エース視点です。
未実装ウマ娘が登場します。
特別教室にて、セツナが三女神様と協力して様々なウマ娘たちを指導している。——そんな中、あたしはトレーナーさんに見てもらいながら普段とはまた違った空気感でトレーニングを行っていた。
すると、そこでなにやら浮かない顔でストレッチをしている知り合いを発見したから、とりあえず声をかけてみることにした。
「——よっ、フレジュス!」
「! ——エースさんですか。ごきげんよう」
「まさか、あんたもこの特別教室に参加していたなんてな」
「……それは、こちらの台詞です。あなたこそ、この特別教室にご参加なされるなんて」
そうあたしに返したウマ娘——シイナフレジュスは、いつもながら、冷静な口調であたしと向き合った。
「へへっ、こいつを企画したフューチャーセツナはあたしの親友で相棒なんだ。——んで、先日変なやつがここを訪ねたらしいじゃねえか。そういう輩からセツナを守りたいっていうのと……あたし自身、未だにシービーを打倒するための光明が見えてなくてな。ここで何か掴めないかなって思ってる」
「そうですか、やはりあなたほどのウマ娘でも倒せないと……。私も直接対峙したので分かりますが、ミスターシービーはまるで——どれほど見上げても頂上が見えない、そんな山のような存在です。私とはひとつ次元が違います」
「それ分かるぜ! ほんっとにそうなんだよな。シービーのやつ、次元が違いすぎるからちょっとは手加減してほしい——ってのは流石に冗談だけど、たしかにそれくらい今のシービーとあたしたちには実力差があるよな……」
実のところフレジュスは、中央においてはセツナよりもあたしと最も競い合っているといってもいいほどの存在だ。目標レースもローテーションも似ていて、お互い打倒シービーを目指しているからか、あたしはフレジュスに親近感のようなものを感じていた。
「……エースさんも私とは比べものにならないほど強いウマ娘だと思いますよ。私はまだエースさんにも勝利したことがないですし」
「? どうしてだ? たしかに着順だけ見たらそうだけどよ、ホープフルステークスも皐月賞も僅差じゃねえか。負けるつもりは無かったけど、正直どっちが前に出てもおかしくなかったと思うけどな」
「…………」
なんかフレジュス、自分を過小評価してないか? そう思ったあたしは、そのままの気持ちをフレジュスに伝えたけど、何故かフレジュスの浮かない顔が、さらに深刻になったような気がする。
どうやらフレジュスの浮かない顔は今の会話の中に原因があるらしい。——そうなってくると、自然と読めてしまった。やっぱり十中八九あたしも陥ったアレのことだよな……。でも、それなら——
「なあ、フレジュス。レースを走るのは好きか?」
「なんですか突然? ——そうですね…………好き、なんだと思いますよ。嫌いでしたら、そもそもこの学園にはいないでしょうし。——と、言いたいところですが、正直最近は自分でもよく分かりません。どうしてレースを走っているのか。私がレースで為すべきことも、やりたいことも、なにもかも……」
「……そうか」
あたしの唐突な質問に、フレジュスは足元の芝を眺めながらそう答えた。フレジュスの今の雰囲気には覚えがあった。この感じ——昨日までくよくよしてたあたしと同じだ。
「……ッ。少し喋りすぎました。今のは忘れてください」
「いや、その思いは隠さなくてもいい——でもまあ、隠したい気持ちも分かる。あたしも昨日まで同じ気持ちだったからよ」
「……お、同じですか?」
「そうさ。——あたしもシービーの“本気の走り”という暴力に滅多打ちにされて挫折してたタチだからな。……多分、フレジュスもなんだろ?」
「! どうしてそれを……! ……というか、気づいていたんですね」
あたしのその発言に、初めてフレジュスが顔を上げてあたしを見た。——分かるさ。あんな走りを間近で披露されて平気でいられるウマ娘はいない。あたしにはそう断言できる。
「そりゃ分かるぜ。なんていうか、あたしとフレジュスって似てる気がするんだよな。実力とか、目標レースとか。だから、分かった。——それに、シービーの三冠達成に待ったをかけられるのは多分あたしたちくらいだろうしな」
「エースさんも同じことを思って……でしたら、私のことなどお見通しなわけですね。……実は私もなんとなく感じていました。あなたとの親近感——いえ、私の場合はシンパシー、でしょうか。……ところで“挫折していた”とおっしゃるということは、エースさんは今はもう悩んでいないのですか?」
「いや……完全に悩みが吹き飛んだワケじゃないんだ。今でも、皐月賞の時のシービーの背中を思い出すだけで身体が震えちまうよ。——けど、あたしの相棒が思い出させてくれたんだ。あたしのやろうとしていること、やりたいこと——ようは、あたしが“
「——思えば、何度も顔を合わせているのに、私たちはまだお互いのことをよく知らないですね。そしてフューチャーセツナさんのことも。……三女神様を宿していると聞いたときは流石に仰天しましたが」
「へへっ、まあそりゃそうなるよなぁ」
考えてみれば、フレジュスとはシービーに次いで中央で顔を合わせている同級生なのに、たしかにあたしたちはお互いのことを全然知らない。
