セツナ視点です。
独自解釈があります。
——外に出ると肌寒く感じる今日この頃。
あのサガスとのレースから数週間が経った。
その間にもエースがPre-OPレースの紫菊賞で危なげなく1着を取り、仕上がりの万全さを見せた。
その後のウイニングライブでは、トレーナーさんと一緒に最前席でエースにサイリウムを振り、声援を飛ばしまくった。それを見て、エースは少し照れているようだったが、最後までしっかり歌いきっていた。
ちなみに他の人に見えてはいないけど、しっかりボクの身体の中でも、三女神様たちがエースに向かってサイリウムを振っていた。……そのときの三女神様たちは、まるで愛娘を見守る親のような表情をしていた。
——そして今、ボクとエースのふたりはカノープスの部室にいた。『作戦会議』と書かれたホワイトボードの前で机を挟んで、とあることについて会議を行っていた。
「それにしてもサガスが言ってた“
「うーん、とりあえず三女神様たちによると——あれは具現化されたイメージそのものに意味は無くて、レースに勝ちたいという強い想いによって発揮された自分の力が、自然と形になっていくんだって」
「あの“
「サガスは、ウマ娘としての私の本領が領域だ、って言ってたよね。——ひょっとしたら、想いだけじゃなくて、懸ける想いに見合った底力も必要かもしれないね」
「——よく分からないけど、そういうことならさ、まず自分の強みを理解するのが大事なんじゃない? エースだったら二の脚の使い方とか、アタシやセツナだったら末脚のトップスピードとかみたいに」
「なるほどな。自分の個性を伸ばすってのもアリかもしれないな、シービー! …………って、シービー!? い、いつの間に入って来てたんだ!? ——つかここ、カノープスの部室だぞ!」
「わ!? あ、あまりにも自然すぎてボクも気づかなかった……」
気が付いたら、ボクとエースしか居なかった部室にシービーがいてびっくりした……!
「一応ノックはしたし、声もかけたよ? けど、返事が無かったし、面白そうな話してるみたいだから、入っちゃった」
「ま、マジか! ——そこまで話し込んじまってたのか、あたしたち……」
「——というか、“
「うっ……え、えっとだな、それについては……まあ、そこまで知られちまったら話すしかないか。ちょっと前の話になるんだけどよ——」
シービーに領域のことについて聞かれたエースは、フリースタイル・レース場で起こったあの時の出来事をシービーに説明した。
「——へえ……ふたりとも、フランスのウマ娘と本気のレースしたんだ。——アタシ抜きで」
話を聞いたシービーは、ボクたちのことをじとーっとした目で見つめてくる。
「うっ、す、すまん……それについては成り行きでそうなっちまったから仕方なかったんだよ」
「アタシもふたりとトレーニングしに行けばよかったなー! ——そうだ、今からでも遅くないし、アタシがカノープスに移籍しようかな! そしたら、ふたりとずっと一緒にいられるし!」
「そんなことしたら、スピカのメンバーがいなくなって、沖野トレーナーが泡を吹いて倒れるから止めてあげて……」
「フラれちゃったかー、残念」
何やらとんでもないことを言い出したシービーだけど、流石に本気ではなかったようで、一安心する。
……本気じゃなかったよね? シービーなら本当にやりかねないところがあるから恐ろしい。
「——失礼します、おふたりとも! 例のモノが届きましたよ! ああ、シービーさんもいらっしゃいましたか」
そんなことをしていると、部室の入り口からトレーナーさんが慌てたように入ってきた。トレーナーさんはその手に、何やら大きめの段ボール箱を抱えていた。
「トレーナーさん、例のモノって? ——何か届く予定あったっけ?」
「勝負服ですよ、勝負服! おふたりの服、今週中に完成する予定だとお伝えしていたでしょう!」
「あ、そういえばトレーナーさん、そう言ってたね! それが届いたんだ! ——早速、開けてみていい?」
「勝負服か! あたしも、どんな仕上がりになったか気になるぜ!」
「ええ、どうぞ。オーダーメイドなので問題はないとは思いますが、万が一サイズが合っていない可能性もありますし、一度着てみてください」
トレーナーさんからそう聞いて、ボクたちは段ボール箱の封を切った。中に入っていたのは、OPP袋に梱包された青色ベースの服と黒色ベースの服の2着だった。
「おー、これがあたしたちの勝負服か、なんか感慨深いな! じゃあはい、こっちがセツナので、こっちがあたしのだな!」
