刹那を駆け抜けたふたりのエース   作:クロノアの耳

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 セツナ視点です。

 独自設定があります。

 未実装ウマ娘が登場します。





頂点、それはエースにとって遥か高みでした

 

 

 ——メイクデビューの日から数ヶ月経ち、だんだんと秋の気配を感じるような季節になってきた。

 

 トレーナーさん曰く、ボクたちジュニア級のウマ娘はまだ身体が本格的に出来てなくケガをする可能性が高い、ということで夏合宿はなかった。そのため、夏休みの間はずっと学園でトレーニングを積んでいた。

 

 ボクのジュニア級の目標レースは最初で最後にして、いきなりG1のホープフルステークス。トレーナーさんと、身体の調整を考慮してこのような変則的な計画になった。

 

 エースも目標は僕と同じホープフルステークスだけど、エースはその前に10月中旬に1戦——もうすぐ開催されるPre-OPレースの紫菊賞を挟む予定だ。

 

 また、夏休みの間にボクたちの両親から連絡があって、なんでも急にボクとエースの来年分以降の学費が納められたと通達がきて逆に不安になった、とのことだった。

 

 ……ボクは本当の理由を知っていたけど、当然、そのまま伝えるワケにもいかない。——だから、とりあえず、ボクたちがデビュー戦で勝ったから、その賞金から学費が賄われるようになったんだ、と説明しておいた。

 

 

 

 ——そして、今日はトレーナーさんの提案で、ボクとエースはいつもの学園内でのトレーニングではなく、気分転換にLSDで学園の外を走ることになった。

 

 LSD——ロングスローディスタンスとは、散歩感覚のジョギングで長い距離をゆっくり走ることで、ランニングコースの風景を楽しみつつも全身の持久力を高めるトレーニングだ。

 

 多摩川の堤防など、人通りの少ない道を選んで、ボクとエースが一定のペースで走り、その後ろをトレーナーがタイムを計りながら自転車で追いかける。

 

 

「——なんかこうして府中を走り回ってみるといろんな発見があるな」

 

「おっきなケヤキの並木道に、長い石段の神社とか、あと天然の温泉があるのもびっくりしたよね!」

 

「もともとこの府中は武蔵野と呼ばれていて、意外と歴史的な文献に数多く登場する地域なんですよ」

 

「へぇーそうなのか! トレーナーさんって理系かと思ったら、普通に歴史とかもイケるよな」

 

「ふふっ、トレーナーさん、弱点とかなさそうなくらい頭良いから尊敬しちゃうよね! ——って、あれ? ……ねえ、エース、トレーナーさん。あそこ、何か空き地みたいなところでウマ娘たちがレースしてない?」

 

「お、ホントだ。まあまあ人集りができてるし、けっこう盛り上がってるみたいだな」

 

「ああ、あれは『フリースタイル・レース』ですね。公式戦と違って、自由気ままに走りたいウマ娘たちが集まるアマチュアレースです。自由に、心のままに楽しそうに走るウマ娘たちを観にくるファンも多いみたいですよ」

 

「そんなのがあんのか! ……なぁ、気になるからちょっと行ってみようぜ、セツナ、トレーナーさん?」

 

「うん、ボクもそう思ってた! いいよね、トレーナーさん?」

 

「ええ、もちろん構いませんよ」

 

 

 そうして、ボクたちはフリースタイル・レースを見学してみることになった。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

「——うおっ、熱気がすごいな! 公式戦とは全然違う雰囲気だ! なんか全員闘争心むき出しの、荒々しい走りしてんな! こういうの、シービーとか特に好きそうだぜ!」

 

「けど、みんなすごく楽しそうに走ってるね! これがフリースタイル・レース……!」

 

「どんなに速くても、周りの都合でおふたりのような競技者の道を選ばない娘は少なくない……そんな娘たちが心のままに走るレースだから、心を打たれるものがあるのでしょう」

 

 

 フリースタイル・レースを走るウマ娘は、それこそレースにおける、勝つための様子見や作戦などは無いに等しかったけど、まるで心を解放するように走っているようなその姿は、とても楽しそうだった。

