World Days(新版) 作:完結の陽炎
言葉の部屋をノックする世界。
許可を得て入ると、ルームワンピース姿の言葉が迎えてくれた。
寒い夜に温かいレモネードを頂いてホッと一息つく。
「すみません。心が一緒に入るってワガママ言っちゃって」
「刹那と一緒に入った小さい頃を思い出せて楽しかったよ」
「心が変なこと言って迷惑かけませんでしたか?」
「大丈夫だよ。こころちゃんと話してみたけど、ことちゃんへのコンプレックスは特になく、純粋にお姉ちゃん大好きっ子で安心したね。私でも妬みという感情はあるのにさ」
「いつか心もそう感じる時は来ます」
「もし反抗期があってもそれが成長するってこと。嬉しくあり寂しくもありだね」
寒い時期で人肌のぬくもりが恋しい。
世界が言葉と肩をくっつけて会話をする。
特に嫌がる様子を見せず受け入れてくれた。
「世界ちゃん、もうすぐ冬休みですね」
「えへへ、宿題と天文部レポートでの協力よろしくです」
「わかりました。でも宿題の丸写しはいけませんよ」
「それは刹那が絶対に許してくれないから諦める」
トホホと落ち込みモードの世界。
言葉が慰めて話題を変えてくる。
「クリスマスは黒田さんのお店でアルバイトでしたね?」
「そうだよ。家業のケーキ販売で人手足りなくて、2名のヘルプ要請あったからね。私と刹那で救援をする予定」
本来なら接客が苦手な刹那がバイトを引き受けることがない。
愛想笑いもできないから接客が無理だと言っていた。
だが心配は無用である。
今回はクリスマスだけのスポットバイトだ。
トナカイの着ぐるみで、生真面目な刹那のギャップ可愛さがあり愛想笑いは不要である。
何かあってもサンタ衣装の世界がフォローをするから安心して仕事をすればいい。
来年以降になれば可憐がいる。
今年だけでいいから光のために助けてほしい。
そんな世界の説得もあって、刹那は今回だけということでOKをした。
「ことちゃんのクリスマス予定はどんな感じなの?」
「今年は心の要望があって、ヨットで過ごすことになります」
「おっ、ナイスなボートに乗れて楽しそうじゃない。去年は榊野ビルズにある高級レストランのディナー、一昨年はパリの海外でクリスマスを過ごしたよね?」
「そうなんです。世界ちゃん、よく覚えていますね」
「まあね。ヨットで貸し切りなら人混みが苦手なことちゃんも大丈夫。そんなこころちゃんの気配りが混ざっているんじゃない? クリスマスって大抵どこも混雑するし」
「そう……でしょうか?」
「お姉ちゃん思いの優しい妹、子どもっぽく見えて実は思慮深い。将来が楽しみだね」
第三者目線としての客観的な分析。
言葉からだと姉目線という主観がどうしても入る。
相手に共感をして理解をする世界。
心が世界によく懐くのはそういうことかもしれない。
「そういえば、田中が復帰しても刹那との進展は全く無いんだよね。刹那はあくまで同じ委員としてしか見てなくて。田中の気持ちは……ことちゃんもわかってるとは思うけど」
「はい。田中さんがせっちゃんを見つめているのを何度か目撃しています」
「想うだけでは伝わらないよって田中にアドバイスはしたけどね」
「田中さんには世界ちゃんがお似合いだと、せっちゃんは仰っていました」
「なんか押し付け合いになってるね。いっそのこと、ことちゃんが田中と仲良くなる? 同じ委員で接点あるでしょ?」
「そ、それはちょっと……」
「冗談よ。別に田中が悪い訳じゃないけど、ことちゃんは男の人苦手だもんね」
「は、はい……」
「ことちゃんはそのままでいいんだよ。話ができるなら特に支障もないでしょ」
「そう言って頂けると救われます」
男の人に触れられることに生理的な恐怖を感じる。
無意識にも防衛本能が働く。
でも物理的な接触がなければ男性との会話は可能だ。
「ところで、今度いたるちゃんと一緒に絵を描く約束をしたんだけど」
「伊藤さんの妹さんですか?」
「そう。いたるちゃんはクレヨンで線のタッチを描くのが上手くてさ。それで私は塗りで手伝ってみようかなって思ってるの。でも塗るのってクレヨンだと固くて難しいんだよね」
「オイルパステルが塗りに適しているといいます。商品の名称でいえばクレパスです」
「へえーそうなんだ」
「私のお古でよければ差し上げますよ」
「じゃあ遠慮なく頂戴するね。あ、もしいたるちゃんが欲しがったらあげてもいい?」
「もちろんです」
「学校の美術で、ことちゃんって普通に絵が上手いけど、習い事で絵を描いてたよね?」
「たしなみ程度です。お父さんから幅広く学び、視野を広げ、人生の選択肢を広げるように教えられました」
実に良き父で世界にとっては羨ましい限り。
だからといって生まれを否定するつもりはない。
刹那と出会い、言葉とも仲良くなれている。
それだけでも充分に生まれて良かったと思えることだ。
………………。
…………。
……。
乙女を通じて止が遊びに来る日時を把握。
伊藤のマンションに彼女の乙女が来て伊藤が対応している。
止は伊藤のマンションに来ることはできるが、世界が最寄りの東原己駅まで会いに行く。
一人で出歩かせることへの是非は問わない。
