久しぶりのエース視点です。
ちょっとした息抜き回です。
「フッ!」
——セツナがレース後の疲労で入院してから数日経ったとある日の早朝。あたしは、外出が可能になる5時半になるとすぐに寮を出た。
そして、あたしはそのまま東京ドーム17個分と言われている中央トレセン学園の敷地、その外周のウマ娘専用レーンを走っていた。距離にしておよそ3500m前後。春の天皇賞より少し長いくらいだ。
人通りの少ない時間を選んだからな、曲がり角や校門付近以外は全力で走る。今のあたしが、どれだけの力を持っているか測るためだ。
なんでこんなことをしているのかっていうと、実は今日はあたしの誕生日で、折角ならこの節目の日に、何か自分の成長を残せることをしてみようと思い、学園1周を全力で走ってタイムを計ってみることにしたんだ。
「はあっ……はあっ……タイムは……? 3:41.6か……ふぅ……ま、最初はこんなもんか……」
とりあえず走り切ったものの、タイムはそこまで驚くようなものでもなく、いたって普通のものだった。
これから毎年この計測をすることで、自分の成長を実感できる日がくるのかな……いや、絶対に未来の自分に実感させてやらなければならないんだ。じゃなきゃ、最強のウマ娘になるなんて、夢のまた夢だろうからな。
持ってきていたボトルを拾って水分補給をする。——程よく疲れて火照った身体に冷えた水が沁み渡るぜ……!
それにしても、あたしは自分の誕生日だというのに、如何せんあまり気分が上がらず、何か足りないような、そんな気持ちになった。
「——セツナ……あたしの誕生日だってのに、今頃病院で何してんだろうな……」
ふと朝日が昇っている方を眺めていると、無意識のうちに、自分の口から長年一緒にいた相棒の名前がぽつりと漏れる。
——まさか激流のように目まぐるしくいろんなことが変わっていってる日々のせいで、あたしが誕生日を迎えたってことに気付いてないんじゃ……。
「って、ダメだダメだ、何考えてんだ! セツナも頑張ってんだから、あたしも気合い入れなきゃな!」
——つい先日、セツナに「ボクよりも自分のことを優先してほしい」と言われたばかりなんだ。
マルゼン先輩とのレースで、あたしはまたあの状態のセツナに追いつけなかった。実力では負けていないと思うけど、やっぱり三女神様という存在がより近くにいる分、セツナはデビュー前のウマ娘とは思えないほどレース巧者だ。
とはいえ、セツナは身体にハンデを抱えている。セツナが病気を再発してしまってからは、流石にほとんど勝っていたものだけど——今となってはその巧みなレース技術で、直接対決をしてもどちらが勝つのか分からないくらいになっている。うかうかしてはいられない。
「へへっ、早く身体治さねえと、先に行っちまうからな、セツナ!」
そして、あたしは寮に帰りシャワーを浴びた後、学園へ登校するのだった。
―――
——授業が終わってその日の放課後、あたしはトレーナーさんに今日のトレーニングメニューを確認して、トラックに向かった。
そのままその通りにトレーニングをこなしていたんだけど——いまいち集中できてないというか、身が入っていないのが自分でも分かった。
「エースさん、大丈夫ですか? ——もしかして、トレーニングメニューが合わなかったでしょうか……?」
「いやいや! すまんトレーナーさん、そうじゃないんだ……あー、もう! 気合い入れるっていったのに、あたしはいつまで引きずってんだ!」
口ではそう言うものの、心の中にある寂しい気持ちは紛らせられない。毎年あたしの誕生日を祝ってくれた存在がいないだけで、こんなにも心細くなるとは思わなかった。
「はぁ……あたしも中等部になって成長してきたと思ったんだけど、意外とあたしって女々しいヤツだったんだな……」
「——やあ、エース! ……隙あり!」
「ひゃぁぁっ!」
突然受けた刺激に、あたしは思わず変な声を出してしまう。一瞬ターフの上でぼーっとしていたら、いきなり現れたシービーがあたしの目の下を触ってきやがった!
「あはは! エースの尻尾、ピーンってなったね!」
「しししししししし、シービー!? こ、ここを触られんのは苦手だから止めろって言っただろ!!」
「あはははは、いやーごめんごめん! なんだかエース、浮かない顔してたから、つい! ……ねえ、今日はアタシと走らない? そんな顔してられないくらい、楽しいレースをプレゼントするよ?」
プレゼント、という言葉にあたしは反応してしまう。ひょっとしてシービー、今日があたしの誕生日だって知ってる……?