 

 

『ははっ、俺たちも昔はこういうレースを野良でよくやってたな』

 

『ふん、こういったレースは、事故等によるケガを引き起こしやすいというのに……それでも走りたくなってしまうから不思議なものだ』

 

『なんだか懐かしい気持ちになっちゃったわ。あの娘たちの顔を見てると、無性に走りたくなってきちゃうわね』

 

 

 無性に走りたくなる——たしかにその通りかもしれない。見ているだけで、心が昂ってくるようだった。

 

 

 

「——もしかしてあんたたち、フリースタイル・レース場は初めてっスか!?」

 

 

「うおっ! なんだ!?」

 

 

 レースを観戦していると、隣にいたサングラスをかけたリーゼントのウマ娘に話しかけられた。

 

 

「あんたたち、トレセン学園の生徒っスよね!? 強いウマ娘は大歓迎っス! このレースは飛び入り参加もできるっスから、トゥインクル・シリーズでは味わえない、アツーいレースが待ってるっスよ!」

 

「そ、そうなのか。どうだ、トレーナーさん? トレーナーさんが良いって言うなら、あたしは走りたいぜ」

 

「そうですね。ここの芝は水分量が多く、海外の芝に似ている特徴がありますし、もしかしたら良い経験になるかもしれません。走ってみましょうか」

 

「流石トレーナーさん、分かってるな!」

 

「トレーナーさん、ボクは!?」

 

「申し訳ありませんが、セツナさんは公式戦が控えている以上、身体への影響を鑑みると許可はできません……」

 

「ガーン! や、やっぱりダメだよね……」

 

 

 ——トレーナーさんは(当然ボクの身体を案じてくれてのことだけど)非情な判断をする。

 

 

「……ん? ねえみんな、レース場に新しく誰か入ってきたよ?」

 

 

 そんな時、レース場の入り口の方から、かなり離れていたにも関わらず思わず反応してしまうくらい、明らかに異質な雰囲気を放つひとりのウマ娘が入ってきた。

 

 

「あー、あのウマ娘さんは、名前は分からないっスけど、多分フランスのウマ娘さんみたいっス。辛うじて分かってることは、ここの芝が故郷に似てるからとかなんとかってワケで昨日からずっと1人で走ってるぽいっス。——といっても、あたしらここのメンツはフランス語なんてサッパリなんで、他に詳しいことは分かんないっスけどね」

 

「ふ、フランスだって!? 何でそんな海外のウマ娘が日本に……」

 

「へぇ……ならボク、ちょっとそのフランスのウマ娘さんとお話ししてみたいかも!」

 

「い、いやそれはいいけどよ……セツナ、フランス語分かんのか?」

 

「ふっふっふ、ボク、昔1年間病気の治療のために海外へ行ってたでしょ? ——なんとそこがフランスだったんだよ! だから実はボク、少しフランス語は話せたりするんだ!」

 

「え、そ、そうだったのかよ!? 知らなかったぜ……。ま、まあ、そういうことなら行ってみるか」

 

「よく分かんないっスけど、あんたフランス語話せるっスか! ——もし良かったら、あの人をレースに誘ってみてほしいっス! フランスのウマ娘の走り、観てみたいっス!」

 

「分かった! じゃあ、行ってくる!」

 

 

 サングラスのウマ娘にそう告げると、ボクとエースとトレーナーはフランスのウマ娘の元へ向かった。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

「(あの、そちらのウマ娘さん、少しボクたちとお話ししませんか?)」

 

「(——うん? 誰だお前たちは? というか、こんなところにフランス語で話しかけてくるやつがいるとはな)」

 

 

 そのウマ娘は、身長はエースよりも少し高く、やや黒っぽい鹿毛で髪先が銀色のロングヘアーをしていて、ちょっとだけ吊り上がった目尻と射抜くような緑掛かった琥珀色の瞳がクールな雰囲気を漂わせていた。

 

 

「(ボクはフューチャーセツナです! こっちはボクの親友のカツラギエース! そしてボクたちのトレーナーさんです! よろしくお願いしますね!)」

 

「(……私はサガスだ。私に何か用か?)」

 

「(ここのレース場にいるウマ娘から聞きました! サガスさんはフランスから来たって! どうして日本に来たんですか?)」

 

「(別に……私の親戚が日本の大会——ジャパンカップに出走するって言うから、旅行も兼ねての付き添いだ。そして、このレース場へきたのは、ただの暇つぶしさ)」

 

 

(なあトレーナーさん、ふたりはどんな話してるんだ?)

