刹那を駆け抜けたふたりのエース   作:クロノアの耳

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 エース視点です。





エースを見定めるのは帝の一族です

 

 

 ——あたしたちがクラシック級に入ってからひと月ほど時は経ち、今日、あたしとセツナはふたりで2月の半ばに行われるG3レースの共同通信杯、それを観るために東京レース場に来ていた。

 

 というのも、この重賞レースには、今現在クラシック級の最注目株である、あのミスターシービーが走るからだ。

 

 そんな今大注目のシービー。これ以前にも2回重賞レースを走っているけど、実は既にシービーは無敗のウマ娘ではなくなっていた。

 

 何故シービーほどのウマ娘が負けてしまったのかというと——沖野トレーナーが言うには、シービーがゲートを苦手としているという点と、シービーが追込という一般的には成績が安定しないと言われる脚質であるから、という点のふたつが大きな理由らしい。

 

 そのため、1回はクビ差で勝っているが、もう1回はスタートで大幅に出遅れ、逆に先頭にクビ差届かず、初の敗北を喫していた。

 

 

「致命的な出遅れとか、皐月賞ではそんなヘマしてくれんなよ、シービー……!」

 

「ボクたちとの練習の成果とあのお守りの効果がどこまで発揮されるのか、だね……。——少しでもシービーが出遅れを克服できてるって信じたいな……」

 

 

 

 

 ——シービーの初めての敗戦後、流石にこのままにしておけないと思った沖野トレーナーは、先程セツナが言った通り、同期の中でスタートに自信があるあたしたちに合同トレーニングを依頼してきた。

 

 あたしたちには必要ないトレーニングかと思ったけど——よく考えたらそう思っているからこそ、一度もあたしたちはゲートトレーニングをしていないことに気づいた。だから慢心しないためにも、そして他ならないシービーのためにも、あたしたちはそれを了承することにした。

 

 んで、スターティングゲートに関して、トレーナーさん曰く、本来ウマ娘は潜在的な気性として、闘争心が高まっている時に同じ膂力を持つ他のウマ娘たちと閉鎖空間に閉じ込められると、本能的に身の危険を感じて落ち着けなくなってしまうらしい。——むしろ、あたしやセツナのようにすんなりとゲートに入ってスタートできる方がよほど珍しいのだとか。

 

 

 ——そして、いざあたしたちとシービーでゲートトレーニングをしてみるとそこで意外な事実が判明した。

 

 それは、シービーがあたしたちと同じスターティングゲートに入っている時は、出遅れこそするものの、普段より出遅れによるタイムロスが短くなり、大幅に出遅れることが無くなったのだ。

 

 他ならぬシービー自身もその結果に驚いていたが、どうやらあたしたちが近くにいることで、ゲートに対しての閉塞感や恐怖心よりもあたしたちとレースをする高揚感が上回り、スタートに集中できたらしい。

 

 そこで不意に何か閃いたようなセツナ——というか三女神様たちがあたしに提案してきたことがあった。

 

 それは、あたしたちの存在が無意識のうちにシービーの不安を払拭してくれるなら、あたしたちの尻尾の毛をお守りに入れてシービーに身につけてもらうのはどうか、というものだった。

 

 あたしは一瞬、三女神様たちが何を言っているのか理解できなかった。尻尾の毛ってそんな……いやなんか生々しくないか? シービーにドン引きされたらどうしようか……。 ——ってか、なんでセツナは全く恥ずかしがってないんだ!?

 

 セツナ曰く、自分も三女神様のお守りにいつも力を貰っているからきっと効果がある、と自分の実体験と純粋な気持ちがあったから、かなり肯定的ということだった。

 

 そんなセツナと三女神様にシービーのためだと頼み込まれ、あたしもこうなったらヤケだと思い、セツナに尻尾の毛を提供してお守りを完成させた。

 

 

 

 

 ——そんなことがあって、シービーはきっと今、そのあたしたちのお守りを身につけてくれているのだろう。

 

 ちなみに、シービーはそのお守りを嬉しそうに受け取ってくれたけど——結局その中にあたしたちの尻尾の毛が入っていることを伝える勇気はまだ無かった。

 

 

 

 

 

「——失礼します。突然のことで恐れ入りますが、おふたりはもしや、カツラギエースさんとフューチャーセツナさんではないですか?」

 

 

 

 

 そんなことを思い返しながら、スタンドの最前列でレースが始まるのを固唾を飲んで見守っていると、あたしたちはいきなり見知らぬ幼いウマ娘ふたりに、全く年相応でない口調で話しかけられた。

 

 

「え? あ、ああ、そうだけど……セツナの知り合いか?」

 

「う、ううん……違うよ」

 

 

 あたしの問いにセツナは首を横に振る。セツナの知り合いじゃないとしたら、あたしたちの稀少なファンとかか?

