少し間が空いてしまい申し訳ありません。
セツナ視点です。
「久しぶりに、帰ってきたぞー!!」
『ここは俺たちの第二の故郷ともいえる場所だからね! 一年ぶりとはいえ、もうすでに懐かしさを感じるよ』
今ボクたちは、長い時間をかけて北海道の道央に位置する辺鄙な片田舎にやってきていた。——そう、つまりボクたちの故郷である。
連休を利用して、モンスニー専用の蹄鉄を完成させるために、こうして工房があるボクたちの実家に帰ってきていた。
「ここが、旦那たちの故郷……! うーん、空気が澄んでて浴びる風の感触が気持ちいいなー!」
「メジロ家の邸宅も北海道にありますが……ここはなんというか、いかにも広大な農村といった感じですね」
「へへっ、まあレース場もトレーニング施設もないけどよ。田んぼや畑、牧場ならたくさんあるぜ?」
当初は、ボクだけで帰省するつもりだったんだけど、モンスニーが、自分が側にいた方がより自分の脚に適合した蹄鉄を作りやすいと同行を申し出てくれた。
そして、それならボクの蹄鉄を打っている姿が見たいとピロウイナーも参加することになり、だったら、もういっそこの機会にチームカノープスをボクたちの両親に紹介しようという話にトントン拍子に進んでいった。
「セツナさんやエースさんのご両親にご挨拶するのは、大切な娘さんを預かっている身なので少し緊張しますね……。最近になってようやく初めて自分の担当を持てたばかりですから、こういった経験は全くなくて……」
「あはは、トレーナーさん以上にボクたちを大事にしてくれるトレーナーなんていないよ。——大丈夫! トレーナーさんの人柄なら絶対お父さんもお母さんも気に入ってくれるから、安心して?」
そう、チームカノープスと言ったけど、そこにはトレーナーさんも含まれていた。本当にチームカノープスの全員がボクの帰省に付き合ってくれていた。
——そうして、トレーナーさんが借りたレンタカーで長閑な道のりを進むこと数時間。ついにボクたちの家に辿り着いた。
「流石は北海道、日本の面積の約2割を占めるだけあって、想像以上に広く感じましたね……!」
「運転ありがとな、トレーナーさん! んで、あそこに家が2軒あるだろ? あっちがあたしん家で、そっちがセツナん家だな」
「へー、家が隣同士なんて、ほんとにふたりは幼馴染中の幼馴染なんスね」
「おや、エースさんの家の前にどなたかいらっしゃるようですよ?」
「! あれは——」
エースの家の前で、落ち着かない様子で動き回っていた人影を見るや、エースは車を降りた。
「! お、ね、え〜〜!!」
その人影——ラビちゃんは、車から降りたエースの姿を確認すると、一目散にエースに突進していった。
「よー! ラビ、元気にしてたかー! って、聞くまでもないか」
「おねえこそ、アタシたちがいなくてさびしくなかった?」
「へへっ、あたしにはセツナがいたからなー!」
エースは突撃してきたラビちゃんをしっかり受け止めると、そのまま久しぶりのお互いの存在を確かめ合っていた。
「あちらがエースさんの妹君ですか。溌剌としていて可愛らしいですね」
「モンスニー、分かる!? ラビちゃんはボクたちの走りに憧れてるって言ってくれてホントに可愛いんだー! ボクには妹も弟もいないから、ボクにとってもラビちゃんが妹みたいな存在だよ」
一目でラビちゃんの可愛さが分かるとは、流石モンスニー。メジロ家は親族間の繋がりが強いから、姉妹のような存在のウマ娘さんもきっとたくさんいることだろう。
——ちなみに余談なんだけど、ピロウイナーとモンスニーのふたりが正式にカノープスに加入したことで、モンスニーに気楽な口調で話してほしいと言われたから、ボクはさっきのような喋り方になってるんだ。
モンスニーの敬語は昔からの癖みたいで、どんな相手にでもそういう話し方になってしまうとのことだった。
——
―――
