セツナ視点です。
独自設定があります。
本作の裏目的が少しずつ見え始めてきます。
——マルゼン先輩との死闘から数日が経った。けど、ボクは未だに病院のベッドの上にいた。トランス状態を行使した反動はやはり大きく、解除してからは胸に激痛が走り、しばらく入院せざるを得なかった。
昨日ようやく身体が起こせるようになったから、トレーニングができなくても、基本教科やレースの勉強をしたり、三女神様たちとテレビに映るレースの考察をしたりと、できることを行っている。
——ちなみにあの後、ボクは現地には行けなかったけど、マルゼン先輩はしっかり皐月賞に出走してくれたようで、文句なしの1着を獲っていた。
そんなこんなでベッドで勉強していると、コンコンコンっとドアが鳴る。この几帳面な感じのノックはきっとトレーナーさんだろう。
『セツナさん、南坂です。入りますね』
トレーナーさんは、まだボクが声を出せないことが分かっているので、確認を取らずにそのまま入ってくる。
「起きていましたか。身体の調子はいかがですか?」
トレーナーさんの言葉に、ボクは手元にあるお絵描きボードで『特に異常はありません』と伝える。トレーナーさんはエースのトレーニングを見ているとき以外は、こうしてボクの様子を見に来てくれている。
「そうですか。なによりです。少しだけ服をめくってもらってもいいですか?」
……誤解を生みかねない発言ではあるけど、これはトレーナーさんがお医者さんとは別に、個人的に聴診器で肺や心臓の音を調べるためである。最初は恥ずかしかったものの、今では特に思うことなく素肌を晒している。
「失礼しますね」
トレーナーさんはそう言ってから、ボクの胸や背中に聴診器を当てて、肺や心臓の音を聞く。トレーナーさん曰く、心肺機能の異常は、聴診だけで8割、心電図とレントゲンも組み合わせたらだいたい全て分かるらしい。
——正直、なんでトレーナーさんはお医者さんじゃないのだろうかと思うくらい医学に精通している。というか、実際に医師免許も持っているらしいし、なろうと思えばなれるのだろう。
よく考えたら、この若さで既にチームも担当しているし……改めて中央のトレーナーとしての凄さを思い知った。
「——まだ少しストライダー音がしますね。未だに気管支が腫れているのでしょうか。ですが、ちゃんと休んでいれば、あと2日もあれば治るはずです。もう少しの辛抱ですよ。……他に異常は見当たりませんね、良かった」
トレーナーさんのその言葉を聞いて安心し、頷きながら服を直す。
「あ、こちらはエースさんからです。授業で配られたプリント等が入っています」
ボードに『いつもありがとうございます』と書いて、プリントが入ったファイルを受け取った。
余談だけど、そのプリントを纏めてくれたエース本人は、何も言わないと毎日どころか常にボクの側に居そうな勢いだったので、自分のことを優先してほしいと伝えておいた。
「——セツナさんもエースさんも、あのマルゼンスキーさん相手にあんなレースをするなんて、私のようなトレーナーの担当なのかと思うくらい、本当に凄いウマ娘ですよ。あの時は感動して少しはしゃいでしまって」
そう話し始めたトレーナーさんは苦笑いしながら頭を掻いた。……はしゃいだっていうのは、アレのことだろうか?
