World Days(新版) 作:完結の陽炎
世界は刹那のマンションへ遊びに行く。
いらっしゃいと迎え入れてくれたのが刹那の母。
来るタイミングが悪かったのか。
刹那が外出をしているようである。
「どうぞ世界ちゃん」
「お邪魔します」
世界が住むアパートと比べて圧倒的に広いリビング。
キッチンもまな板が置けるだけのスペースがある。
調理場に余裕がないと、シンクの上に大きいまな板で工夫をしないといけない。
何気に経済の格差を思い知らされる。
世界の母が刹那のマンションへ行ったことはない。
逆に世界の住むアパートに刹那の母が来たこともない。
仕事のライバル関係もあり、世界の母は見栄っ張りだ。
住んでいる所でマウントを取られたくないのだろう。
娘の世界には知った事ではない。
狭いアパートにもいい所はある。
掃除が楽、移動も楽。
生活用品も最小限で管理も簡単だ。
不便な点があっても工夫次第で対処ができる。
「刹那のお母さん、いつ見ても若々しくて綺麗。私のお母さんは子どもっぽいから全然違う」
「あら世界ちゃん、今まで通りおばちゃんって呼んでくれていいのよ。刹那が今でも世界ちゃんのお母さんをおばさんと呼んでいるように」
「はーいそうします。でもおばちゃん、滅多にないお休みの日に、私がお邪魔しちゃっていいの?」
「もちろんよ。刹那といつも仲良くしてくれて、そんな世界ちゃんに会えて、おばちゃん嬉しいから」
それならば喜ばせる話題を振るのがいい。
母としては愛する娘の考えている事が気になるはずだ。
その一部を伝えてみる。
「刹那、中学に入っても体が小さいことを気にしてて。きっとおばちゃんみたいに大きく美人になるからって、思い切り励ましたけど効果が薄いかも」
「もう刹那ったら。焦らなくてもまだ成長期なんだから。気長に過ごせばいいのよ」
「小さくても可愛くていいじゃないと言ってもダメ。誉めてないって拗ねちゃうから」
「そんなところも可愛いのよね」
「同感です」
からかっていると刹那は怒るだろう。
そんなつもりは毛頭ない。
かわいいと思っていることに嘘はない。
「私以外に仲良くなった友達は、ことちゃん・光・七海の三人だね」
特に言葉に関しての仲の良さは際立つ。
せっちゃんとことぴーの愛称で呼び合える親密さ。
もはや親友といっても過言ではないだろう。
「刹那が話すのはいつも世界ちゃんのことばかりよ。世界ちゃんしか見えてないわ」
「半分ぐらいことちゃんに回せばいいのに」
「そうしたら世界ちゃん、刹那を他のお友達に取られちゃうわよ」
「うーん、正直少し妬けちゃうけど、それで刹那が喜んでくれるなら私は嬉しいんだよね」
それを聞いて刹那の母は納得をする。
そんな世界だから娘が夢中になるのだろう。
世界の母とは性格が違う。
良くも悪くも奪って勝ち取ろうとするから。
そんな所を反面教師として、世界は逆の考えを選んでいる。
親子といっても別の個性をもった人間。
何もかもが同じになることはない。
数十分が経過。
刹那が帰ってきた。
ふと世界に悪戯心が芽生える。
こっそりと隠れて後ろから――。
「世界」
すぐにバレた。
驚かせようとしたのに気付かれた。
静かに間合いを詰めようとしても無駄である。
刹那に何故わかるのかを問いかけても。
「生まれた時から一緒。世界のことはすぐわかる」
抽象的な答えしか返ってこない。
刹那を相手に隠密行動は不可能。
そういうものだと割り切るしかない。
「刹那ってば、おばちゃんに私の話ばかりしてるみたいだけど、他に話すことないの?」
「私が何を話すかは私の自由」
「そうだけど。ことちゃんとか、光とか、七海とか、他にもあるでしょ?」
「ちゃんと話してる。世界のついでに」
「ついでで話をされちゃう三人が気の毒だよ!! それってオマケ扱いじゃん!!」
「世界、細かいこと気にしすぎ」
「細かくないから!!」
その日は刹那の食卓で夕飯を頂戴する。
和洋問わずに刹那の手料理は美味しい。
世界も調理はするが刹那の腕には及ばない。
「そんなことない。世界の作るサンドイッチと紅茶、とっても美味しい」
「刹那みたいにレパートリー豊富じゃないけどね」
「今度、一緒に作る?」
「うん」
世界はやればできる子。
静かに見守る刹那の母の目が優しげだ。
こうして刹那のおかげで世界の料理が幅広くなる。
………………。
…………。
……。
時間が過ぎ去っての受験生。
どの学園に進学をするのか?
居合の稽古終わりに言葉の志望校を問う。
「榊野学園へ進学をして、それを条件にすべての習い事を止めるつもりです」
「私も習い事は中学までにするつもりだから一緒だね。榊野学園なら刹那や光も受験するし、七海はスポーツ推薦で狙ってるって聞いたよ」
「世界ちゃんは榊野学園を受けないんですか?」
「受けるつもりだけど、合格できる自信がないんだよね。だから滑り止めで綿女という女子校は受けておくんだ」
榊野学園よりも偏差値が低めで学力格差が大きい。
刹那の母は綿女の卒業生だ。
学歴差別を受けて並々ならぬ苦労があったらしい。
そのため刹那からは快く思われていない。
あくまでも最後の砦。
本命が受かればいいだろうと世界はごり押した。
「私は世界ちゃんと同じ榊野学園に行きたいです。きっとせっちゃんたちも同じです」
「あはは、刹那が鬼のように教えてくるんだよね。綿女だと私が悪い子になっちゃうみたいで。その偏見はどうかなって思うけど、そう言われても仕方ないぐらい評判が悪いんだよね。だからこそ滑り止めに向いてるんだけど」
榊野学園は私立になるため、他校の公立よりも学費が高い。
ラディッシュ本社で重役をする刹那の母。
私立に通わせるだけの蓄えはあるようだ。
しかし世界の母はどうだろう?
ラディッシュ支店の店長という立場。
安いアパート暮らしで刹那が暮らすマンションほどの経済的余裕はない。
そこで母が帰宅をした時に世界は確認をとった。
「お母さん、榊野学園よりも安い公立に行ったほうがいい?」
「もう世界、そんなこと気にしなくていいのよ。お友達の皆と同じ榊野学園に行きたいんでしょ?」
「そうだけど、本当に大丈夫? 学費払えなくて借金なんて事になったらヤバいよ」
「ひどい世界、私がそんな貧乏に見えるっていうの?」
「見えるから言ってるの!!」
母から節約というケチな押し付けで苦汁をなめてきた。
家計に余裕がないことは明白。
シングルマザーの現実は過酷なものである。
「もぉー、そんなに心配するなら、私が働くお店で世界が手伝ってくれるとお母さん嬉しいな」
「それはまだ先の話。今は受験に集中したいから」
母が大丈夫と言っている以上、それを信じるのが娘の役目。
榊野学園を本命、綿女を滑り止めとして取り組む。
こうしてナーバスな受験時代を過ごしていく。