刹那を駆け抜けたふたりのエース   作:クロノアの耳

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 セツナ視点です。

 少し展開が動く話です。





エースと理事長は力を合わせます

 

 

 ——厳しい寒さだった冬が終わりを告げ、様々な草花が咲き始める季節になった。

 

 卒業する先輩方を見送ったり、ボクたちの中等部最初の一年目が区切りを迎え、今のクラスが解散したりと、少し感傷に浸るところもあった。

 

 

 ——シービーは皐月賞のトライアル競走である弥生賞を難なく勝利して、レース誌の注目をこれでもかと集めていた。その圧倒的な走りを目の当たりにした人々から、あの神話と呼ばれたウマ娘を超える逸材になると話題になり、もはや時のウマ娘になっている。

 

 そんなシービー人気の中、それでもボクたちは来たるクラシック戦線に向けて、トレーナーさんや三女神様たちとみっちりトレーニングを積んでいた。

 

 エースは打倒シービーを掲げてクラシック三冠の舞台で戦うために、ボクは療養した先に走るであろう大きなレースのために——。

 

 

 

 この日、ボクたちはトレーナーさんと今後のトレーニングメニューやレースローテーションについて話し合うためのミーティングを部室で行なっていた。

 

 

「——ですから、エースさんは本番も近いですし、出来るだけ脚に負担をかけないようダートコースで追い込んでいきましょう」

 

「分かった。——にしても、シービーは大変そうだよな。毎日のように記者陣がシービーへの取材のために来ててよ、ほんとすごい人気だよな」

 

「だねー。シービーはああいうの苦手だから、沖野トレーナーが対応して全部捌いてるみたい」

 

「あはは、沖野さんも苦労されてますね……」

 

 

 シービーは圧倒的な強さといい、顔の良さといい、脚質の戦法といい、いわゆるアイドル性がとても強く、爆発的な人気を抑え込む沖野トレーナーの仕事量にボクたちは哀れむばかりだった。

 

 

 

 

「——それにしても、“変”なんですよね……」

 

「変? なにがだ?」

 

 

 そんな中、突然神妙な面持ちになったトレーナーさんに、エースが問いかけた。

 

 

「シービーさんと比較して、強さで言えばエースさんも全く引けを取らないことは、過去のレースを見れば明らかなはず……。それこそ、皐月賞に出走しないとはいえ、G1レースを勝利したセツナさんもこれまでメディアの話題になっていないですし、取材の依頼すら伺ったことはありません——それって、なんだかおかしいと思いませんか?」

 

「! 言われてみれば、たしかに……。エースやボクだって、一応結果は出してるのに、どうして取材が来ないんだろう?」

 

「そんなの、シービーが人気を独り占めしてるだけなんじゃないのか? ——ま、それならなんにせよ、もっといっぱいレースに勝って、あたしたちを注目せざるを得ないような活躍をすればいいんだよ!」

 

「なるほど……えへへ、そうだね。特にシービーに勝ったら、注目せざるを得ないはずだもんね!」

 

「そういうことだ、セツナ! うっし! じゃあシービーを倒すために、今日もトレーニング頑張ろうぜ!」

 

「おー!」

 

「ふふっ、おふたりのその前向きさは、本当にいつも感心させられてしまいますね」

 

 

 そう言ってボクたちは立ち上がり、トラックに向かおうとしたその時——トレーナーさんの携帯電話が鳴った。

 

 

「っと、すみません、たづなさんからですね。エースさんと、セツナさんは先にトレーニングを始めておいてください」

 

「おう。先行っとくな」

 

 

 トレーナーさんにそう言われたので、ボクたちは通話を始めたトレーナーさんを部室に残して外に出た。しかし、ボクたちが部室から離れようとした直後——

 

 

 

『——り、理事長がですか!!?』

 

 

 

「うお、なんだ、トレーナーさんの声か!?」

 

 

 突然中から一際大きなトレーナーさんの叫び声が聞こえた。尋常でないことを察したボクたちはすぐさま反転して、部室の扉を開けた。

 

 

「はい……分かりました、それでは失礼します……」

 

 

 その頃にはトレーナーさんは通話を終え、携帯電話をポケットにしまっていた。トレーナーさんはついさっきまでの雰囲気とは打って変わって、悲痛な顔でボクたちの方へ向き直った。

 

 

「な、何があった、トレーナーさん……!?」

 

「……エースさん、セツナさん……大変申し上げにくいのですが……秋川理事長が——秋川理事長がトレセン学園理事長を辞任されるとのことです……」

 

「えっ、ど、どうして!? そんな急に!?」

 

 

 理事長さんが辞める……!? 理事長さんはウマ娘たちのことを想って、日々尽力してくれていたはず……! そんな理事長さんが特別な理由でもない限り、急に自分からトレセン学園理事長という職を辞めるとは到底思えない……!

