World Days(新版) 作:完結の陽炎
雪が舞う冬の季節に突然の訃報。
西園寺世界が亡くなった。
体調不良で倒れた際の転落事故である。
遺品の日記に心身ともに疲弊する過程が書かれていた。
どれだけ具合が悪くなっても必死で耐え続けた日々を。
母の仕事を邪魔しないため。
決して足を引っ張ることがないように。
孤独感に蝕まれながらも頑張ってきた。
刹那との約束を支えとして。
この事実を知った世界の母は心中察するに余りある。
あまりの絶望感で放心状態に陥ってしまう。
パリまで駆けつけてくれたのは刹那の母と言葉の母。
生存をしている刹那および世界の父親は?
浮気性で入籍をしておらず認知もしていない。
娘と認識をしているのは刹那ぐらいで世界は含まれていない。
刹那の母が連絡を入れても、病気を理由に欠席を表明。
本当に病気か疑わしいが、そんなことに構っているヒマはない。
桂家が全面的な支援をして、清浦家は手続きの処理を行なう。
世界の母でないと出来ない所はやってもらい、それ以外は全て両家の連携で手伝う。
エンバーミングという防腐処置を施して国内への搬送。
桂家のコネで葬儀場の安置室まで世界の遺体が運ばれた。
「……」
刹那の手元に約束のリボンだけが戻ってきた。
赤黒い血に染まって落ちることがない。
それが失った世界の命を表していた。
刹那は認めない。
まだ約束を果たしていない。
もう一度世界に会って、その手でリボンを返してほしい。
そうしないと無効だ。
こんな形で受け取りたくない。
その際、世界の母へ刹那が迫った。
頭に鮮血のリボンを付けて。
「世界を返してください」
「やめなさい刹那。もう世界ちゃんは……帰ってこないの」
刹那の母が娘を強く抱きしめて止める。
それでも刹那はやめない。
悲痛にも世界の母を責めた。
自分の夢のために娘を犠牲にした。
その罪深さが許せなくて我慢ができない。
「返して……返してよおばさん……私の……っ……おねえちゃん返して!!」
異母姉妹のことは禁忌として互いに触れなかった。
娘に隠していても当人たちは知っている。
実際に口に出されてしまうと重みが違う。
両家の母が受けた衝撃は如何ともし難いものであった。
世界の日記には心残りが書かれていた。
それは刹那に対して、愛称のせっちゃんで呼んであげなかったこと。
唯一、刹那と本気で喧嘩をしたあだ名事件。
言葉を紹介してせっちゃんを譲ったあの日を忘れない。
空港で見送られた時に呼んであげればよかった。
だから次に再会して二人っきりの時に呼んでみよう。
それで刹那が幸せに感じてくれることを願って。
故人の心残りを叶えるため通夜の寝ずの番がある。
置き型の渦巻線香で長時間に焚き続ける。
世界と最も関係が深い親族は、腹違いの妹となる刹那に他ならない。
二人っきりで最後の時間を過ごしてもらうため刹那が寝ずの番をする。
実際には徹夜でやる必要はなく、眠りたい時は寝て構わない。
「……」
棺桶で永眠をしている世界の傍から離れない。
遺品となった世界の日記を最初から目を通す。
ページの所々で涙の跡があり、世界がどれだけ独りで我慢をしたかが伝わる。
ホームシックに耐えるためか、回想日記になっている所もあった。
それぞれの出会いが書かれて、刹那も懐かしく思い出す。
いずれも世界の傍で見てきたので記憶の共有がされている。
「……っ」
刹那の表情が曇る。
体が弱いことを精神で耐えるには限界があった。
悪い夢を見ることが増えて不眠症に悩まされていく。
どこかで命を落とすかもしれないという弱音が垣間見える。
そのたびに刹那のリボンを返す約束で奮い立たせた。
「無茶はダメって……あれほど言ったのに……」
文字の筆圧と乱れから世界の辛さが嫌というほど伝わった。
刹那が傍にいたら間違いなく止めている。
もういい休めと叱り飛ばしてでも休ませている所だ。
母が今まで以上に多忙で世界を見ていなかった。
世界も母の邪魔をしないように気を遣い続けた。
そして空白のページが続き、最後のページに遺言が書かれていた。
『刹那との約束は守りたい。もし果たせずに私が死んじゃったら、借りてる刹那のリボン、刹那の所へ返してほしい』
日記を落として棺桶に両手をつける。
力がこもってしまって打撃音が響いた。
ギュッと拳を握り、顔色が真っ青に染まる。
「私のせい……私が世界を……おねえちゃんを……」
世界がパリの生活が落ち着くまで連絡をしないように皆に言った。
その配慮が裏目となり、逆に世界を追い詰めてしまった。
もし連絡をしていれば、世界は助けを求めてくれたかもしれない。
仮に強がりで嘘をついても、刹那なら声だけですぐにわかる。
そうすればパリまで助けに行けたかもしれないのに。
「あぁ……ぁっ……っ」
半身をもがれるような精神的な痛み。
喪った存在があまりにも大きすぎる。
かけがえのない親友であり家族を、己の判断ミスで死なせた。
殺したも同然という自責の念に耐えきれない。
母がどれだけ刹那は悪くないと言っても効果はない。
世界が体調を崩して危険なことになるぐらいは予想ができたはず。
それが出来ないほど、刹那の視野は狭くなっていた。
無理もない。
空港での別れがそれほどまでに辛く悲しかったから。