 

 それにしても、話しかけてきたふたりのウマ娘は、幼いながらも高貴そうな服装を身につけ、所作も堂々としており、ふたりとも明らかに育ちが良いことが見て取れた。

 

 

「あの、キミたちは?」

 

 

 セツナがそう聞き返すと、“星”と呼ばれるウマ娘の髪に現れる白い模様——それがまるで三日月のような形をしている方のウマ娘が応えた。

 

 

「急に話しかけてしまい申し訳ありません。私はシンボリルドルフ、こちらは——「……シリウスシンボリだ」——と言います。おそらく、今日おふたりはシービーの応援に来られたのですよね。私たちも以前シービーと同じクラブチームに所属していた好誼で、後輩として応援に来たのです」

 

 

 なるほど、このふたりはシービーと同じクラブチームの娘だったのか。そうなると、マルゼン先輩とも知り合いだったりするのだろうか。——しかしながら、シリウスシンボリと名乗った方のウマ娘は無口な性格なのかあまり喋ろうとしないみたいだ。

 

 

「へえ、シービーと同じクラブの後輩……そうだったのか! ってことは、ふたりはまだ小学生か?」

 

「はい。今年度卒業で、来年度からはおふたりと同じトレセン学園に入学する予定です。シービーからおふたりの話は聞いていました。——なんでも、シービーが心の底から楽しいと感じるレースをしてくれる方たちだと……おふたりがよろしければ、共にシービーを応援しませんか?」

 

「そうなのか、ふたりはあたしたちの1コ下なんだな。分かった、そういうことなら一緒に応援しようぜ! どうせなら、敬語とか無しで、気楽に話してくれると嬉しいな! こっちもルドルフとシリウスって呼ぶしよ!」

 

「分かりました——いや、分かった。これからよろしく、エース、セツナ」

 

「……よろしく」

 

「えへへ、最近はいろんなウマ娘との出会いがあって楽しいね! それじゃあ、ふたりともよろしくね! ——ほら、シリウスちゃんも隣に来てお話ししよ!」

 

 

 セツナはそう言うと、ルドルフの半歩後ろにいたシリウスの手を引いて、自分の隣に来させた。

 

 

「ちょ、おい……! ちゃん付けは止めろ……! アンタ、意外と強引だな……」

 

「ふふっ、ごめんね。なんだかシリウスちゃ——シリウスは元気なさそうだったからさ、ボクでよければ話だけでも聞くよ?」

 

「はあ? そんなの余計なお世話……! ——いや、丁度いい……そもそも私は、シービーのヤツのお眼鏡に適ったアンタたちに聞きたいことがあったからルドルフに同行したんだ」

 

「ボクたちに聞きたいこと?」

 

 

 礼儀正しいルドルフと違ってやや口調が粗野なシリウスは、セツナに手を引かれて戸惑いつつも、何やらあたしたちに聞きたいことがあるらしかった。

 

 

 

 

 

「アンタたち、ド田舎出身のウマ娘なんだってな? ——なんでそんなウマ娘が中央に来た?」

 

 

 

 

 

「「ッ……!」」

 

「お、おい、シリウス……!」

 

 

 シリウスの意図が読めない無遠慮な発言にあたしとセツナは顔を強張らせ、ルドルフはそれを咎めた。

 

 

「……別にボクたちは隠してはいないから大丈夫。——ボクたちには叶えたい夢があるから中央に来た……ただそれだけだよ。それがどうかしたの、シリウス?」

 

「ハハハッ、なるほどな。何、別にアンタたちのことを悪く言ってるんじゃねえよ。——むしろ私は、アンタたちには一目置いてる」

 

「……へ?」

 

「アンタたちのホープフルステークスは観させてもらった。あんなレースをするウマ娘たちが、生半可な想いで走ってるワケがねえ。……アンタたちは夢を叶えるために、日本に留まらず世界を見据えてる——違うか?」

 

 

 そうあたしたちに問いかけるシリウスの目は、恐ろしさを感じるくらい闘志に満ちていた。始めの頃の口数の少なさが嘘のように饒舌になり、感情が昂っているようだった。

 

 

