セツナ視点です。
——この日本の中央において、国際グレードとしてG1と表記され、1年間に開催されるレースは今現在24レースある。
その年内で、基本的に最後に行われるG1が中山レース場芝2000m右回りのレース「ホープフルステークス」だ。ジュニア級のウマ娘たちがクラシック級に向けて、自分の実力を再確認する場でもある。
今年のホープフルステークスは、中央レースで最も人気のレースと言っても過言ではない有マ記念の翌日に開催される。
——その昨日行われた有マ記念なんだけど、今年は本当に心踊らされた。
地方のトレセン学園から編入してきたというあまり注目されていなかったとある先輩が、その裏で壮絶なトレーニングを積んで、毎年“日本勢はバ場を貸すだけ”と言われてきたジャパンカップにて、5着とはいえタイム差0.3秒まで世界のウマ娘相手に食らいついた。
そして、その先輩はついに年末の有マ記念にて、最後方から驚異の追い込みでアタマ差の勝利を収め、初めてのG1制覇を果たしたのだった。
——そして今日、ボクとエースはそんな中山の舞台で戦う。まだ朝も早いけど、なんとなくそんなことを考えているうちに気持ちが昂ってしまい、目が冴えてしまったボクは身体を起こして、隣で寝ているであろうエースの方を見た。
すると、寝ていると思っていたエースが、ばっちり目を開いた状態でボクの方を向いていたのだ。
「ひゃ……! び、びっくりした……。え、エース起きてたんだね……」
エースはボクの反応を見て、笑いながら身体を起こした。
「へへっ! なんか初めてのG1だって思ったら、目が冴えちまってよ。——たぶん、セツナも同じだろ?」
「うん……! あんな大きな舞台でエースと走るのは初めてだもん。絶対に楽しいレースになるよ……!」
「そうだな。それに、初めて公式戦のレースで戦うんだ……セツナ、今日は負けないからな」
「ボクだって、今日は負けないから……!」
ボクとエースはこの日のために、トレーナーさんや三女神様たちとお互いやれることは全てやってきた。そんな、ボクたちジュニア級ウマ娘の集大成、G1ホープフルステークスが今始まる——!
―――
前日の有マ記念の余韻が冷めやらぬ中山レース場。その控室で、ボクとエースは勝負服に着替え、トレーナーさんに最終確認を行なってもらっていた。
「はい、おふたりとも勝負服も蹄鉄も問題なしです。——それにしても、こんなに早くチームメンバー同士の対決が行われてしまうとは……どちらかひとりに肩入れすることはできませんが、悔いのないように走って、どうかおふたりとも無事に帰ってきてください」
「ありがとな、トレーナーさん。——へへっ、そんなの今更だぜ! もともと、あたしとセツナは親友であり、ライバルなんだ……! いつか競い合うことになるのは覚悟してたし、むしろセツナと一緒に走れるのが楽しみだ!」
「トレーナーさん……うん、レースの勝者はたった1人だけ——たしかに勝負の世界は残酷かもしれないけど、何よりもエースと一緒に大舞台を走れることが、とっても嬉しいんだ……! だから、楽しんでくるよ」
「エースさん、セツナさん……そうですね! スタンドから応援していますから、今日のレース、ぜひ楽しんできてください!」
「「はい(おう)!!」」
誰が音頭を取るワケでもなく、ボクとエースは手を挙げてトレーナーさんとハイタッチして、エースともハイタッチをした。
——そして、ボクたちはトレーナーさんと確認を済ませ、パドックへ向かうために、控室を出て地下バ道へ向かった。
しばらくお互い無言で地下バ道を歩いていたけど、その半ばで不意にエースが口を開いた。
「……なあ、セツナ——なんていうか……ホントさ、夢みたいだぜ……あの時もう走ることすらできないって言われたセツナとこうして地下バ道を歩いて、G1の大舞台で一緒にレースできるようになるなんてよ……」
