とある大地の三女神視点です
「全ッ然、思い浮かばねえ〜〜〜〜…………」
セツナたちの濃密だった帰省から数日後。カノープスの部室にて、情けない声を上げながら机にしなだれたのは、セツナの親友であるカツラギエースだった。
「無理もないよ……。ボクたちとは、末脚のパワーが違いすぎるもん……」
それどころか、私の憑依先(?)でもあるセツナすらも弱音を吐いていた。
「唯一の弱点といったら、ゲートだね。でも、それも旦那たちが協力したせいで改善しつつある、と……。全く、旦那たちのお人好しは嫌いじゃないけど、敵に塩を送りすぎるのも大概にしてほしいスよ」
「うぅ、ごめん……」
「しかし、おかげで分かりやすい部分もありますね。私たちが“最強”と呼ばれるには、ただミスターシービーを倒せばいいということです」
そう——セツナたちが何をしていたのかといえば、カノープスの面々でいつぞの時のように『作戦会議』と書かれたホワイトボードの前に集まっていた。セツナたちの最大のライバルでもあるミスターシービーの攻略法を話し合うためである。
なお、南坂トレーナーは別件で留守にしている。
「ま、実際シービーが大幅に出遅れたレースで勝ってもなんとも言えないスよね。絶対後でメディアやギャラリーからたらればをいろいろ言われそーだし」
「シービーのゲートトレーニングに付き合ったことは後悔してないよ。ボクたちも、シービーから貰って成長できた部分は少なくないからね」
「そうだな。それに最高のシービーを倒してこそ、本当の最強になれるってもんだ」
「とはいえ、このまま勝機が見出せないようでは、あの方が出走するレースには全て優勝できない、ということになってしまいますよ」
「「「「……………………」」」」
少し話し合ったかと思ったら、どん詰まって沈黙する……。セツナたちは、今日だけでも10回はそれを繰り返していた。
「——よし、まず客観的な事実を整理するよ。現状、シービーに最も勝てそうなのは、短距離のピロウイナー、長距離のモンスニー。全体的に可能性が高いのはエース。トランス込みならボクもシービーに勝てるかもだけど、体への負担的にできれば使いたくない」
「まあ、そうですね」
「けど、シービーは基本的に短距離は走らないだろうし、一番近い長距離G1レースである菊花賞の開催もまだまだ先だ。だから、やっぱり中距離レースで勝てる力をつけなくちゃいけない」
「まあ、そうスね」
「……………………」
「……いや、そこで終わるんかい! 続きはないのかよ!」
いきなり流暢に語り始めたセツナの様子から、これはもしかして——と思ったが、すでに何度も頓挫している中、流石にいきなり打開策は降りてこないようで、すぐに沈黙してしまった。
「——だってぇ……! 何度も皐月賞の映像を見返してるけど、エースのこの走りで勝てなかったんだよ! しかも、けっこう確信に近い予想なんだけど、もしかしたらシービーはエースのような強敵と走るときは、普段より更に強くなってる可能性が高いんだ」
「……実際それはあるのでしょうね。今のシービーさんのモチベーションは共同通信杯でのインタビューのとおり、エースさんとの戦いが大きな比率を占めていると思います」
「うげ……じゃあ、あたしたちが強くなればなるほど、シービーも強くなるってことかよ……」
「天才が本気で努力し始めたら、こうなるんスね……」
「「「「……………………」」」」
またしても口を閉ざしてしまったセツナたち。……実際問題、セツナたちとは比べものにならないほどの時間を過ごしてきた我々でさえも、ミスターシービーの攻略法は浮かばず仕舞いだった。
『うーん、子羊くんたちも総合的に見たらシービーくんには負けず劣らずだと思うけど、俺たちはウマ娘の適性の絶対性は誰よりもよく知っているつもりだからねえ』
『頭の固い考えと言われるかもしれないけど、ウマ娘の永い歴史の中で自分の適性以上の走りができた娘は、片手で数えられるほどしかいなかったわ。しかも、その全員が故障してもおかしくないほどのトレーニングを奇跡的に耐え抜いている』
もちろんセツナたちにそんなトレーニングを強要するわけにはいかないが、さりとてこのまま一案もなしというのは、仮にも現代の人々に三女神と称される我々の名が廃るというもの。
何か現状を変えられるものは無いだろうか? うむ……——! そうだ、
『——ところでセツナよ、ふと思い当たったのだが、近々選抜レースが開催されるのではなかったか?』
ひとつ策が浮かんだ私はセツナにしか見えない精神体となってセツナの隣に姿を現し、そのように話を切り出してみた。