「——それにしても、エース。あんたたちもいきなり『帰る!』だなんて連絡が来て、ホントに突然よねえ。年末年始は帰ってこなかったし、こんな2日しか取れない短い休みに帰ってこなくても」
「それはごめん。年末年始はいろいろ忙しくなっちゃっててさ。来年はゆっくり帰れるようにするから」
——その後なんやかんやあって、ボクたちはエースの家でボクたちふたりの家族からチームカノープス丸ごと歓待を受けていた。お母さんたちが、ここで収穫した新鮮な食材を使った料理をたくさん作ってくれて、親睦会のようなものが開かれていた。
そのなんやかんやの中には、
——1年ぶりに姿を見せたボクとエースが家族に抱きしめられ揉みくちゃにされたり、
——中央のウマ娘であるピロウイナーとモンスニーはすぐに打ち解けて、ラビちゃんから目を輝かせながらの質問攻めに合っていたり、
——三女神様がボクたちのトレセン学園での成長を両親にべた褒めしながら話していたり、
——エースのおかあさんが「トレーナーのような色男を捕まえてくるなんて隅におけないわね」とボクたちをからかってきたり、
とまあいろいろあったんだけど、ひとつひとつの内容が濃すぎたから、今はこれだけを語るに留めておこう……。
「——いやー、まさか本当に俺らの娘が中央で活躍してるなんてなあ! しかも、G1優勝ときた! 今まで別世界だったテレビの向こう側が、娘が映ってるだけで身近なものになっちまうんだもんなあ」
「セツナ、G1勝利本当におめでとう。きっとおじいちゃんもあなたのことを誇りに思っているはずよ」
そんな中、話題が変わってボクたちの話になり、エースのお父さんとボクのお母さんに面と向かって褒められて、少し気恥ずかしくなる。
「それもこれも三女神様にトレーナーさん、エースとのトレーニングがあったおかげだよ! それに、あのレースはみんなエースとモンスニーを特に牽制してたから、ボクが仕掛けやすくていろいろ噛み合ったっていうのも大きいかな」
「いえ、いくら前を走るエースさんを特に気にかける必要があったとはいえ、泥だまりの内ラチ側を走れるウマ娘がいるなんて誰も想像しませんよ……! あれはよほどの変わり者にしかできない芸当です……!」
「えっ!? そ、そうかなあ?」
珍しくモンスニーから冷静なツッコミを貰ってしまった。——あのルートが成立する条件があまりにも限られているからみんな練習してないだけで、事前に対策してたら誰でも走ると思うんだけどな?
「エースたちもまだG1勝利こそは叶っちゃいないけど中央であれだけの成績を残している時点で充分な活躍だよ! みんないつでも優勝を狙える実力持ってんだから、これからも気張りなよ」
「誰に向かって言ってるんだよ、母ちゃん! あたしは“エース”になるウマ娘なんだ! それよりも、優勝トロフィーを飾るスペースが無くなる心配をしといてくれよな!」
「はっはっは! そうなったら、トロフィー専用の小屋でも作らんといけなくなるかもな!」
と、そんな風にみんなといろんな積もる話をして。
料理の方も食べ終わり、今はトレーナーさんはボクたちの両親に捕まっているみたいだし、エースにピロウイナー、モンスニーの方はラビちゃんがまだ離してくれなさそうだった。
「そうだ、おじいちゃんにも現状を報告しておかなくちゃ。ボク、おじいちゃんのところに行ってくるよ」
「うん、わかった。元気な姿を見せておいで」
ボクはお父さんにそう伝えると、静かにエースの家を出た。そして必要なものを持って、いつもボクとエースが倒れるまで走っていた草原に向かう。
いや、正確に言うと目的は草原じゃない。草原まで向かう森の中、草原への入り口の脇におじいちゃんのお墓は建てられていた。
「——ただいま。おじいちゃん、一年ぶりだね」
その場には、木漏れ日のやわらかな光を浴びつつも厳かな雰囲気が漂っていた。早速、持ってきた道具でお墓を掃除しようとしたけど、両親が日頃からやってくれているのか、ボクが改めて綺麗にするような箇所はほとんどなかった。