「……ふふっ、あの頃はボクもいろいろ思ってたことがあったよ。ボクはウマ娘として生まれてきたのに、なんでこんなに自由に走れないんだろうって。——正直ね、エースと一緒に並んで走れないこの身体が心底恨めしかったよ」
「セツナ……」
「でも、いつもエースがいつか絶対にまた一緒に走ろうっていってくれて、三女神様たちと不思議な出会いもして、やっとまたエースと同じ場所に立てたんだ。……ありがとね、エース。——これは運命なんだって思った。夢を叶えるために、エースと三女神様たちがボクにくれた、ただ一度のチャンスだって……だから、負けない。今日勝つのはボクだよ、カツラギエース!」
「……へへっ、そうか、そうだよな! けど、セツナと同じ夢を持ってるウマ娘がここにもうひとりいるってこと、忘れんなよ! 最強のウマ娘になるために、まずジュニア級のエースになるのはあたしだ! 勝たせてもらうぜ、フューチャーセツナ!」
ボクとエースは顔を見合わせてがっちりと握手する。そしてその後は、これ以上の言葉は必要ないだろうと、お互い何も交わさずパドックへ向かった。
今日のホープフルステークスは16名で行われる。数日前から出走ウマ娘と枠順は公表されており、エースは1枠2番と逃げウマとしては嬉しい内枠、ボクは7枠13番で外枠だけど、どのみち最初は後方で脚を溜めるつもりなので、そこまで影響はなかった。
1番のウマ娘のお披露目が終わった後、早速2番であるエースの出番がきた。エースはボクの肩に手を置いたあと、勢いよくパドックへ出ていった。
ステージの上で、エースは何かを掴むように手を伸ばすと、そのまま親指で自分を指してこう言った。
「あたしがカツラギエースだ! みんな、あたしがウマ娘界の“エース”になるとこ、見ててくれ!」
エースのスケールの大きな挨拶に、会場のボルテージは高まっていた。それもそのはず、今日のエースはデビュー戦の8バ身差勝利などを受けて、1番人気に推されていた。
そして、エースは一礼して待機しているボクたちの元へと戻ってきた。
「セツナ、今回のレース、いろんな人が観に来てくれてるみたいだ」
「いろんな人?」
「パドックに出たら分かるさ」
エースにそう言われ、自分の番が来るのを待った。着々といろんなウマ娘のお披露目が終わり、その中にはあのシイナフレジュスさんの姿もあった。彼女は5枠10番で2番人気に推されていた。
そして、いよいよボクの番がやってきた。パドックへ出ると、デビュー戦の時とは比べ物にならないほど、たくさんの人たちがボクのことを注目していた。
よく見たら、手前の方にトレーナーさんがいて、その隣にスピカのシービーと沖野トレーナー、それにリギルのマルゼン先輩と東条トレーナーがいた。
さらにはダイヤちゃんとキタちゃんに、フリースタイル・レース場で出会ったグラサンちゃんまでいた。みんなボクの姿を見て、こちらに手を振ってくれていた。
「今日はセツナさんが勝つ!」「エースさんが勝つもん!」
そんなダイヤちゃんとキタちゃんは、ボクとエースのどちらが勝利するかで言い合っていた。ダイヤちゃんたちと初めて会った日に知ったのだけど、どうやらダイヤちゃんはボク、キタちゃんはエースを特に応援しているみたいだった。
——みんなボクたちのレースを観に来てくれたんだ……! みんながボクたちを、ボクを応援してくれる、そう思うだけでなんだか力が湧いてくるようだった。ボクはみんなに手を振り返しながら口を開いた。
「ボクはフューチャーセツナです……! 絶対に1着を獲るから、ぜひ応援してください!」
まだデビュー戦しか出走していない上、その時の記録もあまり派手ではないボクの人気は14番人気だったけど、それでもボクの身体の仕上がりを認めてくれたのか、少し歓声が返ってきてボクは嬉しかった。そして、ボクも一礼して地下バ道へ戻り、本バ場へと向かったのだった。
―――