『え、選抜レースですか? ——たしかに、明日には行われますね。三女神様たちのおかげで、実力をつけて今回の選抜レースに出る特別教室の娘もいるんですよ』
『ああ、それは喜ばしいことだ。して、その選抜レースだが——最注目のウマ娘がいるのではないか?』
『最注目……——! それってルドルフ——シンボリルドルフのことですか。……ボクたちはあの娘の走りを実際に見たことはないですが、それを知っているモンスニーも、シービーも、マルゼンさんも、そしてラモーヌさんからも“強い”という評価は一定しています』
『そうだ。そして、それほど強いということは、そいつはシービーを倒し得る存在ということでもある。であれば、そいつの走りすらも参考にしてみたらどうだ? 現状何も案が浮かんでいない状態よりはマシだと思うが』
それを受けたセツナは内心ハッとした表情をしていて、まさに目から鱗が落ちているようだった。
『なるほど……たしかに。そういう意味では、自分たちより後ろの世代を参考にするという発想はなかったです』
「——みんな、聞いてくれる? シービー攻略法なんだけど——明日、年に4回ある選抜レースのうちのひとつが開催されるのは知ってるかな。バイアリーさん曰く、そこで出走する最注目ウマ娘の走りを参考にしてみたらどうかなって」
「明日の選抜レース……——!! 最注目ウマ娘とは、もしかしてシンボリルドルフのことですか……!」
そんなセツナの提案の意図を最も早く悟ったのはモンスニーだった。
「そう、ルドルフだよ。名高いウマ娘だけど、現状ルドルフの走りは、モンスニー以外は見たことないからね」
「たしかに、彼女の走りはシービーに比肩するものですが……ある意味、参考にできるものではありませんよ」
「へぇ、ルドルフの走りってどんな感じなんだ?」
「そうですね……簡単にいうと、徹底された王道レースと言った感じでしょうか。序盤から終盤まで常に好位に位置取って、いつでも仕掛けられる体制を作り、己の実力に裏付けされた末脚でそのまま差しきる——それがルドルフの必勝パターンです」
「それだけ聞くと、正直“ザ・先行ウマ娘”って感じの戦略で普通っスね。シービーほど、奇想天外じゃないというか」
「王道というのは、勝率が高く皆それを行うからこそ、それがセオリーとなり、王道と言われるのです」
「——なるほどな。勝率が高い戦略を徹底するってことは、つまりほとんど隙がないってことか。てことは、ある意味参考にならないって言うのは——」
「そう。彼女のレース戦略自体はありふれたものですので、新しい発見というものは少ないでしょう。ただただシンボリルドルフが高い身体能力を持っていて、レースの駆け引きが非常に巧いだけのことです」
「へえ、競走ウマ娘のお手本のような存在じゃないスか。そりゃ強いわけだ」
「しかし、もしかしたらレース巧者のセツナさんであれば、シンボリルドルフのレースから何か得られるかもしれませんね」
「まあ、どうせどん詰まってるし無駄にはならないんじゃないか? せっかくだし、観てみようぜ!」
「なるほど——そういうことなら決まりだね。打倒ミスターシービーのヒントを得るために、明日はルドルフの走りを観に行こう!」
そのような流れで、私の助言から、セツナたちの結論は明日に選抜レースの見学をするという方向で纏まった。
——しかし、シンボリルドルフか。セツナとほとんど接点がないはずなのだが、どうしてか気にせずにはいられない。……いや、きっと指導者として、強いと言われるウマ娘に興味が湧いているだけなのだろうな。
―――
一晩明けて、件の選抜レースの日となった。この日は生徒たちも授業がない上でメイントラックが使えないので、選抜レースに参加しない者は、別の場所でトレーニングしたり、外出したり、その選抜レースを見学したりと思い思いに過ごしているようだった。
「——ふう、朝早くからみんなで場所取りした甲斐があったね。ここならルドルフの走りもよく見えるよ」
「個人でなら適当な場所でもいいけどね。みんなでってなると、後からじゃなかなかいい場所取れないんで完璧な判断だったスよ、旦那」
「いや〜、選抜レースかぁ。去年はあたしとモンスニーが同じ回のレースだったよな」
「思えば、あれがエースさんたちと初めて出会った日ですか。当初全く警戒していなかったウマ娘に負けたときは驚きましたが、今となっては納得ですね」
「まあ、あの時はモンスニーも全力は出せなかったんだろ? 今競ったらどっちが勝つか全然予想できないぜ」
「ふっ、私も日本ダービーが待ち遠しいですよ」
「去年の話で言うと、カノープスも大きくなったよね、トレーナーさん。誰もいない状態からもう4人も所属してるんだから」
