刹那を駆け抜けたふたりのエース   作:クロノアの耳

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エース視点です。




エースを飲み込む悪夢

 ——あの出張レース大会から数ヶ月経った。

 

 あたしはあんな結果を二度と繰り返さないために、この田舎でもできるようなトレーニングを積んでいた。それで、空き時間を見つけては協力してくれるセツナと集まってトレーニングについて話し合っていた。

 

 

「あの時のレース……有体に言えばボロ負けではあったけど、おかけであたしの課題も見えた! あたしはトップスピードでは他のウマ娘たちに負けてないと思うけど、スタミナやパワーが全然足りてない! 詰め寄られたときに粘れる根性も必要だ!」

 

「なるほど……ではエース先生、何から始めるのがいいのでしょうか!」

 

「いい質問だ、セツナくん! ここにはレース場もないし、併走するウマ娘もほとんどいないから、レースの駆け引きとかを学ぶのは一旦おいて置く。だから、まずは基礎を固める! たくさん走り込んで、たくさん筋トレして身体を作る!」

 

「つまり、いつも通り一生懸命頑張るってことですね! わかりました!」

 

「ちっちっち……それがいつも通りじゃないんだな! 実は、今日は学校で調べた別のトレーニングを考えてきてんだぜ! それがこれだ!」

 

 

 そう、実は今日は新たに考案したトレーニングを試してみたいと思っていたのだ。あたしは計画を書き込んだ1枚の紙を取り出し、セツナに見せた。

 

 

「『川で水えい——スタミナとパワーとコンジョウをどうじにきたえられる』!? エース、なにこれすごいよ!」

 

「へへっ、だろだろ! あたしは少しでも効率よく強くならないといけないからな! とっておきの、見つけてきたんだ!」

 

「あ、だからエース、学校の水着持ってきてたんだ」

 

「そうなんだよ! 夏だし、ちょうどいいと思ってな! ま、ゼンはイソゲだ! さっそく川に行こうぜ!」

 

「うん!」

 

 

 そうして、あたしはセツナと軽い気持ちで川へ向かった。

 

 あの時のあたしは、セツナの分まで夢を背負ってるから、とにかく早く強くなりたいということしか頭になかったんだ。

 

 ——この後、あたしはこのトレーニングを実行したことを、一生後悔することになるとは、この時はまだ知らなかった。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

「——よし、ここなら手応えあるトレーニングができそうだな」

 

「でも、ここけっこう水の流れが激しいよ……? 大丈夫かなあ……?」

 

 

 あたしとセツナは、川のやや上流付近にあるそれなりの川幅が広く、流れに勢いのある場所に来ていた。

 

 

「これぐらいじゃないと、トレーニングにならないからな! んじゃ、準備運動して、さっそく始めるか!」

 

「エース、気をつけてね」

 

「おう。セツナこそ、身体のこともあるから、あんまり川に近づくなよ? 足を滑らせたらたいへんだからな」

 

「うん。わかった」

 

 

 そういって、あたしは準備運動をしてから川の中へと入っていった。

 

 

「くぅ……ずっと暑い日が続いてたから、冷たい水が気持ちいいな! ——よし、まずは10分間泳ぎつづけるから、タイムを測っててくれ!」

 

「分かった。じゃあいくよー! スタート!」

 

 

 セツナの合図に合わせ、あたしは水の流れに逆らって泳ぎ始める。身体の使い方を意識しながら、できるだけ全身の筋肉を使って泳ぐ。

 

 

 10分経ったら少し水分補給をしてまた泳ぎ始める。それを何セットも繰り返した。

 

 

「はぁ……はぁ……いやぁ、このトレーニングすっげえぞ! 全身の筋肉を鍛えられてるって感じがするし、確実に自分の力になってるって実感が湧くな!」

 

「そうなんだ! ……でもエース、ちょっと足が震えてきてるよ? そろそろやめておいたほうがいいんじゃ……?」

 

「大丈夫だって! それにこれぐらいやらないと、最強になんてなれないからな!」

 

 

 セツナの心配をよそに、あたしはまた川の中へと入っていく。——ここであたしがセツナの言うことをちゃんと聞いていれば、運命は変わったかもしれない。

 

 トレーニングを再開し、泳ぎ始めてしばらく経ったその時だった。

 

 疲れからか、無意識に川の中央の方に流されてしまっていたのだろう。急に身の流れが早くなり、流されまいとバタ足の勢いを強めてしまった。

 

 

「ごばっ!?」

 

 

 ぴき、と左足に感じる強い痛み。——マズい、足を攣った!

