World Days(新版) 作:完結の陽炎
世界は言葉に頼み、旅館の離れにある和室を借りる。
天文部のミーティングやレポートの作成で使っている場所だ。
窓辺にある座椅子に腰をかけ前茶を味わう。
少し時間が経過すると刹那がやって来た。
空いてる座椅子へ促して煎茶を振る舞う。
プライベートな空間で周りに気を遣わなくて済む。
普段の親友から変わり、秘密の姉妹として過ごす。
そんな特別な時間を堪能していった。
「いつでもいいよ。どんな内容でも私は受け止めるから」
「ズルい。いつもなら質問してくるのに」
「親しき仲にも何とやらよ」
「礼儀。それぐらい覚えて」
煎茶を一口して間をとる。
刹那も真似をして煎茶を飲んで一呼吸。
同じタイミングで目を合わせる。
そして刹那から衝撃的な発言があった。
「瞬さん、約束破って浮気した」
世界はおでこに右手を当てる。
頭でも痛いのか?
そう心配をして近付こうとする刹那。
大丈夫だと左手を突き出して制止させる。
「あー、そっちね……調べたの?」
「少し前、ことぴーにお願いをして探偵に依頼した」
「うわあ、ガチだよこの子」
「この子じゃない。せっちゃん」
「悪かったねせっちゃん。それで結果が出たの?」
「うん。私たちより一つ年下の女の子に誘惑されてヤッた」
これで世界の殺気が溢れる。
目に静かな怒りが宿り火傷しそうな勢いだ。
「へえー、相手が誘ってきたから仕方なくって感じ? そのケダモノ刺していい?」
「ダメおねえちゃん。それは絶対にしちゃダメ」
「冗談に聞こえなかった?」
「おねえちゃんの本気わかるから」
「私、その男と絶対会わないほうがいいね。怒り狂って滅多刺しすると思うから」
「……私、瞬さんに言った。嘘つき大嫌いって。それで二度と会わないって絶交した」
それを聞いた世界は両手を広げる。
姉として出来ることにするために。
世界の胸の中で刹那は泣いた。
優しく背中をさすって存分に涙を流し尽くす。
やがて泣き止み、涙で濡れた顔をおしぼりで拭いた。
「次からもっと早めに言いなさい。今みたいに泣かせるぐらいはできるから」
「うん」
「それでまだ他にも報告あるんでしょ?」
「ある」
こういう時は気持ちを切り替えたほうがいい。
世界の思いを汲み取って刹那は気を取り直す。
そしてもう一つの伝えたいことを口にした。
「田中から告白された」
「ああ、ようやくだね。おめでとう」
「私は断った」
「……訂正、田中にご愁傷様」
刹那がその気がないことは認識していた。
だから断ることは世界の想定内である。
田中も薄々ながらわかっていたらしい。
それでも言わないままで後悔はしたくなかった。
「振った後、田中に何か言われた?」
「ありがとうございましたってお礼言われた。そして一礼をして去った」
「潔い。そんな田中だから、副委員長として推薦したんだよ」
刹那を好きになってくれて嬉しかった。
全ての男が意地悪でないことの証明になってくれた。
振られたのは正直いって残念だが是非もない。
「おねえちゃん、田中をどうするの?」
「どうもしないよ。これで関わる理由がなくなったからバイバイだね」
「私が振ったから?」
「なによ。私に田中を押し付けようとしてる? 振ったから遠慮しなくていいとか言うつもり?」
「ううん、それはおねえちゃんの自由。私がどうこう言うことじゃない」
「その通り。私もせっちゃんが振ったことにどうこう言わないよ。せっちゃんなりに考えた上での答えだと信じてるから」
お互いに残った煎茶を飲み切ってしまう。
そっと湯呑みを置いて窓を眺めた。
夜空の浮かぶ新月と広がる星が綺麗に見える。
「私とおねえちゃん、二人一緒に幸せになる方法があればいいのに」
「刹那が付き合って幸せになってくれるなら、それで私は幸せを感じられるけど、それじゃあダメなの?」
「ダメ。それだったら、おねえちゃんが先に付き合って、私に安心と幸せを感じさせてほしい」
「安心については、一人になっても大丈夫なように、無理のない範囲で努力するよ。でも先に付き合ってはダメね。私、男の人が信じられないから」