『トレーナーのとっても大きな声援、ちゃんと聞こえましたよ』
「あ、あはは……聞こえていましたか……少し恥ずかしいですね……柄にもなく無我夢中で叫んでしまいました……」
『恥ずかしくなんかないです。あの応援のおかげでボクは頑張れたんですよ? きっとエースもそうです』
「そ、そうなんですか!?」
あの応援を受けて、トレーナーさんのためにも負けたくないという気持ちが強くなり、踏ん張れたのは事実だ。——もしかしたら、これが三女神様たちが言っていたトレーナーとの絆の力というモノなのかもしれない。
『またボクたちが走るときは、お願いしますね?』
「うう……そ、それであなたたちの力になるのであれば……」
『あ、そうだ。例のモノが完成したので、その日になったらエースに渡してください。本当は直接渡したかったんですけど……』
「ああ、アレですね。完成しましたか。分かりました、責任を持って必ずお渡ししておきますね」
そうしてとあるモノをトレーナーに預けた後、トレーナーは仕事があるために、また来ますねと言って帰っていった。
―――
ボクはトレーナーが帰ってからも勉強を続けていたけど、途中でお手洗いに行きたくなってしまった。
今のボクでも、ひとりでお手洗いに行くくらいは特に問題はない。
キリのいいところで勉強を中断し、病院のお手洗いへと向かう。するとその途中で、とある栗毛のウマ娘を見かけた。
あれは……シイナフレジュスさんだっけ。たしかエースと選抜レースで走ったウマ娘だ。どうして病院にいるんだろう? どこかケガをしたのかな。
制服姿なので、入院まではしていないはず。同学年でもあり、少し気になったボクは話を聞きに行こうとしたけど、受付で何か用事を済ませると早々に帰っていってしまった。
『見たところ今は大きなケガをしているようには見えなかったな。彼女も子羊くんと同じく、何か身体の問題を抱えているのかもしれないね』
心配ですね……大事じゃなければ良いんですけど……。
『……セツナよ、他人を心配するのはいいが、まずはお前の体調を万全にしろよ』
——そうですね、バイアリーさんの言うとおり、フレジュスさんのことも気になりますが、まずは自分の身体をメイクデビューまでに出来るだけ元に戻さないといけませんね。
そうしてボクはお手洗いを済ませて、ボクの病室へ戻っていったんだけど——なんとそこには意外な人物がボクの帰りを待っていた。
「——あら、戻られましたか。こんにちは、フューチャーセツナさん。このような大変なときに急に押しかけてしまい、申し訳ありません」
——えっ? ……な、なんでこの人がボクの病室にいるの!? 受験の面接の時に一度お会いした、あの中央トレセン学園トップの秋川理事長がなんで!?
「あなたが今声を出せないことは存じています。何故私がこのような場にいるのか、驚いているようですね。今回、少しばかりあなたに用件があり、それについて誰にも知られずにあなたとお会いしたかったのです」
学園のただの一生徒であるボクなんかに用件……? ボクはベッドの上に置いてあったお絵描きボードを取って秋川理事長と対面する。
『あの、理事長さんが一生徒のボクにどんな用件が……?』
「——ひとまずは、トレーナーの獲得。そして先のマルゼンスキーとの一件、おめでとうこざいます。私も拝見させて頂きましたが、カツラギエース、ミスターシービーと合わせて、あなた方のこれからは本当に期待できますね」
『あ、ありがとうございます?』
「特にフューチャーセツナさん。中央でも地方でもないところからやってきて、病に冒されながらもなお懸命に走るあなたの姿は、トレセンの——延いては日本中のウマ娘の希望になり得る。そんなあなたが1着を取ることで、夢を見られるウマ娘がたくさんいるのです」
先程から理事長さんは、ボクのことをやたらと褒めてくれるが、なぜ理事長さんがデビュー前のウマ娘にそこまで言うのか分からず、困惑するばかりだった。
『り、理事長さんは、何が言いたいんですか……?』
「……とまあ、前置きはここまでにして、今日はあなたに成し遂げて頂きたいことがあり、それを伝えにきました」
さっきまで笑顔だった理事長さんが真剣な表情になり、ボクの目を真っ直ぐ見据える。
『ボ、ボクに……ですか?』
「そうです。フューチャーセツナさん、面接の際、あなたは、強くなってどんなウマ娘にも可能性があることを証明する、とおっしゃいましたね。そんなあなたに成し遂げて頂きたいこと、それは——『トゥインクル・シリーズを無敗で乗り越える』ことです。勿論、カツラギエースやミスターシービーにも一度も負けてはなりません」
む、無敗だって!? ど、どうしてボクにそんなことを……?
