World Days(新版)   作:完結の陽炎

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榊野学園2学期、第4話「田中の骨折で委員代理を決める」にある物語より、誠が未経験の不安から辞退しようとした場合のIFストーリーです。


人望のなさが繋ぐ縁

 学園祭の準備期間での出来事。

 柔道部の田中が自主練習中の怪我を負ってしまった。

 全治2週間の骨折である。

 

 大変だと騒いで知らせたのが泰介。

 1年3組のクラス委員は刹那だけ。

 そのため田中の代理が求められる。

 

 教卓に集結するメンバー。

 清浦刹那・西園寺世界・黒田光・甘露寺七海・伊藤誠・澤永泰介。

 ここから真っ先にやり玉が上がったのが――。

 

「伊藤、あんた暇でしょ? あんたが委員やりなさいよ」

 

 光の放った言葉に、誠は首を横に振る。

 

「そうは言っても、俺はクラス委員なんてやったことないからな。清浦に迷惑かけそうだし辞退するよ」

 

 一見すると刹那への配慮に基づいた正論。

 実務の負担、教える側の労力、それに見合わない不備。

 未経験の自分が入ることで、かえって刹那の足を引っ張りかねない。

 それなら、気心の知れた女子に手伝ってもらう方が、刹那にとっても仕事がしやすいはずだ。

 いわゆる『他を当たれ』である。

 その言葉の裏にある誠の自信のなさを、世界は見逃さなかった。

 

「なるほどね。確かに仕事内容もわからず、いきなりやれって言われても不安だよね? じゃあ、内容さえわかれば手伝えるってこと?」

 

 世界の返答には温かみがある。

 それは不安に寄り添うようなトーンだった。

 

「まあ、そうだな。具体的に何するかわからないのに、軽はずみに引き受けるのはどうかと思ってさ」

「オーケー。未経験者としての不安はごもっとも。だから刹那、クラス委員がどんな仕事をするのか、そして伊藤に何を手伝ってほしいのか、説明よろしく」

 

 世界の促しに、刹那は迷いなく一歩前へ出る。

 感情を排するような口調で。

 精密機械の仕様説明が始まる。

 

「伊藤、今の時期の仕事は三つ」

 

 指を一本ずつ立て、刹那は淡々と、しかし明瞭に告げる。

 

「一つ目、学園祭実行委員会での決定事項をクラスに伝える。二つ目、備品発注と予算管理の書類作成。三つ目、当日のシフト表の調整……難しいことは何もない」

「書類作成とか予算管理なんて、俺にできる気がしないんだけど……」

「フォーマットは私が用意してある。伊藤はそこに数字を打ち込むだけ。わからないところは隣で教える。一度覚えれば、中学の算数より簡単」

「シフト調整は? 揉め事とか対応できる自信ないぞ」

「それは委員長である私の責任。伊藤は私の横で、誰がどこに配置されたか記録するだけでいい。対人交渉はすべて私が引き受ける。伊藤が矢面に立つ必要はない」

 

 ここで思わず世界を見つめるのが誠である。

 刹那の無愛想な説明を聞くうちに、ある確信が芽生えたのだ。

 交渉や収拾なら、世界の方が圧倒的に適任ではないか。

 

 そんな誠の視線を受け止めた世界。

 すべてを見透かしたように苦笑いを浮かべた。

 

「あはは。伊藤、私がやった方が丸く収まるんじゃないかって思ったんでしょ?」

「ああ。西園寺なら誰とも喧嘩せず、上手くまとめてくれそうな気がしてさ」

 

 世界は捲り上げた自分の細い腕を見せる。

 そして少しだけ寂しげに目を細めた。

 

「確かに、交渉事だけなら私の方が向いてるかもしれない。でもね伊藤、クラス委員の仕事は『話し合い』だけじゃないんだよ。力仕事もあれば、放課後遅くまで残っての作業もあるし」

