刹那を駆け抜けたふたりのエース   作:クロノアの耳

34 / 35


 エース視点です。





エースの絆は不滅です

 

 

 ——静かな夜だ。実家では毎日のように響き渡っていた虫の鳴き声すら、ここでは聞こえない。

 

 今日もあたしはいつものように、勉強したりストレッチして、特別教室の指導に行っているセツナの帰りを寮の部屋で待っていた。

 

 

 ……あたしは皐月賞でシービーに負けた。数日経った今でもそのことがずっと胸の中に蟠りを残している。

 

 あたしは悉くセツナの夢を代わりに背負えなかった。セツナと比べたら、こんなにも健康で何度でも走れる恵まれた身体があるのに、だ。

 

 それなのに、あたしは皐月賞のレース中に一瞬だけ諦めようとしていた。そんな自分が何よりも許せなかった。どんな顔してセツナの前に出りゃいいんだよ……。

 

 ただ……たしかにあのシービーの背中を見て、自分に自信が持てなくなってきているというのも事実だった。あたしも、毎日のように自分を追い込んで、努力してきたつもりだったからだ。これだけやっても勝てない——勝てる未来が見えないというのは正直心にくるな……。

 

 ——シービーは言うまでもなく才能の塊だ。セツナもどちらかというと才能はあるだろう。幼少期での速さがそれを物語っている。

 

 それに引き換え、あたしは凡人だ……自分でも分かるぜ。あたしはこのふたりとの差をただひたすらトレーニングすることによって埋めてきた。それでやっと互角といえるくらいにはな。

 

 けど、その天才が本気で努力し始めると——まあそりゃ敵わないワケだ。そこで差を埋めてたんだからな。

 

 とはいえ、あたしにはこれからどうすればいいかってのは分かってる。——単純なことだけど、天才よりも何倍も努力すればいい、それしかないんだ。

 

 

 ……そう思索に耽っていると、この部屋に向かって軽い足音が聞こえてきた。——セツナが帰ってきたんだな。ただ、いつもより歩く速度がほんの少しだけ遅いのが気になった。

 

 

「エース、ただいまー」

 

「おう! セツナ、おか、え……り……!?」

 

 

 ようやくそのセツナが部屋の扉を開けて帰ってきた。いつもならすぐに駆け寄っておかえりっていうんだけど、今日は駆け寄ったところであたしは声を失った。

 

 ——セツナの顔の右半分を覆うように、大きくガーゼが貼られていたからだ。

 

 

「それ、何があったんだ」

 

「…………転んじゃった」

 

 

 セツナにガーゼの理由を聞いてみるけど、はぐらかされる。——なあセツナ、あたしは知っているんだぜ……セツナは身体が柔らかい影響で生まれてから一度も転んだことがないのを。

 

 転んだのはきっと嘘だ。——なら顔についたその傷は……他者からつけられたものである可能性が高い。

 

 

「そっか、なら質問を変えるぞ……誰にやられた?」

 

「…………」

 

「……特別教室のウマ娘か?」

 

「! ち、違う! 彼女たちはボクを殴ったりするようなウマ娘じゃない!」

 

 

 それはそうか。数日前にセツナは特別教室のウマ娘とは上手くいっていると話していた。——けど、聞き逃せない言葉が聞こえたな。

 

 

「殴られたのか」

 

「あっ……」

 

 

 あたしに知られたくなかったのか、セツナはバツが悪そうにする。

 

 

「ごめん、でも大丈夫だよ。この怪我も大したことじゃないんだ」

 

「おお、それならよかった……って言うと思うか?」

 

 

 あたしはセツナに近づくと、ガーゼの部分を軽く指で押してみた。

 

 

「ッつぅ……!!」

 

 

 セツナは必死に痛みを堪えるような顔をする。明らかに大したことない怪我じゃないだろ。

 

 

「どこが大したことないだ。痛いんじゃねえかよ」

 

「……ごめん、やっぱエースには隠せないよね。——白状するよ……」

 

 

 ようやく観念したのか、セツナは怪我の経緯を話し始めてくれた。しかし、その話は聞いていてあまりにも気分が悪いものだった。

 

 

