セツナ視点です。
やや短めの話です。
「私は南坂と申します。単刀直入に言います、あなたたちおふたりをスカウトさせて頂けませんか!」
え……スカウト!? エース……と、ボ、ボクを!? ほ、本当にこの人はおふたりって言ったのかな……? 突然現れた、おそらくトレーナーであろう南坂と言うスーツの男性は『あなたたちおふたり』をスカウトしたいと言っていたと思う。
「………………えっ、ボ、ボクもですか!? ま、間違いじゃないですよね……? 選抜レースを走ったのはエースだけなんですよ……?」
「間違いなんかではありません。私はおふたりをスカウトしたいのです」
ついにボクのこともスカウトしたいと言うトレーナーさんが来てくれたんだ!
「……ちょ、ちょっと待ってください! ——まずは話を聞きたいです。どうしてあたしたちをスカウトしたいと思ったんですか?」
たしかに、すごい走りを見せたエースはともかく、ボクをスカウトする理由は、正直——今のところ無いに等しい……。先程のこともあり、ボクはトレーナーさんの口が開くのを恐る恐る待った。
「そうですね……まずカツラギエースさんは、先ほどの選抜レース、見事でした。常識を破るような逃げの形、その走りに感動してしばらく動けなくなってしまったほどでした。私ならあなたと共に、効率的なトレーニングやあなたにあった戦術を組み立てられ、その走りをより高みへと成長させられる自信があります」
「なるほど……。あたしの方は納得しました。それで、セツナの方は……?」
「はい、フューチャーセツナさんですが……あなたはカツラギエースさんと肩を並べるようなウマ娘でありながら、心肺機能に疾患があり、薬を飲みながらもトレーニングなどを行っているそうですね——すみません、少し調べさせて頂きました」
「た、たしかに隠してはいないですけど……どうしてそんなにボクのことを調べてくれたんですか?」
「その前に、突然ですが私の昔話をさせてください——私は学生時代、素質があるにも関わらず、ケガや病気でその夢を絶たれてしまったウマ娘を何度も見てきました……」
「え……」
「全力で戦った上で破れてしまったならともかく、走ることすらできず、夢だったレースを見送る……そんなの、あんまりじゃないですか……! だからこそ、私はトレーナーになる上で医学系、特にウマ娘医学を専攻してきました。せめて私の手の届くウマ娘にはそんな残酷な思いをさせないためにも……」
『——彼の想いには俺たちも大いに共感できる部分があるな。無力のまま夢敗れるウマ娘たちをみるのは……たまらなく胸が痛い』
トレーナーさんは、悲痛な面持ちでボクたちにトレーナーになった理由を語ってくれた。それには、ダーレーさんたちにも同じような想いがあるようだった。
「——私の育成方針は『ケガや病気を起こすことなく長い間走り続けられるウマ娘にする』ことです」
「!!」
「私なら、そういった知識からフューチャーセツナさんの身体に寄り添ったトレーニングやレースへの出走判断ができます! ですから、どうかスカウトを受けて頂けないでしょうか……!」
自らの想いを全て語った後、トレーナーさんはボクたちに大きく頭を下げた。
「あ、頭を上げてください! ——トレーナーさんの想いは、しっかりと聞かせていただきました。だからこそ、ボクたちの夢も話さないといけないよね、エース」
「——ああ、このトレーナーさんの誠実さにはあたしたちもキチンと応えないといけないな」
トレーナーさんが頭を上げたところでボクたちは自分たちの夢を話し始めた。
「あの——実はボクたち、ここからずっと遠いところにある田舎で育ちました。満足にレースをしたり、トレーニングしたりする環境なんてなくて、使えるものを全て使ってでも無理矢理鍛えてきました」
「当然、最初は全くレース感とかなくて、最初に地元で行われた出張レース教室の大会であたしはボロ負けしたんです。そんな時に、周りから田舎者はどうせ負ける、っていう話を言われて、あたしはそれが本当に悔しかった……! ——だから、それから学校のない日は毎日必死に特訓して、次に開催された大会ではようやく勝てて、そしてあたしたちはこの中央にきました!」