「——よければ……あなたが再び立ち上がることができた理由をお聞きしてもいいでしょうか? 私に似ているあなたのことを深く知ってみたいです」
そしてなんと珍しく、フレジュスの方からあたしのことを聞いてきてくれた。これはいい機会かもしれないな。
「フレジュス……へへっ、いいぜ! そうだな——そもそも、あたしとセツナが中央に来たのは、このウマ娘のレース界への反逆のためなんだ」
「レース界への反逆……ですか?」
「おう。……今のウマ娘のレースって、生まれ育った環境が全てって感じだろ? 地方どころか、片田舎出身のウマ娘が中央のレースで勝てるなんて誰も思っちゃいねえ。それに、その田舎出身のウマ娘本人すらもその固定観念に囚われて、中央で走るのは夢物語だと思ってしまってるんだ」
「——そうですね、正直……その通りだと思います。現実的な話になりますが、中央とそれ以外ではトレーニング環境があまりにも異なりすぎています。そして地方ならまだともかく、併走用のレーストラックもないようなところから中央で一線級の活躍をするウマ娘がきたという前例は、私には聞いたことがありません。……仮に、私が初めてエースさんやセツナさんとレースをするとなったとき、プロフィールを見るだけでしたら、全く警戒するに値しないウマ娘だと断じたでしょう」
「だから、あたしたちがその前例を作るんだ。生まれも育ちも関係なく、誰もが夢に向かって挑戦できる——そんなレース界にあたしたちは変えたいんだ」
「なるほど……その夢こそが、エースさんの原動力ですか」
「んで、それを示すために、打ち砕く壁はデカければデカいほど説得力が増すだろ? だから、あたしが倒す相手——つまりシービーには誰も勝てないって思えるほど強くあってほしいんだ! それなら、いつかあたしがシービーを倒したときに注目も集まるってもんだろ? ってな感じに考えを変えて、あたしは立ち直れた。シービーが強いなら、それすらも踏み台にしてやるくらいの勢いでぶつからねえと……ってな!」
そう言い終えたあたしの話に、フレジュスは目を閉じて薄い笑みを浮かべていた。
「ふふっ——どうもあなたの近くにいると不思議な気分になります。あなたの雰囲気には安心感があるといいますか、勇気をもらえるといいますか……。——お話ししていただきありがとうございます、エースさん。私の同期にあなたがいて本当に良かったと、そう思える内容でした」
「フレジュス……!」
フレジュスが笑った……! 常に冷静なあのフレジュスの笑顔を見るのは、何気に初めてだぜ……!
「——あ、いたいた、フレジュスこんなとこに! 旦那〜、こっちこっち!」
「ありがとうピロウイナー、あ、エースもいたんだ!」
そんなフレジュスの笑顔を眺めていると、不意に誰かがあたしたちのところに走ってきた。
最初にフレジュスに声をかけたウマ娘は、何やら先ほどセツナと話し込んでいたニホンピロウイナー。そして、遅れてそのセツナがやってきた。……“旦那”ってのはセツナのことか? 知らないうちにけっこう仲良くやってるんだな、このふたり。
「えっと、旦那がフレジュスに伝えたいことがあるって」
「フレジュスに伝えたいこと?」
「えへへ、トレーニングのことでちょっとね。ということで、少しお時間もらってもいいですか、フレジュスさん!」
「ええ、構いませんよ。むしろトレーニング関連の話でしたら、いくらでもお聞かせください」
「ありがとうございます! えっと、まずフレジュスさんの適性の話なんですけど——」
―――
——それから、あたしとピロウイナーを混ぜて、フレジュスへの話をセツナから聞いていた。
そこからのセツナの話を要約すると、三女神様の見立てでは、フレジュスの距離適性の真髄は長距離にあり、特に3000mを超えるレースでは、あのシービーに届きうるという、そんな可能性を秘めている能力があるとのことだった。
「なるほど……三女神さまのご慧眼“にも”、私にはステイヤーの適性が強くあると見えているのですね……。——やはりというか、なんというか。三女神様がそうおっしゃるのでしたら、私も覚悟を決めて長距離の練習に専念することができそうです」
……にも? やはり? フレジュスは自分がステイヤーだと知っていたのか? もしかすると、フレジュスは
——ただ、“覚悟を決めて”って言い方がちょっと気になるな……? 元々菊花賞は走る予定だろうから、それほど大きな路線変更をしているワケじゃないだろうし。
「待ってください、伝えたかったのはそれだけじゃないんです、フレジュスさん」
「?」
けど、そこでセツナの雰囲気が明らかに変わった。そして、セツナの口から放たれたのは、とんでもない爆弾発言だった。
「あの……ボク、気づいてしまったんです。フレジュスさんの抱えている問題に……。——フレジュスさんは、レースを走る上で何か身体に制約があるんですよね……?」
「!? どういうことだ、セツナ!?」
「え、そ、そうなの、フレジュス!?」
フレジュスの身体に制約——……まさか!? あの選抜レースの時に抱えていた違和感は間違っていなかったのか……!?
