エース視点です。
未実装ウマ娘が登場します。
『——日本のレースファンの皆さま、こんにちは! さあ、今年も待ちに待ったこの日がやってまいりました、クラシック三冠の初戦、皐月賞! 本日は雨が降っておりますが、例年にもまして大きな盛り上がりを見せています!』
『なんといっても、今年はあのミスターシービーがクラシック三冠に挑戦しますからね。新たな三冠バの誕生に、誰もが期待を膨らませているのではないでしょうか』
『そうですね。そんな本日の主役と言っても過言ではない1番人気、ミスターシービーですが、共同通信杯や弥生賞では見事な追い込み戦法を見せ、今レースでも同じような——』
——すでに控室に入っていたあたしは、無言でテレビの電源を消し、精神を整えるために一度目を閉じた。
4月17日、中山レース場。
日本中全てのレースファンが注目するクラシック三冠路線の第一戦、皐月賞が始まろうとしていた。
この日の天気は、生憎の雨。バ場は不良との発表——きっとコースのコンディションは最悪だろう。
「ふーーっ………」
——出走者として、この控室にまで伝わってくる“皐月賞”の空気を肌で感じ取り、そのまま深呼吸をした。
「……エース、大丈夫?」
そんなあたしの様子を見て心配してくれたのか、セツナが神妙な面持ちであたしに問いかけてくる。
「——ああ、すまん。不安にさせちまったかな。——ホープフルステークスの時は、初めてのG1レースってこともあってレース場特有の雰囲気を感じてたんだけど、やっぱクラシック三冠の舞台はそれとはまた一味違うなって思ってたんだ。——けど……ガチガチに緊張してるわけじゃないから、大丈夫だぜ! むしろ、早くこの中山を走りたくて、ウズウズが止まらないくらいなんだ!」
「——そっか! いつも通りのエースみたいで安心したよ……!」
「こういうの武者震いっていうのかな? セツナとの公式戦もすっげえ楽しみだったけどよ、シービーとの戦いも同じぐらい楽しみなんだ……!」
「良かった。どうやらよい緊張感を保てているようですね。——今日の一戦、以前もお伝えした通り、やはり大雨の影響で不良バ場となりました。こうなると、後方待機をとるウマ娘は不利になりやすいわけですが——」
「ミスターシービーは関係ない、だろ?」
「——ええ、彼女の踏み込みのパワーは並のウマ娘とは一線を画しています。……決して最後まで油断されないように」
「おう。——油断してたわけじゃないけど、そういうやり方はホープフルステークスの時のセツナで一回味わってるからな……。二度も同じ負け方してたまるかよ……!」
「——そろそろ時間だね。エース、これとこれを」
だんだんと出走の時間が近づき、もう控室から出なければいけないような時間になった。そこで、最後にセツナから渡されたのは蹄鉄が打ち込まれたシューズとメンコだ。
「ありがとう、セツナ。——今回も履き心地バッチリだ!」
一時期、蹄鉄師として修行をしていたセツナが調整したシューズは、いつものことながら魔法でもかかってるのかと思うくらい凄まじい仕上がりだった。
そして、あたしはこういう着替えの時、最後にメンコをつけて、気合を入れるんだ。
「——さて、舞台は整った! まずは大事な三冠初戦、しっかり勝ってくるから、ふたりとも応援しててくれ!」
「がんばってエース! エースの努力はボクがイチバン知ってるから、きっと勝てるよ! ——シービーとの勝負、楽しんできてね!」
「おう!」
「トレーナーとしては間違っているかもしれませんが……レースを楽しみつつ、無事に帰ってきてくだされば私は充分です……! エースさん、がんばってください!」
「ああ! 無事に勝利をもぎ取ってくるぜ!」
そう言葉を交わして、あたしたちはみんなでハイタッチをする。そして、そのままあたしは控室を後にした。
―――
『——雨に見舞われた中山レース場ですが、そんな天候の中でも多くのファンが集まっていますね。ミスターシービーの横断幕も見られます』
『今日はきっとミスターシービーが勝ちます。……ダービーも勝ってほしいですねぇ』
『さあ、出走するウマ娘たちが続々と本バ場に出て参りました。果たして、事前人気どおりミスターシービーが勝ち切るか、それとも波瀾万丈な展開になるのか、少しも目が離せません!』
「——すごいね、トレーナーさん。これだけたくさんの人がいるのに、ほとんどシービーのファンなんだ」
「レースファンはクラシック三冠バの誕生に強く夢を抱いている節はありますからね……。シービーさんの走りを目の当たりにした人たちは、その大きな可能性を見出したのでしょう」
「むぅ……! エースさんだってすごいウマ娘なのに……!」
「キタちゃん……。——そうだよね、セツナさんのイチバンのライバルなんだもん! わたしたちだけでも、おうえんしよっ!」
「——ありがとね、キタちゃん、ダイヤちゃん。エースの応援にきてくれて」
「とうぜんです! あたしはエースさんのイチバンデシなんですから!」
「はい! わたしはセツナさんのイチバンデシですよ?」
「……ええ!? ——で、弟子なんて取った覚えはないし、ボク自身まだ人に何かを教えるほどじゃないから、も、申し訳ないけどエースの分まで却下だよ!」
「「えーーーー!!?」」
——なんかセツナたちのいる方が賑やかになってきた気がするな……。
「——仕上がりは十分といったようですね」
ゲートイン前のそんな中、あたしに話しかけてきたのは、選抜レースやホープフルステークスでも競ったシイナフレジュスだった。
「——フレジュス……! そっちこそ、バチバチに仕上げてきてるみてえじゃねえか……!」
「……よいレースにしましょう。あなたにも、シービーにも負けるつもりはない」
「ああ。負けないからな……——ッ!?」
——その瞬間、あたしは急に身体が重くなったかのように錯覚した。そして、一切澱みのない足取りで靴音を鳴らし、こちらに近づいてくる影があった。
「——気持ちのいい雨だね。……でも、走り終えたら泥だらけかな。まあ、それはそれでいっか!」
「シービーッ……!!」
「……こんな……まさか、これほどとは……」
飄々と現れたシービーの仕上がりは、弥生賞の頃から成長したとか、そういう生ぬるい話じゃなく、もはや別物の存在に見えた……!
