World Days(新版) 作:完結の陽炎
時が過ぎて冬休みが始まった。
宿題と天文部のレポートを理由に刹那が泊まりに来る。
居候をしている世界を独り占めにできる言葉。
それを刹那がズルいと言ってしまう。
「せっちゃん安心してください。私は世界ちゃんを取ったりしませんから」
「……」
「いつでもお泊りに来ていいんですよ。私の両親は、せっちゃんも娘みたいに思っています」
「……考えておく」
刹那は素直になれない。
嫉妬をしていることに疑いの余地がない。
するとお手洗いから戻った世界が刹那のほっぺを触る。
「世界、冷たい」
「うわ、反応低いね。刹那をビックリさせようと、わざわざ冷たい水で手洗いしたのに。あ、ぷにぷにしてて柔らかい」
「私のほっぺ、世界のオモチャじゃない。蹴るよ」
「きゃあ、助けてことちゃん」
不思議と刹那の機嫌が良くなる。
世界が傍にいることでモヤモヤとした気持ちが晴れてしまう。
そんな二人の温かい関係を言葉は優しく見守った。
「こころちゃんとお喋りした時にテレビドラマの話題があってね。寝取りだの修羅場だの、いわゆるドロドロのサスペンスだね。私のお母さんが好んで観る番組を知っててビックリ」
「お恥ずかしい。私も注意はしていますが、反発して逆効果になるようで」
「ああいうのって観るなって注意すると、好奇心のある子どもは逆に観てしまうものなんだよね」
「でも放っておくのはダメ。調子に乗ってさらに悪化する。私の目の前にいる世界みたいに」
「うるさいよ刹那。私はそういう番組が嫌いなの知ってるでしょ?」
「知ってる」
「刹那は平気だよね。推理小説でいかにも殺人の動機でありがちだし」
「それはほんの一部。人間の罪深い闇は幅広い」
「とにかく、こころちゃんは善悪の区別がついているようで、ああいうのは絶対にマネしない反面教師で学んだらいいよ、と私はアドバイスしたよ。ことちゃんのお父さんからの受け売りだけどね」
心は家族を大切にしている。
悪い事をマネして家族を泣かせるようなことはしない。
だから説得をするのはそう難しいことではなかった。
心の好奇心自体は学ぶ力になるため否定をしない。
ただ自分がされて嫌なことがあるように、相手にも嫌なことがある。
相手が嫌だと感じることをしないように心掛けるのが望ましい。
「こころちゃんは吞み込みが早くて理解力あるから特に問題ないよ。人の家庭のことだから叱るなとは言わないけど、個人的には姉妹が喧嘩するよりも仲良くしている姿を見たいね。こころちゃんも同意していたよ」
「私も家族と仲良く過ごしていきたいのは賛成します」
「まあ、刹那がやってるみたいに叱る必要がある時は叱ればいいよ。ちゃんと後で仲直りできるならね」
「はい……そういえば、世界ちゃんはせっちゃんに叱られても喧嘩をしませんね」
「そもそも喧嘩ってお互いに譲れない事のぶつかり合いじゃない。どっちかが譲れば喧嘩なんて起きないものだよ」
せっちゃんというあだ名事件の経験による発言だ。
同じセから始まる名前でなかったら喧嘩もなかっただろう。
譲り譲られを逆にしたことは今も良かったと思っている。
「それだと世界ちゃんが我慢をして譲り続ける事になるのでは?」
「ならないよ。普段、私がお構いなしにやりたいことを刹那に押し付けて助けてもらってる形だから。叱るのは私のためを思っての事だし。それで発散されてるからバランスが取れてるって訳」
「なるほど。参考になりました」
「ま、どうしても譲れない同士で喧嘩になったら、親とか信頼できる人に仲裁してもらえば大丈夫だよ」
言葉と世界が会話をしている間。
割り込むことなく静かに世界を見ているのが刹那だ。
必要以上には喋らず、話しかけないと無言となりやすい。
そこで世界の悪戯心が芽生えて、刹那に不意を突くような睨めっこを仕掛けた。
笑わせようと変な顔をしてみたが、刹那は何も動じずに無表情である。
近くで見ていた言葉がクスッと笑って反応はしてくれたが。
「あーダメ。小さい頃にもやったことあるけど、相変わらず睨めっこ強いね刹那は」
「どんな顔をしても世界に変わりない」
「もう、女の私を口説かないでよ。そういうのは好きな男としなさい」
「そんな人はいない」
「誰とは言わないけど、片想いの男子は気にならないの?」
「全く興味ない」
無関心の刹那は一切のブレがない。
そういう一貫性のある所も好きだと世界は思う。
自分にない個性の強さを感じられて魅力的に見える。
「世界こそ、伊藤と乙女、澤永と光の仲を取り持った。むしろ世界のほうが首尾一貫している」