そんなセツナの発言に驚いたあたしたちの視線を一身に受けて、フレジュスは少し逡巡した後、観念したかのように話し始めた。
「——エースさんも、セツナさんも……察しが良すぎて本当に困りますね。ええ、そうですよ。私の身体は——」
「——あら、そちらにいらっしゃるのは、おねえさま?」
「ッ!!」
フレジュスが何か打ち明けてくれようとしたそのとき、再び誰かに声をかけられた。今度はあたしたちが佇んでいたトラックの上の方から、声が聞こえてきた。
あたしたちがその声がした方向に振り向くと、スタンドの方にセツナくらいの身長のウマ娘がひとり佇んでいた。
——ただ、そのウマ娘は明らかに異質な空気を纏っていた。例えるならば、半年ほど前のフリースタイル・レース場で、サガスがトラックに入ってきたあの時のような……。
「……ラ、ラモーヌ……」
あたしたちが何も声を発せずにいる中、フレジュスだけがかろうじて口を開いた。——あのウマ娘は、フレジュスの知り合いなのか……?
「お久しぶりですわ、おねえさま。……いえ、今は——違ったかしら。よく憶えていないけれど」
青鹿毛の髪をシニヨンにしたそのウマ娘は、じっとフレジュスだけを見つめたままあたしたちに近づいてきて、フレジュスのことをおねえさまと言い放った。一体どういう関係なんだ……!?
「“ラモーヌ”……あっ!? も、もしかしてあなたはメジロラモーヌさんですか!? “メジロの至宝”と呼ばれていて、あのメジロ家の悲願でもある——ッ」
「あなたのその情熱、嫌いじゃないけれど、今はしー……」
今セツナはなんていった? このウマ娘があのメジロ家のウマ娘……?
メジロ家はあたしでも知ってる、このレース界では名門中の名門だ。たしか、あたしの出身地でもある北海道の羊蹄山にでっけえ屋敷構えてるよな。
——っと、今はそんなことよりも……青鹿毛のウマ娘は、興奮しながら語り始めたセツナの口の前で指を立てると、再びフレジュスに向き直った。
「それで。おねえさまはどうなさるの?」
「いきなり現れて何の真似ですか、ラモーヌ。——その質問の意図もまるで読めません」
「……分かっているのでしょう? つまらないわ。その胸の中にあるものは、狂おしいほどの愛だというのに」
——だー! 全く状況が読めねえ!! メジロラモーヌ——ラモーヌと呼ばれたこのウマ娘は、どうしてこんなフレジュスに積極的なんだ!? んで、なんでフレジュスのことをおねえさまって呼ぶんだ!? 愛ってなんなんだよ!!
「ちょ、ちょっと待ってくれ! いきなり情報が多すぎて、全然飲み込めねえ! ラモーヌって言うのか? まず、あんたとフレジュスは一体どういう関係なんだ!?」
我慢できなくなったあたしは、ひとまずラモーヌに質問をぶつけてみる。すると、ラモーヌは少し驚いた顔をしてこう答えた。
「あら、おねえさま……まだ話していらっしゃらなかったのね。この方たちは、おねえさまのご友人だとお見受けしたのですけれど」
「…………私は」
「ど、どういうこと、フレジュス……?」
隣で成り行きを見守っていたピロウイナーも、何が何やらワケが分からない様子だった。
「……ふ。打ち明けてしまった方がよろしいのではなくて? おねえさまの心が求めているものにしたがって……」
「ッ、ラモーヌにそこまで言われる筋合いは……! …………——いえ、そうですね……私も皆さんにはもう嘘を吐きたくない……ですから、伝えます。私の真実を——」
「フレジュスさん……」
フレジュスはそう言うと、改めてあたしたちに向き直った。そのときのフレジュスの顔は、覚悟を決めたウマ娘の顔だった。
「——私の本当の名前は、シイナフレジュスではありません」
「「「!!!」」」
フレジュスが放った突拍子もない内容に、ラモーヌを除いた全員が固まる。名前がシイナフレジュスじゃないって……!?
「——私の名前は、メジロモンスニー。今はこのような体たらくですが、一応メジロ家のウマ娘なんです」