ち着いたら世界から連絡あるかもしれないね」
乙女や可憐にもお別れの受信があった。
学校から帰った後、乙女と可憐で互いにテンションが低い。
自宅の客間にいるのは、世界との思い出を振り返ってのことだ。
「ちょっと可憐、その辛気臭い顔やめて。空気悪くなるでしょ」
「それはお姉のほうじゃん。鏡見てみなよ。はぁー」
「人前でため息つくんじゃない。まったくもう」
「こっちに当たらないでよ」
面と向かってバイバイすら言ってもらえなかった。
恋愛の悩みでお世話になったのに。
姉妹揃って流石に落ち込んでしまう。
「それでお姉のメールはどんな内容だった?」
「なんでアンタに教えないといけないのよ?」
「だって私の内容と違うだろうから気になるじゃん」
「なによ。アンタのはどうせ叱られるような内容でしょ」
「お姉を支える立派な妹として逆に褒めてるよ。ま、お姉のは間違いなく、センパイとお幸せにで祝福する内容に決まってるね」
「……別にいいでしょ」
「やっぱり。でもパリかぁ、一度でいいから海外に行ってみたいなぁー」
「アンタね、遊びの旅行と引越しでは全然違うんだから」
一方、桂家でも影響を受けていた。
いつもの元気な心の姿はない。
世界からお別れの挨拶がなかった事実。
心のことなんてどうでもいいんだ。
そんな悔しい気持ちで部屋にこもりがちとなる。
言葉の説得に耳を貸さない。
世界を見送ることができた姉の言うことなんて聞けない。
「もういいもん!! 世界さんなんて大嫌い!!」
姉への反発もあって心は言ってしまった。
世界の辛い気持ちを知っている言葉。
とても看過できるものではない。
「心!!」
室内に響く平手打ちの破裂音。
頬を引っ叩かれた心。
泣きながらお姉ちゃん大嫌いと叫び散らした直後、部屋のドアを乱暴に閉じて出て行った。
すぐに母が来て今はそっとしておくように言葉を慰める。
大切な妹に手を出した苦悩を抱えて母に従うしかない。
数日が経過をして、世界から心宛に国際の郵便物が届く。
心は携帯を持っていないため、別れのメールが送れなかった。
そのことに対して、お詫びの手紙と左右用に髪飾りとなる小型の赤いリボン二つが入っていた。
世界が心をどうでもいいとは思っていない。
その証拠を受け取った心。
母と姉が見ている前で耐えきれずに泣き崩れる。
何度も涙声でごめんなさいと謝ってしまう。
言葉は静かに涙を流し、母も目元を拭った。
髪飾りの左右リボンをつけてからの心は変わった。
以前よりも明るく元気に、そして前向きに日常を過ごしていく。
乙女の家にも世界から国際の郵便物が届く。
伊藤の彼女となった乙女に依頼の手紙。
同封している止宛と田中宛を伊藤を通じて渡してほしい。
止のはお別れの手紙とおしゃれなベレー帽。
田中にはメッセージカードを添えたパリのお菓子詰め合わせ。
乙女はすぐに連絡をとり、それぞれの荷物を伊藤に手渡した。
「止の贈り物は、来た時にタイミングを見て渡すよ。手紙は俺が止に読み聞かせて大丈夫か?」
「うん大丈夫。世界の依頼にも、伊藤に読んでもらってって書いてあったから」
「わかった。それで田中のほうは、学校に復帰した時に渡せばいいのか?」
「うん。伊藤は田中の代理でクラス委員をしているから、それで渡しやすいだろうって。田中の住所を知らないのもあって、面倒をかけちゃうけどよろしくだって」
「律儀だな。田中を推薦したのは西園寺だから気にしてるのか?」
「世界は清浦さんが大事なんだよ。だから同じ委員として、田中に清浦さんを支えてほしいみたい」
「えっ? あの二人ってそういう関係なのか?」
「そこまではわからないけど、世界の事だから二人をくっつけようとしてるんじゃない?」
「あり得る。けど、あの清浦に彼氏って……ちょっと想像できないな」
後日に学校へ復帰を果たした田中。
迷惑をかけてしまった伊藤に頭を下げる。
伊藤は気にせずに世界の贈り物を渡した。
メッセージカードには復帰のお祝いと田中の応援が込められている。
