刹那を駆け抜けたふたりのエース   作:クロノアの耳

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 クラシック期編開幕です。

 セツナ視点です。





クラシック期編
エースは年末年始を楽しく過ごしたいです


 

 

 ——ジュニア級最後のレースを終えたボクたちは、冬休みの間は実家に帰ることなく、トレーナーさんと府中で年末を過ごしていた。

 

 それでも、あのホープフルステークスをテレビで観てくれていた家族や小学校の先生から電話が来て、感極まった様子でボクの勝利を祝ってくれた。

 

 ——その声が聞けただけでも、ボクは中央に来て本当に良かったと思った。この選択肢を作ってくれた両親には、いつもありがとね、とありきたりではあるけど感謝の気持ちを言葉にして伝えた。

 

 また、大晦日にはカノープスの部室で、エースと一緒にエースの実家から送られてきたお米や野菜や卵を使ってお母さんたち直伝の料理を作り、トレーナーさんや三女神様たちに振舞って年越しパーティーを開いた。

 

 

 ——何故かその際、いきなり一発芸大会が行われることになり、ボクたちは各々何かネタを披露することになった。

 

 

 始めに、ゴドルさんが即興で全員の似顔絵を描いてみせ、その特徴を捉えた完成度は凄く、タッチには温かみがあった。

 

 

 ボクはこれといった特技が思い浮かばなかったから、とりあえず柔軟運動を披露してみた。通称、コントーションと呼ばれるもので、ボクは自分の身体の柔らかさを活かして鯱鉾のようにのけ反った後、その足先を頭につけてみせた。みんな、結構驚いた反応をしてくれたから良かった。

 

 

 エースは持ち前の絶対音感を披露していた。トレーナーさんのノートパソコンで様々なピアノ音を流してもらったエースは、その音ひとつひとつの高さを見事に当ててみせた。半音上がった音ですらしっかり聞き分けるから本当に流石だ。ちなみにボクはエースが絶対音感を持っていることを昔から知っている。

 

 

 ダーレーさんがボクの身体と声帯で、秋川理事長の声真似をしたのは驚いた。ボクの口ってあんな大人みたいな声を出せるんだ……! ダーレーさん曰く、自分の若い頃とボクの声が似ているからできるらしい。

 

 

 トレーナーさんのネタは、いわゆるフラッシュ暗算といわれるものだった。再びトレーナーさんのノートパソコンで無作為に3桁の数字を表示させたかと思うと、その数字を足し算し始めた。ボクたちもその隣で頑張って数字をメモしようとしたけど、表示の切り替わりが早すぎてあえなく断念した。結果的にトレーナーさんが提示した解答はソフトの解答と合っていて、なんだかトレーナーさんらしい特技だと思った。

 

 

 そして、最後のバイアリーさんが特に驚異的だった。バイアリーさんが不意にケーキナイフを手に取ったかと思うと、そのナイフで最後にみんなで食べる予定だったホールケーキを一瞬“撫でた"——その後、バイアリーさんが確かめてみろ、と言うからエースがそのホールケーキを確認すると綺麗に八等分されていた……! ナイフは温められていたワケじゃないし(そもそもそういう次元じゃない)、凄すぎる……! まるで漫画のような早業をバイアリーさんはいったいどこで身につけたんだろう。

 

 

 

 なんやかんやで、みんな、個性の強い芸を持っていて意外と楽しい時間だった。芸、と言えるか怪しいのもあったけど……。

 

 

 

 ——実はみんながこんなことをやってくれたのは理由があったんだ。

 

 それは、ボクたちがホープフルステークスを走った翌日のことだった——。

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 ——その日の深夜、普段通り寮部屋のベッドで寝ていたボクは、胸にまるで何かに握り潰されるような激痛を感じて目を覚ました。

 

 

「うっ……ああぁぁ……ッ!」

 

 

 この痛みには覚えがあった。——しかし、あまりの痛みに脂汗が滲み出て、苦悶の声しか出せないほどボクは頭が真っ白になっていた。

 

 