「どうして、と思われていることでしょう。——さて、ここでひとつ情報をお教えしましょう。あなたはこの中央トレセン学園で、1人あたり年間いったいどのくらいの学費が必要かご存知ですか?」
『……分かりません、とっても高いのは知っていますが、詳しくは両親が教えてくれなかったので』
「なるほど、それは当然でしょうね。何故なら、卒業までに1千万円以上ものお金が必要ですから」
は……? ——い、いっせんまん!? そんな、ボクたちの家にそんなお金は……!
「——何故、中央トレセン学園にはいわゆる名門と呼ばれる家柄のウマ娘しかいないのか。それは、最新鋭のトレーニング環境を維持するという名目のための、この学費の高さにあります。一般家庭には到底払えない金額ですからね。少し調べさせて頂きましたが、あなたやカツラギエースのご両親も、今は賄えていますが、いずれは借金でもするつもりだったのでしょう。加えてあなたは、諸々の通院代や薬代も決して少なくない」
『そ、そんな大金を両親が……』
「ここから始めに話した内容です。フューチャーセツナさん、あなたに提案があります。私にあなたを個人的に支援させていただけませんか? 私があなたとカツラギエースの学費、そして治療費も全て請け負います。そのかわり、あなたには無敗を貫いて頂きたいのです」
理事長さんが持ちかけた取引の概要はなんとなく分かったけど、結局、理事長さんほどの人がどうしてボクをそこまで贔屓するのか分からなかった。
『この人が嘘を言っているようには見えないけど、流石に待遇が破格すぎるわね……。セツナちゃん、少し用心するのよ』
そうですね……分かりました、ゴドルさん。
『……そこまでボクにしてくれる理由はなんなんですか? それにどうして無敗に拘るんですか?』
「最初に述べたはずです。あなたの走りには希望があると。ただそんなあなたを学費などの理由で埋もれさせたくない。ただそれだけです。そして、無敗に拘る理由ですが——」
そこで理事長さんは一度口を閉じた。なんだか本当に話しても良いか迷っているようだった。
「……いえ、これはあなたには話さなければなりませんね。先の話もそうですが、ここからの話は本当に極秘事項です。くれぐれもご内密にお願いします。——あなたは八百長という言葉はご存知ですか?」
『え? それは……はい。えっと、わざと手を抜いたりして、勝敗を意図的に操作すること……ですよね?』
「そうです。……そして、その八百長が——この中央レースのG1の舞台で行われている可能性が高いのです」
『な……ど、どういうことですか!』
突如告げられた理事長さんの言葉に、ボクはとんでもない衝撃を受けた。
「名門と呼ばれる家や団体が何故名門なのか、考えたことはありますか? 当然、歴史と研鑽を積み重ね、なるべくして成った家も存在します。しかし、中には重賞レースの利益を不当に独占し、力を得た組織があるとしたら……それは立派な犯罪です。直ちに摘発しなければなりません」
ボクは理事長さんの話を聞いて、驚きのあまり頭が真っ白になっていた。憧れていたあの中央レースの舞台で、八百長が行われているかもしれないなんて……。
「日本競バ会……聞いたことはありますよね。私たちトレセン学園を運営・監査する上部の組織です」
『は、はい……』
「今現在、日本のレースビジネスは、兆単位の規模の市場が動いています。そして、その利益を還元せず組織ぐるみの計略で独占しようとしている組織こそ、日本競バ会なのです。——先程申し上げた学費を設定したのもこの組織。簡単に余所者のウマ娘を入らせないように、そのようにしてあるのです」
『で、でも! リギルのマルゼン先輩は、皐月賞では八百長なんて関係ないように楽しそうに走っていました!』