ささやかな葬式が始まる。
親しい身内や友人が参列をしていた。
頼れる親戚がいない浮気の子ども。
そんな辛い立場にいながらも明るく振る舞い、周囲への気配りを欠かさなかった。
呆然とする者、涙を流す者、落ち込み下を向く者など反応は様々。
そんな中、遺族以上に声をあげて泣き叫ぶ者がいた。
桂心と伊藤止。
故人の世界が国際便で贈り物をするほどに気に掛けてくれた。
知らせない訳にはいかず、弔いの場は慟哭と化してしまう。
そんな出来事があっても時間は残酷にも流れていく。
いつもの日常として社会人は職場、学生は学校の生活を送らなければならない。
寒い冬でも屋上で一人のお昼休みをする言葉。
天文部の思い出が忘れられなくて部長を引き継いだ。
あれから刹那は学校に来ていない。
部屋にひきこもって登校拒否を続けている。
刹那の母または見舞い代表の言葉が食事を出しても全く手をつけない。
無理に食べても吐き出す拒食症に陥っている。
空港での別れが言葉の脳裏によぎる。
大切な親友を、妹を託されたあの日を。
その場限りの事だとは思わない。
世界の遺志を継ぐため刹那を見捨てたりはしない。
この日も欠かさずに言葉は見舞いへ行く。
刹那の母から受け取っている合鍵を使ってマンションの部屋へ入る。
ふと胸騒ぎがして急いで刹那の部屋をノック。
いつも通りに反応がないので扉を開けた次の瞬間。
「っ!!」
ベランダまで一気に駆け出し、刹那を引き寄せての平手打ち。
いわゆる火事場の馬鹿力で、刹那の飛び降りを阻止した。
刹那の頬が赤く腫れたのに痛がる様子がない。
目が虚ろで倒れたまま動かない。
「二度と……二度とこんな事しないでください……お願い……します」
悲しみを押し殺して声掛けをする。
腫れた頬を優しく撫でても無反応だ。
言葉はあらゆることを考える。
刹那が自らの命を絶とうした事実。
このまま放っておくと次こそ命が危ない。
だからといって施設入院をさせても解決できるとは思えない。
生ける屍となってしまい二度と会えなくなる。
それは言葉にとって受け入れ難いことだ。
だがここで閃く。
もしかしたら刹那の意思を取り戻せるかもしれない。
たとえ仮初のものであっても構わない。
精神的に限界を迎えつつある言葉に選択の余地はなかった。
「なにボーとしてるの刹那。もしかして夢でも見てるの?」
それは世界のモノマネ。
幼馴染としてずっと見てきた。
喋り方や仕草のクセを再現する。
たとえ死者への冒涜だとわかっていても。
「せ…ぃ…っ……」
刹那から反応があった。
ハッキリとは聞こえないが微かな声が漏れる。
刹那を救えるなら何でもやる。
これまでの思い出を糧として世界の喋り方を続けた。
刹那は幼児退行を起こしているのだろう。
せっちゃん呼びを求める。
そして世界のことをおねえちゃんと呼びたい。
今まで溜めていた願望が溢れてしまっている。
言葉はすべてを受け入れた。
亡くなった世界への罪悪感を背負う。
刹那まで喪いたくないから。
そうなったら言葉の精神が壊れる。
否、もうすでに壊れているのかもしれない。
世界の墓にお供えするための贈り物を作る。
桂心と伊藤止が協力をして絵を描いた。
天使の世界を止が描き、天国の背景を心が描く。
二人のメッセージも世界宛に書いた。
止は立派な画家になる。
天国の世界に喜んでもらいたいから。
心はお母さんの手伝いをしてお姉ちゃんを支える。
天国の世界が言葉のことで心配をしなくてもいいように。
喪った世界の繋がりで、止と心は大親友となる。
すべてはあの世に逝ってしまった世界のために。
………………。
…………。
……。
世界の髪型・色・長さを調整。
触覚のように逆立つ毛まで言葉は再現をする。
胸を小さくする手術もするほどの徹底ぶり。
たとえ周りが何と言おうとも突き進む。
刹那のために西園寺世界を演じるのをやめない。
当然ながら両親の猛反対があった。
そこに介入をしたのが気丈に振る舞う心。
こころの命を引き換えにしてもいい。
お姉ちゃんのやりたいようにやらせて。
自己犠牲で一生分のお願いをする愛娘の健気さ。
もはや父は無力感の余りに何も言えなかった。
一方で母は我慢の限界を超える。
世界の母が喪に服すため、桂家が与えた別荘に引きこもった。
そこへ向かい、掴みかかって烈火のごとく責めたのだ。
なぜ相談をしてくれなかったのか?
桂家に世界を預ければこんな事にはならなかった。
その瞬間、世界の母は精神崩壊となる。
今まで仕事のために仕方がなかった。
そんな言い訳をして現実逃避をしていたのだ。
しかし解決策があったのならば、後悔が一気に押し寄せてしまうのは必然。
その後、世界の母は精神病院へ入ってしまい、もう二度と社会復帰をすることはない。
「えへへ、おねえちゃん」
「なによ。もうせっちゃんって甘えん坊だね」
刹那が思い出の公園で散歩できるほどになった。
世界になりきる言葉の腕にしがみついて歩く。
実に歪んだ関係である。
狂っていると言われればその通りだろう。
いつまで続くのかは誰にもわからない。
まるで世界とひとつになれたようだ。
刹那の頭にある鮮血のリボン。
それが悲哀するように風になびいていた。
【END】