World Days(新版)   作:完結の陽炎

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天文部の合宿(中編)

 部活・バイト・委員会など各自それぞれの活動がある。

 さらに学期末テストの勉強も避けられない。

 

 屋上は寒くて使えない。

 部屋の中では温かいから眠くなって集中がしにくい。

 だからといって足先や膝元が冷えてしまうのも辛い。

 

 桂家で居候をしている世界。

 その部屋で刹那がお泊り勉強会をしてくる。

 しかもマンツーマンで手加減抜きだ。

 

「わざわざお泊りしてまで勉強会しなくても」

「しないとダメ」

「どうしても?」

「どうしても」

「何があっても?」

「くどい」

 

 刹那に与えられた問題を解くしかない。

 グチグチと文句を言っても始まらない。

 さっさとやるべきことをやり終えるほうが潔い。

 

 時間が流れての就寝。

 広いベッドで二人が添い寝しても充分なスペースがある。

 ふと眠っていた世界が目を覚まし、それに合わせて刹那も起きる。

 

「世界、楽しい夢でも見た?」

「うん。清浦世界になって、せっちゃんのおねえちゃんになってた」

 

 二人っきりだから呼び名を変える。

 親友から家族へと雰囲気が違う。

 秘密の関係という使い分けをお互いにした。

 

「……ズルい。私はそんな夢、見たことないのに」

「そう言われても……」

 

 ここで世界は押し黙る。

 具合でも悪くなったのかで心配をする刹那。

 だがそうではない。

 

「夢を見たことで思い出しちゃった」

「なにを?」

「今のラディッシュ榊野町、お母さんがパリへ行って、新しい店長がいるんだけど」

「うん」

「友達に調べてもらって、せっちゃんのお父さんが店長してることがわかった」

「っ!?」

 

 さすがの刹那も父と聞いては動揺を隠せない。

 世界はさらに続ける。

 

「だから会おうと思えば会えるよ。せっちゃんは私に遠慮しなくていいからね」

 

 父に会う会わないは刹那の自由だ。

 世界では姉にはなれても父の代わりにはなれない。

 それがわかっているので、会って刹那が幸せになるならそれでいい。

 

「瞬さんのこと嫌い?」

「正直顔も見たくない。いまさら父親面されても、憎しみが増すだけだから私は無理」

「ごめんなさい」

「せっちゃんが謝ることじゃないでしょ……二人だけのお父さんだったら良かったのにね。そしたら受け入れることもできたのに」

 

 他にも女がいて、さらに子どもがいる。

 その時点で許容範囲を超えてしまう。

 どこまでも節操なしの男であると見限るには充分すぎた。

 

「真面目に生きて、二度と浮気しないって約束を守っても?」

「それ真面目にやってる人たちに失礼よ。そもそも本当に真面目な人なら、最初から浮気なんてしないし、そんなポンポン軽はずみに子どもを作ったりなんてしないから」

「ごもっとも」

「せっちゃんの望みは、約束を通じてせっちゃんのお父さんと仲直りって所かな?」

「仲直りは私じゃない」

「あ、おばちゃんのほうね。両親仲良くを望むのは、子どもの立場的に願うから気持ちはわかるよ。でもね刹那、その押し付けでおばちゃんの気持ちを無視することにならないかな?」

 

 刹那の母については、本人が決めるべきだと反論。

 いくら娘であろうとも踏み込んではいけない親の領域があるはずだ。

 当人同士で色々なことがあったからこそ、今に至っているのだろうから。

 

「せっちゃんが、せっちゃんのお父さんと仲良くしたいのか? そうでないのか? 大事なのはそれだと私は思うの」

「おねえちゃん……」

「あ、先に私の譲れない所として言っておくね。私にお父さんはいない。この世から消えた。だからその人はせっちゃんのお父さん」

「……」

「せっちゃんだけのお父さんって言ってあげたいのに。それが言えない現実って残酷だね」

 

 世界にとって約束を守る守らないは関係ない。

 親子の縁を切りたいほどの嫌悪感がある。

 それでも刹那のために表には出さない。

 たとえ見抜かれることがわかっていても。

 