「ええ。自分でも驚いていますよ。本当に、このチームは皆さんのおかげで成り立っているというか、なんというか……」
「そんなことないよ。このトレセン学園の中でボクたちを一番上手く育てられるのはきっとトレーナーさんだから」
「……そうおっしゃっていただけるなら、トレーナー冥利に尽きるというものです」
「——お、第一レースが始まるみたいだぜ!」
カノープスの面々が談笑している中、ついに選抜レースの短距離部門が始まろうとしていた。短距離、ダート、マイル、中距離の順で行われるため、目当てのシンボリルドルフが出走するのはもう少し先になる。
——そうしてしばらくレースを眺めている内、我々の目の前には
『あの娘の末脚、見事なものだな!! 今はまだ荒削りな走りだけど、磨いたらきっととんでもない怪物になるぞ!! ——おおっ、また加速した!!』
『ああっ! あの娘、進路を塞がれて掛かっちゃってるわ! まだ仕掛けちゃだめよ! 必ずバ群が崩れる瞬間が来る……! まだ、まだよ……そう、隙を見逃さないように——今ッ!! そう! あの娘良い“眼”を持っているじゃない……! あの娘はレース巧者のウマ娘として名を馳せるでしょうね!!』
——ええい、喧しい! ダーレーもゴドルも選抜レースで原石を見つけるたびに、鼻息を荒くして叫び出すんじゃない、レースオタクどもめ! 我々は精神体とはいえ、お互いの声は普通に届く上に、セツナにはしっかりと聞こえているのだからな!
『なんだよー、バイアリーも同類のくせに常識人ぶるなよなー。どうせ、俺たちと同じようなこと思ってるんだろ? 頬が緩んでるぞー』
『オタクって……バイアリーも現代の言葉を使いこなせるようになったのね。残念だけど、あなたもこちら側なのは知っているのよ。何百年来の付き合いだと思っているの』
う、うるさい五月蝿い……! そう真顔で諭すな! 客観的に見ればそうかもしれないが、もう少し年長者としての振る舞いをだな……! それに、セツナもこれだけ叫ばれていたら煩わしいだろう!
『あはは、ボクとしては全然気にならないですよ! 賑やかで楽しいですし、勉強にもなります』
『ほらほら、子羊くんもそう言ってるぞ? バイアリーも、もっと自由になるんだ』
『ふふっ、今回は私たちの方に分があるみたいね?』
『う、うぅむ……! セツナがそう言うなら、認めざるを得ないか……』
そんな暑苦しいくらい盛り上がっているダーレーたちを嗜めようとした。しかし、私がセツナを引き合いに出した時点で、そのセツナが認めてしまった以上、ふたりの熱狂的な歓声を認めるしかなかった。
そのように、こいつらの歓声を浴び続けること数時間。——ついに、
「「「「!!」」」」
カノープスのウマ娘全員——いや、この場にいる全てのウマ娘が尻尾を逆立てた。嫌でもその存在を認知せざるを得なかったのだ。
ヤツは表面上は涼やかな顔をしている。だが、そのウマ娘を中心に、並のウマ娘では平静でいられなくほどの闘気が放たれていた。
「——あれが、シンボリルドルフなのかよ。前に会った時とは全然違うじゃねえか…!」
ふと、エースがそんな言葉を漏らした。同じターフに立っていないにも関わらず、セツナの身体を通してビリビリと痺れるほどに伝わってくる。
「……ねえ、エース。ボクたち、この感覚を知ってるよね」
「……ああ。——あの時の豹変したサガスだ。今でもはっきり覚えてる」
セツナたちのその発言が意味するものとは、つまり——。
「“傑物”……ですね。まさしく、並のウマ娘とは一線を画しています」
ウマ娘の中にはそのあまりの強さから、知らぬ者からすれば大仰に聞こえる呼ばれ方をする者たちがいる。時には怪物と。時には王と。——更には神と呼ばれたウマ娘もいた。ミスターシービー、マルゼンスキー、サガス。それらと同じ、その世代の圧倒的強者。
——あれはきっとこのレース界を支配する。その名の通り“皇帝”となり、全ての頂点に立つ存在である——と、そこに佇むだけで脳裏に刻み込まれたことだろう。
ゲートへ足を進めるルドルフは、デビュー前のウマ娘であるにも関わらず、まさに王者の風格を纏っていた。
『ほう、あの身体……あいつは恵まれた体格を持ちながら、それを並々ならぬ努力によって鍛え上げていることが伺えるな』
『——
む……そうか? ダーレーのやつ、そのようなこといちいち気にしないでもいいだろうに……。意外にも、ダーレーはこういう細かいところをしっかりと見ているやつだ。
『特に意味はない……が、どうしてかルドルフは全くの他人とは思えなくてな。つい、そう呼んでしまったのだろう』