「……やけにシリウスはあたしたちに興味を持ってるみたいだな。たしかにその通りだ。あたしとセツナはたとえ田舎生まれだとしても、世界のウマ娘が相手でも負けるつもりはねえ。不可能なんてないことを証明する存在——ウマ娘界の“エース”になるために中央に来たんだ」

 

「——ハッ、実際に聞いてみるととんでもない大言壮語だな。なら、口だけじゃないってこと、せいぜい私に見せてくれよ? アンタたちの世界への挑戦、期待してるぜ」

 

「シリウス! いいかげんにしないか! 傲岸不遜、流石に失礼が過ぎるぞ! すまない、エース、セツナ、シリウスが礼儀を弁えず……」

 

「ちっ……」

 

 

 シリウスの発言に流石に業が煮えたのか、ルドルフがシリウスを止めに入った。にしても、あたしたちはそのくらいの煽りは言われ慣れてるからなんとも思わないけど……。——待てよ?よく考えたらこれって、言葉は分かりづらいけどシリウスはあたしたちを応援しようとしてくれてるのか?

 

 

「……いや、構わないぜルドルフ。シリウスに言われなくとも、あたしたちは本気だからな。——ま、あたしたちが世界のウマ娘相手に戦うのを楽しみに待っててくれ!」

 

「ふふっ、シリウスってば、じゃじゃウマ娘に見えて実はボクたちの大ファンだったりするのかな? 随分熱心にボクたちのこと見てくれてて可愛いところがあるんだね!」

 

 

 セツナもシリウスの言葉の真意に気付いたのか、微笑ましい目でシリウスを見つめていた。

 

 

「な、ち、ちげえ! なんでそうなる! 何か分からんが、アンタたち、その温かい目で私を見るのを止めろ!」

 

 

 先程までの威勢はどこへ行ったのやら、主導権を奪われたシリウスはあたしたちを強く睨みつけるけど、シリウスに悪意がないと分かったから、むしろそれが可愛く見えるくらいだった。

 

 

「——ほう。会って間もないが、ここまでシリウスと打ち解けられるとは……! 徳高望重、あのシービーが親友と称するくらいだ。やはりこのふたりはただのウマ娘ではないか……!」

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 ——ルドルフやシリウスとそんなことをしている内に、シービーたちの出走準備が整い、ファンファーレの後ゲートが開いてレースが始まった。

 

 心配していたシービーのスタートは、練習の成果が出たのか、今回は出遅れることなく冷静に最後方でレースを始められていた。

 

 出遅れなかったシービーというのは、他のウマ娘にとってはそれはもう恐ろしいもので、最終コーナー以降全てのウマ娘をごぼう抜きしたシービーが2番手と6バ身差をつけてゴール板を駆け抜け、その瞬間まるでG1レースかのような歓声がスタンドから上がった。

 

 

「やっぱすげえなシービー……! あたしはあの走りから逃げ切らないといけないんだよな……! ——くぅ、皐月賞が楽しみだぜ!」

 

「わ、すごい歓声……! ——大丈夫だよ、エース! 人気はシービーの方があるかもしれないけど、本番勝負ではエースが勝つってボクは信じてるから!」

 

「流石はシービー、と言ったところか。相変わらずシービーは常識破りな走りをしてくれるな」

 

「ハハハッ、とんだ才能の暴力だな。いくらなんでも他のウマ娘に同情するぜ」

 

 

 シービーはレースを終えて、満足したような表情を浮かべながらターフに仰向けになっていた。しばらくそうしていると、やがてあたしたちの存在に気がついたのか、シービーはスタンドまで駆け寄ってきた。

 

 

「——やあ、エースにセツナ! アタシのレース、観に来てくれたんだ! あ、ルドルフにシリウスもいたんだ。いつの間に仲良くなったの?」

 

「よ! シービー1着おめでとう! そうなんだ、お互いシービーの知り合いってことで一緒に応援してたんだぜ!」

 

「クク、爽やかそうな面しやがって。筋金入りのレースバカだぜ、アンタは」

 

 

「おめでとう、シービー。——合縁奇縁、このふたりがシービーの親友である所以、身をもって理解したよ」

 

「シービーおめでとう! シービー、ボクたちもシービーのこと親友だと思ってるよ!」

 

「そ、そう……ありがとう。面と向かって言われるのはちょっと恥ずかしいね」

 

 

 シービーはそんなセツナの言葉に目を丸くして驚いているようだった。シービーがペースを乱されている姿を見るのは珍しかった。セツナはああいう台詞を素で言ってくるからなあ。

 

 

「あ、そうだ。ふたりともお守りありがとね。どうしてか分からないけど、ゲートの中でもふたりがすぐ近くにいる気がして集中できたよ」

 

