World Days(新版) 作:完結の陽炎
世界が帰り、静まり返った部屋。
刹那は背筋を伸ばしたまま、先ほどまで世界に教えた「模範解答」のメモを凝視した。
無表情のまま凍り付くような瞳で。
「……反吐が出る」
その唇から漏れたのは、氷点下の呪詛だった。
『貴校の自由な校風と、文武両道を重んじる教育方針に深く共鳴しました』
どの学校のパンフレットにも書いてある、手垢のついたフレーズ。
(共鳴? 笑わせないで)
個性をノイズとして切り捨てる。
均一な点数を叩き出す石ころだけを欲しがるザル。
そんなシステムの、どこに自由があるというのだ。
世界という唯一無二の輝き。
安っぽい型に押し込めなければ通さないという傲慢さ。
その教育方針について刹那は冷徹に見通している。
要するに「黙って言うことを聞く兵隊を育てたい」という管理願望。
その言い換えに過ぎないのだと。
『貴校の発展に寄与したいと考えています』
なぜ、まだ入りもしない可能性が未知数な子ども。
組織の発展などという重荷を背負うフリをしなければならないのか。
学校のブランドを維持するための駒。
それを誓わなければ、席すら与えられない不条理がある。
世界は誰かに寄与するために生きているのではない。
彼女はただ、彼女として笑うために存在している。
それを「社会への貢献」だの「学校への寄与」だの。
組織の論理で塗りつぶそうとする大人たち。
なんと浅ましく、なんと卑しいことか。
『情報の海から正しいものを選ぶ難しさを感じています』
これが、刹那の込めた最大の皮肉だ。
正しいもの?
それは、採点官にとって都合の良い情報のことに過ぎない。
世界が持つ豊かな感性。
行間を読む優しさ。
それらこそが彼女にとっての真実。
それなのに、システムはそれを『誤答』だと切り捨てる。
正しいものを選べないのではない。
「あなたたちが用意した、偏った正解という情報の海に、絶望しているだけ」
刹那は手に持っていたシャープペンシル。
それを折れんばかりの力で握りしめた。
固く、強く、食い込むかのように。
(世界……ごめんね。あんな安っぽいことを、あなたの綺麗な口に馴染ませて)
世界は「奴隷みたい」と言った。
その通りである。
受験というシステムは、魂を削って、交換可能な『部品』であることを証明する儀式だ。
だが、その屈辱に耐え、システムの内側に潜り込みさえすれば、そこには自由がある。
(私は、世界を絶対にゴミとして落とさせない。あんな薄っぺらな大人たちの手のひらの上で、完璧な人形を演じさせてあげる。彼らが満足して、入学というパスポートに印を押し、背を向けた瞬間……私たちが勝ち取るのは、システムの手の届かない、私たちの日常だから)
刹那は、黒板の「ザル」の絵を消したとき。
真っ白な雑巾を思い出した。
汚れるのは、私の手だけでいい。
世界を合格者の型に流し込む。
その裏側で、刹那はクソ食らえなシステムを嘲笑い続ける。
「待ってなさい、榊野学園。世界という『異物』を、完璧な偽装で、その喉元に突き立ててやるから」
夜の静寂の中。
刹那の瞳には、冷たく、昏い、殺意にも似た決意が宿っていた。