『ふーん? バイアリーがそこまで言うのは珍しいね。——いやね、実は俺もルドルフくんはなんだかバイアリーっぽさがあるなと思っていたんだよ』
『ダーレーもそう思うか。——いや、そんなことを話している場合ではなかったな。今はシンボリルドルフの走りを見極めねばなるまい』
『だね』
そうこうしているうちに、ルドルフを含めたウマ娘たちはゲートインを完了させていた。
……先ほどまでの喧騒が嘘のように周囲が静まり返り、皆ただゲートが開く瞬間を待っていた。
——そして、ついにゲートは解き放たれた。
件のルドルフのスタートは、まるで水中で蹴伸びをするかのように、あまりにも自然に走り出していた。
そんな
幾度となく繰り返されてきたであろうその一連の動きは、本人が内に秘める闘志とは裏腹に、恐ろしいほど静かに行われた。
取り立てて特筆することはなく、ミスターシービーやマルゼンスキーのような派手な走法とは真逆をいくそれは、先のモンスニーの発言の通り、ありふれた戦法で参考にならない走りだった。
そのような展開が、終盤まで。
レース全体の順位変動はほとんど発生せず、ルドルフは気味の悪いくらいに何も動きを見せなかった。
——しかし、そこでようやく私は気づいた。
……いや、これはッ——!? ルドルフの走りの
違った! ヤツは一見何も仕掛けていないように見えたが、まさか……! あのようなデタラメが現代のウマ娘レースには存在するというのか……!?
——未だに前に出ようとしないルドルフを見て、カノープスを含めた観戦者たちは固唾を呑んで行く末を見守っていた。
「……展開が定石通りすぎる……? ……起点になる……それを、操作……?」
そのように皆がルドルフの独特な雰囲気から目を離せないでいる中、セツナが無意識に何かを呟いていたのを私は聞き逃さなかった。まさか、セツナも……!
そうして、先頭のウマ娘が最終コーナーを曲がりきる直前——ついにあいつは動いた。
4番手についていたルドルフが、どのようにして前に出るかを私は注目していた。——しかし何ということはなく、そのときルドルフはただ直線的に加速しただけで前方の3人のウマ娘をあっさりと抜き去った。
前のウマ娘が
——その結果。結局、ルドルフは
「——あ、あっさり勝っちまったな、ルドルフ……」
「だね……でも、たしかにオーラは凄かったスけど、フレジュスから聞いてたとおり、フツーの戦法でシービーみたいな怪物感はほとんど感じられなかった……」
「ええ。以前と同じ、シンプルな王道レースでした。……変わらないですね、彼女は」
「ふむ……」
ルドルフのレースを見て呆気に取られていたカノープスの面々。南坂トレーナーにいたっては、何やら難しい顔をしていた。
たしかにルドルフは強い——が、そのありふれた走法自体に、シービーに勝ち得るようなものはないだろうと皆セツナの方を見た。
「これじゃルドルフが強いだけで、走りからシービー打倒のヒントを得るのは無理そうじゃないか、セツナ? ……——セツナ?」
しかし、セツナは未だにルドルフが走り抜けていったゴールを見ながら何かを呟いていた。おそらく、あのルドルフの走りについて深く考え事をしているのだろう。問いかけるエースの声に気づいていなかった。
「——おーい、セツナ!! 何かあったのか?」
「——うわっ!! びっくりした!」
「ぅわぷ!!!!」
エースがセツナに大声で呼びかけるとようやく気づいたのか、間近で大声を出されたセツナは驚き、尻尾を逆立てた。
——その逆立てた尻尾は、見事にエースの顔に命中していた。
「うわあああ! ご、ごめん、エース!!」
「へへ……こっちの方が驚いたぜ……。そんで、びっくりしたって……そんなに深く考え込むような何かがあったのか?」
「あ! ……いや、えっと……あんまり意味のないことを考えてたかも……」
エースの問いに対して、どこか歯切れの悪いセツナ。——当然だろう。
そもそも、セツナよりも経験を積んでいる我々でさえも、言語化することは難しいのだから。
「——今のレースで何か気付いたんだな、セツナ。……なんでもいい、教えてくれよ! 今は少しでも成長するための何かが欲しいんだ!」
「エース……——分かった、話すよ。けど、自分でも言葉が纏まってないし、かなり
「ああ、どーんとこい!!」
「さっきのルドルフの走りなんだけど——」
「「「「——ええーッ!!??」」」」
そんな口振りから、神妙な面持ちで話すことを決意したセツナ。そんなセツナが語り始めた話の内容は、我々三女神でさえも経験したことはない、レースの常識を覆すようなものだったのだ。