『こ、子羊くん!? ど、どうしてこのタイミングで発作が……!? まずい、早く薬を飲ませないと!』

 

『くっ、時間がない……! ダーレー、トランスを使え! セツナの負担を少しでも軽くするんだ!』

 

『やむなしか……! 分かった!』

 

 

 三女神様たちがボクの中で身体の異常に対応してくれている気がするけど、呼吸もできないボクは何も考えられないほど追い詰められていた。

 

 

『セツナちゃん、聞こえる!? ……反応がないわ! ダーレー、姿勢を仰向けにしてあげて、エースちゃんを呼んで!』

 

『うぅッ……痛覚が共有されて……これは、苦しいな……! 声が、出せない……! そ、それなら……!』

 

 

 ダーレーさんはボクの左手をなんとか動かして、ベッドサイドテーブルに置いてある目覚まし時計を床に叩き落とした。

 

 落下した衝撃でスイッチが入り、目覚まし時計のベルが鳴り響く。

 

 

「……うおっ!? ——な、なんだなんだ!?」

 

 

 突然鳴り響いたベルの音に、エースが目を覚ます。そして、隣で寝ているボクの異常にすぐ気づいてくれた。

 

 

「……ッ!! お、おい、セツナ!? し、しっかりしろ!! ——ッ、今薬飲ませるからな!」

 

 

 エースはボクの勉強机の上にあるカプセル状の薬とペットボトルの水を取って、ボクの側に来る。

 

 

「セツナ、飲めるか!?」

 

 

 とにかく痛みで呼吸ができないことに恐怖を感じていたボクは、その言葉に何も反応できなかった。

 

 

「ちょっと我慢しろよ!」

 

 

 反応を返さないボクにエースはそう言うと、薬と水を口に含み、ボクに口移しで飲ませてきた。

 

 

『エースちゃんのおかげで薬は飲めたわ! 後はセツナちゃんにダーレー、苦しいと思うけど無理にでも酸素を入れるのよ! じゃないと窒息しちゃう!』

 

『こ、子羊……くん! 気を、しっかり……持つぞ……!』

 

 

 ダーレーさんの補助もあり、なんとか掠れるような呼吸で酸素を取り込む。

 

 

「セツナ、薬が効くまで、もう少しの辛抱だぞ……!」

 

 

 そうして数分後、みんなのおかげで胸の痛みが大分和らぎ、ボクは危機を脱した。

 

 

「……はあっ、はあっ……あ、ありがとう、エース……もう、ダメかと思った……」

 

 

 容態が落ち着いてようやく声を出せるようになったボクは、迅速な処置をしてくれたエースにそう感謝を伝える。

 

 けど、そんなボクの命の恩人とも言えるエースは、何かに怯えたような表情でボクを見つめたまま肩を震わせているようだった。

 

 

「……ほ、本当に……本当に大丈夫なのか、セツナ……?」

 

「うん……もう大丈夫だよ、ありがとう……。三女神様たちが、エースを、起こしてくれて、それで、なんとかなった、よ……」

 

「そうだったのか……すぐに気づけてよかった……。それにしても、突然発作が起きるなんて初めてだよな……?」

 

「そう、だね……」

 

 

 ——幼い頃に、身体を動かしすぎてその直後に発作が起きたことはあるけど、突然、というのは初めてのことで、ボクには理由が分からなかった。

 

 

『突然の発作……はっきりとした理由は我々にも分からない。だが、心当たりはある……そうであってほしくはないが……』

 

『バイアリー、やはり子羊くんは最近……』

 

『……まだそうと決まったわけではない、医者の話を聞くまではいらぬ推測だ』

 

『そうね、まずはお医者様の話を聞きましょう』

 

 

 そうしてその日は朝一で、事の顛末を聞いて心配した表情のトレーナーさんと病院に行った。

 

 そこで検査を受けたボクは、医師の先生に衝撃の事実を告げられるのだった。

 

 

「……どうやらあなたの心臓は、ここ最近で許容量以上の負担が掛かってしまったために、不整脈のような状態になっています。これ以上負担をかけると……二度とレースを走れなくなることもありえます……私としては、しばらく激しい運動——全力のレースは許可できません」

