セツナ視点です。
それはエースにとって運命の出会いでした
「——ふたりとも、ご飯はしっかり食べて、寝る前は歯磨きして、温かくして寝るのよ!」
「俺たちはここから応援してるからな。困ったことがあったら、いつでも連絡してほしい」
「おねえ……がんばってね……! おねえのレース、テレビでちゃんとみてるから!」
「父ちゃん、母ちゃん、ラビ、いってきます!」
「もう、いってしまうのですね……なんというか、私たちのそばから我が子がいなくなると思うと、突然寂しさが込み上げてきますね」
「セツナは特に、身体には気をつけてね。三女神の方々、ふたりのこと、どうかよろしくお願いします」
『俺たちがしっかり子羊くんたちを見守っておくな!』
『むしろ、独り立ちで堕落しないよう、しっかり見張ってやらねばな。まあ、このふたりに限ってそんなことは無いと思うが』
『わたしたちにお任せくださいね』
「ぐすっ……三女神様たちも任せてって言ってる……! また連絡するから! ——じゃあ、いってきます!」
——ボクとエースは、晴れて中学生になった。
少しだけ不安はあったものの、あの後、無事に合格通知が届き、ボクたちは中央トレセン学園に入学することが決まった。合格が決まった時は、再び家族ぐるみで集まってお祝いをしたものだ。
生まれてからずっと一緒にいた両親たちと別れたことに、やはり寂しさはあるけど、エースがいるからなんとか泣かずに済んだ。 ……ホントに泣いてないんだからね!
そうして、トレセン学園の制服に身を包んでから、いつも通りボクがエースを案内して電車を乗り継ぎ、府中へ向かう。ボクたちの学園生活が幕を開けた。
―――
——トレセン学園に着いてすぐ、ボクたちは恙なく入学式を終え、その後クラス発表や担任発表があった。
当たり前だけど、ボクたちには他に誰ひとり知り合いがいない。そんな中、ボクとエースが同じクラスだったことは、本当に幸運だった。
先生から学園についてのひと通りの説明が終わり、今日は学生寮に入寮しないといけないということもあり解散になった。
とはいえ、トレセン学園に来て最初のクラスだから、みんなまだけっこう教室に残っていた。
昨日までは、新しく友だちができる展開もあるのかな——と少し期待してたりもした。けど、ボクが田舎出身で顔見知りの人がいない上、周りは既に中央で交友関係の輪があるようだ。
……それによって微妙な疎外感が生まれてしまい、ボクは気まずくなって席から動けずにいた。——とはいえ、ボクがただ勝手にそう感じているだけだとは思うけどね……。
とにかく、ボクは完全にアウェーである。ちなみにエースは、常に近くでボクのことを気にかけてくれていて、ボクの席から動いていない。
——ただ、エースが疎外感なんかで友だちを作れないということは絶対にないと親友のボクが保証する。
「——ねえエース、ボクに構わずみんなに話しかけてもいいんだよ……?」
「……なあセツナ、こういうのは勢いが大事なんだ。あたしが切り出すから、ふたりで話しかけたら、案外なんとかなるだろ!」
エースはそう言うといきなり、近くの窓際の席にひとりで座って頬杖を突いて外を眺めていた娘のところへ行き、話しかけた。
「おーい、そこのキミ! 初めまして、キミも同じクラスだろ? あたしはカツラギエース、エースって呼んでくれ! こっちはフューチャーセツナっていうんだ! これからよろしくな!」
「——えええ、エース!? い、いきなりすぎるよ!? あああ、あのフューチャーセツナです! よ、よろしくお願いします!」
ひゃー、さすがエース、初対面なのにぐいぐいいくなあ。ボクにそんな勇気ないよ……!
「——やあ、初めまして。エースにセツナ……ね。アタシはミスターシービー。ま、シービーって呼んでくれるのがいいかな? よろしくね」
わ、ミスターシービーさんっていうんだ……! なんだかオシャレな帽子の髪飾りが特徴的な、とっても美人なウマ娘さんだな——って、うん? な、なんだかシービーさん、ボクたちの身体や脚の方に目線がいってる!?
