ハチャウマサポカの例のあの要素、割ととんでもないぶっ込みで、公式が投げてきてくれるとは思わなかったですね……! 様々な想像が膨らみます……! ああ、誰をどうしてやりましょうか……!
——こほん、セツナ視点です。
——エースとシービーが魂をぶつけ合った皐月賞から数日経ち、ボクはこのトレセン学園に新しく設置された生徒会室にて、書類整理を行なっていた。
書き終えた書類をトントンと揃えながら、ふと窓の外の景色——トレーニング中のエースとトレーナーさんを眺める。
……実はあの日から、エースとボクの関係が少しだけぎこちなくなってしまっているんだ。といっても、別に会わなくなったとか、話さなくなったとかそういうわけじゃないんだけどね。
……なんだかエースがずっと、ボクに後ろめたさを感じながら過ごしてるみたいなんだ。
——原因は分かっている。皐月賞で、シービーに勝ちきれなかったことを悔やんでいるのだろう。
あの時のシービーはあまりにも圧倒的な強さを誇っていた。出遅れも不良バ場もまるで関係なく、ただ“ミスターシービー”という溢れんばかりの才能を、暴力的なまでに見せつけていた。
あれは、マルゼン先輩やサガスと同じ類の強者だ。——これはレースを走るウマ娘特有の感情なのかもしれないけど……スタンドから観戦していたボクでさえ、他のウマ娘たちを一瞬でごぼう抜きにするあの姿に……僅かながら“恐怖”を感じてしまった。
マルゼン先輩との戦いを回避した彼女たちの気持ちが、ほんの少しだけ分かったような気がした。あれは普通のウマ娘にとってあまりにも高い壁だ。
シービーと公式戦で戦ったことのないボクですらこう思うのに、エースたちのように間近であの背中を眺めたウマ娘たちは、たしかに心が折れてしまっても無理はないかもしれない。
それでも、エースなら——あの前向きで強者に臆することのないエースなら「負けた負けた、次は勝つ!」——って、突き進むことができたはずなんだ。
だけど……なまじ、ボクがエースにプレッシャーをかけちゃったから……エースに三冠の夢を託すなんて言っちゃったから——きっと「セツナの夢を背負い切れなかった」とか考えてしまっているんだと思う……。
エースには、本当に気にしないで、と何度も伝えてるんだけど、優しいエースだからこそ中々スッパリ割り切るのは難しいんだろう。
……ボクがマルゼン先輩やサガスとのレースをちゃんと我慢していれば、こんなことにはならなかったかもしれない。元を辿れば全て、ボクが勝手に自滅して、勝手に人に夢を託してるのがよくないよね。
つまり、ボクの身勝手は、後々エースの負担になりかねない。……自分で言っちゃうのもあれだけど、多分ボクはエースがいなかったら今現在生きているかどうかも怪しいくらい、いろんな意味で弱い。だからこそエースはボクを助けてくれるんだけど、やっぱりそれはエースへの大きな負担になっていると再認識したよ。
ボクはエースに甘えすぎていた。以前三女神様たちにも怒られてしまったことでもある、本来ボクがひとりでできることの範囲は他の人と比べてとても狭い——この範囲を超えるから自分の命を危険に晒してしまう、という話が頭の中で反芻される。
——今後はしっかり自制しなきゃいけないね。……ただ、もし、他にどうすることもできない出来事が起きて、その範囲を超えなければならないことになった場合、せめて生じた責任はボクだけで負おう。エースやトレーナーさんを巻き込むのは間違ってる。
よし、と頭の中を整理し終えたボクは、再び作業に戻り、先日やよいさんに相談した内容を確認する。
「持病や家庭環境の都合で満足に走れない娘に対する待遇改善——これについてなんですけど……おそらく、これに当てはまる娘は、トレーナーが付かないから重賞レースに出られないし、本人に寄り添ったトレーニングもできない……その悪循環を根本から絶ちたい——と、いうことで合ってますか?」
「慧眼ッ……! ま、真にそのとおりである! 流石はフューチャーセツナ、よく見ている!」
「——ボクも持病を理由に何人かのトレーナーさんから断られましたから……。この娘たちの気持ちは分かってあげられるつもりです」
「ふむ……そういうことなら、このままではいけないだろうな……。できるだけ早く、ウマ娘に寄り添えるトレーナーたちの教育が必要、そしてあまりにも目に余るようなトレーナーは入れ替えすらも検討せねばならないようだな……」
「未来のウマ娘たちのためにも、どうかお願いしたいです。——それでですね、ひとまずこの件に関して、ボクに任せていただけませんか?」
「ふむ、キミに? ひとりで大丈夫なのか?」
「いえ、ボクの“知人”にはなってしまうんですけど……本当に優秀な指導者がいるんです! そして、その方々に、その娘たちのトレーニングを見てもらうんです。——本当に凄い方々なので、きっとその娘たちの能力を底上げしてくれると確信しています! 能力が上がればトレーナーたちの目にも止まり、この悪循環は断ち切られるのではないかと考えています」
