刹那を駆け抜けたふたりのエース   作:クロノアの耳

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エース視点です。




エースはレースの世界に足を踏み入れます

 

 

 ——あの事件から一年の時が過ぎた。

 

 セツナは全力で走ることが叶わなくなってしまったけど、あたしに夢を一旦預けてくれて、あの日からずっとあたしのトレーニングをサポートしてくれている。

 

 最近では、少しでもレースの世界に浸っていたいからと、蹄鉄師としての腕を磨くと言っていた。おじいさんと同じく蹄鉄師であるセツナの親父さんからいろいろ学んでいるらしい。

 

 

 それから、セツナは毎日のように三女神様の絵本を読んでいるみたいだ。

 

 ……そういえば、三女神様について説明していなかったっけか。——三女神様っていうのは、あたしたちウマ娘にとってはかなり有名な存在で、いわゆる御伽話に出てくる女神様たちだ。

 

 たしか、セツナから聞いた話だと、女神様たちは大昔に実在したウマ娘らしい。

 

 レースを走る現代のウマ娘たちの祖先とも呼ばれていて、そのウマ娘たちがいなければ、“ウマ娘のレース”という概念も生まれていなかったというほどだ。

 

 そして、そのレースの実力は——それはもう、とんでもなく強かったんだってさ。

 

 

 まあ、あたしにはこれが本当の話がどうかは分からないけど、少なくともセツナは絶対に三女神様たちはいたんだと信じきっている様子だった。

 

 

 セツナの近況についてはこんな感じだ。……悔しい気持ちが消えることはないだろうけど、現状、前向きに過ごしてくれているみたいだ。

 

 

 あたしは、そんなセツナの想いを背負って、ひたすらにトレーニングに打ち込む。強くなるためには、少しでも時間を無駄にしちゃいけないからな。

 

 ——ただ……最近自分の成長が停滞してきているのを感じる。幼いあたしには、効率的なトレーニング方法を組み立てるのが難しく、ただがむしゃらに走っているだけというのが良くなかったかもしれない。

 

 せめて、まだ走ったことのない、本物のレースを経験できたらな——そんなことを考えていた矢先、まるでそんなあたしを待ってましたと言わんばかりに、あたしの目に一枚のチラシが目に入ったんだ。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 ——小学校の昼休み。

 

 あたしは、おそらくいつも通り机で本を読んでいるであろうセツナの元へ向かっていた。

 

 

「おーい! ちょっといいかセツナ!!」

 

「あ、エース。教室にいないと思ったら、どこいってたの?」

 

 

 あたしは教室の扉を勢いよく開け、窓際のセツナの机に慌てた様子で飛び込んだ。

 

 ちなみにこの学年は、あたしとセツナを含めて2人である。つまりこれで全員なんだ。

 

 

「ちょっと先生のとこへな! セツナはいつものやつ読んでたのか?」

 

「えへへ、うん、三女神様の本だよ! ……三女神様の物語を読んでると、いつも勇気がもらえるんだあ」

 

「セツナはホント、三女神様のこと好きだよな——ってそうだそうだ! ちょっとこれを見てくれねえか?」

 

 

 そう言ってあたしが取り出したのは一枚の紙だった。

 

 

「これは……チラシ? なになに——『出張レース大会』?」

 

「そうそう! 職員室前の掲示板に張り出されてあったんだよ! その予備をさっき先生からもらってきてな! 近々、まちの方で初めて本物のレースができるみたいなんだ! あたし、これに出ようと思う!」

 

「えっ! そ、それはホントなの!?」

 

「おう、マジのマジ、大マジだ! 賞品? だってちょっとは出るくらいマジもんのレースだぜ!」

 

「わぁ……すごい! 都会に行かなくてもレースができるんだ……! 良かったね! エースずっと言ってたもん。ココじゃ満足にレースできない、はやく本物のレースに出たいーって!」

 

「まあこんな田舎じゃ、トレーニングもかんたんな筋トレとか、裏山の草原か学校のグラウンドか畦道走るくらいしかできないからな……」

 

「けど、エースなら優勝してもおかしくないよ! もし出るってなったら応援にいくからね! ——できるなら、ボクもレースに出てみたかったけど……」

 

 

 そこまで言って、悲しげに目を伏せるセツナ。 

 

 

「セツナ……」

 

「——あっ、ご、ごめん、エース……ボク、そんな顔をさせるつもりじゃなかったんだ……。ボクはもう決心はついてるからさ、次に開催される時にはきっと身体を治して、一緒に走ろうね!」