「……ねぇ、キミたちけっこう速かったりしない? アタシ、これでも見る目はある方なんだ」
「へ……?」
「見ただけで分かるよ。キミたちのトモ、まだ本格化していないウマ娘のはずなのに鍛え上げられてる」
「い、いや、急にそんなこといわれてもよ……! 実はあたしたち、田舎から出てきたばっかで中央でレースに出たことないからさ、自分でもあたしたちのレベルが分かってないんだ……」
「えっ、中央のウマ娘じゃなかったんだ! ふぅん……。——じゃあさ、せっかくあそこにトラックがあるんだから、一緒に走ろうよ」
なんと突然シービーさんは、窓から見える練習場を見ながらそう言ってきた。たしかに、さっき先生から学園の生徒は空いていたら自由に使っていいと説明を受けたけど……。
「——は、走る!? いきなりかよ!? ってもいつから……」
「今から」
「今から!?」
なんとなく分かってきたけど、ひょっとしてシービーさん、かなり自由気ままで遠慮しないウマ娘さんなのでは……!
『この娘、なんとなくダーレーに似てるわねぇ』
『ゴドルもそう思ったか』
『えー、俺こんなに遠慮しないかな?』
たしかに、どことなくダーレーさんを感じさせる雰囲気があるかも……?
「うーん……いいぜ、って言いたいところなんだけど、あたしたち、寮で荷解きしないといけないからな……」
「まぁまぁ、ならその荷解きアタシも手伝うからさ? ちょっとだけ付き合ってよ! なんだかキミたちと走るの、すっごく楽しそうだからさ!」
「そうなのか? ……まあそこまで言うのならあたしはいいけどよ——セツナは大丈夫か?」
「うんっ。エースが走るなら、ボクも走るよ」
「ふふっ、決まりだね! じゃあ行こっか、ターフに」
そう言ってシービーさんは、ボクたちの手を引っ張って外に出た。
―――
——トラックに着くやいなや、そのまま制服で走り出そうとしたシービーさんをなんとか嗜め、更衣室で真新しいジャージに着替えたボクたち。
「そういえばシービー、言ってなかったことがあってな——実はセツナは体調の都合で、今はそう長い間全力を出せないんだ。だから、申し訳ないけど、短距離の併走でも構わないか?」
「え、そうだったの!? ……無理させちゃってごめんね」
「い、いやいや! 全然大丈夫だよ! ボクも中央のウマ娘と一度走ってみたかったから!」
軽くストレッチをして、スタートラインにつく。今回の距離は芝1000mということになった。
「じゃあいくよ……3,2,1,ゴー!」
シービーさんの合図でスタートする。やはり、真っ先に飛び出したのはエースだ。あっという間にトップスピードになり、ボクたちをぐんぐんと突き放す。
肝心のシービーさんはどこに位置取ったのかと思ったら——なんと、ボクよりもかなり後方だった。
「——なるほどね……! なんとなく感じていたけど、やっぱりシービーさんは『普通』じゃない……!」
ニヤリと笑うシービーさん。それほど後ろにいるということは、彼女の脚質は想像できる。それと同時に、彼女がただものではないことが一瞬で分かった。
『これは……! ミスターシービーとやら……脚質は“追込”か!』
シービーの取った走法に、バイアリーさんが反応する。——追込とは、レース終盤に迫るまでは最後方に控え、最後の直線で一気にトップスピードで他のウマ娘を抜き去る走法だ。
追込策を取るウマ娘は高い能力が求められがちだから、他の走法に比べ珍しい傾向にある。バイアリーさんも同じ追込策を得意とするから、何か感じる部分があったのかな。
——しかし、シービーさんも怖いけど、まずはエースを追いかけないといけない。悠長にしていると追いつけないほどにまで逃げられてしまう。
溜めている脚を少し使い、エースとの差を詰める。
「今日は逃さないよ、エース!」
「へへっ、捕まえてみろ、セツナ!」
短距離なのであっという間に最終コーナーを曲がって、最後の直線に入る。ボクとエースがピッチを上げて、スパートをかけたその時だった。