「ありがと! じゃ早速着替えるね!」
「はい、外で待機していますので、着替え終えたら呼んでください」
そう言ってトレーナーさんは部室の外に出る。そして、ボクたちは体操服を脱いで勝負服に着替え始めた。
―――
「——トレーナーさん、入っていいよー!」
勝負服に着替え終わったボクたちは、外にいるトレーナーさんを呼んだ。
「はい。入りますね。おふたりとも、着心地はどうですか——おお……!」
トレーナーさんは部室に入ると、ボクたちの姿を見て目を丸くして固まってしまった。
——ボクの勝負服は、今のボクの半身といっても過言ではない、三女神様たちをイメージしたものだ。ボクの髪色に似ているゴドルさんの青色をベースにしたジャージのような上着に右袖と左袖をそれぞれバイアリーさんの黄色、ダーレーさんの赤色にした。後は黒のショートパンツに黒ソックス、そして御守りであるダーレーさんの蹄鉄ペンダントをつけている。
——そして、エースの勝負服は、特攻服のように背中に文字が入った黒いジャケットを羽織り、同じ黒ショートパンツに、黒ハイソックス、そして水色のインナーを組み合わせた、まるで少年漫画に出てくる仁義に篤いカリスマ番長のようだった。それに、自分で言うのもなんだけど、エースにプレゼントした手編みの赤い髪飾りがエースと勝負服にとてもよく似合っていた。
「——どう? どう? トレーナーさん、似合ってる?」
「どうだ、トレーナーさん? あたしたちの勝負服は!」
「ええ、おふたりとも、とても良くお似合いです……! 何と言いますか、希望溢れるウマ娘の風格が漂っていますよ……! 本当に良いデザインに仕上げましたね」
「へへっ、だろ? ——特に、背中のデザインとかは自信作だしな!」
そう言うと、エースはトレーナーさんに背中を向ける。
「“葛城栄主”……背中に自分の名前を入れるなんて、意外な発想でしたね」
そう、実はあの時——エースが、キタちゃんの言葉を聞いて何か閃いていたのは、この背中に文字を入れるというアイディアだった。
“カツラギ”はともかく“エース”にどんな字を当てるかふたりで考え、“栄”光を掴む“主”人公になる、という願いを込めて“栄主”と決めた。
ちなみにこの漢字のモデルを快く引き受けてくれたのはキタちゃんで、キタちゃんが書いた達筆な“葛城栄主”をそのまま背中に反映している。
「ああ! ホント、きっかけをくれたキタには感謝だな!」
「——セツナさんの方も、まるで三女神様が現世に降臨なさったかのような佇まいで素敵です……!」
「へ? え、えへへ、そうかな……! ちょっと恥ずかしいけど、三女神様のように見えてるなら嬉しいな……!」
エースのカッコよさに見惚れていると、不意にトレーナーさんから三女神様のようだと褒められて、ついつい頬が緩んでしまった。
『うおぉん! 子羊くんもエースくんも見違えるようだな! あの幼かったふたりがこんなに成長して……俺は涙が止まらないよ!』
『フッ……そうだな。あのふたりがここまで、な……』
『ふたりの“想い”を強く感じる——特にセツナちゃんの勝負服は、わたしたちがセツナちゃんとひとつになれたみたいで、嬉しいわ』
「——へぇ……ふたりとも、纏う雰囲気が全然違うね」
「そういや、シービーは勝負服届いたのか?」
思い出したように、エースはシービーに問いかけたけど、返ってきたのは意外な答えだった。
「——うーん、実はまだ原案すらできてないんだよね」
「ええ!? それは大丈夫なのかよ?」
そう聞かれ、シービーは一瞬考え込むような仕草をした後、ゆっくりと口を開いた。
「もともと、アタシはローテの都合でホープフルステークスには出ないから、急いで考える必要はないんだけど——そもそも、いきなり勝負服を作りますって言われても、ピンとこなくてさ。なんでわざわざ衣装を作るんだろうって思っちゃって。体操服のままでもいいと思わない?」
「な、なるほど、勝負服の意義が何なのかってことだね……」
シービーの言いたいことは分からなくもない。既に体操服というレースに適した格好がある中で、わざわざ別の服を用意しなくてもいいじゃないか、ということだろう。——たしかに、一理あるといえる。ボクはその発言に、何か意見を出すことができなかった。
『ふむ、シービーくんはそんなことを思ってたのか——それなら子羊くん、少し身体を貸してもらえるかい? 俺が悩める子羊ちゃんに、勝負服の力を教えてあげたいんだ』
わ、分かりました! よろしくお願いします!