 ——どうやら非常に自分勝手なトレーナーがやってきたらしく、そいつは特別教室のウマ娘たちを無能と罵り、撤回を要求したセツナを殴り飛ばしたとのことだった。

 

 

「な、なんだよ、それ……! そんなやつがトレセン学園にいていいワケないだろ……!? そうだ、明日にでも、やよい理事長に報告しに行こうぜ!」

 

「……ダメなんだエース、証拠がない」

 

「は? 証拠ってその頬の怪我見りゃ誰だって——」

 

「たしかにボクは殴られたけど、殴られてる瞬間を撮影してるわけじゃないし、録音してるわけでもない」

 

「……けど、特別教室のウマ娘たちが見てたんだろ? 全員が証言すりゃ流石にいけんじゃないのか?」

 

「可能性がなくはないだろうけど、相手の男とウマ娘はみんな名家の子だった。それと比べて、ボクたちはほとんどが一般家庭程度の出身。後ろ盾があまりにも違いすぎて、どちらの証言を信じられるか……」

 

「ッ……んだよ、ソレ……!」

 

「それに、やよいさんなら素行不良のトレーナーなんて絶対に把握してると思う。それでも排除できないのは、やっぱりそういうトレーナーにも名家——つまりは競バ会の後ろ盾があるからなんだろうね……」

 

「競バ会……? どっかで聞いたことあるな……。そいつらも悪さしてんのか?」

 

「! …………」

 

「……セツナ?」

 

 

 そこまで言って、セツナの歯切れが悪くなった。まるでこれ以上は話せないというような表情をしていた。

 

 

「……そっか、あたしにも話せないことなら何か理由があるんだろうな。それなら話さなくてもいい」

 

「……………………ごめん、エース……」

 

 

 セツナは一度何かを言おうと口を開きかけたものの、結局あたしに対して、申し訳なさそうに顔を俯かせる。

 

 

 

 ……そこであたしは腕に違和感を覚えた。……腕? 視線だけ動かしてみると、そこには——

 

 

 

「——なあセツナ、お前……また無理してんだろ?」

 

「! そ、そんな……! べつに、無理なんか、してないよ……! 特別教室も割と楽しくやってるし……!」

 

 

 

 

「……なら、この尻尾はどういうことだ?」

 

 

 

「え、し、尻尾……? ……あっ、な、なんで!?」

 

 

 それは無意識だったのか——あたしの腕には、セツナの尻尾が綺麗に巻き付いていた。それは、まるで助けを求めて縋る手のようにあたしには見えた。

 

 

「——怖かったんだろ?」

 

「え…………?」

 

「セツナは頭いいし、やよい理事長に生徒会長に任命されたりしてよ。普段より大人っぽく振る舞おうとしてるのは、あたしにも分かる。けどよ……本当はまだあたしと同じ中等部のウマ娘なんだぞ……!? 知らない年上の人からいきなり殴られて平気でいられるわけないんだよ……!」

 

「! ぼ、ボクは…………」

 

「あのな、怖くて当たり前なんだよ! あたしもそんなことされたら震えちまうよ! でも、生徒会長って肩書きがあるせいで、みんなの前で震えるわけにもいかなかったんだろ! ……何年前から親友やってると思ってんだ。あたしの前なら取り繕う必要なんかねえよ。セツナは本当によく頑張ってるよ」

 

「あっ……あ……えっ……?」

 

 

 無意識だったセツナからのSOS。生徒会長や指導者という仮面で覆い隠し、本人すらも明確に把握していなかったであろう感情。

 

 そもそも、本来、幼少期の頃からセツナは感情が豊かな方だし、そして繊細な部分があった。それに、暴言や暴力なんて絶対に振るわないような優しい子でもある。

 

 そんなセツナが、このような仕打ちを受けて、不安に思わないはずがないんだ。

 

 

 自分の感情が整理できず、目を見開いたまま動かなくなってしまったセツナを自分の胸の中に抱きしめる。——やはり、その身体は酷く震えていた。

 

 そのまま背中を摩ってやると、セツナもゆっくりとあたしを抱きしめ返してくれた。

 

 

 ——昔も、こんなことがあった。……セツナが再び走れなくなってしまったあの日のことだったかな。あの時のセツナは、それはもう散々に泣いてたっけ。

 

