セツナ視点です。
「たとえどんな大人たちが相手だったとしても、ウマ娘たちへの想いで、わたしは負けるつもりはないッ!」
——やよいさんのあの発言は、まさしく本物だった。
理事長さんの辞任の件は、やはり学園内に少なからず衝撃をもたらした。
そして、そのまま間を空けることなく次期理事長選が始まると、やよいさんの他、数名の立候補者が次期理事長に名乗りを上げた。
……ボクは一学園生だから、その場に立ち会うことはできなくて、ここからは後からたづなさんから伺った話なんだけど——
——最初、他の立候補者たちはまだ年若いやよいさんのことを見下していたらしい。「こんな子供に」「思い上がった若造が」——などと、やよいさんは選挙中も、ぐちぐちねちねちと皮肉や嫌味を言われ続けたらしい。
しかしその実、他の立候補者は、明らかに競バ会の伝手のみで戦おうとしてる連中ばかりで、やよいさん以外、誰もトレセン学園の内情を把握しておらず、何が課題点なのか、何を維持して伸ばしていく点なのか、それすらも理解していない連中ばかりだったらしい。
そして、立候補者は役員たちに、次期トレセン学園理事長としての想い語るために演説をしなければならないんだけど——そこでもやよいさんは圧倒的の一言だった。
他の立候補者などまるで相手にならないような、ウマ娘やレース界に対する膨大な知識量。今後の展望を分かりやすく組み立てた明確なビジョン。
——大人顔負けの大演説を披露してみせた、とのことだった。
役員たちは、秋川の名を冠する者を警戒してはいたらしい。けど、流石にそこまで他の立候補者と比べてはっきりとした実力の差を見せつけられると、次期理事長の座を認めないわけにもいかず、そうしてやよいさんは理事長の席を掴み取ったらしい。
『——おそらく、まだ二十歳にも大きく満たない子どもだからと舐められていた部分があったからこそ、そこまで過剰に警戒されなかったのだろう! まったく、わたしを侮ったこと、連中に後悔させてやろうではないかッ!』——とは、やよいさん本人の談だ。
そんなこんなで、無事、次期理事長はやよいさんに決まった。——やよいさんは約束を果たしてくれた。後はボクがこのレース界を荒らすだけだ。
―――
——と、意気込んでいたら、
「——提案ッ! フューチャーセツナ、カツラギエースッ! キミたち、新しく生徒会を作ってみる気はないか?」
「「…………えっ?」」
理事長に就任してからいつも忙しそうにしているやよいさんが、突然カノープスの部室に来たかと思うと、いきなりとんでもないことを言い始めた。
「——え、えっと……やよい理事長、いろいろ聞きたいことはあるんだけど、まずどうして生徒会を作ろうとしてんだ?」
「うむ、説明させてもらおう! ——現在、わたしはトレセン学園が抱えている問題点を解決するために、奔走しているワケだが……圧倒的に人手が足りない! その上、学園長という立場には圧があるのか、いかんせん生徒ひとりひとりに親身に寄り添った問題解決ができていない現状——そこで! 新たに、生徒たちに近い立場で活動できる執行組織を作ってみてはどうか、と考えたのだ!」
——たしかに、生徒数2千人弱+これだけの広大な敷地を有するマンモス校を、やよいさんたちだけで運営し、現状維持どころか改善まで行おうと思うと、とてもじゃないけど人手は足りないよね……。
「なるほどな……。——そもそも、学園が抱える問題っていうのはどんなのがあるんだ?」
「……正直、上部組織があのような体たらくなせいで、問題点は山ほどあるのだ。その中で、ひとまずわたしが着手できそうな問題は、高すぎる学費の軽減、食堂・カフェテリアの無償化、持病や家庭環境の都合で満足に走れない娘に対する待遇改善、の3点と言ったところか」
「——その3点だけでも、解決にものすごく難儀しそうな問題ですね……。それに、どうして初めて作る生徒会に中等部のボクたちを勧誘したんですか?」
「それはだな——キミたち以上に、他者を慮り、寄り添えるようなウマ娘は他にいないと断言したからだ! 例えば先に言った問題点。キミたちとは逆の立場である裕福な家系のウマ娘は、それを問題とすら思っていないだろう。——それはそもそも、今の学園のシステムが名家のみに力が集まるようにできているからだ」
「——そ、そうか……! た、たしかにそこまで考えが及ばなかったぜ……! あたしたちが変だと思っていたことは、学園のほとんどの生徒にとっては当たり前なことだったんだな……」
「真にウマ娘ファーストを掲げる学園とは、レースの世界ゆえに実力の大小はあって仕方ない。しかし、そこに貧富の差が影響してくることはあってはならないのだ! ——そして、そのことをこのトレセン学園生の中で最も理解しているのはキミたちふたりで間違いないだろう!」
「——だからこそ、ボクたちに生徒会を運営してほしい……と、そういうことですか?」
「うむ、そのとおり! その上、キミたちは学業も成績優秀であるからそちらの点も問題ない! ——どうか引き受けてはもらえないだろうか……!」
やよいさんの頼みなら、二つ返事で引き受けたいところだけど……一旦冷静になって考えてみる。
まずは、問題解決法とそれによって拘束される時間だ。
高額な学費の軽減は一生徒にできそうなことではないから、きっとやよいさんが何か策を立てるだろう。
食堂・カフェテリアの無償化に対して、少なくともボクたちができそうなことと言えば……食材を自前で生産することくらいかな? トレセン学園内に畑でも作る……?