 

「……ああ、そうだな!」

 

「ところで、レースの日にちはいつなんだろう、うーんと……? ——って、今週の日曜日じゃん! 今日金曜日だから……あと2日しかないよ!」

 

「そうなんだよセツナ! でも大丈夫だ! 実はもう先生に頼んで、急いで応募してもらってるんだ! なんなら登録は当日まで受けつけてくれるみたいだしな!」

 

「そ、そうなんだ! よかったぁ……ふふっ。もう、相変わらずエースはこれって決めたら、一途に突き進んでいくよね」

 

「ああ! できるだけ妥協はしたくないタチなんだ。それに、今回は初めてレースを走れるって思うとワクワクが止まんなくてよ! ——ここらで一発、エンジンとか組んで気合い入れられたらいいんだけどなぁ」

 

「? どうしてエンジン? 車に乗るの?」

 

「ちげーって! 円い陣って書いて円陣だ! みんなで円になって、真ん中で手を重ねて……かけ声出して、最後に『オー』ってやるんだよ」

 

 

 すかさずセツナにツッコミを入れてしまうあたし。

 

 

「近所のおじさんたちが勝負事の前にやってるのを見たんだ。けっこう気合い入るらしいぜ?」

 

「へえ、なるほど……!」

 

「ま、とか言ってみたんだけどよ、結局ふたりじゃ円にならないからなあ……」

 

 

 ノリで言ってみたものの、よく考えると人数が圧倒的足りてないこと気づき、あたしは肩を落とす。しかし、そんなあたしの両手を、笑顔でセツナが掴んでくれた。

 

 

「——いいと思うよ、ふたりでも! ほらほらエース、手を出して!」

 

「お、おい、セツナ!? いや、そうだな……よし、勝つぞ……! 勝って“エース”は、ここにありって証明してやる!」

 

「「おーっ!」」

 

 

 ああ、楽しみだ……本物のレース! はやく走ってみたいぜ!

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 来たる出張レース大会の日。あたしは楽しみで眠れなかった——ということはなく、好調な状態で迎えることができた。

 

 ピンポーン、と家の呼び出し音が鳴る……来たみたいだな。玄関のドアを開けて、望みの人物を迎える。

 

 

「セツナ、おはよう!」

 

 

 今のあたしと同じく、小学校の体操服を着たセツナがそこにはいた。セツナは、満面の笑みで挨拶を返してくれる。

 

 

「エースっ、おはよう!」

 

「まだ、母ちゃんは準備中だからさ、中に入ってまってろよ!」

 

「はーい、おじゃましまーす!」

 

 

 今回の出張レース大会は、街で行われる。そして、あたしたちが住んでいるのは街まで車で1時間くらいのところにある場所だ。

 

 そのため、小学生がふたりでそんな遠いところには行けない。だから、あたしの母ちゃんに同伴してもらおうという話だ。

 

 ふと玄関に座っているセツナを見ると、首元にキラリと光るものが見えた。

 

 

「セツナ、今日もしっかり首にかけてるんだな。三女神様の蹄鉄」

 

「んふふー! ボクのお守りだからねー。これがあると、心がぽかぽかして、身体の弱いボクでも、三女神様たちみたいになれる気がするんだ」

 

「……ちょっと触らせてもらってもいいか?」

 

「いーよ! どうぞ!」

 

 

 少し蹄鉄のことが気になり、隣に座ってセツナに許可を得て触らせてもらう。

 

 セツナは、いつも肌身離さずこの三女神様が使っていたとされる蹄鉄をペンダントにして身に付けている。

 

 セツナがしっかり手入れをしているのか、鉄なのに全く錆びてない。それに、セツナが言っていたように、確かに不思議な力を感じるような——

 

 

「エース、セツナちゃん! ごめんね、お待たせ!」

 

 

 そうこうしているうちに、母ちゃんが車の鍵を持ってやってきた。

 

 

「エースのおかあさん、おはようございます!」

 

「あらー! セツナちゃん、おはよう! 元気な挨拶ねー!」

 

「——あれ、そういえば、ラビは?」

 

「ラビはねぇ、どうもあんたのレースが楽しみすぎて、今日の朝まで寝られていなかったみたいなんだよ。今は布団でぐっすり。呼びかけても起きやしなかった」

 

「あはは……ラビちゃんらしいね!」

 

 

 ラビというのはあたしの妹で、本名はラビットボールっていうんだ。どうやらあたしやセツナが走ってる姿を見て、レースに興味を持ってくれたみたいで「おねえ、おねえ」と駆け寄ってくる様は本当に可愛いんだぜ。

