World Days(新版) 作:完結の陽炎
そのため本編の内容と一部重なる所があり、また地の文では名前でなく苗字で表現されています。あらかじめご了承をお願いします。
田中はとても体が大きい柔道部期待のホープ。
大食漢であり他の一般男子よりも食費がかさむ。
そんな男が片想いをしている。
相手は榊野学園にいる小柄な女の子。
赤いリボンをした同じ1年3組の清浦刹那である。
なぜ清浦が好きなのか?
恋愛という感情に理屈はない。
強いていえば一目惚れであろうか?
同じ教室で離れた位置から遠く眺める。
ただそれだけでありそれ以上を望まない。
清浦が見る先はいつも西園寺。
アホ毛が特徴で平均的な体格。
どことなく面影が清浦と似ている。
田中は単純に男でなかったことに安堵した。
休み時間のたびに清浦は西園寺の傍へ行く。
当たり前のような習慣である。
西園寺の周りには黒田と甘露寺もいる。
黒田はイカリングという独特なツインテールをしているのが特徴。
甘露寺はショートカットで目付きの鋭いスポーツ少女という印象。
女子4人グループとして一緒にいることが多い。
その中で清浦は自分から喋ることは少ない。
話しかければ応じるという聞き手タイプだ。
ただし例外はある。
西園寺を気に掛けているため、何かしらに注意をする時には口数が増えるのだ。
田中が眺める範囲でも、清浦に叱られる西園寺を目撃している。
そのまま月日が流れていく。
1年3組の教室内で清浦がクラス委員長に選ばれた。
これはまたとないチャンスである。
今この場で副委員に立候補をすれば清浦と一緒になれる。
しかし肝心の田中は声をあげない。
元来からの口下手もあって名乗り出ることができない。
手を挙げればいいのだが、緊張のしすぎで金縛り状態に陥っている。
ここで救いの手をかけてくれたのが西園寺であった。
「先生、副委員長で推薦したい人がいるんですけどいいですか?」
「とりあえず言ってみなさい」
「田中がいいと思います。体が大きく高い所に手が届きますし、力仕事でも頼りになると思います」
この時の田中は感動で全身が打ち震える。
柔道で勝利をするよりも嬉しかった。
その場で許されるのならガッツポーズをしていたであろう。
この推薦に反対する者はいなかったので、副委員は田中で決定となる。
委員会で清浦と一緒という夢のような出来事。
ガチガチに固まってしまう田中に清浦はお構いなし。
淡々と仕事の指示を出し、言われるがままに従う田中。
その動きがまるでロボットのようで些か滑稽である。
頼まれた資料を二人で職員室まで運ぶ。
その途中の廊下で偶然にも西園寺と会った。
今から帰る所らしく学生用の鞄を携えている。
「わーい!! せつにゃんだぁー!!」
「ふざけないで。蹴るよ」
「やだな刹那、冗談だってば」
クラスの男子から西園寺への評価は今一つ芳しくない。
黙っていればカワイイ。
逆をいえば口うるさくて面倒な女という皮肉がこめられている。
田中から見る限り、西園寺は賑やかでどこでもいるような女子だ。
虫の触覚のようなアホ毛は変だと思うが、田中の柔道で培われた戦いの勘が告げている。
それを気にしてはいけないと。
「……世界、疲れてる?」
「疲れてるよ。天文部ってめんどくさーい。なんで私が顧問に呼び出されるの?」
「世界は天文部の部長。先生から話がある時は世界が行く。それがお仕事」
「刹那がやってよ、天文部の副部長でしょ?」
「私はクラス委員があるからダメ」
押しつけがましく不真面目な人。
そういう印象を受けてしまうのは仕方がない。
それでも田中は西園寺に感謝をしている。
推薦をしてくれたこともそうだが、清浦の貴重な声が聞けて耳が幸せだから。
「刹那、私の見る目は間違ってないでしょ?」
「何の話?」
「田中、ツンツンにゃんこみたいな刹那をよろし――ひぎゅっ!! 踏んでる!! 私の足踏んでるよ刹那!!」
「うるさい。仕事の邪魔だからあっち行って」
「はーい。あ、刹那が調べた他校の活動日、ちゃんと先生の許可もらったよ。日程の調整はことちゃんとしておくから、詳細はあとで連絡するね」
「わかった」
クールな清浦とおちゃらけの西園寺。
全くタイプが違うのによく喧嘩にならないものだ。
田中には不思議に思えてしまう。
「世界、これ運んだら委員の仕事は終わり」
「下駄箱と校門。どっちにする?」
「下駄箱」
「雨降ってるから当然だね」
「傘は?」
「ちゃんと鞄に……あれれ? ないよ傘ないよ」
鞄の中を漁る西園寺だが傘を入れ忘れた様子。
清浦の眉間にシワが寄ってしまう。
「世界、朝に言ったよね? 今日は雨降るから傘持って行くようにって」
「折り畳みを入れてたつもりだけど、朝はバタバタしちゃって」
「次から気を付ける。わかった?」
「はい」
「よろしい。狭くても文句いわないように」
「相合傘って小さい頃よくやったよね。懐かしい」
「思い出を振り返るのは後回し。今は仕事へ戻る」
「行ってらっしゃい」
こうして再び無口のクールな清浦へ戻る。
表情はあまり変わらないのに、西園寺といる時といない時で雰囲気が違う。
不思議そうに田中は首をかしげた。
「田中」
「?」
「世界が変なこと言っても聞き流して」
「??」
「世界はからかってるだけ。深い意味はないから」
女の子同士のことは、男の子の田中にはよくわからない。
事情が呑み込めなくてもとりあえず頷く。
職員室で資料運びが終わるとその場で別れた。
田中も下校をして、清浦と西園寺が相合傘する光景を目撃。
傘は西園寺が右手で握り、清浦が西園寺の左腕に抱き着いている。
遠くから見ても仲睦まじさが伝わるほどであった。
夏休みは柔道部の活動まっしぐら。
それ以外にする事といえば夏休みの宿題ぐらいである。
偶然に清浦に出会うという漫画のようなご都合主義はない。
現実はそんなに甘くはなかった。