ダーレーさんがそう言うので、ボクはダーレーさんにお任せして、成り行きを見守ることにした。
「——やぁ、シービーくん。キミは勝負服の存在意義を、まだ理解できていないみたいだな」
「セツナ? ——って、その口調と瞳は……ダーレーかな。うん、そうなの。よく分かんないや」
「そうか——それなら体感してみるしかないな! キミは、ただ言葉を重ねるよりも、肌で感じる方が早いだろ?」
「と、いうと?」
「勝負してみるんだ。体操服のキミと、勝負服のエースくんで」
「うぇ!? あ、あたし!?」
いきなり指名されることを予想していなかったエースは、自分を指差して驚いていた。
「子羊くんは今は走れないからね。シービーくんのためだと思って頼まれてくれないかな、エースくん」
「い、いいけどよ……それで何か分かるのか?」
「そうだな——結論を言ってしまおう。体操服のシービーくんは、勝負服を着たエースくんには絶対に勝てない」
「! ——へぇ、絶対か。面白いこというね、ダーレーも。なら走ろうよエース。勝負服の力を見せてほしいな」
「ちょ、ダーレー! たしかに負けるつもりはないけど、絶対は言い過ぎだって!」
シービーの素質は本当に凄い。——本人の気質上、これまで豊富なトレーニングを積んできた、というわけでは決してないだろう。しかし、トレセン学園に来てトレーナーが付いてからはその能力をぐんぐんと開花させてきた。
昔から三女神様たちに鍛えられてきたからこそ、今ボクたちはシービーと対等に戦えているけど、これからどうなるか——そんなシービーが“絶対に”勝てないというのはボクも考えられなかった。
「さーて、それじゃあトラックへ行こうか。エースくん、よろしく頼むな!」
「ふふっ、楽しみだね」
「うぅ……プレッシャーがすげえよ……」
楽しそうに軽やかな足取りでトラックへ向かうシービーとは対照的に、エースの足取りは泥濘みの中を歩いているようだった。
―――
——そうして、沖野トレーナーも呼んだ後、体操服のシービーと勝負服のエースのレースが始まった。
ジュニア級期待の新星であるふたりのレースは、最終直線までふたりとも圧巻の走りで互角に競り合っていた。しかし、いつもと違ったのはそれからだった。
最後の最後、シービーが追い上げ、エースの背中を捉えたと思ったその時——ボクは“まるで急流の川を遡る魚のような何か”を見た気がした。
——それから、エースはなんと今まで見たことのない勢いで振り切り、最終的には2バ身差をつけてゴール板を駆け抜けたのだった。
「……はぁっ……はぁっ……い、今のは……エースの走り、いつもと違った。気迫も、足の踏みしめ方も——なんで……?」
「あ、あたしも驚いてる……! なんであんなにすんなり前へ行けたんだ……?」
「はははっ! エースくんは勝負服に、栄光を掴む主人公になるという想いを込めたんだろ? ——勝負服はその想いの証だからこそ、着ていると自分の成すべきこと、成したいことが身体中に沁み渡るように思い返されて、それが更なる力となって、エースくんを強くしてくれたんだ!」
「な、なるほどな……? ——いや、ちょっと難しいけど、なんとなく理解したぜ! なんていうか、たしかにシービーに負けたくないって思ったら、自然と脚が前に進んでいったんだよ……! これが勝負服の力ってことなのか」