『——誰をも魅了し、心を奪う希望の星が誕生しようとしています、今年最後のG1、ホープフルステークス! 前日の雨の影響で今日のターフは、重バ場発表となりました。しかし、会場は例年よりも盛り上がっています! そんな中山レース場芝2000mに、16人のウマ娘たちが挑みます』
『クラシック戦線へ向けて、最初に名乗りを上げるのは誰か楽しみですね』
——ボクたち出走するウマ娘は、各々軽くストレッチをしたり、ファンに手を振ったり、はたまた勝利の女神に祈ったりしてゲートに入っていく。
前日の有マ記念が大雨の中での開催だったため、今日の天候自体は曇りだけど、ターフの状態は水分を多く含み、かなり走りづらい状態になっていた。
こうなってくると、ウマ娘たちは全体的にトップスピードが出しづらくなり、“差し”や“追込”のウマ娘は不利になりやすい、というのが一般的に言われることだ。もちろん、例外はあるけどね。
ボクは何週間か前に、トレーナーさんや三女神様たちから、今日はこういう状態になるかもしれないと言われていた。——正直、差しウマ娘として未だに不安ではあるけど、この日のためのトレーニングはしっかり積んできた。
『大丈夫だよ、子羊くん。トレーニングの成果を遺憾無く発揮できれば、キミの脚は、地面がどんなバ場状態でも対応できる。後は、冷静にレース展開を見極めよう』
分かりました、ダーレーさん。——エース、今日は絶対に逃がさないからね……!
エースの方を見ると、ゲートの中で目を閉じていて、既にレースのことだけに集中できているみたいだった。
『本日の注目はなんといっても、1番人気カツラギエースと2番人気のシイナフレジュスでしょう』
『人気的には、この2人が抜けていますね。しかし今日は重バ場、シイナフレジュスを含めた差し追込勢には厳しいレースになるかもしれませんね』
ボクもゲートに入り終え深呼吸をする。スタート直前は安全性を考えてスタンドからの歓声が止むため、そこに誰もいなくなったかのような静寂が中山レース場を包んだ。ボクはこの瞬間が好きだった。
『各ウマ娘、ゲートに入って体勢整いました』
——バンッ!とゲートが開いて、ついにホープフルステークスがスタートした。
『さぁ、スタートしました、ホープフルステークス! やはり先頭に抜け出した1番人気カツラギエース! 速い速い! ぐんぐんと後続のウマ娘との差を開いていきます!』
『何度見ても素晴らしい加速ですね。これだけのペースで走っても、垂れてこないことは各ウマ娘分かっているでしょう。——しかし、必ず息を入れるタイミングはある筈ですからね。後続がどうやってカツラギエースを捉えるか、注目です』
相変わらず良い逃げっぷりだね、エース。あのペースで逃げられて、また終盤に加速されるんだから恐ろしい。
『2番人気シイナフレジュスはいつもより前めにつけていますね』
『おそらく先頭を逃げるカツラギエースの存在、そしてこのバ場状態を考慮した位置取りでしょう』
『第1コーナーを曲がって、かなり縦長の展開です! 後方のウマ娘は大丈夫でしょうか?』
『最後方のフューチャーセツナは、先頭から15バ身ほど離れています。そろそろ距離を詰めておかないとかなり厳しいはずですよ』
エースが他のウマ娘たちをハイペースで引っ張っていく中、それでもボクは全体の位置関係が分かる最後方に位置取り、レース展開を注視していた。
しかし、流石にエースのペースが速い。このままだと終盤でエースに追いつけないのではないか——という焦燥感に駆られてしまう。
『まだ、まだだよ、子羊くん。ここで前に出ようとすると、大幅に脚を使うことになる。今は冷静に脚を溜めるんだ』
ダーレーさんの言葉で我に帰る。あ、危なかった……焦って無意識のうちに前に出ようとしていた。まだ勝負すべき時ではない。落ち着け、ボク……。——チャンスは後で必ず来るはずだ……!