 

(えっと……全ては分かりませんが、サガスさんが日本にきた理由は、ジャパンカップに出る親戚の付き添いみたいです)

 

 

 フランス語が分からないエースには、トレーナーさんが逐一翻訳しているようだった。——というかトレーナーさん、フランス語分かるんだ……。なんかまた、トレーナーさんのハイスペックっぷりがさりげなく露呈してるし……。本当にこの人は何者なんだろう。

 

 

「(へぇ、親戚がジャパンカップに出られるんですか! すごいですね)」

 

「(——なあ、見た感じ、もしかしてお前たち私と同い年じゃないか? 私は今年13だが)」

 

「(へ? よ、よく分かりましたね。ボクたちも今年で十三歳です)」

 

「(ふん、ただの勘だ。タメなら別に畏まらなくてもいい)」

 

「(わ、分かりまし——いや、分かった、そうするよ。ところでサガス、こんな端っこでひとりで走らずに、みんなでレースしない? その方が楽しいよ!)」

 

「(ん? 日本のウマ娘とレース……? お前たちが良いなら、私は別に構わないが……どれだけハンデをつければいい?)」

 

「(えっ!? ——は、ハンデ!? な、何を言ってるの、そんなの要らないよ!)」

 

「(……?? ——セツナこそ何を言ってるんだ? それじゃあ、勝負にならないだろう?)」

 

 

 普通にレースをするつもりが、突然ハンデの話をし始めたサガス。しかし、彼女は至極当たり前のことだと言わんばかりに、決してふざけている様子ではなかった。

 

 

「(……なるほどね。もしかしてサガスは、ボクたちのことを見下してるのかな。その発言には、けっこう傷ついちゃったなー?)」

 

「(す、すまない。そんなつもりはなかった……。——分かったよ、同様の条件で走ろう。ただし、もしレースとして成立しなくても恨まないでくれ)」

 

 

 見下しているつもりはないと言ったサガスだけど、おそらく最早無意識のうちに、日本のウマ娘を下に見る発言をしてしまっているのだろう。

 

 

「(……おっけー、それでいいよ。なら、キミが日本のウマ娘に負けてフランスに帰っても、文句なしだからね!)」

 

「(何だと……? ——言ってくれるじゃないかセツナ! そこまで言うのなら見させてくれ、日本のウマ娘の走りを!)」

 

 

 ボクの煽り文句を受けて、サガスは今まで全く出していなかった闘争心を少しだけ燃やしたようだった。

 

 

「——ということでトレーナーさん、日本のウマ娘の走りを見せなきゃいけないから、ボクも走るよ。良いよね?」

 

「……本当にセツナさんは、ズルい聞き方をしてきますね。そんなことを言われたら、許可せざるを得なくなっちゃうじゃないですか」

 

「あたしも走るぜ! ——日本のウマ娘を舐められっぱなしじゃいられないからな!」

 

 

 そうしてボクたちは、フランスのウマ娘、サガスとフリーレースをすることになった。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

『——なんと、このフリースタイル・レース場でとんでもないレースが始まろうとしてるっス! まず最初に紹介するのは、トゥインクル・シリーズのデビュー戦を8バ身差で勝利した超新星、カツラギエース!』

 

 

 まずはエースが名前を呼ばれ、観客に手を振っている。やはりあのデビュー戦はインパクトがあったようで、それなりに有名になっているようだった。

 

 

『続いては、何故かフランス語が堪能なウマ娘、フューチャーセツナ!』

 

 

 ……あれ? ボクの紹介、少し雑じゃない……? ——たしかにエースと比べると、インパクトのある走りは全然できていないけども!