「し、シービー、もしかしてあたしの——」
「そうですね。シービーさん、私からもお願いしたいです」
「はいじゃあ決まり決まり! いくよ! よーいドン!」
あたしの言葉はトレーナーさんに遮られ、シービーは許可を得るやいなや、早速飛び出して行った。
「——っておい! スタート早いっての!」
あたしも急いでスタートし、シービーを追いかけるように加速する。
「ふふっ、いつもとは逆だね、エース。キミはアタシの背中に追いつけるかな?」
「へへっ、やってやるさ! シービーこそ、あたしから逃げ切れると思うなよ!」
そうしてあたしは、寂しいなんて気持ちを忘れるくらい、クタクタになるまでシービーと併走した。
最後にゴールした後、ターフに仰向けで倒れ込むあたしとシービー。
「……ぜぇっ、はぁっ…………っ! はぁ、はぁ……へへっ、ああ楽しいな! やっぱくよくよしてる前に、こうして身体を動かすのがあたしの性に合ってるかもな!」
「はぁっ……はぁっ……ふぅ……あはは! 楽しんでもらえてよかった! エースにはいつもの元気な姿でいてもらいたいからさ」
「……なぁ、シービー。こんなことしてくれたのって、やっぱあたしの誕生日を——」
「あ、アタシもうトレーナーのとこに戻らなきゃ! じゃあね、エース!」
「知って——っておい! もういねえ!」
嵐のように現れ、そして去っていったシービー。——でも、おかげで元気付けられちまったな。
「エースさん、併走お疲れ様でした」
「おう、トレーナーさん。さんきゅ」
そうしているとトレーナーさんがあたしの元へ来て、タオルとボトルを手渡してくれた。
「少し早いですが、今日のトレーニングは終わりにしましょう。シービーさんとの併走は、レベルが高い分、脚への負担が大きいでしょうし」
「分かった。ストレッチとアイシングしたら終わるな」
「ええ。それと、こちらの紙袋をどうぞ。決して怪しい物ではありませんので、できればまだ開けずに、寮へ帰ってから開けてみてください」
「ん? お、おお、ありがとう? よく分からないけど、了解したぜ」
いきなりトレーナーさんからそこまで重くはない謎の紙袋を貰って困惑した。——めちゃくちゃ中身が気になるけど、まだ開けるなと言われてしまったから、仕方なくそのままストレッチとアイシングを行ってから寮へ帰った。
―――
——ご飯を食べ、お風呂に入って、歯を磨いた後、あたしは自室の机の上にトレーナーさんから貰った紙袋を置き、中身を確かめようとしていた。
そもそもこの紙袋自体がとても綺麗な装飾がしてあって、ベースカラーのブラックとスカイブルーはまるであたしとセツナのふたりを連想させる配色だった。
「さて、一体何が入ってるんだ……?」
封を切り、おそるおそる中に入っているものを取り出してみると——出てきたのは赤色の編み物と、1枚の手紙だった。
「手紙……? っ! セツナからか!」
手紙の主はセツナだった。驚きつつも、あたしはすぐに内容を読み始めた。
『エースへ———エース、お誕生日おめでとう! 本当は美味しい料理とか作ってエースやトレーナーさんたちとお誕生日パーティーしたかったけど、今のボクは病院から出られないから、こういう形で祝うことになっちゃって、ごめんね』
「セツナ、あんな状況なのに、しっかりあたしの誕生日覚えてくれてたんだな……」
『今回の誕生日プレゼントはどうしようかなって思ってたんだけど、自分で買いにいったりできなかったから——トレーナーさんに頼んで、毛糸を買ってきてもらったんだ! 編み物なら、ベッドの上でもできるなって思って。でも、トレーナーさんがちょっと……ううん、かなり高級な毛糸を買ってきたときはびっくりしたな! トレーナーさんも「せめて私もエースさんに何かお返ししたいです」って言ってて、それで肌触りとかにこだわってたらそうなっちゃったんだって! トレーナーさんらしいよね!』
その髪飾りを手に取ってみると、たしかにずっと触っていたくなるほどの手触りだった。
『今回ボクが編んだのは髪飾りなんだ。ワタリ編み、っていって、古来から伝わるウマ娘の安全を祈ったりする御守りみたいなものなんだって! 赤い毛糸を選んだのも意味があって、赤色は自分に自信や勇気を与えてくれるらしいんだ。それを見てエースにぴったりだな、と思って赤い毛糸にしたんだ! 良かったらつけてくれると嬉しいな!』
赤色……たしかにあたしの好きな色だ。
『いつもボクのことを気にかけてくれてありがとね。ボクも早く調子を戻すから、これからも一緒にレース界の“エース”目指して頑張ろう! 来年こそは、お誕生日パーティー開催するからね! それじゃあ、改めてお誕生日おめでとう、エース———セツナより』
手紙を読み終え、気がつくとあたしの目には涙が溜まっていた。なんだ、セツナがあたしの誕生日を忘れているなんて……とんだ杞憂じゃねえか!
今日一日、なにひとつ音沙汰が無いと思ったら、こんなものを用意していたなんてな。あれで意外と茶目なところがある、セツナらしいサプライズだった。
そして、あたしは部屋にある姿見の前に立って、セツナが編んだ髪飾りを頭に付けてみた。
「へへっ、なんか力が湧いてくる気がする。自信や勇気を与えてくれるっていうのも、あながち間違いじゃないかもな。ありがとう、セツナ」
そうして今夜は、あたしはその髪飾りを枕元に置いて、今ここにいない親友の存在を感じつつ、眠るのだった。