「だったらどうして、田中を私に勧めたの? 信じられないなら私に押し付けないよね?」
もっともな言い分である。
大切な刹那を任せてもいい。
そう思えるだけの信用はあったはずだ。
「そういう矛盾を突くのはやめてよ。私、せっちゃんほど頭よくないのに。田中の片想いは私じゃなくてせっちゃん。それを応援したいと思ったからしたの。そこに小難しい理屈なんてない」
「おねえちゃんと田中が付き合う可能性はないの?」
「ない」
「田中のこと嫌いだから?」
「付き合おうと思う感情がないからよ。だからせっちゃんは断ったんでしょ。それと同じだと思いなさい」
ここで世界はハッと気付く。
二人とも幸せになる方法を。
だがそれは絶対にしてはいけないことだ。
「おねえちゃん」
刹那の目が輝く。
長年の付き合いで瞬時に察する。
刹那も気付いてしまった。
「ダメだよせっちゃん」
絶対に言わせない。
世界が待ったをかけた。
刹那はまだ何も言ってないと不満そうな目だ。
「おねえちゃん、話だけでも聞いて」
「二人だけの何々だったら良かったのに、でしょ?」
「何々って?」
「そこは突っ込まないの」
「……私一人ではダメ。おねえちゃんと一緒じゃないと――」
「やめなさい」
「っ!?」
「私たちのお母さんみたいなことはしないで」
異母姉妹であることを忘れたとは言わせない。
それでどれだけ大変な思いをしてきたのか。
巻き込まれた子どもはたまったものではない。
「将来せっちゃんの子どもが出来た時、浮気の子どもとして親戚に陰口叩かれて、同じ悲劇を繰り返すつもり?」
「ごめんなさい」
「あんな嫌な思いをするのは、私たちで終わりにしないとダメだよ」
「うん」
軽率であったと刹那が深く反省をする。
世界は先行きのことを重く受け止めている。
仮に子どもがいなかったとしても陰口は避けられないだろう。
自分たちが味わった苦渋の過去があればこそだ。
そして世界のおねえちゃんモードは続く。
「正妻と妾がある昔の時代だったら、せっちゃんの望みは叶っていたね。でも一夫多妻が認められない今の世の中では無理よ。バレなきゃ何をしてもいい訳じゃないからね」
「うん」
「二人平等に愛してくれる人なんて、漫画や映画、小説の中だけで満足しなさい。くれぐれも現実に持ち込まないで」
「わかった」
ここで世界は将来を考える。
誰とも付き合うことなく人生を終えるかもしれない。
それも一つの生き方だ。
恋愛至上主義から脱却をしてもいい。
そのためには体が弱さを地道に克服しないといけない。
さもなければ一人暮らしをするのは夢のまた夢となるだろう。
「おねえちゃん、また無茶なことを考えてる」
「当ててごらん」
「私を捨てて一人になろうとするの?」
「捨てるなんて人聞きの悪い。自立よ自立。せっちゃんもいずれ親元を離れて自立するでしょ?」
「まだわからない。でもお母さんを安心させたい」
「そんなせっちゃんに一言アドバイス。いつまでもあると思うな親と金」
「どこで覚えたの?」
「可憐」
今の状況で可憐の名前を持ち出してほしくない。
その気持ちはわかるが、刹那に問われた以上は答えるしかない。
避けては通れないので不可抗力だ。
「もうそんなに怒らないの。別に間違ったことじゃないでしょ?」
「あの子が関わると碌なことにならない」
「その様子だと信用よりも警戒が上回るみたいね」
侮れない存在だと認めている。
それは高く評価していることの裏返しだ。
そうでなければ何も気にせずに無関心で流せばいい。
ある意味、刹那に警戒をされてしまう可憐が凄いのである。
………………。
…………。
……。
翌朝、田中が世界へお礼を述べる。
お膳立てのおかげで気持ちがスッキリとしたようだ。
これからは柔道一筋で頑張ると宣言をする。
「刹那を好きになってくれてありがとう。柔道頑張ってね」
「はい」
お互いに気持ち良くやり取りをして離れた。
それぐらいでちょうどいい。
欲の少ない刹那に似てしまったかもしれない。