刹那を振り向かせるのは難攻不落。
しかし諦めたらその時点で一本負けだ。
勝利のピースサインの絵付きで、いかにも柔道部の田中をやる気にさせる内容であった。
伊藤が暮らすマンションに止が待っていた。
部屋の中でインターフォンが鳴る。
兄を差し置いて止がドアを開けた。
ケーキを手土産とした刹那が立っている。
いつもと違ってリボンをしていない。
世界が返すまで付けないと誓ったから。
「せっちゃ、おげんきないよ。びょーき?」
「止ちゃんは元気?」
「いたるはげんきだよ。ねえ、せきゃいがいないの?」
刹那は表情に出さないが辛そうだ。
さすがに伊藤が空気を読んで気を遣う。
「止、今日は清浦が折り紙をする約束を果たすために来たんだ」
「ほえ?」
「ほら、あの時は浜辺で紙飛行機一つだけだっただろ? 今回は部屋で清浦の折り紙フルコースを楽しむ約束だから」
刹那の折り紙はあんなものではない。
もっと凄いものを見せるという強気なごまかし。
なるべく世界を意識させないようにするためだ。
「伊藤……」
「清浦、折り紙は持って来てるんだろ?」
「うん。そのつもりで来たから」
「西園寺のことは後で俺が言うから。清浦はそれで止と遊んでやってくれ」
「わかった」
伊藤の配慮もあって刹那は折り紙に専念できた。
止は世界がいない物足りなさを感じても特に何も言わない。
なんとなく刹那が悲しむことがわかったから。
刹那が帰った後のタイミングを狙う。
避けては通れない道として覚悟を決める。
止が悲しむのを承知で真実を伝えることにした。
「止、大事なお知らせがあるんだ」
「だいじ?」
「ああ。ここに止に向けての手紙があるから読むぞ」
「うんよんで!!」
伊藤は別れの手紙を止に見せて読み聞かせる。
これまで止と遊んで楽しかった。
でも母のお仕事で遠い外国で暮らすことになった。
将来の夢に向かって頑張る止をパリで応援している。
内容を要約すればそんな所だろう。
おしゃれなベレー帽は画家に似合うデザインをしている。
止は今にも泣きそうな顔で問いかける。
「おにちゃ、せきゃいともうあえないの?」
「ああ、遠い外国に行っちゃったからな」
「やー!! せきゃいともっとあそびたいのぉ!!」
「いつかきっと会えるよ」
「やー!!」
この時の止はいくら慰めても泣き続けて止まらない。
もう二度と世界と会えない。
止の中にある勘がそのように感じ取った。
やがて止が泣き疲れて眠る。
世界の存在感が大きいことを改めて知った。
伊藤としても素直に寂しいと感じてしまう。
止が帰る時、贈られたベレー帽を被っての決意表明。
偉い画家になって世界に会いに行く。
幼い止が一生懸命に考えた答えである。
それに感動をした伊藤は兄として応援をすることにした。
………………。
…………。
……。
榊野学園の生活。
いつも通りを振る舞うのは意外にも刹那だ。
今までと違うのはトレードマークの大きなリボンをしていないこと。
「ことぴー、お昼食べよう。屋上で」
「わ、わかりました」
言葉の態度はぎこちない。
それは無理もない。
まだ世界が海外へ発ってから日が浅いので引きずっている。
刹那の次に付き合いが長かったのは言葉だから。
いなくなって気付く大きな存在。
胸の内がポッカリと穴が空いたような虚無感が拭えない。
「ことぴー、しばらくはおね――世界に連絡はしないように」
秘密を共有している言葉が相手だからだろう。
うっかり姉呼びをしそうになってすぐに訂正をする。
「パリの新たな生活を邪魔しないようにするためですね。わかりました」
「光たちにも伝えた。引っ越しと転校で色々大変。邪魔をしたらいけない」
「そうですね。世界ちゃんが落ち着くまで静かに見守りましよう」
「うん」
刹那の頭部がどことなく寂しい。
それだけでも喪失感を意識せざるを得ない。
だからこそ世界のことを忘れたりしない。
しかしこの時の刹那たちは知る由もなかった。
その後の悲劇を。
取り返しのつかない未来が待っていることを。