そして、お花と線香を供えて目を閉じて合掌する。
「おじいちゃん、ボクたちは夢に着実に近づいていってるよ。順風満帆ってわけじゃないけど、出会いにも恵まれていろんな縁もできた」
「おじいちゃんが言ってた通り、中央に集まるウマ娘たちは本当にすごいよ……! みんなとっても速いし、尋常じゃない脚力を持ったウマ娘だっていたんだ。そんなみんなと競い合えているのはおじいちゃんのおかげ、本当にありがとね——ああ、早く次の公式戦を走りたいなあ……!」
「それに、おじいちゃんの技術があるから、無茶な走りをしてもボクの脚は守られてる。だから今度は、ボクがこのおじいちゃんの技術を受け継いでそれを必要としているウマ娘に届けるんだ。——どうかボクたちのこと見守っててね、おじいちゃん……! それじゃあね、また近いうちに来るよ!」
おじいちゃんに報告を終えたボクは、背後からこちらに近づいてきている気配がいくつかあることに気づいた。
「みんな、来てくれたんだ!」
「よ! おじいさんとの話は終わったか、セツナ? セツナが向かったのを見てあたしも挨拶しとかなきゃと思ってさ」
「私もこれからその技を享受する身として、参らせてください」
「同じチームメイトとして、あっしにも挨拶させて。手ぶらで申し訳ないけど……」
「そんな、来てくれるだけでも嬉しいよ! ボクたちに、こんなに友だちができたって知ったら、おじいちゃんもきっと驚くだろうなー!」
こちらにきていたのはラビちゃんから解放されたエースたちだった。そのままエースたちも線香を供えると、静かに拝んでいた。
『——セツナよ、この温かい繋がりは大事にするんじゃぞ』
「ッ!」
「……? どうした、セツナ?」
突然尻尾を跳ねさせたボクを見て、エースが疑問符を浮かべる。い、今のは……。——うん。絶対大事にするよ。トレーナーさんも、ピロウイナーも、モンスニーも、そしてエースも。
ボクたちはひとりじゃシービーやマルゼンさん、サガスのような傑物には敵わないかもしれない。けど、みんなで支え合っているから個々の実力以上に強くなれるんだ。それがチームカノープスなんだ。
「——さてと、それじゃここに来た目的を果たしに行こうかな」
そう言って、ボクは元来た道を戻り始める。
「なんだ、せっかくここまできたのに走っていかないのか?」
そんなボクにエースが声をかける。エースが指差した先は、ボクたちの始まりの場所でもある草原だった。
「たしかに見てるだけでうずうずしてくるけど……でも、エースも早く“本気のモンスニー”と走りたいでしょ?」
「! ——そうだったな。野暮なことを言っちまったぜ」
「ふふっ、あなたたちはいつもそう——いえ、何も言わないでおきましょう。……では、よろしくお願いしますね、セツナさん」
「あっし、蹄鉄の工房とか見るの初めてだから楽しみだな〜! 早く行こ、旦那!」
そうして、ボクたちは4人で談笑しながらウチの工房へ向かった。みんな、ボクの蹄鉄に関する蘊蓄を嫌な顔せずにずっと聞いてくれたから、つい話に熱が入ってしまったのは別の話。
―――
実家の裏に併設された蹄鉄工房。ここへ来るたびに様々な思い出が目に浮かぶ。おじいちゃんがここで槌を振るっている姿を今でも鮮明に覚えている。
「みんな、狭くて暗いから気をつけてね」
工房前で合流したトレーナーさんを含めて、みんなで奥へ向かう。
『はははっ、相変わらずここは趣深い場所だね』
『うむ、この油と煤の匂いが堪らないな……! いつまでも嗅いでいたいくらいだ……!』
『それはちょっと……いえ、バイアリーらしいわね。でも、“温かい”場所だわ』
三女神様も気に入っているらしいこの場所。ボクは慣れているから大丈夫だけど、エース以外の他の3人は目に映るものがいろいろ新鮮っていうのもあって、よそ見をしてあちらこちらに身体をぶつけていた。