 

 

「わ、私も分かりません。加えて、たづなさんも理事長秘書の役を降りることになったそうです……」

 

 

『……考えられることは1つしかないよ、子羊くん。あの秋川くんたちが自分から突然辞任するわけがない。外部からの圧力があったと考えるのが妥当だよ。——どうやら、彼女たちは嵌められたようだね。競バ会の連中に……!』

 

 

 ッ……! ほ、本当なんですか、ダーレーさん!

 

 

『……つまり連中は、自分たちのことを嗅ぎ回ってくる理事長に気づいていた——だから、排除されたというわけか……』

 

 

 そんな……あの先輩だけじゃなく、理事長さんまで……! 

 

 ——居ても立っても居られなくなったボクは、部室を飛び出て脇目も振らず理事長室まで駆け出した。

 

 

「お、おい、セツナ、どこ行くんだよ!?」

 

 

 背中からエースの驚く声が聞こえたが、今は何よりも理事長さんと話がしたかったボクは、走るペースを上げた。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 ——理事長室の前まできたボクは、そのままの勢いでノックもせずに扉を開けた。転がり込むように室内に入ると、中には急に入ってきたボクに驚いたような理事長さんとたづなさんがいた。

 

 

「ふ、フューチャーセツナさん!? 急に入ってこられて、どうかしましたか!?」

 

「せ、セツナさん?」

 

 

 たづなさんが倒れ込むボクを心配するように駆け寄ってくれるけど、構わずボクは理事長さんに話しかけた。

 

 

「——はぁっ……はぁっ……理事長さん……理事長さんは辞めされられちゃうんですか……!?」

 

「ッ…………言葉を慎んでください、セツナさん。誰か聞いているか分からないのですよ」

 

「理事長さんは、今の中央レースを変えてくれるんじゃなかったんですか……!?」

 

「——たづな、扉と窓を閉めて鍵をかけて。今すぐに」

 

「わ、分かりました!」

 

 

 理事長さんの指示で、たづなさんがこの理事長室を閉鎖してくれたみたいだ。

 

 そして、そのまま理事長さんは深刻な面持ちで話し始めた。

 

 

「——申し訳ありません。どうやら、先の一件は連中が仕掛けた反乱分子を炙り出す罠だったようです。……その結果、私はまんまと嵌り、このような形になってしまいました」

 

「そんな……」

 

「私は事を急ぎすぎました。より確実な証拠を求めるべきでしたのに、少しでも早くこの環境を改善しなければと考えてしまい、焦ってしまったようです……」

 

「こ、これからボクはどうすれば良いんですか……? 理事長さんのような人がいなかったら、一体誰が競バ会を止められるんですか……?」

 

「…………」

 

「り、理事長さん……!?」

 

 

 理事長さんは無念といった表情で、押し黙る。それは事実上、誰も競バ会を止められないと言っているのと同義だった。

 

 

『はーっはっはっは! 話は聞かせてもらったぞ、母様!』

 

 

 ——その時、突然理事長室に、明朗な声が響き渡った。そして、部屋の隅にあったダンボールがごそごそと動いたかと思うと、中からやよいさんと飼い猫のハテナちゃんが飛び出してきたのだ。

 

 

「や、やよい!? いつからそこに!?」

 

「早朝ッ! 朝からずっとだ! おかげで身体のそこらじゅうが痛いぞッ! はっはっは!」

 

「にゃー」

 

「やよいったら、何をしているんですか……」

 

 

 び、びっくりしたあ……! やよいさん、ずっと部屋にいたんだ……! ——でも、どうしてそんな事をしていたんだろう?

 

 

「——時に母様、そしてセツナよ。話は全て理解している。……母様が理事長を辞任されることは非常に残念ッ……。——しかし、変えられぬ運命であるからこそ、次なる旗頭を求めているのだろう? ならば、この秋川やよいが、次期トレセン学園理事長に立候補しようッ!!」

 

 

 へ……? や、やよいさんが次期理事長に!?