合宿で何気に偶然見てしまう。
伊藤と乙女、澤永と光のラブシーン。
こっそりとキスをしたり、抱きしめ合う。
恋人として自然と求める愛情表現だ。
それは本能もあるので仕方がない。
見てしまった世界は空気を読んで静かに去るのみだ。
合宿が終わって帰りとなる電車。
それぞれの最寄り駅で別れていく。
ただし桂家で居候をしている世界は手荷物だけを言葉に預ける。
そして刹那が住むマンションまで送ることにした。
「わざわざ送らなくても」
「そういう気分なのよ。誰かさんがいるかもしれないから」
「お母さんが追い出していると思う」
「絶縁してるとは聞いてるけどね」
世界が刹那を守る。
いつも守られてばかりだが今回だけは立場が逆だ。
世界にも姉としての意地がある。
「おねえちゃん、刺したらダメだよ」
「タクティカルペンなら死なないでしょ?」
「それ、ことぴーがあげた護身用。攻撃するためのものじゃない」
「もし会ったら問答無用。話す気は全くないのでよろしく」
「よろしくじゃない」
刹那の帰ってくる日は事前にわかっている。
だから刹那の母がその時間に合わせて迎えてくれた。
そして久しぶりに会う世界を歓迎してくれる。
「おばちゃん久しぶり。刹那を泣かせた悪い人から守るためにここまで送ったよ」
「ありがとう世界ちゃん。その人なら二度と来ないわよ。仕事先も変わったから」
「ラディッシュ榊野町の店長が変わったの?」
「ええ。そこで淫らな事をしてたことがバレてクビになったからね」
「逮捕されないのが不思議」
「あの人のお父さん、悪事をもみ消すだけの権力を持ってるのよ。警察とも深く繋がりがあってね」
「刹那のおじいちゃんヤバそうだね。ま、私は興味ないから別にどうでもいいけど」
世界が帰ろうとすると刹那がギュッと袖を掴む。
まだ帰らないでと一目でわかってしまう。
寂しがり屋な刹那の頭をそっと撫でた。
それで刹那の母が夕飯を食べて行くように言ってくれる。
「すみません、親子水入らずを邪魔しちゃって」
「もう水くさいわよ世界ちゃん。世界ちゃんは私にとっても家族同然なんだから」
「おばちゃんの娘になったら、清浦世界になって楽しそうだね」
世界は清浦家に生まれたかった。
そうすれば刹那の姉として堂々と名乗れたのに。
刹那は西園寺家に生まれたかった。
そうすれば世界の妹として堂々と名乗れたのに。
お互いに口に出さなくても意思疎通ができてしまう。
だから世界が真っ先にツッコミを入れた。
「ダメダメ。私の所は貧乏だからダーメ」
「貧しくてもいい」
「あの家庭でもう一人なんて絶対に無理だって余裕ないって。きっと伊藤兄妹みたいになるよ」
刹那は父が引き取られ、世界は母に引き取られる。
そんなパラレルワールドな展開があり得てしまう。
よって経済的に成功をしている清浦家がいい。
それなら姉妹を離れさせることもしないだろう。
「ま、もしもの空想に浸るのはここまでね」
「……おね――」
「せーかーい」
刹那の頭を撫でながら遮る世界。
刹那の母が見ている前で姉呼びは許さない。
親友という他人の関係を見せつけた。
「……世界」
「なに刹那?」
「いつまで撫でるつもり?」
「刹那が超絶可愛いからもう少し」
「子ども扱いしないで」
「つれないなぁー」
からかって遊んでしまう世界。
それに拗ねてしまう刹那。
母は生暖かい目で二人を見守る。
親友のつもりだが姉妹のようになってしまう。
そんな微笑ましい光景となった。
読了ありがとうございます。
原作ゲームで屋上が使える理由を、世界が天文部を立ち上げて使えるようにしたとあります。機材もなく何も活動しないのに屋上がずっと使えるのは、さすがに都合が良すぎます。よって本編で補完をし、この番外編では合宿という定番イベントを追加してみました。そして本作の集大成としてまとめたつもりです。
ストーリーとして書きたかったのは主に二つ。父親と決別をする刹那と田中の告白に対する刹那の答えです。ある意味、世界よりも刹那のほうが主役といっていいかもしれません。