「ほう……そんな人たちが協力してくれるのか! それは心強いな!」
「……やよいさん、自分で言っててあれなんですけど、ボクが変な人を連れてきてしまう可能性とかは考えないんですか……?」
「信頼ッ! フューチャーセツナが懇意している指導者なら、何も心配することはないッ! そういうことなら、この件キミに任せても良いだろうか?」
「は、はい、ありがとうございます! 生徒会長として、必ず結果を出してみせます!」
——というような話があり、ボクは早速今日からでも件のウマ娘たちに接触してみるつもりだ。
たづなさんからの情報によると、その娘たちはみんながいなくなった夜のトラックにて、夜間使用申請を出してひっそりとトレーニングを行っているらしい。
一体どんなウマ娘たちがいるのか。ボクはできるだけその娘たちの力になれるよう、夜までになるべく生徒会の作業を片付けておくのだった。
―――
——そして時計の針がおよそ20時を指した頃だろうか。
ボクも同じように夜間使用申請を出して、夜のレーストラックを訪れてみた。すると、たづなさんから聞いた通り、何人かのウマ娘がトレーニングしている姿を確認できた。
より近づいて見てみると、トレーニングをしていた彼女たちはみんな鬼気迫った表情で走っていた。……そこには、楽しいとか嬉しいとかそういう感情とは無縁な雰囲気が漂っていた。
……見ているだけじゃ始まらないと思い、ボクは意を決して、トレーニング中のウマ娘たちに話しかけることにした。
「——あの、すみません! あなたたちのトレーニングに、ボクも混ぜてくれませんか?」
ボクのその言葉に、ウマ娘たちは一切に振り向くと、
「「「「あぁん??」」」」
「ぴぇ!?」
全員に睨まれてしまった。……本当にかなり怖かった。寿命が半分縮んだかもしれない。
「——へぇ、誰かと思ったら、噂の生徒会長サマじゃないですか」
すると、ひとりのウマ娘がボクのことを知っているようで話しかけてきてくれた。
「あ、はい……い、一応ですけど——って、あなたは……!? さ、皐月賞でエースと戦った、ニホンピロウイナーさんですよね……?」
「……え、あっしのこと知ってるんスね」
——かるくロール状にしたサイドテールの黒鹿毛髪に、紅色の瞳、間違いないニホンピロウイナーさんだ……。エースやシービーとともに皐月賞を走ったウマ娘で、おそらくエース以上の加速力とトップスピードを兼ね備えているけど、皐月賞では暴走気味の走りをして20着に沈んでしまっていた。
「もちろんですよ! ……でも、どうしてピロウイナーさんがここに? その……ここはまだトレーナーさんがついていない娘たちが練習してる場と聞いていたので」
ボクがこの言葉を発したことで、少し空気が張り詰める。皐月賞——重賞レースはどんなに実力があっても、トレーナーがいないと出走することはできない。しかし、ここに皐月賞に出走したはずのピロウイナーさんがいるということは、おそらく……。どうやら、ピロウイナーさんは何か警戒体制に入ったみたいだ。
「——少なくとも、アンタには関係ないかにゃあ」
……暗に、これ以上踏み込むなと言っているようなものだった。しかし、ここで踏み込まなければ解決しない案件というのもボクは理解している。
「——皐月賞の一件で、トレーナーさんがいなくなっちゃった、とかじゃないですか? ……ここには現状そういう人たちが多いですし」
——かなり攻めた発言をした。ピロウイナーさんは、図星だと言わんばかりに目を丸くし、身体を硬直させていた。
「今ピロウイナーさんたちが欲しているものは分かります! ボクはピロウイナーさんたちの力になりに来たんです……! どうか話を聞いてくれませんか!」
「……何よ、アンタ! 急に来て、ホント何しに来たんだよ!! きっと、弱者を嘲笑いにきたんでしょ……! アンタには優秀そうなトレーナーがついてG1も勝利して、順風満帆って感じでいいよね……!? おまけに生徒会長に任命されるし、理事長に贔屓されたあんたにあっしの気持ちなんか分かるわけないよ……!」
「! ——ち、ちがっ……そういうことでは——!」
ピロウイナーさんは、ボクの遠慮のなさに我慢できなくなったのか、声を荒げてボクを拒絶する。しかし、その言葉を言い切った時、彼女の目には大粒の涙が浮かんでいた。
——ボクたちが騒がしくしたことで、ボクとピロウイナーさんの周りに、少しずつ人だかりができてきた。
「んだこのガキ……?」「ピナちゃんを泣かせただあ?」「この空色ちんちくりん……生徒会長じゃねえか」「へえ、あたしら潰しに来たんか?」「ひとりで? ウケる」
…………かなり目立ちすぎてしまった。まさに四面楚歌な状況である。正直、全方位から彼女たちに睨まれて身体が震えてしまっていた。……今のこの状況なら、ボクは全員からタコ殴りにされてもおかしくないと思ったから……。
「ピロウイナー、何かありましたか」
「えっぐ……ぐす……ふれじゅすぅ……」