——いやいや、仮に畑を作ったとして、千人単位の生徒は賄いきれそうにない。やるにしても、時間も人手も全然足りないし。……ただ、逆に言うと場所はありそうだから、時間と人手さえあればやる価値はあるかも。一旦保留にしよう。
持病や家庭環境の都合で満足に走れない娘に対する待遇改善——これに関して、一応ボクには秘策のようなものが思い浮かんでいた。……ただ、“それ”を実行できるのはボクだけだし、かなりの時間が必要だ。レースが控えているエースは巻き込めないだろう。——それに、その娘たちの都合の詳細をもっと把握しないとなんとも言えない。
「——そうですね……とりあえず、ボクの考えを話します。まず、ボクの方は現在療養中でほとんどトレーニングができない状態です。——つまり、その間生徒会活動に割ける時間はかなり多いと思います。だから、ボクはやよいさんの提案に賛成したいです」
「おお、そうか!」
「はい。——けど、エースには大事なクラシックレースが控えています。——エースには、しっかりとトレーニング時間を確保してあげたいから……ボクだけが生徒会に参加するという条件でも構いませんか?」
「無論ッ! そもそも、これは強制すべき話ではないからな!」
「へ? ——お、おいおい、セツナ、勝手に話を進めるなよ!」
「ごめん、エース……。でも、これが最善な気がするんだ。——共同通信杯と弥生賞でのシービーを見たでしょ? シービーはどんどん力をつけてる。そんなときに生徒会活動に時間取られてしまったら、勝てるものも勝てなくなるかもしれない」
「……そりゃ……まあ……そうかも、しれないけどよ……。——ひとりじゃ大変だったりしないのか?」
「大丈夫! ——おそらく生徒会といっても、まだそこまで本格的な運営はしないですよね、やよいさん!」
「うむ、レースと学業が本分の生徒に、過剰な負担をかけるわけにはいかないからな! 先の課題点の解決を模索しつつ、ちょっとしたお悩み相談室としての機能を担ってくれれば、文句なしだ! そこで出た意見をわたしにあげてくれれば、後はわたしが動こう!」
「……なるほどな。とりあえず、納得はしたぜ。——けど、やっぱりあたしの名前も入れてくれ。……セツナの言うとおり、トレーニングに時間を割かなくちゃならないから、ほとんど生徒会には出られないかもしれねえ。——けど、ひとりだと責任が全部セツナにいっちまうだろ? それに何かあったときのためにもうひとりいた方が融通利くはずさ」
「エース……! ……そうだね、たしかにその方がボクとしても安心できそう……ありがとう! ——それでお願いします、やよいさん!」
「感謝ッ! ふたりとも、こちらの無茶を受け入れてもらい、かたじけないッ! ということでフューチャーセツナ、キミは生徒会長という立場になるだろう! また詳細は追って伝える! では、さらばだ!」
そうして、やよいさんはボクたちに手を振りながら帰っていった。——正直ちょっと見栄を張ってしまった部分はある。……生徒会、人見知りなボクに最後までこなすことはできるのかな……。
でも、今のトレセン学園では一般家庭ではほとんど入れないような状態になっている。——未来のウマ娘たちが安心してレースの世界に入れるようにするためにも、ボクにやれることをやらなくちゃね!
―――
——そして暦は4月になり、トレセン学園に新たな生徒たちが入学してくる季節になった。
当然、トレセン学園でも入学式が行われるわけなんだけど……じ、実は、ボクはやよいさんから、入学式で生徒会長として挨拶をしてほしいと言われてるんだ……!
なんでも、ここで生徒会が発足したことを大々的にアピールし、その存在を広く認知してもらうためにひとつお願いしたい、とのことだった。
い、一応エースとトレーナーさんにも協力してもらって、挨拶文は考えてきたけど……か、噛まずに言えるかなあ……ちゃんと生徒会長っぽく振る舞えるかなあ……。
『毎晩寝る前にあれほど練習したんだ。焦らず、落ちついて話すといい』
『深呼吸しましょう、セツナちゃん。誰かと接するのは勇気がいることだけれど、あなたの心はそれをしっかり兼ね備えているはずよ』
『大丈夫だよ、子羊くん。キミのウマ娘たちに対する想いは本物だ。きちんと実を伴っていれば、きっと新入生たちも受け入れてくれるさ』
——ありがとうございます、三女神様! ……よーし! 第一印象は大事って言うし、トレセン学園がいい場所だって思ってもらうためにも、ボクがんばります!