「ボクたちは決めたんです。どんな環境でも、夢は叶えられることを証明したい。大言壮語に聞こえるかもしれませんが、ボクたちがこの田舎から日本の“エース”と呼ばれるような最強のウマ娘になるんだって——それがボクたちの夢です」
「なるほど——ようやく合点がいきました。それだけの覚悟があるからこそ、あなたたちは中央での出走経験が無いのにも関わらず、それほどの走りを身につけたのですね……」
トレーナーさんはボクたちの話を聞いて、体を震わせながら俯いていた。
「トレーナーさん……トレーナーさんが、それでもあたしたちを最強のウマ娘にしてくれるというのなら——あたしたちの手を取ってほしいです」
エースとボクは俯いているトレーナーさんに、それぞれ右手と左手を差し出す。そして、トレーナーは間髪入れずにそれを纏めて両手で包んだ。顔を上げたトレーナーは、涙を流していた。
「うわああああん! あ、あなたたちの覚悟や夢……じっがり聞かせて頂きました! ぜひ私にその夢の手伝いをざぜてぐだざいっ!」
「ちょ、おいおい! いい大人がそんなに泣くなってぇ! ——けど、これで契約成立だな!」
泣きじゃくっているトレーナーさんはちょっとカッコ悪かったけど、包んでくれたその両手はとても温かかった。
その後、トレーナーさんが落ち着くまでしばらくの時間を要し、落ち着いたところで改めて自己紹介をする流れになった。
「——改めまして、私は南坂と申します。呼び方は呼びやすいように呼んでください。去年から独立したばかりの新人トレーナーですが、先輩方に負けるつもりはありません! 一緒に頑張っていきましょう! それと、敬語はなくても全然構いませんよ」
「わかった! トレーナーさんもあたしたちをフルネームで呼んでるけど、長いからエースとセツナでいいからな! で、あたしはカツラギエース、よろしく! 近い将来、日本のエースになるウマ娘だ! 夢があるなら臆するなよ? 狭っ苦しい壁はあたしが壊してやるからさ!」
「ボクはフューチャーセツナ! エースと一緒に最強のウマ娘を目指してるんだ! 身体が弱くても、心の強さでは負けないよ! よろしくね!」
「エースさんに、セツナさん。よろしくお願いします。そして私たちは、これからカノープスという名前のチームで活動していくことになります。今は完全に無名のチームですが、いつかはリギルにも並べるチームにしましょう!」
「へへっ、それは違うぜトレーナーさん! ——あたしたちふたりなら、あっという間にリギルを超えるようなチームにしてみせるさ!」
「エースの言うとおりだよ! リギルを超えなきゃ、最強って言えないよね!」
「おふたりとも……! すみません、まだ最強になるおふたりを担当できるという実感が湧いていなくて……」
「まだデビューだってしてないんだ、これからゆっくり慣れていけばいいさ。——それにしても一時はどうなることかと思ったけど、無事にあたしたちのトレーナーを見つけることができて良かったぜ」
「あっ、そういえばトレーナーさんに伝えないといけないことがあるの忘れてた……」
「? はい、なんでしょうか?」
「あの——じ、実はボクの身体の中には、三女神様がいるの!」
「へっ? ……さ、さんめがみさま?」
「あー、たしかに言ってなかったな……」
「は、はい……? お、おふたりとも何を言って……」
この後、やっぱり普通に伝えても信じてもらえなかったから、ダーレーさんに交代して説明してもらった。それから驚きすぎて、凍ったように動かなくなってしまったトレーナーさんを溶かすのは、とっても大変だった。
南坂トレーナーは物腰柔らかな性格の中に、時折見せる優秀さがあり、少し秘密が多そうな人物ですが、そんな南坂トレーナーの「チームカノープス」にエースたちは加入しました。この出会いは、後のエースたちにとっても日本のレース界にとっても、大きな影響を与えることになります。
——げ、原作のカノープス勢のG1タイトルが獲れないジンクスは、一旦置いておくこととします……。