 

「そ、そんな……!?」

 

「せ、先生、しばらくとは、どれくらいですか……?」

 

「……大変言いづらいのですが……療養のためには、少なくとも——半年は、必要かと」

 

 

 先生の言葉を聞いて、ボクは絶望した。今から半年間レースに出られないということは、皐月賞はおろか、日本ダービーすらも諦めるということになる。

 

 

『……やはり最近のレース頻度に無理があったか……』

 

『そんな……セツナちゃん……』

 

『ッ…………』

 

 

 ——考えてみれば、たしかにメイクデビューやホープフルステークスに加え、マルゼン先輩とのレースやサガスとのレースを走ったりと、ボクの身体にしては激しいレース頻度だったのかもしれない……。

 

 三女神様たちのおかげで全力で走れるようになったことに、ボクは舞い上がりすぎていたのだ。

 

 

「っ! せ、セツナはクラシック三冠を目指してるんです! どうにか皐月賞——せめてダービーまでには治せませんか!?」

 

 

 ボクの表情を見て、エースが先生に解決法を懇願してくれる。しかし、先生は首を横に振った。

 

 

「もし、走っている最中にまた今回のような発作が突然起きたらどうなると思いますか? ……ウマ娘はトップスピードでだいたい時速70km前後で走ります。無理に出走して、そんなスピードで急に身体が動かなくなり、頭から転倒したら——! ……そのような可能性がある以上、医者として許可はできません」

 

 

 その話は、想像しただけでも恐ろしかった……そんな事態を引き起こす可能性があるのなら、ボクはクラシック戦線の前半を諦めるしかなかった。

 

 

「……分かりました、これから半年間、療養に努めます。ありがとうございました、先生……」

 

「……心苦しいですが、お大事になさってください」

 

『……子羊くん、決心したんだね……』

 

 

 心配してくれてありがとうございます、三女神様。ボクは大丈夫です。

 

 そして、ボクは椅子から立ち上がって、診察室の扉を開ける。

 

 

「ありがとう、エース……いこう。ボクはもう覚悟を決めたよ……」

 

「セツナ……」

 

 

 そのままボクたちは診察室を出た。

 

 

「セツナさん……本当に申し訳ありませんッ……!! トレーナーとして、私の調整が至らぬばかりに……!」

 

「それは本当に違う、違うよトレーナーさん! ……トレーナーさんは止めてくれてたのに、ボクがワガママ言って走りすぎただけ。だから、トレーナーさんは全く悪くないよ……。——大丈夫、ボクの分までカノープスのクラシック三冠の夢は、エースに託すから……!」

 

「セツナ…………ああ、任せとけ……! あたしがセツナの代わりに三冠獲ってくるからよ——」

 

 

 

 ——というような出来事があり、そんなボクを励ますために、みんながこうやっていろいろなことをやってくれていたのだ。

 

 既にボクは現実を受け止めたし、シービーにもこのことは話していてシービーはずっと心配してくれていた。——そして、ボクの代わりにクラシック三冠への想いはエースに託した。

 

 ……悔しくないと言えば嘘になるけど、今まで走れていたのも奇跡だし、そもそもボクたちの本来の夢はクラシック三冠ではない。その夢を叶えるためにも、ボクは今は休むことを決めたのだった。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

「「「——明けましておめでとうございます!」」」

 

 

 そうしてジュニア級の1年を終え、新たにクラシック級としてボクたちの1年が幕を開けた。

 

 早速、エースやトレーナーさんと学園近くの神社に初詣に向かうと、地元の神社と違って境内参道には屋台や露店が数多く並んでいた。

 

 参拝客も多く、一般のお客さん以外にもボクたちと同じように年末年始に帰省しなかった同級生や先輩たちが、ちらほら参拝しに来ていた。

 

 

「流石は都会、初詣にもけっこー人いるなぁ」

 

「えっと、ここの神社は手水舎で心身を清めてから参拝するんだって。礼拝は、二拝二拍手一拝みたいだね」

 