——そうして、ついに体育館で入学式が始まった。
ボクはトレーナーさんと一緒に関係者席に着く。しかしながら、自分たちのときもそうだったけど、やっぱり数百人規模の新入生たちを見ると圧巻だね……!
——よく見ると、新入生たちの中にはルドルフやシリウスたちがいた。
……って、な、なんかシリウス、ずっとこっち見てきてない!? ——い、今ボクに向かってニヤリって! ちゃんと前見て前! そろそろやよいさんのお話、始まるよ!
——その後のやよいさんの式辞は、それはもう見事の一言だった。新入生じゃないのに、この学園での生活に希望を持てるようになったというか……すごく安心感を得られる内容だった。
——って、ちょっと待って! ボクこのあとにスピーチするの!? や、やよいさんがハードルを上げすぎて胃が……うぅ、ホントは今すぐ帰りたいくらいだよ……!
『——続きまして、中央トレセン学園生徒会長、フューチャーセツナに歓迎の言葉をいただきます』
き、きた……! 緊張しすぎて心臓がうるさいくらい鳴ってるし、冷や汗が止まらないよ……!
「落ちついて……大丈夫ですよ。セツナさんは人の良さは私が保証します。きっと、皆さんも分かってくれるはずですよ」
「あ、ありがとう、トレーナーさん……!」
ボクの隣にいたトレーナーさんが、緊張で震えていたボクの手を優しく握ってくれた。トレーナーさんの体温を感じる——それだけで、少し緊張が和らいだような気がした。
ボクはやよいさんたちや新入生に一礼して登壇し、演題の前に立つ。——ひええ、こうして正面から見てみるとすごい人数だね……。
ルドルフは真っ直ぐ純粋な目でボクを見つめてきてる……! ……シリウスに至ってはあれ笑いを堪えてるでしょ!!
——もう! ……なんかいっそほっこりしてきちゃって、ちょっと気が楽になったかも。……よし、今ならいけそうだ。そのまま、ボクは式辞用紙を広げて、口を開けた。
「——暖かい春の日差しに包まれ、桜の花が満開となりました。新入生の皆さん、ご入学おめでとうこざいます。生徒会長として心よりお祝い申し上げます。さて、本日から皆さんは、この中央トレセン学園での新しい生活がはじまるわけですが——」
ボクから新入生のみんなに伝えたかったのは……
——レースの世界は残酷だけど、挑まなければ可能性すら生まれないこと。
——もしひとりじゃ解決できない困難にぶつかってしまったそのときは、遠慮なく生徒会を頼ってほしいこと。
——そして、一期一会を大切にしてほしいこと……その三つだった。
……本当に、いろんな人たちとの出会いが自分を変えてくれる。今までボクも何度か心が折れそうになったけど、その度に誰かが支えてくれて、その結果ここで走ることができている。
だから、今度はボクが助けになる番だ。エースが背中でみんなを導くのだとしたら、ボクはみんなを後ろから支えたい。
そういった思いを乗せて、ボクは言葉を届けた。
「——最後になりましたが、新入生の皆さんの今後のご活躍を心からお祈り申し上げ、歓迎の言葉とさせていただきます。トレセン学園生徒会長、フューチャーセツナ」
……自分の名前を言い終えた瞬間、ぽつぽつと会場から拍手が起き始め、最終的にそれなりに大きなものになったと思う。
——よ、よかった……! なんとか、話し終えることができたよ……! ボクの気持ち、新入生のみんなに届いてたら嬉しいな……!
……ルドルフは微笑んでいて、シリウスは悪戯な笑みを浮かべてる。——ふたりがボクの話を聞いて何を思ったかは、定かではない。
ボクはそのまま用紙を演台に置き、逃げるように壇上を後にした(もちろん、やよいさんたちや新入生に礼をするのは忘れずに)。
「——き、緊張したぁ……!」
「素晴らしかったですよ、セツナさん。あなたの人柄が存分に発揮された、いいお話でした。おつかれさまです」
「うぅ……トレーナーさん、ありがとう……!」
……こうして、ボクの生徒会長としての最初の仕事は終わった。——ちなみこの後、シリウスがボクのスピーチを褒めてくれて「シ、シリウスらしくない!」と返したら、これ以降ずっと、スピーチ前のボクの挙動不審さを揶揄われるようになってしまったんだけど、それはまた別の話。
——そして、少し時は流れ、いよいよクラシック三冠路線のひとつ目が迫っていた。——決戦の時が、始まる。
ゆっくりではありますが、エースとセツナはだんだんと違う道を歩みつつあります。
ルドルフとシリウスについて、ふたりともエースとセツナへの関心は高いですが、僅かながらシリウスの方がルドルフよりもセツナに対する想いが強いです。
また、入学式にはメジロラモーヌもいましたが、このときのセツナはまだ知りませんでした。
次回、皐月賞です。