『——バックストレッチに入って、まだまだ先頭は譲りませんカツラギエース! 後続のウマ娘たちも徐々にカツラギエースとの差を詰め、カツラギエースが息を入れるタイミングを虎視眈々と狙っています!』
『かなりのハイペースですね。前を走るウマ娘たちは相当の体力を消耗しているはずです。お互いどこで息を入れるか、駆け引きが生まれますよ』
エースとの差は開いていく——けど、まだだ。この直線でもまだ脚を溜める……! ボクはぬかるんでいる足場に余分に体力を奪われないよう、安定重視のフォームで最後方に控える。
「——お、おハナちゃん! セツナちゃん、大丈夫なの!? 全然前に出ないわ! もしかしたら何かトラブルがあったのかも……!」
「いや、表情はむしろ冷静だったように見えた。何かあったわけではないだろうけど……どうしてフューチャーセツナは前に出ない……!?」
「このままだとカツラギエースに追いつけねえぞ、フューチャーセツナ! お前さんは勝負を捨てちまったのか……!?」
「……ぷっ、あはは! 違うよみんな! よく見てよ、セツナのあの顔。セツナ、きっと面白いこと考えてるよ」
「お、面白いこと!? せ、セツナたちのトレーナーさん、どうしてセツナは前に行かないっスか!?」
「じ、実は私も分からないのです……今日がこのようなバ場になることはお伝えしていて、定石通りなら前に行くようにお伝えしていたのですが……。——とはいえ、彼女には絶対に何か考えがあるはずです。今はそれを信じましょう」
「そうですよ! セツナさんがあきらめているわけないです!」
「セツナさん……! エースさん……!」
『——先頭のカツラギエースが第3コーナーに入り、レースも終盤戦に差し掛かります。各ウマ娘、ほんの少しペースが落ちたでしょうか?』
『おそらく息を入れたのでしょう。中山レース場の直線は短いですから、後ろの娘たちは早めに仕掛ける必要がありますよ』
——今回のホープフルステークスは、今日の中山レース場の第11レース目に行われている。これ以前に行われたデビュー戦や未勝利戦、OP戦などで他のウマ娘たちが何度も何度も走った結果、中山レース場の内ラチ側の芝は荒れに荒れていた。その上で前日に大雨が降ったのだから、そこはもはや泥だまりのようになっていたんだ。
そうなるとどうなるか。当然、内ラチ側の泥だまり地帯は踏み込みづらくスピードが出ない上、スリップの危険性が高いので、エースを含めたウマ娘たちは避けていく。
——そう。ということは、つまりそこに“誰もいない最短ルート”ができあがるのだ。
ボクは他のウマ娘が第3コーナーに入り、息を入れたタイミングを見逃さなかった。——ボクの脚なら、いける。
「待ってて、エース。——すぐ行くから」
―――
『——さあ、第3コーナーを曲がって第4コーナーへ! カツラギエース、ここまで未だに単騎で逃げ続け、2番手のシイナフレジュスと差をつけています! 後続のウマ娘はここからどう差を詰めていくのか!』
『カツラギエースも息を入れられたようですね。こうなってくると、後は実力対決。後続のウマ娘たちにとってはかなり苦しい状況です』
「——え? ……ね、ねえ、みんな! さっきまでシンガリにいたセツナちゃんがいないわ!」
「何……!? ほ、本当だ……一体どこへ……!?」
「ッ! ち、違います、後ろじゃない! セツナさんは、荒れた内ラチ側を強引に突っ切って追い上げています!」
「ええっ!? い、いつの間にっスか!?」
「はぁ!? な、何ィ!? おいおいおい……! そいつぁ危険だ、南坂! あんなとこ走ったら転倒するかもしれねえぞ!?」
「——いえ、鋭い踏み込みができるセツナさんならば、あるいは……!」
「す、すごい……! あのような足場のわるいところをものともせず……!」
「すごいキハク……! エースさん、逃げきって……!」
「あっははは! 流石セツナだよ! あのふたりはいつもいつもホントに面白い走りをするよね!」
——泥はねがなんだ、転倒する可能性がなんだ、エースの背中を捉えるためならボクはやれることをやる!!
