(Ⅰ)
気が付くと、我は神殿のような場所で倒れていた。禍々しい気で満ちているのを見るに、少なくともここは闇文明の地であると考えて間違いなさそうである。
まだ少し朦朧としている頭を働かせて、自分の記憶を整理する。そうだ。私はあの忌々しき神々を倒すために暗黒王を呼び覚まし、そして、そして……
その先の記憶は無かった。あれから何が起きた。少なくとも、我はこんな場所は初めて見た。何故、我はここにいる。少し考えたが、答えは出なかった。
神殿の外には、またしても未知の光景が広がっていた。果たしてここは我がいた世界なのか、それとも全く別の世界なのか。
辺りを見渡すと、遠方に禍々しくそびえ立つ巨城が見える。あそこならばこの世界について多少は知ることが出来るだろう。歓迎されるとは考え難いが、歯向かう者は葬り去ればいい。それに、我こそが闇文明を統治するべき存在だ。──そう結論付け、神殿を背に向け城へと向かおうとした時、神殿の中から声をかけられた。
「オルゼキア様ですか……?」
聞き覚えのある声だった。振り返ると、そこにいたのは最も忠実なしもべ、ガンヴィートだった。
「ガンヴィートか、丁度いい。ここは何処だ?何故、我はこんな所にいる?」
「ここは暗黒王を祀る神殿です。いや、そんなことより……自覚はおありでしょうか? 貴方様は数百年間もの間、行方不明だったのです」
「数百年間だと……」
流石の我もこれには言葉を失った。この我が、それだけの時間を認識できずにいたというのか。一体何が起きたのだ?
我の疑問を見透かしたかのように、ガンヴィートは話を続ける。
「貴方様は暗黒王に取り込まれたのです。その後、暗黒王はある者どもに倒されましたが、オルゼキア様が甦る事はありませんでした。何故、今になってオルゼキア様が復活なさったのか、それは私には理解しかねます」
「そうか…」
まさか、我が暗黒王に支配されていたとは。使役するために呼び出したモノに利用されていたとは、耐え難い屈辱だ。「こんな神殿は壊すに限る」
──本当なら暗黒王本人を葬りたいところだが、これで少しは気が晴れた。ガラガラと音を立てて崩れ去る神殿を背にし、歩を進める。
「あっこの神殿は暗黒王を鎮めるためのもので……いえ、どの道もう必要ないでしょう。アレが本当に暗黒王なら、奴は既に"終わった"はず……」
ガンヴィートは何やらブツブツと呟いていたが、我に牙を向いた、それも『暗黒王』などと名乗る者を祀る神殿など、存在するだけで気分が悪い。
「何が暗黒王だ。闇の王はただ一人だ」
(Ⅱ)
その後、オルゼキアはガンヴィートから『今の世界』についての話を聞いた。つい先日まで、世界は非常に平和であったこと。しかし、《グレイテスト・シーザー》と《超銀河弾 HELL》によって開いた時空の穴、並びに『月』こと《オリジナル・ハート》から未知の存在が襲来したこと。そして、その未知の存在──太古のクリーチャー郡、通称《オリジン》──は、大軍を率いてこの世界を侵略中であること。
オリジンの力は強大であり、それに対抗するために五文明が結託しているという事を聞いたとき、オルゼキアは顔をしかめた。
「他文明の力を借りるなど嘆かわしい……闇は世界を制すべき文明だ。武力で劣っている上、他文明と心を通わせるとは、何とも情けない」
「えぇ。仰る通りです。今の闇文明は、オルゼキア様が率いていた時代のような矜持が失われかけています。ですので、オルゼキア様の帰還は、私にとってこの上ない喜びなのです」
オルゼキアが絶対的な信頼を寄せる腹心、それがガンヴィートだった。ガンヴィートは戦士としても指揮官としても優秀であったが、それ以上に、彼らは同じ理想を目指していた。それは、「闇文明の闇文明による闇文明のための世界」である。他文明の力など、利用することすら虫唾が走る。闇文明だけの力で他文明を叩き潰す事にこそ意味がある。彼らが共に夢見たのは、そんな世界だった。
「我らが野望のために、まずは我が今一度闇文明を一つにまとめ上げよう」
「このガンヴィート、どこまでも貴方様に付き従います」
「あぁ、期待している。そして我自身が力を──そうだな、暗黒王をも凌駕する力を身に着け、闇文明の準備が整った暁には……」
「ほう、暗黒王をも凌駕する力、ですか」
その男が二人に接触したのは、オリジナル・ハートが消滅する十二時間前であった。
(Ⅲ)
「……何だ、貴様は」
我は振り返り、背後に現れた男へと問いかけた。
「申し遅れました。我が名は《ザ・ロスト》。貴方が求めるような『力』を授けようと思いまして……」
「貴様、まさかオリジンか⁉」ガンヴィートが刃を抜きながら話に割り込んだ。
警戒心を剝き出しにするガンヴィートを見た我は、改めて男に視線を向ける。
ザ・ロストの風貌は、形容するならば「異質」の一言だった。我の時代の闇の住人とは全く異なる外見。なるほど、これがオリジンか。
「我に力を授けると言ったが、それで貴様に何の得がある? 大体、貴様らオリジンは我々の世界と戦争中なのではないのか?」
そう疑問を投げかけると、ザ・ロストは苦笑まじりにこう答えた。
「確かに我々とこの時代の者たちは戦争中です。ですが、我々とて全員が侵略を望んでいる訳ではない。私は貴方がたとの共存を望んでいる。その友好の印になればと思いまして。そして願わくば私をご贔屓いただければ……」
「なるほど。して、貴様が我にどう力を与えると?」