 

 

『そしてそして、最後に紹介するのは突如このレース場に現れたフランスからの刺客、サガスっス!!』

 

 

 そして、未知数の実力を持つサガスが登場する。正直、見ただけでも、サガスの身体つきやトモの仕上がりがボクたち同期のウマ娘と比べると尋常ではなく、明らかに別格の強さを持っていることが分かる。

 

 

『この3名によるハイレベルな芝2000mの戦いが幕を開けるっスよ! 実況はあたし、グラサンが担当するっス!!』

 

 

 

 ——軽くストレッチをするボクとエースの前に、サガスがやってくる。

 

 

「(良いレースにしようセツナ、エース——私についてこい)」

 

「(っ! ……そっちこそ、ボクたちをただ尻尾を追いかける子犬だと思って油断してると、怖ーい狼になって後ろから食べちゃうからね!)」

 

「(フッ……それは恐ろしいな)」

 

 

 そう言って、サガスはゲートに入っていった。

 

 

「——セツナ、サガスのやつ、なんて言ったんだ?」

 

「ついてこい、だって。——エース、負けられないよ、この戦い」

 

「へぇ、そうか……だったら、日本のエースになるウマ娘ふたりの走りを見せてやらないとな!」

 

 

 そして、ボクたちもゲートに入った。

 

 

『3名ともゲートに入って、出走準備整ったっス!』

 

 

 果たして世界のウマ娘の実力がどれほどのものか、そしてボクたちがどこまで通用するのか、楽しみだ……! そんな高揚する気持ちを抑えながら、ボクはスタート姿勢を取った。

 

 

 

 

 

『——さあ今ゲートが開いたっス! 3名とも、きれいなスタートを切ったっス! まずはセオリー通り逃げのカツラギエースがハナを取るのか! ——おおっと!? 脚質は先行と聞いているサガス、なんといきなりカツラギエースとバチバチの先頭争いを繰り広げているっス!』

 

 

 ——速い! サガスのスタート時の集中力も凄まじかったけど、なによりトップスピードに至るまでが早すぎる! あのスタート巧者のエースに食らいつくなんて!

 

 

「なっ!? あんた先行じゃなかったのかよ!」

 

「(フッ……お前は、それで逃げているつもりか? 向こうなら、それは先行勢のペースだぞ)」

 

 

 エースは辛うじて先頭を死守したけど、真後ろにつけたサガスのプレッシャーを受けて思うような走りができていないようだった。

 

 それに今走っているこの芝……! トレーナーさんが言っていた通り、まるで沼のような泥濘みで踏み込んだ脚が沈んでいく……! たしかにこれは、スピードと併せて地面を蹴るパワーも必要になってくるね……!

 

 

『子羊くん、あの時のトレーニングを思い出すんだ。地面に脚を突き刺すような走行フォームを練習したときがあっただろ? 今こそ、そのフォームを使う時さ!』

 

 

 ダーレーさんに言われた通り、脹脛を意識して芝を貫くように踏み込んでみる。すると、足が掬われるような感覚が消え、かなり走りやすくなった。

 

 

「(ほう……フューチャーセツナ、日本のウマ娘はこういった芝が苦手だと聞いていたが——対応してくるか)」

 

「うおお、なんのこれしきぃっ! こんくらい、地元の田んぼに比べたらマシだ!」

 

 

 なんとエースの方は、技術など関係なく、持ち前のパワーとド根性と農筋でこの芝の滑りをなんとかしていた。

 

 

『さぁ、かなりのハイペースでそのまま第2コーナーを曲がって向正面へ! 依然先頭はカツラギエース! その後ろにサガス! そこから2バ身開いてフューチャーセツナが3番手で追っているっス!』

 

 

「(ほう、中盤になっても私がハナを取れないとは驚いた……! 日本のウマ娘もなかなかやるじゃないか……!)」

 