「力仕事なら、クラスの男子に指示出せばいいんじゃないか?」

「……実は私、生まれつき体が弱くて、長時間根を詰めて作業すると、すぐに熱を出して寝込んじゃうの」

「え、そうなのか? それは正直意外だ」

 

 病弱という事実に完全に毒気を抜かれる。

 太陽のような彼女の裏側にある影。

 そんなことは露ほどの想像もしていなかった。

 

「そうなの。もし私が無理して引き受けて、途中で倒れたりしたら、それこそ刹那一人に全部の負担がのしかかっちゃう……だからね伊藤、刹那を支えられるのは、放課後もしっかり動ける体力があって、さらに刹那が一番教えやすい距離にいる人……つまり、隣の席の伊藤しかいないんだよ」

 

 これが決定的な一撃となる。

 世界にやれというのはどう考えても非人道で無理だ。

 光は店、七海は部活。

 泰介に至っては釘を刺された。クラスで使うからと。

 

「あー。クラスの中で、委員を手伝おうと思ってる人いる?」

 

 誠の発言にクラスメイトたちは一斉に視線を逸らす。

 ある者は教科書を読み、ある者は消しゴムのカスを熱心に掃除する。

 

「うわー、誰もいねえのかよ。お前ら清浦に対して冷たいなぁ。クラスメイトなのに」

 

 思わずぼやいた。

 真面目に役目を果たす刹那が、誰にも手を差し伸べられない。

 

「西園寺、清浦って不愛想で怖い印象あるけど……なんか、あまりに誰も助けようとしないから、正直可哀想に思えてきたぞ」

「……可哀想、か」

 

 世界は隣にいる刹那をチラリと見た。

 刹那は無表情のまま、誠をじっと見つめている。

 

「伊藤、それなら話は早いよ。刹那を『可哀想な委員長』のままにするか、それとも『隣の席の相棒』として支えてあげるか……決めるのは伊藤次第だよ」

 

 うーむと唸るように誠は考え込む。

 ここでふとハッとした。

 

(あれ? これって告白された乙女に対して誤解させてしまうんじゃないか? いくら保留とはいえ、他の女の『相棒』なんてやったらマズイんじゃないか……?)

 

 誠は携帯を取り出す。

 乙女に筋を通すべきだと感じたからだ。

 

「二人ともちょっと待ってくれ」

 

 4組にいる乙女へメールを打つ。

 

『田中の代わりが必要なんだが、清浦を助ける奴が誰もいない。俺がやるって話が出てるんだけど、乙女はどう思う?』

 

 送信を受け取った4組の乙女は、胸を熱くした。

 誠が自分を気遣って連絡をくれたこと。

 そして彼が誰かのために動こうとしていること。

 不安はあったが、それ以上に世界からの事前メールが彼女の背中を押した。

 

『誠、私なら大丈夫。清浦さんは大切な友達だから、誠が助けてあげて。頑張る誠のこと、応援したいから』

 

 携帯が震え、その返信を確認した誠。

 小さく息を吐き出した。

 

(このままだと清浦が可哀想だ。乙女もいいって言ってるし、俺しかいないならやるか)

 

 覚悟を決めたように携帯をポケットにねじ込んだ。

 

「わかった。俺で務まるかわからないけど、清浦の代理、引き受けるよ」

 

 それを聞いた瞬間、教室の空気がわずかに緩む。

 世界がパッと表情を明るくし、まるで自分のことのように嬉しそうに手を叩いた。

 

「決まりだね! さすが伊藤、話がわかる。刹那、相棒ができてよかったね!!」

「……うん。伊藤、よろしく」

 

 刹那は短く応じ、わずかに頭を下げた。

 その瞳には、隠しきれない安堵の色が混じる。

 誠はこちらこそと気恥ずかしそうに頭を下げた。

 

 何しろ、これから仕事を教えてもらう未経験者。

 人望のなさが繋いだ皮肉な縁。

 誠の心には、これまで感じたことのない奇妙な責任感が芽生えていった。

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