そんな中、再びひとりのウマ娘がボクの前に出てきたんたけど——栗毛のショートカットに少しサガスらしさを感じる吊り目の琥珀色の瞳——その人もまたボクの知っているウマ娘だった。
「おや、あなたは……フューチャーセツナさんですか」
「——フレジュスさん!? どうしてあなたがここに!?」
そう、ボクの目の前に現れたのは、これまた皐月賞でエースやシービーと対決したシイナフレジュスさんだった。
「こちらの台詞ではあります……が、どうやら深い事情がある様子。——ピロウイナーのこともありますし、少し場所を移しましょう」
―――
「——それで、あなたはどういったご用件で私たちのところへ?」
フレジュスさんは、コーストラックから少し離れたベンチにピロウイナーさんを座らせてボクと対峙した。フレジュスさんの表情には、とりあえず話は聞くが手短にお願いしたい、といった雰囲気が少し漏れていた。
——しかし、これは最大のチャンスかもしれない。それは、おそらくフレジュスさんは、ここのウマ娘たちの中で最も話が通じる相手だろうと思ったからだ。だから、慎重に話しつつも手早く済ませるとしよう。
「分かりました。どうしてフレジュスさんがいるのかとか、細かいことは聞きません。それでは、単刀直入に言いますね——ボクはあなたたちのトレーニング、その指導を行うためにここに参りました」
「——なるほど、そういうことですか……たしかに私たちは伸び悩んでいます。優秀な指導者を求めていることも事実。——しかし、分かりませんね。あなたは強いウマ娘だとは思いますが、トレーナーではない。あなたの知識が私たちのそれを遥かに上回るとは考えられませんが……。……ここのウマ娘は私を含め余裕のない者が多いです。半端な知識をひけらかされる時間は1分たりともありませんよ」
「——でしたら、ボクの提案するトレーニングが有用だ、って示せば指導を受け入れてくれるってことですか?」
「……あのですね、そんな時間は1分たりともないと言ったじゃありませんか! あなたの道楽に付き合っている時間は——」
「それなら、こうしましょう。——3日のうちにボクのトレーニングが何の成果も生まなかったら、ボクは生徒会長を辞め、トレセン学園を退学します」
「なっ……!」
「それでも気に入らなければ、ボクを煮るなり焼くなり好きにしていただいても構いません」
「……何があなたをそうさせるのですか」
「——知っているかは分かりませんけど、ボクはレースに自由に出られなくなるくらいの疾患を抱えていて、薬で症状を抑えてなお、満足に走ることは叶わない身体なんです。——ですから、走りたいのに走れない苦しみは、ボクには他の人たちよりも理解できているつもりです。……だからこそ、みなさんの力になりたい! ——望んだからには責任は取ります。相応の覚悟はできています!」
「………………そうですか。とはいえ、私の一存では決めかねます。……他の皆がその条件に納得するならば、私も提案を受けましょう」
「——そっか、分かりました! じゃあ皆さんに聞いてきますね! それで了承が貰えたら、フレジュスも参加してください!」
「……ええ」
——そうしてボクはフレジュスさんたちとともにコーストラックのところに戻った。そのままピロウイナーさんとのことは誤解であると説明して、フレジュスさんとの会話の内容をみんなに伝えた。すると、
「ウチは伸び悩んでたし〜別にいいよ〜」
「生徒会長のデスゲーム!? 面白そうだからやるー!」
「フレジュスさんがダメって言わなかったってことは、つまりオッケーってことじゃん?」
「会長ちっこくてカワイイから、下手なトレーナーに教わるよりモチベ上がんべ」
——なんと初対面の印象から考えると、意外にも好感触だった。……ただ、ひとり変な人がいたような気がするけど、多分気のせいだよね……。
「み、みなさん……! ありがとうございます!」
「…………そういうことなら、約束通り、私も参加せざるを得なさそうですね」
フレジュスさんも受けてくれるみたいだ……! どうしてか、少し安堵の表情を浮かべながらそう話すフレジュスさん。
「……ピロウイナーはどうしますか?」
いまだに、フレジュスさんの後ろに隠れているピロウイナーさん。フレジュスの質問を受けて、おそるおそる顔を出し、ゆっくりと口を開いた。
「……あ、あっしは生徒会長のこと、まだ信用してないスけど……でも、フレジュスが参加するならやるよ……!」
「——そうですか」
よかった、ピロウイナーさんも決めてくれた。——これでようやくスタート地点に立てた。
「では、早速今からトレーニングを始めさせていただきますね!」
「うぃー、どんとこいー!」
「頼むぜ、会長」
「デスマッ、デスマッ♪」
「セツナさん……生半可なトレーニングでは認めませんからね」
みんなかなりやる気を出してくれているみたいで、ホントによかったぁ……! ——こんな夜中までトレーニングをしているくらいだし、やっぱり彼女たちのレースを走りたいという想いはまだ燃え続けているんだね……!