「(——まだまだ、こんなもんじゃないよ、サガス! エースもボクもここからが本領なんだから……!)」

 

「(何っ……!?)」

 

 

『おっと、第3コーナーを曲がって、フューチャーセツナがペースを上げたっス! フューチャーセツナ、サガスと並んだっス!!』

 

 

「(——捕らえたよ、サガス!)」

 

「(ちっ、セツナに並ばれたか……だが、このハイペースなら、そろそろ逃げ続けているカツラギエースは垂れてくるはず——そこで仕掛ける!)」

 

「へっ! このペースで、あたしが垂れるとか思ってんだろサガス! ——だけど、それは大間違いだぜ!」

 

「エース、逃がさないよっ!」

 

 

『——なんと! ここでカツラギエースとフューチャーセツナ、加速していくっス! 最後のコーナー、最初に駆け抜けてきたのはカツラギエース!! サガスは一歩出遅れたっス!!』

 

 

「(な……! 逃げウマが再加速だと!? そんな走り、向こうでも見たことないぞ!)」

 

 

「うおおおおおおッ!!」

 

「はああああああッ!!」

 

 

 

 

 

 

「(——ふふっ、ははははっ……! …………あー面白れぇ! なんだ、義姉さんが私に見合うウマ娘は日本にはひとりもいないって言うから、そうだと思ってたが、そんなことねえ! あっちでもこんなヤツらはなかなかいねえぞ! なら、私も全力で相手してやらねえとな——!!)」

 

 

 

 

 

 

 

 ——ボクとエースが最終直線で追い比べをしていると、突如、後ろを走っているサガスの雰囲気が一変し、ボクたちが走っているターフの周りが暗転した。

 

 

「んなっ!? なんじゃこりゃ……!?」

 

「な、何が起こってるの!?」

 

 

 真っ黒な空にたちまち紅く光った暗雲が垂れ込め、周りには雷鳴が鳴り響く。

 

 

「(はははっ! お前らすげえよ! 私とここまで張り合えたんだ! 日本のウマ娘も大したもんだよ! 褒めてやる! ——けど、先頭は私のもんだ!)」

 

 

 ——なんと3バ身ほど後ろにいたサガスが、一瞬のうちにボクとエースに並んでいた。

 

 

「い、いつの間に!?」

 

 

『す、スパートが出遅れたと思われていたサガス!! なんとまるで瞬間移動したかのように、前のふたりに並んだっス!!』

 

 

 

 ——そのままサガスは、とんでもない末脚でボクとエースを抜き去り、ボクたちに5バ身差をつけてゴールしたのだった。

 

 

『ゴ、ゴール!! 一着でゴール板を駆け抜けたのはサガス!! タイムは……ななな、なんと“1:58.9”!? ひ、非公式とはいえ、あのマルゼンスキーの皐月賞より早いっス!!』

 

 

 ——とんでもないレースとウマ娘を観て、会場のボルテージは最高潮まで達していた。サガスが手を挙げると、会場全体から“サガス”コールが鳴り響く。

 

 

「はぁっ……はぁっ……な、何だったんだ、あれは……まるで別世界に飛ばされたかのような光景になって……」

 

「はぁっ……ぜぇ……はぁっ……わ、分からない……! で、でも、あの景色になった瞬間、サガスが一気に速くなったよ……!」

 

「せ、セツナさん、エースさん! 様子がおかしかったですが、最終直線で一体何があったんですか!」

 

 

 観戦していたトレーナーさんが、ボクたちのただならぬ雰囲気を察して駆け寄ってくる。

 

 

「と、トレーナーさん……あ、あの時、急に周りが暗くなって——」

 

「(フッ、その表情——どうやらお前たちは知らないみたいだな。あれが私のウマ娘としての本領……すなわち“領域(ゾーン)”だ)」

 

「(さ、サガス……! ぞ、領域(ゾーン)だって!!?)」

 

 

 息を整えていると、ウイニングパフォーマンスを終えたサガスがこちらにやってきて、突然馴染みのない言葉を使い出した。

 

 