 けど、今胸の中にいるセツナは必死に泣くことを我慢していた。……優しいセツナはきっと、あたしに弱い自分を見せて迷惑をかけたくないとでも思っているんだろな。

 

 それを察したあたしは、そのまましばらくの間、無言でセツナの背中を摩り続けた。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

「——ありがとう、エース。 ……自分でも、ここまで不安に思ってたなんて気づかなかった。知らないうちに、気を張り詰めていたみたいだったから、おかげでかなり心が軽くなった気がするよ」

 

 

 しばらくしてあたしから離れたセツナは、彼女本来の人柄が前面に出たような笑顔を向けて、そう話してくれた。

 

 

「いいさ。あたしやトレーナーさんだけは、せめてセツナの拠り所になってやりたいからな」

 

「拠り、所……」

 

 

「ただ、さっきの話! 隠してるみたいだけど、あたしはセツナがやよい理事長といろいろ話し合ってるのは知ってるからな。なんか企んでんだろ」

 

「!」

 

「——あたしは謀とかそういうの苦手だからな……力になれることは少ないかもしれないけど、あたしに何かできることがあったら、いつでも言ってくれ」

 

「エース……!」

 

 

 どうやらセツナは安心してくれたようで、優しい目であたしを見てくる。のこりは——

 

 

「——あと、今回の一件で決心した。やっぱあたしも特別教室に参加する!」

 

「ええっ!? いきなり!? エースも!?」

 

 

 唐突なあたしの発言に、セツナは驚いたのか尻尾をピーンと立てる。

 

 

「そんな、エースはトレーナーさんとのトレーニングもあるんだし、とんでもない負担になっちゃうよ……」

 

「全然、あたしの身体は丈夫だし、今は練習量も足りないくらいだよ! ……それに、セツナがさっき話してくれた、例のトレーナーに対して道連れにするって言ったこと……そのことだけはあたしめちゃくちゃ怒ってるからな!!」

 

「ッ!」

 

「当たり前だろ! なんでそんなやつのために、セツナが巻き添えになる必要があるんだよ! だから、今日みたいなことが起きた時は、あたしも一緒いてセツナを守る。あたしも一応生徒会の一員なんだからな、生徒会長の仕事くらい手伝わせろ!」

 

「…………ごめん」

 

「なんでもセツナが犠牲になればいいと思うな。あたしやトレーナーさん、三女神様、それにシービーだって! ——きっとみんな悲しむ。その時点で丸く収まるわけないんだ。もし、そういう場面に遭遇したら人を頼れよな! あたしも、トレーナーさんも、セツナのためなら喜んで手を貸すぜ!」

 

「人の、手を…………。……で、でも、みんなだって忙しいのにただでさえボクの身体のことで負担かけてるし、これ以上は迷惑じゃ……」

 

「——あー、もう! だからその考えが間違ってるんだって! いいか? あたしらはな、セツナに頼られたらむしろ嬉しいんだよ!!」

 

「えっ!? う、嬉しい……!?」

 

「そうだ! セツナは友だちだけど……あたしは尊敬してるんだぜ! いつも一生懸命にいろいろ取り組んでる。だからそんなセツナの力になってあげたいし、支えになれたら嬉しいんだ!」

 

「そう、なんだ……エースはボクのこと、そう思ってくれてたんだ……」

 

「あんまりあたしたちのことを侮らないでほしいぜ。そんなんで、迷惑だなんてひッとつも思わねえからよ!」

 

「! ……そっか。……そうだったんだね。思えばそうだった——ボクたちはふたりで助け合ってこの中央まできたんだもんね。今更頼らないなんて、むしろ変な話だよね……!」

 

 

 そんな言い切ったあたしの話を受けて、セツナは想いを感じ取ってくれたのか、目をパチクリさせたあと、考え込んでいた。

 

 

「ありがとう、エース。……それにしても——ふふっ、あははっ! おかしいよ!」

 

「へ……? な、なんか変だったか!?」

 

 

 突然、お腹を抱えて笑い始めたセツナ。特に変なことは言ってないはず……だよな?