「ふぅん? ——うーん……でも、それって込める想いが必要ってことだよね。アタシには、エースやセツナみたいに成し遂げたい大きな夢なんてないし……」
シービーとしても今回の結果を受けて思うところがあったようだけど、それでもまだ勝負服に懸ける想いの形が定まっていないようだった。
しかし、そこでエースが何か閃いた。
「——あ、そうだ! シービーの場合は楽しく走った記憶とか、気持ち良く走りたいって想いとか、そういうものの証にしたらいいんじゃないか?」
「どういうこと?」
「ほら、シービーってさ、ただターフを自由に走るのが楽しい——そう感じてるだろ? ならさ、もっと先まで走りたい、今より速く走りたいって気持ちを起こしてくれる、そんな想いが込められてるのが、シービーの勝負服にぴったりだと思わないか?」
「……………………」
エースの言葉を受けてシービーは腕を組んで長考し、いろいろ頭の中で整理しているようだった。
「——うん。それ、いいね! アタシの中ですごくしっくりきたよ! そういうことなら勝負服作ろうかな」
「そりゃ良かった! シービーの助けになれたなら嬉しいぜ!」
「ありがとう、エース、ダーレー! よし、そうと決まれば……トレーナー、あとでカフェテリアに集合ね! 勝負服のデザイン、アタシなりに考えてみる!」
そう言うやいなや、シービーは風のようにその場から去っていった。
「——お前さんたち、ありがとよ。俺もシービーと勝負服について話はしてたんだが、なかなか納得まではできてなかったみたいでな……助かった! ったく、シービーのやつ……!」
そう言う沖野トレーナーの表情は笑みを浮かべていて、担当ウマ娘に振り回されていることを、どこか嬉しそうにしながら、シービーを追いかけていった。
「うんうん! シービーくんたちは本当にいいコンビだな! ——と、そういえば、エースくん。さっきキミがレースで見せた走りなんだけど、キミがシービーくんに追い抜かれそうになった時、一瞬まるで大きな鯉のような姿になったんだ。あれこそ、サガスくんが領域を発動したときの走りと似ていなかったかな?」
「へ!? こ、鯉ってあの鯉!? あたしが!? ——ぜ、全然身に覚えがないぜ……!」
「あははっ! やはり無意識のうちに領域を出していたんだな! でも、これは新しい発見だよ! ——おそらくエースくんの中にある強い想いが、勝負服を着たことによって増幅されて、具現化するほどの強い力になったみたいだな!」
「ま、マジか……くっそー、せっかく領域を出せたかもしれないのに、無我夢中で何にも覚えてないなんてよ……」
「まあまあ、むしろきっとその“無我夢中”のような極限状態こそが領域の本質なんだろうね。だからエースくん、後は追々その想いに伴う実力を身につけていけばいいんだ」
エースは領域の感覚を掴めなかったことに悔しがっていたけど、それでも一度はその力を発揮した。そのことに、ボクの心は闘争心に震えていた。——勝ちたい、あの領域を発動したエースよりも前を走りたい。
——ボクたちの初めての直接対決の場、ホープフルステークスは刻一刻と迫っていた。
……エースは強い。それでもボクたち自身の願いのため、そして理事長さんとの約束のために、ボクはエースに負けられないのだった。
セツナの勝負服は、カラーリング以外は原作のゴドルフィンバルブの勝負服にかなり近いです。
次回で、ジュニア期編終了です。
※誤字報告ありがとうございます、少し表現を変更しました。