「お母さんみたいな寝取りはしないという反抗心よ。こころちゃんに教えた反面教師は、経験者としてのアドバイスだから」
「おばさんのこと嫌い?」
「正直に言わせてもらうと、人としては好きになれない。でも親としては女手一つで育ててくれて、そこは嫌いになれないよ。だから娘として、お母さんに余計な苦労はさせたくないって思うの」
パリで店を持ちたい母の夢を娘として応援はする。
どんなに貧しくなっても文句言わなかったのがその証明だ。
お互いの為にも将来的に自立したいとなるのが自然である。
「世界が体調管理に気を付けるのもお母さんのため?」
「それは考えすぎ。単純に自分のためよ。具合悪くなって辛くなるのは私自身だし」
同じ母子家庭の刹那は世界の気持ちが身に染みてわかる。
言葉は思わず目元の涙を拭って同情をしてしまう。
自分がどれだけ恵まれているかを理解したから。
「もう泣かないでよことちゃん。私はことちゃんに凄く感謝してるんだよ。おかげで私とお母さん、それぞれ自分のやりたい事を自由にできる環境になった。遅かれ早かれ親離れはするつもりだったから万々歳よ」
「世界ちゃん……」
「世界は強い。おばさんがいなくなっても寂しいと思ってない」
「私には刹那たちがいるからね」
泣いてる顔よりも笑顔がいい。
世界は慰めるように言葉を正面からギュッと強く抱きしめた。
しばらくそのままでいてから涙が止まったのを確認。
そっと離れて言葉の笑顔を取り戻したが、逆に刹那が不機嫌になる。
放置をすると面倒なことになるので世界は言い訳をするが。
「普通に慰めればいいのに、ことぴーを抱きしめる必要がどこにある?」
「そのほうがお手軽簡単。ズボラな私の性格を舐めないように」
「威張るな」
「それはそうと、ことちゃんを正面で抱き締めると圧迫するほど胸が当たって、同じ女としては何とも言えない気持ちになるよ。光だったら間違いなくキィーキィー喚くだろうね」
「そ、そう言われましても」
「ことちゃんは居合をやってたこともあって隙を見せないから。後ろから抱き着かれるのは抵抗あるだろうし」
「そんなこと、世界ちゃんなら別に」
「長い髪をブラッシングしてあげて、その流れで後ろから抱きつく方法はあったけど、手元にブラシがないしすぐに泣き止む方法でもないからね」
そう言いつつ世界は自然に刹那の背後に回って抱き着く。
こういう事ができるのは刹那だけだ。
刹那も嫌がることなく受け入れてくれていた。
………………。
…………。
……。
日付が流れて雪が舞うホワイトクリスマス。
ミニスカサンタの世界とトナカイの着ぐるみをした刹那。
光の指示により外に出てビラ配りを行なった。
それから少し休憩を挟み、店内でケーキ販売を手伝う。
ケーキの箱詰めをして注文をしたお客さんに渡す。
レジの会計をして現金の場合はお釣りを渡す。
店内および店の前の掃除をする。
忙しく業務をこなしていると見知った客が訪れた。
「いらっしゃいませ。伊藤、いたるちゃん、乙女」
「あ、ああ――って乙女、なんで俺の頭叩くんだよ痛いじゃないか」
「誠の目がやらしい。世界のふとももジロジロ見過ぎ」
「せきゃい、ケーキかうの」
「おつかいできて偉いね。ねえ光、ケーキのトッピングサービスしてもいい?」
「少しならいいよ。まったくこっちはバイトなのに、加藤はイチャイチャ見せつけちゃってさ」
「そっちに当たっても仕方ない。真面目に仕事する」
刹那に言われてキィーと歯軋りをする光。
機嫌を取り戻すのは、澤永が姉のパシリでケーキを買いに来た時だった。
「光……」
「泰介……」
二人の見つめ合いにケーキより甘いムードになる。
世界からはヒューヒューとからかい、刹那からは仕事終わってからにしろと注意があった。
その次に来たのは七海で、家族のためのケーキを買う。
かなり吹っ切れて来ているようで、別れた彼のことはあまり思い出さない。
忘れるというよりはバスケに昇華したり、友達を大切にすることで上書きをしている感覚だ。
「七海はことちゃんに癒され、ことちゃんは七海のバスケを支えて応援。七海のカッコいいプレイにことちゃんメロメロだよ」
「あのね世界、その言い方だと私と言が怪しい関係みたいに聞こえるじゃないか」
「怪しくないよ。とっても美しい関係だって。七海ならことちゃん幸せにできると思って任せちゃう」
「いやいや、私たち女同士だから」
「人として好きになるのに性別は関係なし。幸せの形も人それぞれだよ」