もはやまともに走れるような場所でない道を、ボクは自分の脚を信じて我武者羅に突き進む。もはや全身泥だらけなような気がするけど気にしない。
体力も脚もここまで充分に残してきた。第3コーナーから内ラチ側をロングスパートで駆け、ついに2番手の位置まで到達する。後はキミだけだ、エース!!
『いよいよ先頭のカツラギエースが最終直線に入りました! ——え!? な、なんということでしょう!? 先ほどまで最後方にいたフューチャーセツナが、いつの間にかカツラギエースを目前に捉えています!!』
『な、何が起こったのでしょうか!? ま、まさか我々が先頭に目を向けたその刹那、瞬間移動したとでもいうのでしょうか!?』
「さて、鬼ごっこの時間は終わりだよ、エースッ!」
「へへっ、全然前に来ないから待ちくたびれちまったよ! それにセツナ……鬼ごっこは、まだ終わってないぜ!!」
そういってエースは更に加速する。当然、ボクも逃がすつもりはなく、更に前へ前へと踏み込んだ。
『こ、これはもはや、カツラギエースとフューチャーセツナの二人旅です! シイナフレジュスも粘っていますが、3バ身後ろ!』
勝ちたい……勝ちたい……エースに、勝ちたいッ! 何度も諦めざるを得なかったエースの隣——そんな場所に何の運命か立てるようになったなら、どうせなら前を走りたいじゃないか! ただエースに勝ちたい、その一心で中山の直線にある最後の上り坂を進んでいく。
——そんな時、ボクの胸元にあった蹄鉄のペンダントが光った気がした。
『こ、これは……!? 憑依しているわけじゃないのに、小羊くんからまるで俺たちのような力を感じるな!?』
『私たちの誰でもないのなら、まさか……これはセツナ本来の……!?』
『きっとセツナちゃんが抱く強い想いに闘争心が合わさって、新しい力を開花させようとしているんだわ……!』
ボクは、未来を掴む!! 日本中……いや、世界中のみんなに、“カツラギエース”という最強のウマ娘に並ぶ“フューチャーセツナ”というウマ娘がここにいるんだって示す——そんな太陽のような存在にボクはなるんだ!!
「うああああああああッ!!」
曇天の中山レース場に一筋の光芒が差し込んだ。その光芒はやがて太くなっていき、ついには太陽そのものが現れた。
『——これが子羊くんの領域か……! うん、なんだか心が暖かいな……まるで未来に繋げる光の架け橋のようだ……!』
「ッ! まさかセツナ……うおお、あたしも負けられるかぁッ!」
エースもまるで急流を物ともしない鯉のような走りで粘りに粘る。そうして、ボクはエースと横並びで、ただひたすらにゴールを目指した。その時にはもうボクたちは無我夢中で、どちらが前にいるのかは分からなかった。
『カツラギエースまだ粘る! 内々フューチャーセツナだ! カツラギエースか! フューチャーセツナか! カツラギエースか! フューチャーセツナか!』
——そしてそのままボクたちは、ふたり同時に縺れ込むようにしてゴール板を駆け抜けていった。
『ご、ゴールイン! さ、最後はどうなった! ほぼふたり同時のゴール! カツラギエースかフューチャーセツナか際どい争いです!! どちらも全く譲りませんでした! ——これは間違いなくホープフルステークスの歴史に残る大接戦でしょう!』
ボクたちはこのレースに全てを出し尽くし、しばらくお互い激しく肩で息をして、呼吸を整えながら掲示板を見守ることしかできなかった。——未だに写真判定の文字が表示され、1着と2着の番号は表示されていなかった。
——どっちだ、どっちが勝った……!?