——それでは三女神様、この後は彼女たちのこと、よろしくお願いします。……ボクだけじゃ、フレジュスさんが言った通り、指導者としては絶対に力不足ですから。
そのままボクは、三女神様たちに体を預ける。
『うん、手筈どおり、あとは俺たちに任せてくれ! ——子羊くんがようやく俺たちを頼ってくれたこと、本当に嬉しく思うな! トランス状態みたいな手助けは勘弁だけど、こういったことなら俺たちの得意分野だからな! いつでも任せてくれていいぞ!』
『うふふ、トレーナーさんたちの仕事を奪ってしまうようで申し訳ないわね。……あら、ごめんなさい。ウマ娘のことを商売道具のように扱う人は、そのまま廃業してもらった方がいいかしら〜。——あの娘たちが、本当のトレーナーさんたちに出会えるように、わたしたちも力を尽くすわね」
『フッ……これほど鍛え甲斐のあるウマ娘たちは久しぶりだな……! あいつらのやる気を引き出してくれたこと、感謝するぞ、セツナ。——さて、自分たちの利益にしか目がない愚か者どもに、どんなウマ娘にも可能性があることを示してやるとするか』
ありがとうございます、三女神様……! 絶対に、彼女たちのこと、助けてあげてください!
——そう、ボクがやよいさんに“知人”として説明した指導者は三女神様たちのことだ。
三女神様たちは、ウマ娘のことに関して本当に造詣が深い。当然それにはレーストレーニングのことも含まれていて、右も左も分からなかった幼少期のエースとボクを導いてくれたんだ。……今さら説明することでもないかな。
——三女神様たちには秘密だけど……正直、ボクの身体だけに留まらせてしまうには申し訳ないくらいだ。だからこそ、ボクの身体が赴ける範囲なら、そのお力はみんなの助けになるようにしていきたい。
「それじゃあキミたち、トレーニング始めよっか! まずは——」
「お前たちは強くなる必要がある! ただし、まず強くなるべきは心の方だ! いいか——」
「どんなときでも見守っているから、振り返らず前だけを見て走りましょう〜」
「——なんか会長、性格コロコロ変わんだけど!?」
「陽キャ会長、鬼会長、ママ会長……どれが本物だし?」
「でも、このトレーニングマジでいいかも。効いてる感じするわぁ……なんか心地いい疲労感っつーか」
——こうしてボクたちの特別トレーニング教室は始まった。
三女神様たちから指導を受ける彼女たちは、負荷の強いトレーニングもあっただろうけど音を上げることはなかった。
そして、ボクがここに来たときにはなかった笑顔が時折見られるようになって、みんな楽しそうに体を動かしていた。
その結果は、もはや3日経たずとも彼女たちのレースタイムに影響を与え、ボクはようやく本当の意味で彼女たちに受け入れられることになったのだった。
皐月賞にて、エースはシービーに対して、限界以上の力を出してもなお勝てなかったというほど、あまりにも圧倒的な走りを見せつけられています。着差的には僅かでしたが、ふたりともそれを理解しているので、安易な慰めや前向きな言葉が出せず、エースとセツナとの間で、致命的なすれ違いが生まれつつあります。
アンケート投票、ありがとうございます……! その結果を受けて、次回は、お試しで三女神様視点を予定しています。