誰も恋仲になれとは言っていない。
お互いが望む形で仲良くやっていけばいい。
まだ仕事中なので会話もそこそこにして切り上げた。
最後は乙女の妹である可憐の来客。
受験勉強の息抜き用に甘いケーキを購入しに来た。
「いやー寂しい受験生ライフです。世界さんで癒されないと」
「ケーキ買ったらさっさと帰れ」
「辛辣な刹那さん、相変わらずですね。しかし私は諦めません。必ずや、この美しき世界を我が手中に」
「可憐、それゲームのセリフだよね?」
「はい。いかにも壮大な野望でカッコいいと思いませんか?」
「刹那が物凄く怒ってるよ。洒落のつもりだろうけど、私の名前を呼び捨てはマズかったんじゃない?」
「あとで話がある。逃げても無駄」
「ひいー」
可憐の悪ふざけに後で刹那からの厳しい説教を食らう。
先程のやり取りでは世界違いだが、わざわざやる必要がない事として切り捨てられる。
そして世界の呼び捨て禁止という約束をさせた。
「私は呼び捨てでも気にしないけどね」
「ダメ。世界は年上としての自覚を持って」
「別に一つ上だからって偉そうにするつもりはないし。あ、もし私を呼び捨てにするなら、それに見合うように可憐を師匠って呼ぶね」
「やめてください!! 二度と呼び捨てはしませんからご勘弁を!!」
こうして忙しい時間を乗り越えた後。
着替えを済ませて帰りの電車に乗り、刹那が住むマンションの最寄り駅へおりる。
その帰り道を白い息を吐きつつ、世界と刹那は肩を並べて歩く。
「ことちゃんがいなかったら、どちらかがパリに行ってしまって、こうして一緒にクリスマスを過ごせなかった。ホントことちゃんには頭が上がらない」
「……あの時、世界は私じゃなく、ことぴーを頼って電話した」
「うっ……」
「世界の一番はことぴー。私じゃなかった」
「あ、あれは仕方なかったんだよ。刹那は絶対に自分が身代わりになるから。あの手この手使ってさ。そしたら刹那がパリへ行っちゃう」
「わかってる。世界の判断は間違っていない。二人ともパリへ行かないようにするには、ことぴーでないと解決できなかった」
頭でわかっていても感情は別である。
言葉に深く感謝をしているが、それはそれとして世界に頼られなかったことが悔しい。
世界と一緒に暮らす言葉が羨ましくてたまらない。
「せっかくのクリスマスだし、刹那のヤキモチを治すために、私にできることなら何でもするよ。それで刹那の機嫌が良くなるなら叶えてみせるから」
「……ホント? 今、なんでもって言った?」
「できることでね。それで刹那の欲しいものとか願い事とかってない?」
刹那の思考が駆け巡っていく。
言葉よりも特別でありたい。
世界との関係をもっと深く、もっと近くで感じたい。
その証明となるものを欲して小さい頃からの望みを引き出す。
「せっちゃんと呼んで」
「それ認めると、刹那がせかぴー呼びするのがわかってるから却下だよ。私のできない範囲に含まれるから」
「大丈夫。私からは……」
「刹那?」
刹那が世界の正面へ回って向き合う。
それにより世界の足が止まって見つめる。
顔を俯き、手をモジモジしたり、自分の髪を触ったりで落ち着きがない。
あの刹那が照れている?
長年の幼馴染である世界から見ても珍しいことである。
「私からは、お……お……おね……」
途中で遮るような野暮な真似はしない。
頑張れと心の中で応援をして見守る世界。
そして……。
「おねえちゃん」
言葉への嫉妬から今まで封印をした感情が溢れている。
親友だけでは足りない。
それだと言葉に敵わないから。
今ここで世界はどのように返事をするのか?
顔を下げたまま不安で瞳を揺らす刹那。
その顎を上げさせたのが世界。
左手を刹那の肩に乗せ、右手で刹那の顎に添えている。
至近距離となり、真剣な顔立ちで答えた。
「二人っきりの時だけ。誰にも言わない。この二つを約束できる?」
「約束する。二人だけの特別な秘密」
「他の人がいる時は今まで通りの呼び方で。理由は言わなくてもわかってるよね?」
「うん、わかってる」
世界が少し離れて周りを見渡す。
誰も見ていないことを念入りに確認。
そして先に呼ぶのは……。
「せっちゃん」
世界からだ。
腹違いとはいえ、妹に先を越されたくない。
姉としての意地がそこに込められていた。
「おねえちゃん」
呼ぶ側と呼ばれる側。
どちらも照れてしまっているが気持ちは満ち足りた。
寒くなっているので、今回は世界が姉としてリードをする。
こうして二人だけの秘密な時間を過ごしていった。
【END】