World Days(新版) 作:完結の陽炎
刹那は自己犠牲が強い。
世界の為なら何でもしようとする。
その危うさを考えると迂闊に電話ができない。
刹那を大切に思うが故である。
言葉は頭が良く家庭の環境にも恵まれている。
今までも支援を受けて助けられた事に感謝をしている。
刹那を任せるのにこれ以上の適任者はいないだろう。
そう判断した世界は携帯を手に取って連絡をする。
「ことちゃん。ごめんね急に電話しちゃって」
「いいえ大丈夫です。それでどうかしましたか?」
「うん……ことちゃんにお願いがあるんだ。私にとって一生のお願い」
「世界ちゃん?」
不思議そうにする言葉。
声のトーンからしていつもの世界ではない。
しばらく間を置いてから世界が口火を切る。
「私のお母さん、パリに転勤が決まって、私も連れて行くって」
「えっ……それは世界ちゃんがパリへ引っ越す、ということでしょうか?」
「うん。だから刹那のこと、よろしくお願い。ことちゃんだから頼みたいの」
「待ってください。世界ちゃんはそれでいいんですか?」
それが世界の本心ならば辛くても受け止める。
だがそうでないのならば……。
「いいわけないよ。でもお母さんの夢を壊したくない。私だけ残りたくても、他に頼れる親戚もいないから無理だって」
「親戚でなくてもここにいますよ」
「え?」
「世界ちゃんは、急激に環境を変えると、体調が崩れてしまうことは存じています。お医者さんからも気を付けるように言われていますよね?」
「うん。環境を変えるときは、時間をかけて焦らず慎重にって」
世界がパリへ行くのは健康面で問題がある。
引き留めるほうが西園寺親子のためだ。
それができるだけの切り札を言葉は持っている。
「私の家、ご存知だと思いますが空いている部屋があります。小さい頃からよくお泊りに来ている世界ちゃんなら、少なくとも不慣れな海外生活よりも安心できるのではないでしょうか?」
「た、確かにその通りだけど、でも私がことちゃんの家で世話になっても大丈夫なの? ことちゃんの両親、おじちゃんとおばちゃんが許してくれるの?」
「それは大丈夫です。世界ちゃんなら喜んで歓迎してくれます」
世界の母はパリへ行き、世界は言葉の家で暮らす。
これなら母の足を引っ張らずに済む。
母も娘が小さい頃からお世話になっている桂家なら安心して預けられる。
どちらにとっても良い事なので断る理由がない。
「お母さんの説得はどうしよう? おばちゃんに任せたほうがいい?」
「そうですね。大人の事情には、同じ大人で説得をするのがいいと思います」
「わかった。パリ行きは急な話で、まだ手続きはしてない状態なんだ」
「それは一刻を争いますね。今すぐに取り掛かりますので、結果は後ほどお知らせします」
事態を重く受け止め、その後の言葉は早急に動いた。
両親に事情を説明して世界が暮らすことを快諾。
世界の母との話し合いも特に問題はなかった。
実際にやってみると呆気ないものである。
だが、これまでの積み重ねた信頼関係があればこそだ。
こうして瞬く間に全てを丸く収めてみせる。
それを言葉の口から聞かされた時。
世界は呆れたようにこう言った。
「お母さん、親戚にこだわってたから失念してたって。その手があったみたいな顔をしてたよ、まったくもう」
「世界ちゃんが真っ先に連絡をしてくれたおかげです。もし手続きが済んでいたら手遅れになる所でした」
「じゃあ昼休み、皆で屋上集まって報告しないとね」
後日、その報告を聞いて皆のテンションは上がった。
よくやったと言葉の手腕を褒め称える七海と乙女。
あの光ですら今回だけは認めてあげると労う。
そして刹那は……。
「ことぴー、ありがとう」
「きゃっ……せ、せっちゃん」
言葉に抱き着いて感謝を全身で伝える。
誰よりも喜んでいるのが刹那に他ならない。
もしパリで世界が病気になったら助けに行けないから。
まさに命の恩人である。
ちなみに桂家で最も歓迎をするのは。
「わーい!! 世界さんが家で暮らしてくれるなんてすっごく嬉しい!!」
心で間違いない。
世界によく懐いているのでこれ以上にない喜びだ。