「では、さっそく列に並んで参拝しましょうか」

 

 

 トレーナーさんの先導でボクたちは参拝客の列に並び、作法通りに礼拝を行なった。そして最後は賽銭箱にお賽銭を入れて、神様に願いを伝えた。

 

 

「セツナは何をお願いしたんだ?」

 

 

 礼拝の後、ボクたちは参道の屋台を見ながら歩いていると、ボクはエースにお願いしたことについて聞かれた。

 

 

「ボクはね、ボクの身体のことと、エースが三冠獲れますように、ってお願いしたよ。エースは?」

 

「……へへっ、あたしの事を願うなんて、考えることは一緒だな。あたしも、今年は三冠ウマ娘になれますように、そんでセツナの身体がよくなりますようにってお願いした!」

 

 

 エースに聞き返すと、エースもボクのことをお願いしてくれたみたいで嬉しかった。

 

 

「えへへ、嬉しいな……! うん、今年は無茶なローテは組まないから、きっと大丈夫! トレーナーさんは?」

 

「私ですか? もちろん、あなたたちの活躍と無事、ただそれだけをお願いしました」

 

 

 流れでトレーナーさんにも聞くと、爽やかな笑顔のまま即答でそんなことを言われたものだから、少し胸が高鳴ってしまった。

 

 本人は気づいていないようだけど、トレーナーさんは担当ウマ娘の贔屓目なしでも、その……か、顔がいいから、無自覚にそういうことを言ってくるのは、止めてほしかった。

 

 

「そ、そうなんだ……ま、まあトレーナーさんらしいよね……って、わぷっ! な、なに!?」

 

 

 そんな風におしゃべりしながら参道を歩いていると——いきなりボクの正面から子猫が現れ、顔に飛びついてきた。

 

 

「ね、猫ちゃん!?」

 

『あらー、可愛い子猫ちゃんね!』

 

 

 その様子に、何故かゴドルさんが興奮していた。

 

 

「だ、大丈夫か、セツナ! ——た、たしかに猫だな……」

 

「首輪は付いていますね……野良猫ではないようですが、どこから……?」

 

 

 その子猫は初めて会ったにも関わらず、ボクにスリスリと身体を擦り付けてきて、さらにはボクの顔を舐めてきた。

 

 

「うわっ、ふふっ、くすぐったいよ!」

 

「……なんかすげえ懐かれてんな、セツナ。この猫と会ったことあるのか?」

 

「そ、それが全く知らない猫ちゃんなんだ……! なんでこんなに懐かれてるんだろう……?」

 

『それなんだけど——子羊くん、もしかしたらこれは、ゴドルの影響かもしれないよ!』

 

 

 え? ——ご、ゴドルさんの影響ですか!?

 

 

『ふむ……そういえば確かに、昔からゴドルは異常なまでに動物に好かれやすい体質だったな。おそらくセツナの中にあるゴドルの魂に惹かれてやってきたのかもしれない』

 

『あらあら……わたしは普段から大好きな動物たちに、ただ愛情を持って接しているだけよ?』

 

 

 そ、そうだったんですね……ゴドルさんにそんな一面があったなんて……。

 

 

 

「は、ハテナーーーー!!」

 

 

 

 そうして謎の子猫と戯れていると、どうやらこの子の飼い主だと思われるふたりの女性らしき声がして、そのままボクたちの元へ走ってきた。

 

 

「謝罪ッ! そちらのウマ娘さん、わたしのハテナが迷惑をかけて申し訳ない! いつもはこんなやんちゃなことはしないのだが……ほらハテナ、離れるぞ!」

 

 

 白い帽子を被った少女はボクに謝罪すると、ボクの顔にへばりついていた子猫を引き剥がし、自分の頭に乗せた。

 

 

「すみません……ウチの子猫が悪さしなかったですか? 何とお詫びすればよいか……」

 

 

 少女の後ろに立っていた女性も頭を下げてきた。

 

 

「あ、いえいえ……特に何もされなかったですから、ボクは全然大丈夫ですよ……って、ああ!」

 

 