何十分にも感じるこの時間だったけど、ついに掲示板が点灯した。1着の枠にあった番号は——13。つまり、ボクだった。僅かハナ差でボクがエースに勝ったのだ。
ボクは着順を見ても掲示板から目が離せず、そのまま棒立ちしていた。しかし、徐々にじんわりと、エースに勝利したという実感が心の中に現れ始めていった。
「——勝った、勝った、勝った!! ぅぅう、やったああああ!!」
高揚を抑えきれず、両手を上げて飛び上がってしまう。その瞬間、大きな歓声がボクを包んだ。
『——ち、着順確定しました! 大波乱の末、一等星の輝きを見せて勝利を飾ったのはフューチャーセツナ! た、タイムはなんと1:58.3!! 中山レース場のコースレコードを大きく更新しました!! 上がり3ハロンのタイムは驚異の33.8!! 2着のカツラギエースもハナ差ですが、タイム差はなしです!!』
『いやあ、本当に最後まで目が離せないレース展開でした。これは今年のクラシック戦線は、何が起こってもおかしくありませんよ!』
「へへっ、負けたよ……めちゃくちゃ悔しいけど、今回はあたしの負けだ。勝利おめでとう、セツナ!」
「エース……! ——これで、出張レース大会の時のリベンジができたね……!」
ボクは気持ちが舞い上がっているのか、無性にエースに抱きつきたくなり、その気持ちのままエースに抱きついた。
「ちょ、セツナお前、泥だらけなの忘れてるだろ! ——ったくよ……! 仕方ねえ! 今日はセツナが初めてG1獲った日だ! だから、特別な!」
そう言って、エースはボクの頭を撫でてくれた。エースの手はとっても温かく、ボクは気が抜けてしまったのか限界を迎えた自分の身体を支えきれなくなっていた。
「っとと、いつものことながらその身体で無茶しすぎだ……」
しばらくエースに撫でてもらってから、ボクはエースに支えてもらいながらウィナーズ・サークルへ向かった。エースは、あたしは場違いじゃないかと遠慮していたけど、どうしてもボクがエースと立ちたくて、お願いした。
ウィナーズ・サークルに着くと、そこにはトレーナーさんやシービーたちみんながいた。——その中でもトレーナーさんは、いつかの選抜レースの日のように涙を流していた。
「うぅ……! お、おふたりとも、素晴らしいレースでした! セツナさんが内ラチ側を走ったときは一瞬ヒヤリとしましたが、ご無事で何よりです……!」
「ご、ごめんなさいトレーナーさん、危ない走りをしちゃって……」
「トレーナーさんなら、セツナの脚なら走り切れるって最後まで信じてたっスよ! 改めて1着、おめでとうっス!」
「か、カッコよかったですセツナさん! おめでとうございます! いつかわたしもセツナさんみたいに……!」
「セツナ、おめでとう! エースも惜しかったね! うー、こんなに楽しそうなレースになるなら、アタシもホープフルステークスに出ればよかったなー!」
「いやいや、クラシックまで勝負は取っときたいって言ってたのはシービーだろ!? ……ま、とりあえずセツナ、G1勝利おめでとさん!」
「おめでとう、フューチャーセツナ……ひとまず怪我がなくて、何よりだ」
「おハナちゃんったら……勝利おめでとう、セツナちゃん。もー、あの走りは流石のお姉さんも肝が冷えちゃったわ! でも、こうして後輩ちゃんたちが楽しそうに競い合ってる光景を見て……あたし、涙がちょちょぎれそう!」
「みんな……ありがとう……!」
こうしてみんなから祝福されて、ボクは涙が出そうになる。この後の勝利者インタビューでカメラに変な顔が映らないようにそれをぐっと堪えた。
「うぅ……エースさん……」
「お、おい、キタ泣くなって! 次は絶対にあたしが勝つからさ!」
キタちゃんはエースが負けてしまったことに落ち込んでいるようだったが、エースが頭を撫でてフォローしていた。
そして、エースに支えてもらいながらトレーナーさんとインタビューに臨むと、ボクは生まれて初めてたくさんのマイクやカメラに囲まれた。