 

 突然泳げなくなってしまった驚きからあたしは大量の水を飲んでしまった。水の流れに抗えなくなり、そのまま流されていってしまう。

 

 

「え、エースッ!?」

 

 

 あたしのただならない様子を察したのか、セツナは大声で助けを呼び始める。

 

 

「誰か! 誰か! いませんかぁ! 助けてください!!」

 

「がばっ、セ……ツ……ごばっ!」

 

 

 奥の方に流されていくあたし。まともに声を発せず、呼吸もできない事実が私の焦燥感を煽る。続けざまに大量の水を飲んでしまい、肺の空気が押し出される。水に浮くことができなくなり、徐々に身体が沈んでいく。

 

 

「ま…………え……す! い……たす…………か…………!」

 

 

 セツナがあたしに向かって飛び込んできた——ような気配がする。既に身体の中の酸素がなくなり、何も考えることができなくなってきていた。

 

 あたしの意識は、ここでなくなった。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 ——朧げだった視界がだんだんと晴れていき、あたしの目の前にあったのは見知らぬ天井だった。

 

 

「うぅん……?」

 

 

 しばらく特に何も考えることなくぼーっとしていたけど、急にある事実を思い出し、覚醒する。

 

 そ、そういえば! あたしは川で溺れちまって……! あたしを助けてくれたのは——そ、そうだ! セツナ! セツナはどこに!

 

 起き上がろうとして、身体に力が入らないことに気づく。よく見たら、腕に点滴が刺されていた。

 

 

「ここは……病院か……?」

 

 

 やはり、あたしは救助されて、病院に運ばれたらしい。あの後、どれだけの時間が経ったのだろうか。

 

 力の入らない身体で目だけ動かしていると、掛け時計が見えた。時刻は夜の7時半を示していた。

 

 しばらくそうしていると、病室の入り口から看護師さんが入ってきた。目が覚めたあたしに気づいて、驚いた顔でこちらに寄ってきた。

 

 

「エースちゃん、目が覚めたのね! 大丈夫? どこか痛いところはない?」

 

「は、はい……身体に力が入らないこと以外は、特に……」

 

「よかったわ! もし何か痛くなったところがあったらいつでも言ってね! さっきまでエースちゃんのお母さんたち、来られていたんだけど、ちょうどさっき帰られちゃったのよ。今連絡するからね!」

 

 

 そういって看護師さんは部屋を出ていく。それからすぐに母ちゃんと父ちゃんと妹が慌てた様子であたしの元へきた。

 

 

「お、おねえーーー!!」

 

 

 病室の扉が開くと、真っ先に妹のラビットボールがあたしに駆け寄り、抱きついてきた。

 

 

「エース、エース! ああ、よかった……! 本当に心配してたのよ……!」

 

「エース、無事でよかった……!」

 

 

 母ちゃんと父ちゃんはラビを追うように駆け寄って、起き上がれないあたしの手を握ってくれた。

 

 

「母ちゃん、父ちゃん、ラビ、ごめん……迷惑かけて」

 

「あんた、3日も寝込んでたのよ? ラビが、川岸でふたりが倒れてるって言って家に飛び込んできて、心臓が止まるかと思っちゃったわ」

 

「おねえとセツナおねえ、びしょぬれでねたままずっと動かなかったからこわかったよお……」

 

「ラビがあたしたちのこと見つけて助けてくれたのか……ありがとな——ちょっと待て、ふたりで倒れて……? そうだ、セツナ!! セツナはどうしてるんだ!! ッげほっ、ごほっ!」

 

「え、エース、落ち着いて!」

 