 しかし、その女性の姿をよく見ると、その姿はボクたちの見知ったあの人だった。

 

 

「あ、秋川理事長じゃないですか!」

 

「あ、あら。フューチャーセツナさんだったのですか! なるほど、カツラギエースさんに南坂と、カノープスの皆さんで初詣に来られていたのですね。新年早々、騒がしい出会いになってしまいましたが、改めまして……明けましておめでとうございます」

 

「理事長さん、あ、明けましておめでとうございます。あの、こちらの子は……?」

 

 

 そうなると理事長さんの隣にいる少女のことが気になったので、ボクは理事長さんに尋ねた。

 

 

「この子ですか? この子は私の実の娘なんですよ」

 

「「「む、娘さん!?」」」

 

 

 理事長さんの言葉に、ボクたち3人は声を揃えて目を丸くした。

 

 

「邂逅ッ! 初めまして、希望溢れるトレセン学園のウマ娘にトレーナー! わたしは秋川やよいという! トレセン学園理事長にして、全てのウマ娘を愛する、尊敬する偉大なる母様——その娘だ!」

 

「こ、こら! やよいったら、何を言ってるの!」

 

「はっはっは! 我が母よ、事実を述べているのだから、そう謙遜するな!」

 

「もう、やよいったら……すみませんね」

 

 

 なんというか、やよいさんは少し変わった話し方をする人で、このように理事長さんが後手に回って戸惑っている姿を見るのは初めてだった。

 

 

「さて、皆さんとここで会ったのもきっと何かの縁ですし、今日は理事長の肩書きなど関係なく、一緒に初詣を楽しみませんか?」

 

「名案ッ! わたしも、トレセン学園の生徒やトレーナーの話を聞いてみたい! 是非お願いしたい!」

 

「まあ、どのみちあたしたちもブラブラしてただけでしたし、いいよな、セツナ、トレーナーさん!」

 

「うん! 一緒に楽しみましょう!」

 

「ええ、よろしくお願いしますね」

 

 

 そうしてボクたちは、理事長さんたちと参道の屋台を回ることになったのだった。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

「——そんなにお腹を出しちゃっていいのかな……! よしよし、ハテナちゃんは甘えん坊さんだね……!」

 

「フニャァァ……」

 

『そうそう。そうやって解すように撫でてあげるのよ。——あらあら、気持ちよさそうな顔しちゃって、ハテナちゃん……! 本当に癒されるわね……!』

 

 

「へー、やよい先輩は今年高校生になるのか。つーかやよい先輩、ウマ娘のあたしよりもウマ娘に詳しいんじゃないのか? 驚いたぜ……! それだけの知識を身につけてるってことは、やっぱり将来は理事長のようになりたいのか?」

 

「肯定ッ! いずれわたしは母様のように、あらゆるウマ娘の夢を応援し、その夢を叶える支えになりたいと思っている! そのためならば、寝る間を惜しんで知識を得るのも苦ではない!」

 

 

「ふふっ、こうして休日にウマ娘たちの楽しそうな顔を見られるのはいいものですね。——最近は、南坂の活躍もよく聞いていますよ。ホープフルステークスはお見事でしたね。その調子で、これからもフューチャーセツナさんとカツラギエースさんを導いてあげてくださいね」

 

「は、はい、勿論です……! こんなにいい娘たちの担当になれたのは理事長のおかげです。これからもトレーナーとして、全力で夢を応援させて頂きます!」

 

 

 あれからボクたちは屋台の食べ物を食べたり、思い思いの相手と話したりして初詣を楽しんでいた。

 

 そんな時、ふと遠くの屋台を見てみると、看板に“焼きにんじん”と書いてあるのが見えた。

 

 

「あ、あそこ美味しそうな焼きにんじん売ってるね! ボク買ってくるよ! みんな待ってて!」

 

「おう、ありがとな!」

 

「それなら私も行きましょう。年長者がご馳走されるわけにはいけませんからね」

 

 

 ボクはひとりで買いに行くつもりだったけど、理事長さんも一緒に来てくれた。

 

 