ボクとエースが走っている地面が揺れたような気がした。地鳴りのような音が鳴り響き、ボクたちの元へ何かが突っ込んできた。
「ふたりでイチャイチャしてるなんて、ズルいなぁ! アタシも混ぜてくれないかな!」
シービーさんだ。シービーさんが、想像を遥かに超える恐ろしい末脚で、前を走るボクたちの背中を捉えていた。
「なっ、シービー、お前とんでもないパワーしてんじゃねえか! けど、あたしが逃げ切るぜ!」
「ボクだって、負けない!」
「はああああ!」
ボクとシービーさんがエースに並んだところで、ゴール板——の代わりに置いたボトルを越える。
「はあっ……はあっ……ど、どうだった……? あたし目線では、ほぼ同時にゴールしたように見えたぞ……!」
「ぼ……ボクも……同時に……見えたよ……!」
ボクとエースは最後のシービーさんの判断を聞くために、シービーさんの方へ向く。だか彼女は口を開かず、俯いて震えているのだった。
「……シービー? 大丈夫か?」
「——あは」
「へ?」
「——あっはははははははっ! もー最高だよ! あー、最っ高に楽しかったー!!」
静かだと思ったら、シービーさんは突然お腹を抱えて笑い出した。
「ど、どうしたの、シービーさん!」
「ねぇ、もういっかい! もういっかいだけ走ろうよ! あんなにアツくて最高なレース、一回だけじゃもったいないよ!」
ボクとエースの手を握ってぴょんぴょん跳ねるシービーさん。
「まてまてまてまて、シービー! たしかに楽しかったけど、時間的にも流石に今日は終わりだ!」
「えーっ! ——どうしてもダメ、かな?」
「うっ、そんな上目遣いでこっちを見てもダメなもんはダメだ!」
「けちー」
「へいへい、なんとでも言いなさいよ……けどよ、そんなに飛び跳ねるほど楽しかったのか?」
「——アタシさ、ちょっと調子に乗ってるように聞こえるかもしれないけど実は今まで走ってきた中央のレースで、先着されたことないんだ。だからね、今回初めて負けて、胸の奥から抑えきれない感情が湧いてきて、これが悔しくて楽しいことなんだって気がついたんだ!」
「え? 負けたって……」
「さっきのレース、アタシはふたりにわずかに届かなかった。それは間違いないよ。——もう、ふたりとも中央で走ったことないっていうから、その身体は見掛け倒しかと思ったけど、ちゃんとホンモノじゃん! どんなトレーニングしてきたの! アタシにも教えてよ!」
だんだんとヒートアップしていくシービーさんを、エースが宥める。
「落ち着け落ち着け。レースのことでアツくなるのは分かるけど、とりあえず今日はそろそろ荷解きしに行かないとまずい。——だからまた明日、その話をしようぜ! レースをしたんだ、あたしたちはもう友だちだろ?」
「そうだね。シービーさん——いや、シービー。ボクもキミとのレース、楽しかった。だから、ボクたちと友だちになってくれる?」
「友だち、かぁ……いいね、それ。——正直、アタシも今日ずっと話し相手がいなくて退屈してたんだ。まさか初日からこんなに最高の友だちが見つかるなんて、アタシはツイてるね!」
「ほらセツナ、言っただろ! やっぱこういうのは、勢いが大事なんだって! あたし以外で初めてタメの友だちができたぜ!」
「うん、ありがとうエース!」
「へぇ、アタシが初めてなんだ。なんだか嬉しいね」
「お、おい! あくまであたし以外で、な! セツナの本当の初めてはあたしだからな!」
「……エース、どこで張り合ってるの……」
幼馴染だから当たり前なのに、変な対抗をする大人げないエースをジトッと見つめる。
「……コホン。まぁ、とりあえずシービー、約束は約束だ! 荷解き手伝ってもらうぞ!」
「ふふっ、キミたちといたら毎日退屈しなさそうだね?」
——それがボクたちと、後にターフの偉大なる演出家と呼ばれるウマ娘との初めての出会いだった。
本作では三女神様の存在という要因があったこともあり、現状の力関係は
エース≧セツナ>シービー
ですが、その影響でシービーはエースたちとのレースによりいっそう関心を持ってしまいました。それが意味することとは……。