まるでバカでかい山が目の前にあるみたいな、息をするのを忘れちまいそうな存在感を放っていやがる……!
これがホンモノの最強、ミスターシービーの本質だとでもいうのかよ……身体の震えが止まらねえ……! ——でも、あたしは……今度こそセツナの分まで戦うって誓ったんだ、“エース”になるために!!
「勝負だッ! シービーッ!! この皐月賞で、あたしはあんたに、勝つッ!!」
「! ……そうこなくっちゃね。さ、いこうか!」
何があっても、どんなことが起こっても、臆さずに前に進む——それがエース……カツラギ“エース”だからな……! ——あたしは絶対に、勝つ……!
『——いよいよ幕を開けます、クラシック三冠・第一戦、皐月賞! 20人の優駿がゲートへ収まります……。この中で栄光を掴むのはどのウマ娘でしょうか』
今までで、一番重く苦しいゲート内。それでも、あたしは感覚を研ぎ澄まして、出走の時を待つ。
『2000m先のゴールを目指して、今——スタートです!』
——始まった。クラシック三冠、最強への一戦。何度も身に染み込ませた動きで、一切の無駄なくゲートから飛び出す。……シービーは少し出遅れたか? いや、あいつはそんなもん関係ねえか。今はあたしの走りだ。
あたしもシービーもフレジュスも、中山レース場は出走経験がある。シービーが走ったのは1800mのレースだったとはいえ、コースの理解度で差がつくことはあまりなさそうだな。
『スタンドの歓声に押されるように、内外からウマ娘たちが先団を争います! さあハナに立つのはどのウマ娘でしょうか!』
いつものように先頭を目指して加速するあたし。——しかし、やはり本番というのは事前の予想通りにいかないもので、あたしよりも前に、ひとりのウマ娘がハイスピードで現れた。
「! くっ、このウマ娘、ニホンピロウイナーとか言ったっけか? 流石に飛ばしすぎてないか!?
『おおっと、今までのレースの序盤で先頭を譲らなかったカツラギエースが2番手となり、ニホンピロウイナーが先頭で駆けていきます』
『ニホンピロウイナー、凄まじい加速ですね。大逃げ展開を作ろうとしているのでしょうか』
——仕方ねえ! あれを抜こうとしたら、確実にスパートで力尽きる……! 好位追走なんてマルゼン先輩とのレース以来だけど、やるしかねえ……!
「! と、トレーナーさん、これは……!?」
「え、エースさんが先頭を取られた……!? ——いや、エースさんはしっかり切り替えられています! しかし、ニホンピロウイナーさん、あのペースでは自滅してしまいますよ……!?」
『全体のペースとしてはやや……いや、かなり速い展開になっているでしょうか! しかし先頭ニホンピロウイナーのペースは全く変わらない! このペースは大丈夫なのか!? これがどのような結果を生むのでしょうか!?』
『いかに自分のペースを守れるかが、勝利への鍵になりそうですね』
——今のところ目立った動きをしているのはピロウイナーくらいだな。フレジュスはちょっと驚いてるか。逆にシービーは怖いくらい静かだ。
『向正面に入り、レースは淀みなく進んでいます』
グラサンに頼んでフリースタイル・レース場で不良バ場を想定したトレーニングができたのは効いてるな……! 今のところ、無駄に体力を取られずに済んでる。
「はあっ……はあっ……あっしは……負けられ、ないのにッ……!」
——ついに爆速ともいえるスピードで先頭を走っていたピロウイナーが垂れてくる。あたしはこの機を逃さないよう、少しだけ脚を使って最小限の動きで先頭に出た。
「やった! エース、先頭を取り戻したよ!」
「ええ、開幕の展開はヒヤリとしましたが、こうなればエースさんも自分のレースがしやすいでしょう」
『前半の1000mを通過していきました! さあ注目のミスターシービーですが、ミスターシービーは後方から4人目、5人目の位置で、今中団から上がろうという勢いです!』
——きた! この大地が揺れる感覚、確実にあいつが近づいてきてる……! この驚異的なロングスパートから、あたしは逃げ切らないといけねえ……!
