World Days(新版) 作:完結の陽炎
別の日の休日。
刹那の部屋で受験の作戦会議。
世界はクッションの上で女の子座り。
どことなく不安げに指先を遊ばせていた。
「刹那、面接ってどんな感じかな? 私、お喋りは嫌いじゃないけど、知らない大人にテストされるって思うと、普通に緊張しちゃう」
「世界、マナーという『型』を整えて、あとは無難な回答を並べるだけ。あれは茶番に過ぎないから」
「えっ、そうなの?」
世界からすれば茶番と言われてもしっくり来ない。
本当にそうなら、なんでわざわざ面接なんてするのか。
相変わらず表情の固い刹那が答える。
「面接で合否を左右することはない。もしそうなら、筆記試験という客観的な点数システムが破綻する」
「なんで破綻?」
「もし本当に人間性を見たいなら、紙のテストを廃止して面接だけにしたほうがコスパがいい。そうしないのは、面接が単なる『確認作業』に過ぎないから」
「……なんで茶番だって言い切れるの?」
「世界。仮に十分程度で、その人のすべてわかると思う?」
「そんなの無理だよ」
たとえ空気を読んでも、すれ違いはよくあること。
超能力でもない限り、相手のことがわかるわけもない。
相手を知ることは、付き合いの積み重ねによって育っていくものだ。
「そう。だから茶番なの。そんな短時間で人を測ろうとすること自体が傲慢」
「そっか」
「何百何千の志願者を平等に評価なんて不可能」
「だったら何で面接するの? 紙のテストだけでいいじゃん」
わざわざ面接なんて時間の無駄だ。
世界にはそう思えてしまう。
紙の点数だけのほうが負担にならないのではないか。
誰も得しないシステムじゃないかと。
すると刹那が淡々と、そして断定した口調で告げた。
「それは、学園が最低限の正常性を見るため」
「正常性?」
「例えば、面接の場でいきなり叫ぶ、会話が一切成立しない。そんな人間だったら、入学後の集団生活が壊れる」
「そんなのいるの?」
「そこまで極端な例は稀」
学校が恐れるのは実害を伴うノイズである。
先生の指示に一切従わない。
あるいは他人の権利を踏みにじる。
そのような管理不能な異物を弾くための面接だ。
「世界、面接で具体的に聞かれるのは、基本として三つ。まずは『志望理由』」
「えっと……刹那たちと同じ学校で、楽しく過ごしたいから」
「論外。それはただの個人願望。学園側が得るメリットがない」
「そう言われても本当のことだよ」
「面接官が求めるのは、世界がその学園で問題を起こさず、規律に従う駒になれるかどうか。だから、こう答えて」
刹那は世界の目を見据える。
そして一字一句、呪文を授けるように言い放った。
「『貴校の自由な校風と、文武両道を重んじる教育方針に深く共鳴しました。私は居合道で培った集中力を活かし、学業と部活動の両立に励み、貴校の発展に寄与したいと考えています』。一秒の迷いもなく吐き出せるまで、その口に馴染ませて」
「でも刹那、携帯のネットだと『マニュアル通りは減点』って書いてあるよ?」
世界が差し出した端末の画面を一瞥し、刹那は鼻で笑う。
そこに躍るのは『本音を語れ』『自分の言葉で』という、耳当たりの良い正論の残骸だ。
「……世界。面接官は、世界の心なんて求めてない。彼らが探すのは、状況を理解し、適切な芝居を完遂できるかということだけ。マニュアル通りでいい。むしろ、そこから外れることの方が警戒される」
「そうなの?」
「世界、面接官は一日に何十人もの相手をする。彼らが一番疲れるのは、自分語りを始める受験生。彼らにとっての歓迎するのは、予定調和な回答をよどみなく返し、定刻通りに退出してくれる受験生」
刹那はペンを手に取った。
残りの二つについても盾となるテンプレートを書き記す。
「将来についてはこう言って。『具体的な職業は模索中ですが、この三年間で幅広い教養を身につけ、社会に貢献できる人間になりたいです』。夢を具体的に語る必要なんてない。ただ成長したいという姿勢だけを、無機質に提示して」