それは家庭によって安全と危険の判断基準が異なる。
世界は自分が駅で会いたいと思ったからするだけだ。
事前に乙女を介して伊藤にも伝えてある。
「せきゃい!!」
「やっほーいたるちゃん、元気にしてたかな?」
「いたるはげんきだよぉ」
お互いに帽子を被り、世界はしゃがみ目線で話す。
太陽のような明るい笑顔に癒された。
世界は何となく予想をする。
子ども心にある気まぐれで止は寄り道をするだろう。
好奇心旺盛で冒険心に溢れている印象があった。
「ねこぉ!?」
「鳥」
「おはな!!」
「車」
しりとりをするかのごとく軽快なノリ。
これらの要素が後にお絵かきのネタになる。
「お絵かきは塗り塗りで、いたるちゃんのお手伝いするね」
「ぬりゅの?」
「そのためにクレパスというアイテムを持ってきたのだよ」
「くれぱ?」
「ふふーん、後のお楽しみ。さあお兄ちゃんのマンションはもうすぐかな? かな?」
「こっち」
車道側に立って止の保護者をする。
いつも刹那に守られているが、今回は世界が止を守っている。
逆の立場をやることで、刹那の気持ちを味わうことができた。
そして伊藤のマンションが見えてくる。
「よっしゃあ、善は急げ。レッツゴー!!」
「ごー!!」
エレベーターで5階に来て、伊藤の表札がある部屋へ到着。
インターフォンに手を伸ばすが途中でストップ。
少し思う所があり、手を引っ込めて一歩下がった。
「せきゃい? おさにゃいの?」
「いたるちゃんに押してもらおうと思って。お願いしてもいい?」
「いいよぉ!!」
幼い止は呼び鈴のボタンに届かない。
だからジャンプをして押すを三回繰り返した。
「ポチポチ押すの、楽しかった?」
「うん!!」
「だよね。私も小さい頃、ポチッと押すの楽しかったから」
しばらく待つとガチャとドアの開く音。
そこから伊藤が出てきて、その後ろに乙女が控えている。
「西園寺、時間が掛かったようだけど道に迷ったか?」
「いたるちゃんとの散歩を楽しんでいたからね。可憐のゲームにある、パーティーを組んで冒険をするイメージよ」
「それは楽しそうだな」
「それより、いつまで私といたるちゃんをお外に立たせるの?」
「おっと悪い。とりあえず入ってくれ」
「お邪魔します」
「しまーす」
何気ない止の一言。
それを耳にした世界は悲しそうな表情を浮かべる。
止に対しての同情が禁じ得ない。
「……悲しいね。妹なのに、ただいまと言えないなんて」
「西園寺……」
伊藤もおかえりと言ってあげたいのだろう。
許されない大人の都合。
それに巻き込まれた子どもの悲劇だ。
「せきゃい、かなしーの?」
「んにゃ、へっちゃら。いたるちゃんの笑顔を見て元気百倍だよ」
「えへー」
伊藤の両親が離婚した時。
父と母でどっちかを選ばないといけなかった。
止は第三の選択として、兄を望んだが無論ダメである。
父嫌いの伊藤は母を選んだことで、公平のため妹の止は父に引き取られてしまった。
過去はどうにもならない。
今を楽しむことを大切にしたい。
できることをやるしかないから。
クレヨンの止にクレパスの世界。
線のタッチで、猫・鳥・花・車を描く止。
寄り道で見たものをモデルにしているようだ。
描かれた絵を線の色に合わせて塗る世界。
クレパスに興味津々の止に使ってもらう。
序盤のクレヨン描写で体力を消耗する止。
それでも気楽に塗れるクレパスを気に入った。
「いたるちゃんがいい子になるならプレゼントするよ。お兄ちゃんの言うことを聞けるかな?」
「きく!! いいこになりゅの!!」
「オーケー。証人は乙女と当事者である伊藤で」
「相変わらずお人好しだね世界は」
「いいのか西園寺?」
「いたるちゃんが使ってくれたほうが有意義だから全然OK」
クレヨンは硬くて折れにくいから線描しやすい。
クレパスは柔らかくて折れやすいが面描しやすい。
人に向き不向きがあるように、物にも向き不向きがある。
世界は使い分けを止に教えてみた。
前半は全力でクレヨンを用いて線を描く。
後半は余力でクレパスを用いて面を塗る。
こうすることで時間をかけて楽しく絵が描ける寸法。
とことん遊びたい止の気持ちに寄り添うやり方だ。
そして遊び疲れての昼寝をするのは必然であった。
「伊藤、いたるちゃんが風邪ひかないように、毛布でもかけてあげてよ」
「そうだな。ちょっと持ってくるよ」
「さてお開きってことで、私はそろそろ帰るね」
「世界、帰っちゃうの?」
「私も回復するために帰って休まないとね。それに恋人同士の時間を邪魔したくないし」
「またそうやって……ホント世界はいつもそうだね」
乙女はわかっていたのだろう。
このタイミングで世界が空気を読んで帰る事に。
賑やかなムードメーカーの世界がいなくなる。
それはそれで寂しいものだ。
「あ、もし止ちゃんが起きて私がいない事で泣き出すなら、今度また遊ぼうねって伝えて。次があれば、それを楽しみにいたるちゃんは頑張れると思うから」
「わかった。伝えておくよ」
伊藤のマンションを出て帰りはバスを選ぶ。
一人での電車は万全な状態であればいい。
でも体力や気力が消耗している時は無理をしない。
悪夢のトラウマを克服するにはまだ時間が必要である。