「エースもすっかりここの狭さに慣れちゃったね」
「まあな。流石に何年も通ってたらそりゃ慣れるさ」
「す、すごい数の火箸ですね。書物の中でこういった光景を見たことはありますが、実際に目の当たりにすると圧倒されます」
「最初は驚くよね、トレーナーさん。ボクもそうだったよ。この数はね、実際に叩いてみると、ものによって最適な火箸は全然違うって分かるんだ。だからいろんな大きさや形の火箸を置いてるんだよ」
「なるほど、蹄鉄師の方はここまで繊細に道具に拘っているんですね……!」
そんな風に、まるで少年のように好奇心で目を輝かせているトレーナーさんの疑問に答えながらようやく工房の奥に辿り着く。
「ようこそ、お待ちしていました、カノープスの皆さん。セツナ、火床の準備はしておいたよ」
そこには現役の蹄鉄師であるボクのお父さんがいた。お父さんはボクのためにもう炉を用意してくれていたみたいで、金床の方もしっかり鑢で磨かれていた。
「わ、金床ももうピカピカだ……! ありがとう、お父さん!」
「久しぶりにセツナの鍛錬が見られるんだからね。私も嬉しくなってつい張り切ってしまったよ」
「そういうことなら、火が弱くならないうちに早速始めようかな。——それじゃあ、この世で一番モンスニーに合う蹄鉄を作ってみせるから、待っててね」
「ええ、信じていますよ、セツナさん」
そうして、モンスニーの今後を託されたボクは手早く作業着をきて耐熱グローブを嵌める。モンスニーの蹄鉄に合う火箸は——これかな。
ボクが作業を始めるのを、みんなが固唾を飲んで見守っているのが分かる。
今回用意した鉄桿は、古くからウチの工房と代々契約を結んでいる室蘭の製鉄所に依頼して作ってもらったものだ。
鉄にアルミニウム、銅、それからいくつかの金属をボクが指定した特定の配合で混ぜている。
というのも、三女神様たちとトレーナーさんによってモンスニーの脚の状態を徹底的に分析した。それによって得られたデータとウチの秘伝の配合知識からボクが配合を決めた。
今回モンスニーに求められているのは、足趾の負担を限界まで軽減することだ。運動能力の向上は二の次と言ってもいい。もちろん、ボクは両方とも妥協するつもりはないけどね。
一般的に勘違いされがちだけど、蹄鉄を含めた靴っていうのは、柔らかい——つまり、クッション性が高いと脚への衝撃を軽くしてくれると思われがちだ。
実際にはそうじゃないんだ。極端な例だけど、柔らかすぎる靴は砂浜の上を走る感覚って言ったら分かりやすいかな。
走る上で、最も脚への負担を軽減するやり方は、正しく脚を地面に置くことなんだ。元々ウマ娘の脚には、衝撃を吸収して適切に分散させる機能が備わっているからね。だから、柔らかい靴だとそれが難しくなって余計に負担がかかる。
——蹄鉄もそう。脚への負担を軽減したいからといって、ただアルミやゴムの比率を多くした蹄鉄が正解じゃない。
使用するウマ娘にとって、最適な踏み込みができる蹄鉄こそが最も脚への負担を軽減できる蹄鉄なんだ。
——モンスニーの踏み込みの角度は三女神様たちとトレーナーさんが分析してくれた。後はそれに合わせて、ボクが蹄鉄の形を整えていくだけ。
「——ふぅぅぅぅ……お願いします、三女神様」
『ああ、任せておいてくれよな!』
『やるぞ、セツナ』
『最高の一品を届けましょう』
三女神様全員の想いが、ボクの身体の中に流れ込んでくるような感覚。今回の作業は、モンスニーのこれからに大きく関わってくる。だから、極限まで集中するためにトランスを使う。三女神様の分析をノータイムで反映できるのも利点だ。
激しく身体を動かすわけじゃないからボクの負担的にも大丈夫だろう、とトレーナーさんから許可ももらっている。
それじゃあ、始めようか。おじいちゃんたちの誇りある“技”はここに継承されているってボクが示すんだ。