「わかった。社会への感心については?」
「最近のニュースとして、情報リテラシーの重要性で統一。『情報の海から正しいものを選ぶ難しさを感じています』。自分の意見は言わなくていい」
「……なんか、ロボットみたいだね」
「そう。感情を殺したロボット。世界の大切な心を、そんな安っぽいところで消費したらダメ」
刹那の徹底ぶりは本気である。
その瞳に、世界という聖域を明け渡してはいけないと示している。
「じゃあ小論文は?」
「小論文も同じ。あれは文才コンクールじゃない。もっと事務的で、無機質な仕分け作業」
「えー、でも自分の考えを書くんだよね? なんか変なこと書いちゃいそうな気がするんだけど……」
「それが一番の罠。いい、世界。小論文の採点官が見ているのは、世界の素晴らしい思想でも、独創的なアイデアでもない。指定されたルールの中で、破綻のない日本語を並べられるか、ただそれだけ」
「ルールって?」
刹那は再びペンを走らせ、小論文の必勝の型を叩き込む。
小論文の鉄則として三層構造の防壁をはりつける。
「世界、書くときは常にこの三段階を意識する。思考を止めて、機械的に埋める」
まず序論として、イエスかノーかを明確にすること。
「問いに対し、まず結論を一行。自分の考えはいらない。書きやすい方を選ぶ。『私は~と考える』と言い切って」
次に本論の具体例という名の舞台装置を作る。
「理由を二つ。一つは居合での経験、もう一つはニュースで見た一般論。自分の内面じゃなく、外にある事実を並べるだけ」
そして結論、序論を言い換えるだけの終止符を打つ。
「最後にもう一度、結論。余計な感傷はいらない。綺麗に閉じることだけを考えて」
「……本当に、心を入れちゃいけないんだね」
「そう。小論文は自分の考えを書く場じゃない」
論理的に組織のルールを守り、文章を構成できる。
そんな事務処理をするためのプレゼンに過ぎない。
「世界。もし平和について書けだったら、『みんなが笑顔でいられる世界』なんて書かないで。『相互理解を深めるための対話の場の構築』と書く。中身が空っぽでも、その方が点数になる」
「本当に受験ロボットだね……なんか、自分らしくいられないのって、すごく窮屈」
世界が吐き出した溜息。
原稿用紙のマス目に、自分の心を押し込めようとする息苦しさ。
刹那はその横顔を、突き放すような、けれど祈るような冷たい眼差しで見つめた。
「世界。自分らしさを出すのは、そのマス目の外でして。小論文で魂を込めるなんて、赤の他人に、自分の心臓を差し出すようなもの。そんな安売りしたらダメ」
「安売りなの?」
「そう。相手は何百枚もの答案をさばく作業員。そこで世界が熱弁を振るっても、論旨が明快か、減点対象がないかだけしか見ない。世界の情熱を、彼らの事務的な赤ペンで汚させてはダメ」
「安売りスーパーなら嬉しいのにね。自分を高く売るって嘘をついたり、演技することなの?なんか嫌な感じだね。まるで奴隷みたい」
世界の正直な言葉に、刹那のペンが止まる。
部屋を支配する沈黙は、寒空の風よりも重く、鋭い。
「……そう。奴隷。世界は今、正しい言葉を使った」
試験というシステムは、従順な奴隷を、効率よく仕分けする作業。
学校側が求めるのは、命令を聞き、型に収まり、組織の生産性を落とさない。
そんな均一な部品に過ぎないことを刹那は語る。
「でも、世界は奴隷じゃない。奴隷のふりをして侵入するための役者。受験で差し出すのは、精巧に作られた偽物。本物は、合格してから私に見せて」
ここまで言われて世界がノーと言うはずもない。
榊野学園でみんなと一緒に楽しく過ごす。
そのためなら演技をやってのけようじゃないかと。
やる気に満ちたのだろうか。
世界は刹那の手を握って強く頷いてみせた。