「ほんと!? 良かったぁ。実はそのお守りの中にね——「っとぉー!! シービー、あたしたちと喋ってるのはいいけど、早くウィナーズサークルへ行かないと、たぶん沖野トレーナーが待ちくたびれてるぞ!」

 

「あ、そうだった。じゃあ行ってくる!」

 

 

 途中でお守りの話になって、そのお守りの効果は覿面だったみたいで良かったけど——セツナがお守りの中身をシービーに暴露しそうになったから、あたしは慌てて話を変える。まだ明かす勇気はあたしにはないぜ……。

 

 その言葉で勝利者インタビューのことを思い出したシービーがウィナーズサークルへ向かったから、あたしたちもそちらに移動した。

 

 

 

 ——あたしたちがウィナーズサークルに着いたころには、既にシービーへのインタビューが始まっていた。

 

 

「共同通信杯、興奮しました! 素晴らしいレースでした!」

 

「あはは、ありがとう」

 

「今後はやはり、クラシック三冠の皐月賞には出走されるのでしょうか! 意気込みなど、ぜひお願いします!」

 

「うーん、そのことなんだけど——ちょっといいかな?」

 

 

 シービーはそこで言葉を区切ると、記者の元を離れて何故かあたしの方へ向かって歩いてきた。

 

 

「エース、ちょっと来て!」

 

「お、おい、シービー!?」

 

 

 そう言うとシービーは、いきなりあたしの手を引いて記者の前まで連行してきた。

 

 

「今年のクラシック三冠はアタシとこっちのエースで最高に面白いレースにしてみせるから、よろしくね」

 

「ちょ、シービー、いきなりすぎるだろ!?」

 

 

 そんなあたしの訴えを他所に、突然のシービーの行動と宣言に会場が騒々しくなり始めた。

 

 

「あの子って……カツラギエース?」

 

「ええ。たしか、ホープフルステークスで2着に入ったウマ娘だったような……」

 

「どうして彼女がミスターシービーに? あの神話の走りに比肩するミスターシービーの相手にしては、その、悪くはないと思うけど……少しレベルが違うような……」

 

 

 なるほど、どうやらシービーの才能を目の当たりにした記者陣は、病弱なセツナに負けたあたしがシービーに敵う存在ではないと思っているらしかった。それを聞いて、あたしも黙ってはいられなかった。

 

 

「ほう……レベルが違う、ね——へっ、アンタらのその認識、そんなもん覆してやるよ! 見てろ、あたしこそがシービーを倒すウマ娘だ!」

 

 

 たしかにシービーは恐ろしいくらいの早さで成長してる。けど、だから諦めるってのはあたしじゃないよな。それに、セツナに託された想いもあるんだ。

 

 

「ふふっ、そういうことだから、クラシック戦線はアタシとエースの三本勝負だね。——まずは皐月賞、打倒カツラギエースかな?」

 

「ああ、やってやるよ! シービーだけの時代なんて言わせないからな!」

 

 

 あたしたちの三本勝負宣言に会場が大きく沸き上がった。そうして、新たな三冠ウマ娘の誕生を乞う人々を中心にあたしたちの熱は伝播していくのを感じつつ、あたしはセツナたちのところへ戻ったのだった。

 

 その後はシービーのウイニングライブを観た後、ルドルフたちと別れ、あたしたちは帰路についた。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 ——その日の夜、とある場所に位置している広大な屋敷、その内の最高級の調度品が取り揃えられた豪華な一室。執務机で書類を確認している初老の男の元をひとりのウマ娘が訪ねていた。

 

 

「失礼します、件の報告に参りました」

 

「ご苦労だった、ルドルフよ。して、どうだったあのふたりは」

 

「まさに伏竜鳳雛。一度話しただけでも、たしかな人間性と実力の高さが伺えました。本当にあのようなウマ娘が中央でも地方でもないところに居たとは……」

 

「ふむ……やはり秋川君が目をかけるだけはあるか。——彼女らのような人材は活かさなければならない。……秋川君が窮地に立たされている今、最早なりふり構ってはいられなくなるやもしれないな」

 

「ええ。——私がもう少し早く生まれていれば、より彼女たちの力になれたのですが……」

 

「定められた運命は変えられん。ルドルフよ、今は己の成すべき事を成す、それに集中してくれればよい」

 

「分かりました、全てのウマ娘が幸福になれる世界を創るためにも——」

 

 

 月の光が、妖しく屋敷の窓から入り込んでいた。——その日の月は、三日月だった。

 

 






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