 雰囲気が重々しくて暗い。

 刹那の中で色々な感情が入り混じって答えられない。

 母が父と仲直りができれば、それをきっかけに刹那は父と仲良くできるのだろう。

 だが母を抜きにして考えるとなれば、これまでの捨てられた過去の辛さと悲しみから仲良くできそうにない。

 

「あー、ちょっと話を変えさせてもらうけどさ」

 

 状況を打開するために世界は気持ちを切り替える。

 あまりシリアスは長く続いてほしくない。

 どうしても緊張感が出てしまい、精神衛生上よろしくないから。

 世界が途中で悪ふざけしやすいのは、ストレス耐性が低いための防衛本能といえる。

 

「せっちゃんに彼氏という想像をすると、正直おねえちゃん複雑よ」

「それ今ここで言うこと? あと彼氏なんていない」

「あえて言うよ。私はモテないのにせっちゃんはモテる。私の中にある嫉妬の悪魔がメラメラと燃え上がるの」

「モテてない」

「好かれている男子が一人いる時点でモテてるよ。せっちゃんが女の子として魅力的な証拠ね」

「それを言うなら、おねえちゃんだってモテてた」

「過去形なので無効よ無効。へへーん、残念でした」

「ムカつく」

 

 伊藤については、キッパリ諦めろと先手を打って拒否している。

 その気もないのに伊藤を惑わせるつもりは全くない。

 乙女に対して裏切るつもりもない。

 しっかりと双方に誠意を見せたので、世界は誇らしげである。

 

「もし合宿で告白されたら、せっちゃんは返事してあげないといけないよ。受けるにせよ断るにせよ」

「……おねえちゃんはどう思うの?」

 

 訊かれた以上は答える。

 世界のありのまま思うがままに。

 全力で本心をぶつけていく。

 

「あんな焦れったくてイライラさせる人に、大事な親友であり、大事な妹を任せられない」

「……」

「その一方で、この人なら大事な親友かつ妹を幸せにしてくれる。そんな期待もある」

「……おねえちゃんのバカ」

「そりゃバカにもなるよ。半身のように過ごした大切な人を取られちゃうんだから。それぐらいの本音ぶっちゃけさせてよ」

「だったら私も言わせて。おねえちゃんのほうが絶対にいい。私よりもおねえちゃんのほうが付き合ってて楽しいと思う」

「ノーノ―。家庭的なせっちゃんのほうがお嫁さんとしてバッチリで最高よ」

「ぷっ、話が飛びすぎ。なんでお嫁さんなの?」

「付き合うってことは最終的に結婚も考えるじゃない。そしたらせっちゃんは結婚に向いてるとおねえちゃんは思うのよ」

 

 言いたい放題である。

 これでもかとストレートに伝えてくる。

 向けられる姉バカな感情に刹那はポカポカと叩く。

 おとなしくさせるためにギュッと抱きしめる。

 動けなくなった刹那が世界の胸へ顔を埋めた。

 

「要するにせっちゃんが幸せなら私も幸せ。それだけは覚えておいてね」

「……もう寝る」

「おやすみせっちゃん」

「……おやすみおねえちゃん」

 

 眠った時に刹那の願望が反映されたのか。

 西園寺刹那としての夢を見たとの事。

 生活が貧しくても姉の世話を焼く日常。

 あまり現実と変わらない立ち位置だったようだ。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 放課後の委員会が終了。

 刹那と田中は階段の踊り場にいる。

 身長差の激しいデコボコなコンビ。

 そこでガチガチ状態の田中に向かって刹那は言った。

 

「田中、世界のこと好き?」

「?」

「西園寺世界のこと好き?」

 

 わかるように苗字を付け加えた。

 ちょっと待てと田中が両手を突き出す。

 想いを寄せているのは目の前にいる刹那である。

 

 断じて世界ではない。

 親切にしてくれて感謝をしているが、刹那に向ける気持ちとは別だ。

 相性的に多少の苦手意識はあるが断じて嫌いではない。

 だからといって好きかと言われてしまったら返答に困る。

 考えた末、田中がやっとの状態で一言告げた。

 

「いい人」

 

 これが田中にできる精一杯な回答である。

 すると刹那の目が一気に鋭くなった。

 心なしか眉をひそめている。 

 

「世界がいい人止まり? 都合がいい相手とかそんな風に思ってる?」

 