『“領域(ゾーン)”……噂程度に聞いたことはあるな。なんでも、ウマ娘の集中力が極限まで達したときに、周りの時間がとても緩やかに感じるほどレースに没入し、爆発的な力を生み出すことがある——それが具現化したイメージとなって、他のウマ娘にも見えることがあるとか……けど、実際にそれを使いこなせるウマ娘は、俺は見たことがなかったな』

 

 

 そ、そんなものが……!? ——ダーレーさんが、その領域(ゾーン)について知っている範囲で説明してくれたことを、そのままエースやトレーナーさんに伝える。

 

 

「な、なんだよそれ……! 聞いたことねえぞ……!」

 

「……いえ、私もダーレーさんと同じく以前、師匠から聞いたことがあります。海外には、まるでレースを支配するようなウマ娘がいると——ただの誇張表現かと思っていましたが、思えばそれこそが、その領域(ゾーン)のことだったのかもしれません」

 

「世界のウマ娘は、そんなやつばっかだってのか……!?」

 

「(何か勘違いをしていそうだな? 私のようなレベルに達している者は欧州でも片手で数えられる程しかいない。つまり、その私にここまで迫ったんだ——誇るといい)」

 

「(……それはどうもありがとう。今回は負けたけど、次はこうはいかないからね)」

 

「(フッ……日本のウマ娘——フューチャーセツナとカツラギエースか、覚えておこう。楽しかったぞ。では、私はこれで失礼する。……またレースする機会があるといいな)」

 

 

 そう言って、サガスは満足そうな笑みを浮かべながら、このレース場を去っていった。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

「——あんたたち、最高のレースだったっス! またいつでもくるっスよ!」

 

 

 サガスとのフリーレースを終え、グラサンちゃんと別れて、ボクたちは夕焼けのなか帰路についた。

 

 ——あの後、ボクは全力で走ったことで力尽きてしまい、今はエースにおんぶされている。

 

 

「うぅ……ごめんね、エース。いつもありがと……」

 

「ま、セツナがレースするって言ったときから覚悟してたさ、気にすんな。けど、しっかり身体休めて、年末のホープフルステークスまでには万全の状態でいてくれよな——って、セツナもう寝ちまったか」

 

「ふふっ、またトレーニングメニューを考え直さないといけませんね。本当に、おふたりとも指導し甲斐があるウマ娘なんですから」

 

「んー? トレーナーさん、それは皮肉かー?」

 

「い、いえ! 決してそういうわけでは……」

 

「へへっ、なーんてな。冗談だって。……分かってるよ。いつもあたしたちがトレーナーさんに面倒かけてばっかってのはな」

 

「も、もう、エースさん……! それがトレーナーの仕事なんですから、いくらでも私を頼ってください」

 

「——なんだかんだで、トレーナーさんとはもう半年の付き合いになるもんな」

 

「はい。たしかにそうですね」

 

「……なんか夕陽をみてたら、ノスタルジックな気持ちになっちまった! ま、これからもあたしたちを末長くよろしくな、トレーナーさん!」

 

「勿論です! こちらこそ、よろしくお願いしますよ!」

 

 

 ——この日、ボクたちは世界の壁の高さを知ったと同時に、最強のウマ娘になるために何をするべきか、改めて考え直すことになった。

 

 

 






◯長めの補足です

 領域(ゾーン)とは、まさにアプリ版の固有スキルのようなものです。因果関係としては、領域(ゾーン)が力を生み出すのではなく、勝ちたいという強い想いによって生み出される底力が領域(ゾーン)として形になる感じです。

 また、セツナがフランス語を話せることに関して、セツナはフランスで1年間過ごしたからと語っていますが、それだけが要因ではありません。元々海外のウマ娘である三女神がセツナに宿ったことによって、この言語能力を得ています。セツナは気づいていませんが、おそらく英語なども話せます。こればかりはチート能力と言っても過言ではありません。


 そして、本作の最終目標レースは、エースとセツナで異なります。

 あと2話ほどでジュニア期編は終わる予定です。


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