 

 ……ただ、今回は興奮しすぎちまったらしいな。

 

 

「ま、そういうことなら寝かせておいてあげよう。後でビデオカメラの映像でも見せれば大丈夫だろ。——よし、じゃあさっそくいこうぜ! レース場に!」

 

「レースはウマ娘の花形だものねー! 今日は母ちゃん、お弁当もいっぱい作ってきたから、全力で応援しちゃうわよ!」

 

「ボクもエースのレースがたのしみだよ!」

 

 

 そうして、あたしたちは母さんの軽自動車に乗り込み、レースがある街の大きな公園へ向かった。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

「けっこーヒトいるんだなあ」

 

「そうだね! ウマ娘さんもたくさんいるよ!」

 

「まあそりゃ、レースだからな」

 

 

 セツナは初めて見る、たくさんのウマ娘に目を輝かせていた。もちろん、あたしもこれだけのウマ娘を目の当たりにするのは初めてだ。

 

 

「エース、セツナちゃん、受付はあそこみたいよ」

 

 

 母さんが指差した方向にはたしかに『受付』と書かれた簡易テントがあった。あたしたちは、そこに向かい出走登録をする。

 

 

「すみません! あたし、小学生部門で予約したカツラギエースです!」

 

 

「カツラギエースちゃんね。はい、登録完了です。あなたが出場するのは小学生レースの2R目、ゼッケン番号は4番です。時間になったら出走ゲート付近にいるスタッフに声をかけてくださいね」

 

「わかりました!」

 

 

 受付のウマ娘さんから日程表とゼッケンを受け取り、その場を後にする。

 

 

「エースの出番はお昼過ぎ……2時間後かい。先に早めのお昼ご飯を食べながらレースの見学でもしようかね」

 

「「はーい!」」

 

 

 今は大人のウマ娘たちが少人数ながらも迫力のあるレースをしていた。

 そのレースがよく見えるベンチを見つけ、そこに座ると母さんが持ってきた弁当箱を広げた。

 

 

「今日のお弁当は、“カツ”ラギエースの名前にちなんでね——『必勝エースカツおにぎり』よ!」

 

 

 カツラギ……カツ……あ、なるほど。カツ入りのおにぎりってことか! って、なんだそのダジャレは! 自分の名前を入れられるのって少し恥ずいぞ……!

 

 

「ちょ、ちょっとやめろよ母ちゃん、恥ずかしいだろ……」

 

「でもでも! すごくおいしそうだね!」

 

「まあ……たしかに」

 

「あんたはもうすぐレースだから、たくさんは食べられないかもしれないけど……遠慮なく食べてね」

 

「エースのおかあさん、ありがとうございます! いただきます!」

 

「あたしも、いただきます!」

 

 

 そう言って、あたしとセツナはカツおにぎりに手を伸ばす。

 

 

 ——もぐ……もぐ!? これは……カツに出汁入りの溶き卵がかかってる!? 単純におにぎりの中にカツを入れただけかと思っていたが違う! カツの内容もメンチカツにチキンカツにエビカツ……食感も飽きさせないように工夫されている! こんなの……こんなの……何個でもいけてしまうじゃないか!

 

 

「エース、凄い勢いで食べるねえ……!」

 

「エースのお母さん。おにぎりとっても美味しいです!」

 

「あらー、ありがとうセツナちゃん! そう言ってもらえると作った甲斐があるわ」

 

 

 もぐ……ごくん。気がついたら、あたしはカツおにぎりわ9個も食べてしまっていた。もうあんまり変わらないかもしれないけど、10個はさすがに食べ過ぎなので名残惜しさを感じつつも、手を止めた。

 

 逆に、セツナは食べるのが遅いので、まだ3個目を口にしている最中だった。

 

 

「ごちそうさま、母ちゃん。その……美味しかったぜ」

 

「お粗末様でした」

 

「じゃあ、あたしは向こうでウォーミングアップしてくるよ。時間になったら戻ってくるな!」

 

「あ、ボクもいきたい!」

 

 

 おにぎりを飲み込んだセツナは、ごちそうさまをすると、あたしを追いかけるように立ち上がった。

 

 

「いいけど……身体は大丈夫なのか?」

 

「走るわけじゃないんだから、問題ないよ!」

 

「そっか、分かった。じゃあ行くか!」

 

 

 ——初めてのレースまで、もう少し。しかし、そこであたしは自分を取り巻く現実を、嫌というほど深く思い知らされることになる。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 あれからセツナに協力してもらってウォーミングアップを終え、出走する時間になったので、ゲートの方へ向かっていた。