 そのままボクたちはみんなから離れ、屋台へ向かうと、突然理事長さんがボクの耳に小声で話しかけてきた。

 

 

「——セツナさん、例の件について話があるので、少しお時間をください」

 

「っ!」

 

 

 どうやら、理事長さんは最初からボクとふたりきりになる機会を伺っていたようだった。ボクは、理事長さんの纏う雰囲気が変わったことを察して、その言葉に頷くと、理事長さんと参道の木陰に移動した。

 

 

「り、理事長さん、話ってなんですか……?」

 

「あまり長いと怪しまれるので、手短にお話しします。セツナさんは年末の有マ記念を観て、どう感じましたか?」

 

 

 理事長さんは、なぜかいきなり有マ記念の話を持ち出してきた。

 

 

「あ、有マ記念ですか? そうですね——今回の有マ記念はボクとしては観ていて興奮しました……! ボクたちと同じような境遇の先輩が、努力の末に念願の1着を獲ったことに本当に感動しました……!」

 

 

 彼女は、ボクもあの先輩のようになりたい、そう強く憧れるようなウマ娘だった。

 

 

「——彼女は本当に凄かったです。弛まぬ努力を重ねて地方から中央へ編入して、秋の天皇賞やジャパンカップで結果を残し、最終的には有マ記念を制して年度代表ウマ娘にまでなり、これからも中央レースを牽引していく存在になる、そう思っていました——しかし……彼女は年度代表の表彰式が終わってすぐ……突然密かに引退してしまったのです」

 

「え……!? これからだっていうのに、ど、どうしてですか!? もしかしたらボクも一緒に走れるかもしれないと思っていたのに……!」

 

「……確信に近い予想ですが、競バ会が彼女やそのトレーナーたちに圧力をかけたのでしょう。——脅迫、賄賂、捏造、妨害、隠蔽など……自分たちの管理下に置かれていない強いウマ娘を中央から排除するために……。もしかしたら、故郷や家族を人質に取られたのかもしれません」

 

「そ、そんな……! ——競バ会の人たちは、ボクたちウマ娘のことをなんだと思ってるんですか……! 中央では、自由に走ることもできないんですか……!?」

 

「あそこにいる連中は、ウマ娘をビジネスの手段としか考えていません。不利益を生じるものはそれこそ何をしてでも排除する。そんな連中なんです」

 

「ッ……!」

 

『『『…………』』』

 

 

 ボクと同じく、三女神様たちも絶句しているようだった。ついに初めて実例として目の当たりにした競バ会の本性。ボクたちはただレースを走りたいだけなのに、なぜそんなことのためにレースを管理されなくてはいけないのか。

 

 

「ですが、悪い話だけではありません。今回の一件に関して、あれほど注目され人望があったあの娘相手に、連中は事を大きくしすぎました。おそらく、この一件で露呈する連中の不正の証拠をいくつか掴むことができるはず……。——ですから、革命の準備が整い次第、私は連中を糾弾します」

 

「え、そ、そうなんですか……!?」

 

 

 ——しかし、なんと理事長さんは既にその競バ会に対して糾弾できる用意があるようだった。ボクは理事長さんのその言葉に希望を感じた。

 

 

「——もし、事がうまく進んだ暁には、あの時交わした私とセツナさんとの取引は忘れて、自由に走ってください。そのことをセツナさんにお伝えしたかったのです」

 

「……分かりました! ……結局ボクは何ひとつ手助けできなかったですけど……後は理事長さん、ボクたちウマ娘のために——お願いします」

 

「いえ、あなたのホープフルステークスの走りは連中が意識せざるを得ないほど立派でしたよ。後は任せてください。——さて、話は終わりです。手早く焼きにんじんを買って、南坂たちの元へ戻りましょうか」

 

 

 そうして、ボクと理事長さんは焼きにんじんを5本買って、何事もなかったようにみんなのところへ戻った。みんなで食べる焼きにんじんは、甘くてとても美味しかった。

 

 

 






 内なる三女神様を描写したい都合上、セツナ視点が多くなってしまいますね……。


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