 

 

「!? ……な、何を言っているの、やよい! 冗談ならいいかげ——「本気ッ!! 冗談ではないぞ、母様!!」

 

「ッ!」

 

 

 やよいさんは、本当に真剣な表情で理事長さんと相対していた。その佇まいからは、壮絶な覚悟があったことが伝わってきた。

 

 

「——次期理事長は、規定では年齢制限などなく、立候補者の中から選挙によって決まるのだろう? たとえどのような大人たちが相手だったとしても、ウマ娘たちへの想いで、わたしは負けるつもりはないッ!」

 

「やよい……! た、たしかにやよいのような子が立候補するなんて想定すらされていないから、年齢制限はないけれど……——いえ、やっぱり認められないわ……! あなたはまだ幼い——連中から向けられる悪意は相当なものよ……自分の娘にまで私のような思いをしてほしくないわ……!」

 

「——結構ッ! 侮らないでほしい、母様! わたしの覚悟はできている! それに、わたしにとっては、今を見過ごしてウマ娘たちが悪意に晒される——そちらの方がよっぽど我慢ならないッ!」

 

 

 やよいさんは自分のお母さんに止められてもなお、信念は揺るがなかった。そんなやよいさんの想いが伝わったのか、理事長さんも何か考え込んでいる様子だった。

 

 

「……分かった。——やよい、あなたにこのトレセン学園を託すわ。次期理事長選、実力でこの席を勝ち取ってみせなさい」

 

「——無論だ、母様」

 

「そして、私は焦って失敗してしまった。だから、あなたは確実に事を進めなさい。時間はかかってもいい、絶対にかの連中を排除するのよ」

 

「心得た。——何、元よりそのためにこのフューチャーセツナとの契約があるのだろうッ! ……フューチャーセツナには、少なからず苦しい役回りを押し付けることになってはしまうが……」

 

「え!? ——い、いえ、是非ボクに任せてください! やよいさんのような方を見ていたら、俄然希望が湧いてきましたから! ……絶対にG1無敗を成し遂げて、連中を荒らしてみせます。だから、今度こそ一網打尽にしてやりましょう!」

 

「フューチャーセツナ……! そうか、ではそちらは任せたぞッ! ならば、次期理事長の件はわたしに万事任せておいてくれたまえッ!」

 

「——ああ、やよい、セツナさん、ありがとう……! 貶められてしまった時は、もうどうすることもできないと絶望していましたが、あなたたちのような若い世代に希望をいただき、私は誇りに思います。……年長者としてはお恥ずかしい限りですが……。——それでは、私は表舞台から退き、より裏方からあなたたちを支援しますね」

 

「裏方……ですか?」

 

「ええ、私たち以外にも競バ会を解体したいという味方はいるのです。——シンボリ家やメジロ家、聞いたことはありますね? 私はその方々と協力して革命の土台を固めます」

 

 

 え! し、シンボリ家もメジロ家も中央でトップクラスに大きい名家だよね……! シンボリっていえば、ルドルフやシリウスたちの家ってことなのかな。

 

 

「それとたづな、これであなたまで私を追って職を辞する必要はなくなったわ。あなたは理事長秘書として、次期理事長となるやよいを支えなさい」

 

「——承知いたしました、理事長」

 

「えっ、た、たづなさんはトレセン学園に残ってもらえるんですか!?」

 

「ええ、元々たづなは上から解任通告が来たわけではなく、私以外に仕えるのはあり得ない、と私についてきてくれようとしていただけなのです。——ですが、やよいなら問題ありませんね」

 

 

 なんと! たづなさんまでいなくなってしまうものだと思っていたから、それは嬉しい知らせだ。

 

 

「承知ッ! では、フューチャーセツナもそのようにな! こちらのことはわたしたちに任せておいてくれたまえッ! それと、この事は他言無用でよろしく頼むッ!」

 

「は、はい、分かりました! ——では、失礼します」

 

 

 ——そう言って、ボクは理事長室を後にする。理事長さんが辞任されると聞いたときは、酷く取り乱してしまったけど、やよいさんのおかげでなんとか希望が繋がりそうでよかった……。

 

 

『この国のレース界に蔓延っている悪……。——俺たちが思っているよりもずっとしぶといようだね』

 

 

 そうですね……。でも、しぶとい雑草は根ごと耕したら一掃できますから。まずはボクたちがその牙城を荒らして、やよいさんたちが動けるようにしなくちゃですね!

 

 この国のウマ娘たちを守るために、ボクは自分にできることをする——ただそれだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 本作では、先代の理事長がいなければ今のトレセン学園は、賭け事が蔓延っていたり、貧富の格差で差別が起きていたり、より上層部との癒着が酷かったりと恐ろしい状態になっていました。

 先代の理事長のおかげで、エースやセツナたちは比較的マシなトレセン学園に通うことができています。


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