「私は『他者の潜在能力を引き出す力』、そして『更なる能力を与える力』を持っています。これらを使えば貴方はもっと強大な存在となるでしょう。ただし」──貴方の器が耐えられるなら、と心底馬鹿にしたようにニヤニヤとした顔で呟くザ・ロストの態度に、我は自分の感情を抑える事は出来なかった。
「貴様、我を愚弄するか。我は闇を統治する存在。オルゼキアであるぞ」
「では試してみますか? 成功すれば、貴方の野望の実現に大きく近付く事でしょう」
「面白い。やってみせろ」
「そうですか、ではまず……《ブレイン・タッチ》」
プツン、と何かが切れるような音がした。
(Ⅳ)
ザ・ロストを信用出来なかったガンヴィートはオルゼキアを止めようとした。しかし、ガンヴィートの呼び掛けは、オルゼキアには届いていなかった。
彼の知るオルゼキアは、あんな安い挑発に乗るような男ではなかった。だが、今彼の目に映るオルゼキアは怒りで頭が染まっているようだ。思えば神殿の時もそうだ。彼は恐ろしい男だが、無闇矢鱈に怒りをあらわにするような人物ではなかった。暗黒王の影響か、或いはザ・ロストが何かをしたのか……ガンヴィートがそう考えていたとき、ザ・ロストが聞いたこともない呪文を唱えた。
「《ブレイン・タッチ》」
その直後、ザ・ロストの腕がオルゼキアの頭の中へ差し込まれた。オルゼキアは白目をむいて痙攣している。
「貴様! 何を⁉」
ガンヴィートはザ・ロストを止めようと襲いかかった……が。
「《リペリ███・メーザー》」
ザ・ロストが何かを呟いた瞬間、もう片方の手から放たれた光の拘束でガンヴィートは身動きが取れなくなってしまった。
「未知の呪文……⁉」
「まぁ知らないでしょうねぇ。今からこの御方を強化して差し上げるんですから、貴方はそこで大人しく見ていてください」
「ふざけるな!こんな得体の知れない術をオルゼキア様に向けるなど……オルゼキア様にもしもの事があったら、私は貴様を絶対に許さないぞ!」
ザ・ロストはやれやれといった様子で首を横に振った後、更に呪文を唱えた。それは、闇文明の誇る最凶呪文の一つであった。
「《ロスト・ソウル》」
「なっ……」
次の瞬間、オルゼキアは膝をついてその場に崩れ落ちた。《ロスト・ソウル》──それは相手の精神を破壊する技だ。しかも、彼はそれをオルゼキアの内部に直に触れた状態で放った。
「貴様、何のつもりだ……生きて帰れると思うな!」
「動けもしないのによく言えますね。それに、私は約束を破るつもりはありませんよ。この御方はとてつもなく強大なクリーチャーとなるでしょう」
「《ロスト・ソウル》を使っておいて何を言う! 何故あんなことをした!?」
「私の施術は意思が介在したままだと、上手く行かないのでね。記憶を一旦白紙にさせてもらいました。……それに、よく言うじゃないですか。『悪魔と取り引きをするなら、魂を差し出す覚悟をしろ』って」
そう告げたザ・ロストは次の呪文を唱える。
「《神秘と創造の石碑》」
どこからともなく現れた石碑が、オルゼキアの肉体を複製した。驚愕するガンヴィートには目もくれず、ザ・ロストは更なる呪文を唱える。
「《転生プログラム》」
直後、本物のオルゼキアは眩い光に包まれてそのシルエットを変化させていく。ガンヴィートはこれらの現象を一度見たことがあった。
「貴様……何故、光や自然の持つ生命の呪文、そしてサイバーロードの奥義を!?」
「貴方は私の何を知っているのですか? 貴方の知識で私を測らないでいただきたい。もう終わりますから、そのまま静かに待っててくださいよ」ザ・ロストは心底面倒だといった口調で言い放つ。
主の異変に対し手も足も出せないガンヴィートは、その場で歯を食い縛ることしか出来なかった。
「さて、仕上げですね…《ブレインタッチ》」
ザ・ロストが再びオルゼキアの内部へと手を差し込んだ次の瞬間、その手が今まで見せなかった怪しい光を放ち始めた。
「何をしている……?」
「記憶を白紙にしちゃいましたからね。新しく意思を与えているんですよ。強力な肉体に強力な能力を秘めたこの方は、間違いなく暗黒王をも凌ぐ存在となるでしょう」
そしてザ・ロストはガンヴィートの方に振り向くと、口元を醜悪に歪ませ、こう言葉を続けた。
「……尤も、彼は既に名もなき悪魔。今までの記憶など全くない、生まれ変わった超獣。その名も《ディアボロス》……いや、まだ未熟な彼は《ディアス》と呼ぶべきか? 真の力を解き放ってこそ……」
成功の嬉しさからか饒舌になったザ・ロストの側で、その事実から目を逸らし続けていたガンヴィートはその場に崩れ落ちた。奇跡を信じていた。あの御方ならば抗えると信じていた。
……だが、目の前にいる『その悪魔』は、既に彼の仕えていた主とは似ても似つかぬ邪悪な気を放っていたのだった。
──いつしかザ・ロストの姿は消え、その場にはガンヴィートと、未だに意識が戻らない《ディアス》だけが残されていた。ガンヴィートへの拘束の術も解かれていたが、彼は立ち上がることが出来なかった。
どれだけそうしていたのだろうか。遂に《ディアス》が目覚めた。ガンヴィートは縋るように声を振り絞る。
「……オルゼキア様」
「…………オルゼキア? 一体誰のことだ。我が名は……ディアスだ」
闇の名士オルゼキアの復活と死亡。歴史の闇に溶け去ったこの大事件を知る彼の部下は、ガンヴィートただ一人であった。