 

 ——今回同じレース走るウマ娘は、あたしを含めて計6人。あたし以外全員遠征組で、都会のクラブチームで指導してもらっているようなウマ娘ばかりだった。

 

 そうしてゲートに入ろうとした時、その中の1人があたしに話しかけてきた。

 

 

「やぁ、見ない顔だね、キミ。今日はよろしく」

 

「あ、ああ、よろしくな! 今日は負けないからな!」

 

「……ふふっ、負けない、か。——面白いねぇ、キミ。ま、お互い頑張ろうよ」

 

 

 そう言ってそのウマ娘は自分のゲートの方へ戻っていったんだけど、

 

 

「——田舎もんがそんな身体で勝てるかよ」

 

 

 最後に吐き捨てるように呟かれたその言葉が、あたしの耳に残り続けた。

 

 そして、あたしはゲートの中に入った。初めて入るゲート、流石に全く何も気にならないということはないけど、どうやらあたしはそこまでゲートに影響はされないみたいだ。

 

 

『4番カツラギエース、6番人気です』

 

『ライバルたちは強力ですが、好走を期待したいですね』

 

 

 ウマ娘のレースには、人気というものが存在する。人気が高いウマ娘には、それだけ人々の夢を背負っているということになる。あたしは当然と言われているような6番人気——最も注目されていないということ——だった。

 

 あたしは生まれた環境で判断されて、勝手に勝負を決めつけられるのが1番嫌いだ。

 

 

『小学生部門レース、今、スタートしました!』

 

 

 ——やってやる! けど、そう思っていたあたしは、この後現実を知ることになる。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

『先頭は、2番リードエッセイちゃん、変わらない! そのまま1着でゴールです! 半バ身差で5番オグレッセちゃんが2着! 他のウマ娘たちも次々とゴールしていきます! 新進気鋭の4番カツラギエースちゃんは惜しくも入着ならず、6着でしたが着差を考えると大健闘といえるでしょう!』

 

『カツラギエース、気持ちいい逃げからのトップスピードには光るものがありましたね。今後の成長が楽しみです』

 

 

 ——はぁっ……! はぁっ……! クソっ! クソっ! 何が大健闘だ! 何が気持ちいい逃げだ! まるで歯が立たなかった! これがホンモノのレースなのか……! ふたりで森の草原を走るのとはワケが違う!! 後ろから揺さぶられて、無駄に息を乱しちまって全然思うように走らせてもらえなかった……!

 

 先ほどあたしに挨拶してきたウマ娘が近づいてきて、膝をつくあたしに嘲るように笑うと、そのままどこかへ去っていった。

 

 

「……ッ!」

 

 

 膝をついて息を整えていると、あたしを心配するようにセツナが近づいてきた。

 

 

「エース……ざ、残念だったね……つ、次は勝とう! ボクもいっぱいトレーニング付き合うから!」

 

「……ごめん、セツナ……ありがとう。次こそは……」

 

 

 差し伸べられたセツナの手をとって起き上がる。そして、簡易ターフを後にしようと思った時だった。

 

 

 

「ほら、見たことか……カツラギエース、こんな田舎のウマ娘が勝てるワケないのに、よく走れるよな」

 

「正直、ちょっと恥ずかしいよな。おれたち田舎者の力のなさを実感させられてる気がして。井の中の蛙ってやつ?」

 

「どうせ負けるんだから、大人しくしててほしいよな」

 

 

 観戦に来ていた地元の高校生くらいの人たちの会話。小声の会話だったけど、聴覚が良すぎるウマ娘の耳はその会話を拾ってしまった。

 

 

 "どうせ負けるんだから"。

 

 

 あまりにも無遠慮な言葉が頭の中で反芻する。ただ、実際何も結果を出せていない自分には何か言い返せるようなモノもなかった。

 

 ——もし……もしもだ。あたしじゃなくて、昔競走してもあたしにはずっと追い越すことができなかったセツナが、以前のように走れたなら勝てていたんじゃないか?