諸々の手続きを完了させて、世界の母がパリへ出立する。
そして世界は桂家の空いている部屋へ引っ越しを済ませた。
「おじちゃん、おばちゃん。これからお世話になります」
初日は歓迎会を開いてくれる。
言葉の両親がわざわざ時間を作ってくれた。
プライベートの大切なイベントも大切する良きご両親である。
「うむ。世界ちゃんは昔から言葉や心と仲良くしてくれて娘も同然。何も遠慮することはない」
「世界ちゃんが女の子じゃなかったら、お父さん絶対に反対していたわね」
「当たり前だ。いかなる事情であろうと、年頃の娘がいるのに男と同居なんぞは断じて認めん」
「いつか言葉にも、そういう人が現れますよ。心にも」
「心は早すぎる!! 言葉だってまだ――」
「はいはい。世界ちゃん、改めて娘たちをよろしくね」
「わかりました」
桂家の風呂場は世界がいたアパートの浴室よりも広い。
心にお願いをされて背中の流しっこをする。
そして一緒に湯舟に浸かっての雑談に興じた。
「小さい頃に居合を習って、そこでこころちゃんのお姉ちゃん、ことちゃんと出会ったのが全ての始まりかもね」
「お姉ちゃん、そのときのことよく覚えてて今でもお話するよ。初めてお友達ができたって」
「他の習い事もやってたのなら出会いは一杯ありそうだけど、ことちゃんの性格的に難しかったのかな?」
「お姉ちゃん人見知り激しいから。世界さんみたいに引っ張ってくれる人がいないとダメなんだ。とっても怠け者さんなんだよ」
妹に随分な言われようである。
言葉は自ら進んで関わろうとするタイプではない。
相手の出方を伺って様子を見る慎重派だ。
「普段は英気を養って静かに暮らし、いざという時に活躍するのがことちゃんだからね。私がこうしていられるのも、ことちゃんのおかげだし。他の友達もことちゃんのサポートに助けられて感謝してるんだよ」
「こころ知ってるよ。お姉ちゃんがイジメられないように、世界さんが対策をしてくれたこと。お姉ちゃん凄く感謝してたから」
「実際に守ったのは中学なら七海で、今の榊野学園なら乙女だけどね」
物理的な接点がないため、世界が直接守るという手段はない。
中学は別であり、榊野学園でもクラスが違っている。
生まれつき体の弱い体質で、刹那みたいな護衛が難しいので現状が妥当かもしれない。
「あと数年もすればこころちゃんは中学生。成長を楽しむ時期だね」
「世界さんの中学ってどうだったの?」
「勉強が辛いの一言に尽きる。小学と違って科目があっちこっち増えるからね」
「それじゃあ今はもっと大変なのぉ?」
「そこまで心配しなくても大丈夫。私みたいな物覚え悪い生徒でも何とかなってるから」
「え? 世界さんってそんなに頭がよくないの?」
姉の言葉が聞いたら叱りつける言い方だ。
決して悪意はない。
純粋であるが故の疑問である。
「成績表やテストの点で数字は出るからね。それで比べたら刹那やことちゃんよりも私の点数は低いよ」
「でもそれだけで頭悪いってこころ思わない。むしろ世界さんっておねえちゃんよりもスゴイって思う」
イジメの対策もそうだが、学園祭でも悪い事をされないように根回しをした。
恋愛面においても、乙女と光のサポートを行ない、時には伊藤にアドバイスを送っている。
本当に頭が悪い人ならこういった事が出来るとは思えない。
姉からその辺りをよく聞いた上で心がそのように主張をした。
「なるほど。こころちゃんは賢いね。確かにそういう意味だったら、私の頭は悪くないって自信もっていいかもしれない」
心にとって世界は憧れの人といっても過言ではない。
相手の幸せを願い、行動し、結果に結びつけるから。
やがて入浴が終わりパジャマに着替えて髪を整えた。
「こころ、部屋に戻るけどいつでも遊びに来てね」
「ただし部屋はノックしてね、と付け加えると尚良し。忍び込まれたらビックリするでしょ?」
「わあー、ニンジャさんになってみるの楽しそう」
「隠密なんてしたら怒られるってば。昔、それで刹那に怒られた私が言うんだから間違いない」
まさに経験者は語る。
心を通じて昔の自分を見てしまう。
こうして心は寝室へと戻っていった。