 

 

「違う違う、変とかじゃなくってね! ……ほら、最近エース、ボクに話しかけるのもちょっとよそよそしくて、ぎこちなかったでしょ? いつものエースが戻ってきたみたいで、なんだか逆にむず痒くなっちゃって笑いが込み上げてきたんだ……!」

 

「あっ……!」

 

 

 そういえば、皐月賞が終わってから今まで、セツナへの罪悪感からまともに顔を見れていなかった気がする。気がついたら、それは怒りやらなんやらでどこかに飛んでいってしまっていた。

 

 

「——たしかに……なんかセツナに説教している内に、後ろ向きな感情は全部どうでもよくなっちまったみたいだ」

 

「えへへ、なにそれ! でも、やっと心を向かい合わせて話せるようになったね!」

 

「ああ……本当にごめん。ダービーまでクヨクヨしてる時間だってもったいないってのによ……」

 

「そうだね……シービーは強かった。そして、きっとこれからも強い。……だからこそ、今このタイミングで言わせて。——エースはエースなりの“最強”を見つけてほしい。ボクもボクなりの“最強”になってみせるから」

 

「な、ど、どういうことだ……?」

 

「これからは、一緒の夢だけど、一緒じゃない。ボクたちも、あの夢を誓い合ったあの日からいろんな経験を積んで成長して、目指すものの根底は変わらなくても叶え方に多少の変化はあったでしょ? ——エースは全てのウマ娘の可能性を“示す”ために最強になる、ボクは全てのウマ娘の可能性を“作る”ために最強になるんだ」

 

「……!」

 

 

 セツナにそう言われてみて、腑に落ちたかもしれない。たしかに、あたしとセツナがやろうとしていることが少しずつ変わっていってるのは、感じ取っていた。

 

 ——昔は理由なんてなく、ただ最強になりたいだけだった。けど、いろんな側面から自分たちや他のウマ娘たちを見るようになって、それから最強になりたい理由ができた。それは、結果は同じでも、あたしとセツナではほんの少しだけ過程が違ったんだ。

 

 整った環境で練習できない田舎育ちの娘や、身体に問題があって満足に走れない娘たちのために。——あたしは前から彼女たちに可能性を“示す”、そしてセツナは後ろから彼女たちの可能性を“作る”。そのために、あたしたちは最強になる。今のあたしたちの夢はそういうことだったんだな。

 

 

「なるほどな——あたしは前、セツナは後ろから、か。なんかいい……いや、すごくいいな、それ」

 

「エースにはエースの、ボクにはボクのできることがある。だから、これからはエースはエースの道を突き進んでほしい——自分のレースは自分の想いをぶつけてほしいんだ。ボクもボクなりにレースで最強を目指すから」

 

「……そっか。相棒がそう言うならあたしはもう気負わねえ! あたしはみんなに諦めない姿を見せるために走るんだからな! ——たとえ、今すぐシービーに勝てなくても、何度でも戦って、食らいついて、いつかはシービーを倒して最強になってやる!」

 

 

 セツナのおかげで、あたしのやりたいこと、やるべきことは整理された。ただ勝つだけじゃない。諦めずに最後まで戦って勝つ……それこそがあたしがなりたい、“エース”の姿なんだ!

 

 やりたいことが明確になると、闘志が漲ってきた。気合いが入ったあたしは、つい抱拳礼の姿勢を取ってしまった。

 

 

「……! い、今、エースの背中に龍の姿が見えたような……!」

 

「ん、どうしたセツナ?」

 

「い、いや、気のせいかな……。ごめん、なんでもないよ」

 

 

 こうして、ひょんなことからあたしたちは元の関係性に戻ることができた。セツナには、いろいろと気苦労をかけちまったな……。

 

 

 ——ちなみに、翌日トレーナーさんの元に顔を出すと、あたしと同じくセツナを心配してオロオロし始めたトレーナーさんが、セツナの話を聞いていくうちにだんだんと説教タイムを始めていったのは別の話。

 

 

 






 エースもセツナも基本的に芯がしっかりしているため、多少のことでは揺らぎませんが、その実当然ふたりともまだ中等部の娘なので、当たり前ですが、理不尽などに対する心自体はそこまで強くありません。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。