日本全国にボクの姿が放送されていると思うと、かなり緊張する。声が震えないか心配していると、ついに1人の女性のインタビュアーさんがボクにマイクを向けてきた。
「月刊トゥインクルの乙名史です! フューチャーセツナさん、勝利おめでとうございます! あの、カツラギエースさんに支えられていますが、お身体は大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます……! 少し腰が抜けちゃっただけなので、気にしないでください……!」
「わ、分かりました。南坂トレーナーも、チームカノープスが初のG1で1・2フィニッシュとなりましたが、いかがですか?」
「やはり、本当に嬉しいものがありますね。セツナさんもエースさんも、この日のために全力でトレーニングをしてきたので、成果が出せてとても誇らしいです」
「なるほど……! フューチャーセツナさん、やはり道中最後尾で控えていたのは作戦だったのでしょうか?」
「は、はい。トレーナーさんの分析で今日はコーナーの内ラチ側のバ場が荒れているのは分かっていたので……他のウマ娘が外に膨らむ瞬間を狙っていました」
「コースレコードでの勝利ということで、この後のクラシックもまた楽しみですね?」
「そ、そうですね……エースやシービーともまたクラシックを走ることになると思いますし、まだどんなローテで出走するか分かりませんが、ボクはどんなレースでも1着を獲ってみせます。——だ、だから、これからもボクたちの応援よろしくお願いします……!」
「期待しています! 改めておめでとうございます、フューチャーセツナさんとチームカノープスでした!」
「あ、ありがとうございました!」
ボクはなんとかインタビューを終え、エースとともに地下バ道へ下がっていった。
―――
——その後、泥を落としたり、少し休憩したりしてからウイニングライブに臨み、なんとか最後までこなすことができた。
ライブの途中、脚の力が抜けてよろけそうになったけど、隣でエースがさりげなく支えてくれて、事なきを得た。本当にいつも助けてくれて、感謝の気持ちしかない。
そして今ボクたちは、中山レース場からトレセン学園へ帰るトレーナーさんの車の中にいた。
「それにしても、最初のG1はセツナに譲ったけど、クラシックじゃ同じようにはさせないからな! 来年からは皐月賞にダービー、菊花賞……どっちが冠を多く獲れるか勝負だな!」
「うん。いよいよシービーとも走ることになるだろうし、誰がたくさん勝てるか楽しみだね……! といっても、クラシック三冠路線でも全部ボクが勝つよ……!」
「ふふっ、エースさんもセツナさんも気が早いですよ。しかし私も内心では、おふたりならば、と思えてしまいます。——もしかしたら本当に、チームカノープスから三冠ウマ娘が誕生するかもしれませんね……!」
「へへっ、あたしがトレーナーを三冠トレーナーにしてみせるから、楽しみにしててくれ!」
「と、トレーナーさんを三冠トレーナーにするのはボクなんだから!」
「ありがとうございます、おふたりならきっと成し遂げられます」
——こうして、ボクたちの初めてのG1レースとジュニア級の1年は終わった。
その帰り道、改めてボクはエースたちとクラシック三冠で戦うことを誓った。——けど、結果的にその約束が果たされることはなかったんだって、この時のボクは全く思っていなかったんだ。
……ちょっと不穏な終わり方ですが、無事ジュニア期編完結しました! クラシック期編からは、新たな登場ウマ娘も何人か増え、よりアニメ版、アプリ版等の原作のようなトレセン学園に近づく予定です。レース界を取り巻く現実にもう少し踏み込んだストーリーになってきます。
読んでくださった方、お気に入り登録をしてくださった方、ありがとうございます……!
このタイミングで、登場人物紹介を作る予定です。