 

 ……そんな考えが脳裏を過ってしまい、それを隠すように俯きながら歯を食いしばって、そのまま急いでその場を立ち去ろうとして——

 

 

 

 

「あの、なんなんですかあなたたち」

 

 

 ——そのセツナが、その人たちに向かっていった。セツナの耳は大きく絞られていた。

 

 ……そうだ、あたしに聞こえたということは、同じウマ娘であるセツナにも届いてしまったということであり、つまり——

 

 

「うん? どうしたんだいお嬢ちゃん」

 

「エースの努力も知らないくせに! 勝てるわけないとか、大人しくしててほしいとか、失礼じゃないですか!?」

 

「あー、聞こえちゃってたか……いや、ゴメンね? ホント他意はないんだよ?」

 

「——ボクじゃなくて、エースに謝ってください!」

 

 

 だんだんヒートアップしてきたセツナとその人たちの会話。周りの目が集まってきて、人だかりができ始めていた。

 

 

「ちょ、ちょっとセツナ……」

 

「ちっ、なんだこのガキしつこいな! 実際、ホントのことだろ!」

 

「謝れッ!」

 

 

 ついにはセツナが1人の男に掴みかかる。

 

 

「ひっ……こ、このガキッ……! 放しやがれ!」

 

 

 いよいよ暴力沙汰にまで発展しようとしてたとき、顔を青くしてあたしの母さんが飛び込んできた。

 

 

「セ、セツナちゃん! ダメ!」

 

 

 レースには出ていなかったとはいえ、母さんもウマ娘。男の人に掴みかかっていたセツナを抱えて引き剥がす。

 

 

「放してエースのお母さん……! あの人たちに謝ってもらわないと!」

 

「謝るのはこちらの方だよ! 何があったか分からないけど、ウマ娘が手を出してはいけないよ!」

 

 

 ……母ちゃんの言っていることは、ウマ娘なら誰しも躾として教えられることだ。——そう。セツナがいかに子どもとはいえ、本来ウマ娘はヒトよりも圧倒的な膂力を持っている。ウマ娘とヒトでケンカになった場合、責任が重くなるのは必然的にウマ娘側の方になってしまうのだ。

 

 

「あ、あんたがこの子の保護者か! ちゃんと躾けておいてくれないか!」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい! 後で必ず言っておきますので……」

 

「ちっ……俺たちはもう帰る!」

 

 

 そう言って男たちは立ち去っていった。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

「——それで何があったか教えてくれるかい? セツナちゃん」

 

 

 しばらくして落ち着いたセツナに、母さんは優しく問いかける。

 

 

「うぅ……ぐすっ……あのひとたち、エースをバカにしたんだ! イナカモノは勝てない、どうせ負けるんだから大人しくしてろって! 次は勝てるかもしれないのに、なんで走る前からエースのことを勝手に決めつけられるの!? ボク、分かんないよ……!」

 

「セツナ……」

 

「セツナちゃん……」

 

 

 泣いているセツナをしばらくの間、母ちゃんは無言で抱きしめ、頭を撫でていた。

 

 ——あたしのせいだ。あたしが不甲斐ないせいで。あいつらやあのウマ娘にあんな事を言われ、セツナにこんな思いをさせてしまっている。

 

 あたしは、一度自分の心の中を整理する。

 

 あたしは、なんだ? あたしは、"カツラギエース"! くだらない常識やとんでもなく高い壁、それら全てを壊す存在! 誰が相手だろうと恐れず、どんなレースだろうと逃げない! 不可能なんて、絶対にない! 走れなくなってしまったセツナの想いも背負って最強になるんだろうが!! 

 

 “セツナなら勝てたかもしれない”だと? ——そんなのあたしに夢を託してくれたセツナに対して、失礼にも程がある!!

 

 

「……セツナ、不甲斐ない走りを見せて、ごめん。——けど、いつまでもくよくよしたままじゃいられないからな。これまで以上にトレーニングを積んで、次はあいつらを驚かせてやるくらい、すげぇ走りを見せてやる! あたしがセツナの分まで最強のウマ娘になるって約束したからな、諦めないぜ!」

 

「エース……! うん……そうだったね!」

 

 

 感極まったのか、こちらに抱きついてくるセツナ。

 

 

「ちょ、やめろって、へへっ、くすぐったいだろ!」

 

「大丈夫だよ! ボクのなかのイチバンはずっとエースだから!」

 

 

 腕の中にある温もりをたしかに感じながら、あたしは不甲斐ない自分に喝を入れる。

 

 ——田舎者だからって、簡単に夢を諦めてしまうのは違うだろうが……! まずはあたしがさっきのウマ娘たちに勝てるくらい成長して、そんなクソみてえな固定観念や閉鎖的な考えを一蹴してやると、そう決意した。

 

 

 

 






 本作では、幼少期のエースは身体が細く、有体に言うとレースの才能がありませんでした。しかし、努力できる才能は誰よりも持っていました。

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