だんだんと強くなってくる振動に一種の恐怖のようなものを感じる。——臆してたまるかよ……! たとえあたしがあいつのような器じゃなくても……それでも、セツナと三女神様とトレーナーさんと、血反吐を吐く思いでトレーニングしてきたんだ! あたしは、あたしのこれまでを信じるッ!!
『まもなく勝負どころ、後続がジリジリと差を詰めてきました! その中でもミスターシービー! やはりミスターシービーが大きく加速します! 先頭カツラギエースのリードはもうほとんどない! これはタフな展開、最初のペースが速すぎたか!?』
「——ようやく捉えたよ、エース。さあ、三冠のひとつ目を賭けていざ勝負、だね!」
「……ああ! 追い越せるもんなら、追い越してみろ! このカツラギエースの背中をよ——!」
『カツラギエース先頭で最後の直線に入りました! 2番手ミスターシービーとの差は1バ身もありません! 外から懸命にシイナフレジュスも上がってきた!』
「はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
出し切れ! 全部全部全部ッ!! あたしのこれまでを、出し切れッ!!
「……っ! ははっ!!」
我武者羅に足を前に出し、残る体力を全て使い果たす勢いで走る。——しかし、半バ身後ろにいるシービーを一向に離すことができない。……それどころか、徐々にあたしとシービーの距離は縮まっていた。
『先頭はカツラギエースか! ——いや、ここで替わった! ついに先頭はミスターシービー! 1番人気ミスターシービーが、クラシック三冠最初の冠に手を伸ばしています!』
——ついにあたしはシービーに抜かれてしまった。……まさに、天衣無縫。どれだけ力を込めても、すべてをかけても並ぶことのできないその背中に、あたしの心に一瞬ヒビが入ったような気がした。
「エース――!! 負けるなあ——!!」
「踏ん張ってください、エースさん!!」
「「エースさーーん!!」」
——ほんのわずかな間沈んでいた意識が浮上する。そうだ、レースはまだ終わっちゃいねえ……! セツナたちが諦めてないのに、なんであたしがこんな気持ちになってるんだ!! ——ああ……その気持ち、受け取ったぜ! 任せとけ、必ず形にしてやる!
食らいつけ、食らいつけ、食らいつけ! ——魂を燃やすような勢いで、あたしはひた走る!
『し、信じられません! なんとカツラギエースが再加速! ミスターシービーの背中を捉えようとしています!』
「おぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
「ッ! ……流石だね、エース……! でも、アタシも今日は本当に負けたくないんだッ! はぁぁぁぁッ!!」
——あたしたちは横並びになる、魂と魂のぶつかり合いだった。
……しかし、ゴール板を駆け抜けた時、半歩先にいたのは……
『——ミスターシービーッ!! ミスターシービー、ゴールインッ!! 三冠への第一歩は、やはりこのウマ娘、ミスターシービーが勝ち取りましたッ!!』
——シービーがゴールした瞬間、割れんばかりの喝采が中山レース場を包んだ。
誰が誰だか分からなくなるほど、ひたすらに汚れて泥まみれの中、あいつだけが特別に見えた。——いや、実際特別だったのかもしれない。
頬の泥を手の甲で拭う少年のような仕草に、緩く口角をあげた飄々とした笑顔に、観客に向かって宙へ手を突き上げる姿に。
——あたしはその背中を見て、自分の身体が震えていることに気がついた。
「……ちくしょうッ……!」
「——エース」
「! シービー……!」
気づいたら、勝者であるシービーがあたしの前まで来ていた。
「三本勝負の1本目——まずは、アタシの勝ちだね」
「……ああ」
「——今日のレース、すごくワクワクした。だからね……『日本ダービー』も楽しみにしてるよ」
「ッ!」
「次も負けないから……じゃ、また東京レース場で会おうね」
そう言ってウィナーズ・サークルへ去っていくシービー。——その背中は、レースを走る前以上にとても大きく感じた。……あたしには、今はただ、雨が降りしきる音しか聞こえなかった。
——こうして『皐月賞』は、ミスターシービーの輝ける第一歩として華々しく広まり、あたしはセツナに託された想いを再び背負い切ることができなかったんだ。
本作では、エースは三女神様たちの影響で、幼少期の能力は原作と比べかなり上がっています。しかし、それによって敗北を知る回数が減り、原作よりもやや精神面が成長できていないです。
その上、自身の夢にセツナの分の夢まで含めてしまっているので、達成できなかった時の反動が大きいです。今回、
またシービーは、そんな強くなったエースとセツナに出会ってしまった影響で、元々天賦の才があった走りに更なる磨きがかかっています。
そのため、エースにとって、今のトゥインクル・シリーズはかなりのハードモードになっています。