 それは誤解だと顔を激しく横に振った。

 都合よく世界を利用するなど思いもよらない。

 

 田中は悪い人ではない。

 それは刹那もわかっているつもりだ。

 

 しかし願ってしまう。

 

 世界の男性不信を田中が取り除いてくれたらいいのに。

 田中が世界を支えてくれたらいいのに。

 

 世界に譲ってしまう刹那の性分。

 どうしても滲み出てしまう。

 

「田中、これだけは言っておく。もし世界を泣かせたら許さない」

 

 小柄な刹那の目に激情がこもって警告をする。

 思わず田中でも後ずさりをするほどの気迫であった。

 

 言いたいことを言って刹那が去ってしまう。

 そんな後ろ姿を見送るしかできない田中。

 どうしてものかと途方に暮れてしまった。

 

 後日、田中は世界に相談を持ちかける。

 背に腹はかえられぬ。

 昼休みの屋上に二人だけで会う形をとってくれた。

 外の冷え込みは激しいが少しの間だけなら話ができる。

 

「私のほうがお似合いみたいに押し付けてるね。これというのも田中がハッキリしないからよ」

 

 すみませんと田中がペコペコと頭を下げた。

 気持ちと伝えられない己の不甲斐なさは自覚をしている。

 

「ちゃんと田中が告白していれば、刹那にそんなこと言われることもないんだからね」

 

 説教をするにも屋上は寒い。

 手短に言うべき所を言わないと風邪を引いてしまう。

 そうなれば原因を作った田中に刹那が激怒するかもしれない。

 それはさすがに田中が気の毒である。

 

「刹那に何か言われても合宿で答えを出すって言いなさい。試合のことを言われても必ず勝つの一言だけで充分よ」

「はい」

「田中がすることは、柔道の試合に勝つこと。合宿で刹那に告白すること。この二つだけ」

 

 ビシッと二本指を立てて突きつけた。

 それは勝利のVサインも兼ねている。

 

「刹那がどんな答えを出しても受け止めてあげてね。私も刹那の意思を尊重するから」

「わかりました」

「寒いから中に戻るよ。柔道、頑張ってね。あと委員として今しばらく刹那をよろしく」

 

 こうして昼休みが過ぎての授業中。

 田中は考え事を巡らせていた。

 刹那のことは異性として惚れている。

 世界については厳しいながらも親切で優しい人として好印象。

 恋愛対象は刹那で間違いないので、どっちを選ぶかとなれば刹那一択だ。

 

 いつまでも遠くから眺めるだけではダメだ。

 2年生になればクラス替えで刹那と一緒になれないかもしれない。

 だから世界のアドバイス通りに試合に勝って合宿で告白をする。

 これしかない。

 

 田中の視線に刹那、刹那の視線に世界。

 世界は教科書を立てて、隠れるように居眠りをしていた。

 

 休み時間になると、真っ先に刹那が動き出す。

 世界の席に立てられた教科書を拾う。

 それで世界の頭を叩いてみせた。

 

「授業中に寝るな」

「んもー刹那、教科書は武器じゃないよ」

「規則正しい生活をしないと体調崩れるよ」

「睡眠学習法をご存知ない?」

「それで学習できたの?」

「いや全く。あの先生は催眠術の使い手だよ間違いない」

「ふざけない」

「ところで話は変わるけど、刹那は見られている自覚ある?」

「今更気にしない。とっくに慣れた」

 

 ふと世界は思い出す。

 田中の連絡先を知らない。

 刹那に問い合わせると知らないの一言で即答。

 委員活動を通じて連絡先の交換は特にしていないようだ。

 

「直接会って話せばいい。電話やメールはいらない」

「そっか。試合結果を聞くなら柔道部に確認。ちょっと面倒だね」

「世界が田中と連絡先を交換すればいい」

「っていうか、そもそも田中って携帯持ってないんじゃない? 触ってるの見た事ないよ」

「持ってないかも。訊いてみたらいい」

 

 世界が尋ねてみると持っていないことが判明。

 自宅に設置した電話の番号はあるようだ。

 知っておいて損はない。

 世界は自分の携帯に登録をしておく。

 これでわざわざ柔道部で確認という手間を掛けずに済む。

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