「流石にすべてのレースで順位操作を行なっているわけではないようです。そもそも、本格的な八百長まで発展するケースは少なく、基本的には優秀なウマ娘、優秀なトレーナーを身内で囲い、掲示板を独占するといったやり方を取っているようです。そして、その組織の管轄外に、そのやり方にそぐわない有力なウマ娘がいた場合は——と、そういうことです」
『……なんだか気分の良くない話だね。ウマ娘たちのことを商売道具か何かと勘違いしてないかな?』
ダーレーさんの言う通り、聞いていて全く気持ちの良い話ではない。それがまかり通ってしまうなら、ボクやエースのような田舎出身者は永遠に排除されるだけじゃないか……! ——けど、そこまでの話を聞いて合点がいった。この理事長さんがやりたいこと、もしかしたら分かったかもしれない。
「——私はあの組織を解体する、もしくは変える必要があると考えています。しかし、今の私の立場は所詮、下部組織の長程度。中々意見が通らず、不正の尻尾も掴ませてもらえません。そこで、あなたの存在が必要になってくるわけです」
『なるほど……だから無名のウマ娘であるボクに声をかけた、そういうことですね』
「ふふっ、お察しがよろしいことで。その通りです。今私はたづなと共に、競バ会の不正の証拠を探っています。あなたはマルゼンスキーに勝利したとはいえ、まだそれは何かの偶然であると思われている。病弱で無名のウマ娘と新人のトレーナー、そんなチームがG1を荒らせば、あの組織は必ず動く……ですから、あなたに——特に賞金額が高いレースで1着を獲り続けてほしいのです。そして、悪事を世間に暴き、私はあの組織を変えます。今の、ウマ娘たちを顧みない独善的な組織ではなく、まさにウマ娘ファーストを地で行くような組織に」
理事長さんはそこまで語ると、突然今まで被っていた白い帽子を外した。するとそこには、なんとヒトではなく、ウマ娘の耳があった。そして、理事長さんはボクに深々と頭を下げた。
「どうか私にあなたの力を貸してください。あなたの力があれば、高すぎる学費も無くなり、これからレースを走るウマ娘たちへの待遇を変えられるかもしれない……八百長なんてくだらないことにウマ娘たちを巻き込むことが無くなるのです……ですから、どうかお願いします」
そこまで理事長さんの決意を聞いて断れるほど、ボクは薄情なウマ娘にはなれなかった。
『理事長さん、ウマ娘だったんですね……少し驚きました。ちょっとスケールが大きすぎて実感がまだ湧きませんが、とにかくボクは1着を取り続ければいいんですね?』
「ッ! フューチャーセツナさん……!」
『理事長さんの願い、たしかに受け取りました。身体のこともあるので、全て、とは完全に約束できませんが、ボクはできる限り1着を獲ります。だから、未来のウマ娘たちのために変えてください。トレセン学園を、レース界を』
そうボクはボードに書き記し、理事長さんに見せる。理事長さんは、涙を堪えるようにしながら、ボクの手を取った。
「応じてくださり、本当にありがとうございます……! こちらも必ず成し遂げます……!」
そうして、取引相手となった理事長さんはあまり長く学園を留守にしていると怪しまれるということで、ボクに他言無用にと念を押すとそのまま帰っていった。
『……子羊くん、どうやらキミはトラブルに巻き込まれやすい体質のようだね。ま、あんな話を聞いて、何もせず終われるわけないもんな』
『約束してしまったからには仕方ないわね。セツナちゃんの身体の状態も考慮しつつ、レースで1着を取り続ける——大変だけど、決して不可能ではないわ』
『ふっ、もともとセツナは最強を目指すのだろう? ならば、そこまでその道のりに変化はあるまい——だからこそ、これからも厳しくいくぞ!』
こうなったからには、やるしかないよね。トゥインクル・シリーズで無敗を貫く、か。——これまで以上にトレーニング頑張らなきゃ! 保ってくれよ、ボクの身体!
もう少し話が進んだら、登場人物紹介などもやりたいです。