 

 セツナのことを思い出して、必死に身体を起こし、両親に問い詰める。母ちゃんは咳き込んだあたしの背中をさすってくれる。

 

 そして、ふたりとも神妙な面持ちになって、父ちゃんから話し始めた。

 

 

「……いいかエース、本当に落ち着いて聞いてほしいんだ。セツナちゃんは今、集中治療室にいる……重篤状態で、予断を許さない状況だそうだ」

 

 

 その言葉を聞いて、あまりの衝撃にあたしは崩れそうになる。

 

 

「そ、そんな……あ、あたしが川でトレーニングしたいなんていったから……!」

 

「……エース、あそこで何があったのかゆっくり教えてくれる?」

 

 

 それからあたしはぽつりぽつりと、川で起きた出来事について母ちゃんたちに話した。

 

 トレーニングを無理して続けようとしたこと。急に流れが強くなって足を攣ってしまったこと。流され、沈んでいくあたしにセツナらしき影が飛び込んできたこと。

 

 

「そうか、それでセツナちゃんが溺れてしまったエースを必死に救助してくれたということか……あの身体でそんな無茶をしてしまったら——川岸で倒れてるエースたちを、偶然トレーニングの様子を見にいってたラビが、大声を聞いて発見したらしい」

 

「なるほどね……。——エース、あんたがやってしまったことはとても褒められたことではないさ。親としてはあなたを叱らないといけない。けど、きっとあんたは私たちが言うまでもなく反省しているんだろう? あんたに悪気があったわけじゃないから、これ以上は何も言わないわ。とにかく今は命懸けであんたを助けてくれたセツナちゃんに感謝して、あの子の無事を祈るしかないわね……」

 

「せ、セツナおねえならだいじょうぶだもん! だって、セツナおねえつよいんだよ! だからだいじょうぶだもん……!」

 

 

 あたしには涙を堪えるラビを、辛うじてゆっくりと動かせる手で撫でることしかできなかった。

 

 

「……父ちゃん、母ちゃん、ラビ——セツナ、ごめんなさい……」

 

 

 あたしの軽率な判断のせいで、セツナの命を危険に晒してしまった……。万が一、セツナにもしものことがあれば——いや、もしものことがなくてもあたしは自分のことを許せないだろう。

 

 

 ——面会時間の限界がきてしまったということで、両親たちは押し黙ってしまったあたしに、一言二言声をかけると、惜しみながら退室していった。

 

 もう今日は夜も遅いということで細かい検査などは明日行うことになり、そのままあたしは現実から逃げるように眠った。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 ——気がつくと、あたしは学校の中にいた。

 

 昼休みか。あたしはいつも通り、机で本を読んでいるセツナの元に向かった。

 

 

「おーい! ちょっといいかセツナ!!」

 

「あ、エース。教室にいないと思ったら、どこいってたの?」

 

 

 あたしは教室の扉を勢いよく開け、窓際のセツナの机に慌てた様子で飛び込んだ。

 

 

「ちょっと先生のとこへな! セツナはいつものやつ読んでたのか?」

 

 

 セツナは笑顔であたしを迎えてくれた。

 

 

「えへへ、うん、三女神様の本だよ! ……三女神様は、速くて、強くて、優しくて、いつもボクに勇気をくれるから!」

 

 

「へへっ、セツナはホント、三女神様のこと好きだよな……! ってそうじゃなかった、あたし今度またレースに出るんだよ!」

 

 

 なにか、忘れてるような……

 

 

「あ、先生のところに行ってたってことは、また出張レース大会だね!」

 

「そうだ! また開催されるって聞いてな! 今回こそは勝つぞ!」

 

「よかったね! 今までのトレーニングの成果を見せるときだよ!」

 

「あれだけトレーニングを積んだんだ! あたしの新しい走りに驚くんじゃねえぞ!」

 

 

 もっとなにか大事なことが……

 

 

「今のエースなら絶対優勝するよ! ——でもごめんね、今回はボク、応援にはいけないんだ……」

 

「え!? ど、どうしてなんだ!?」

 

「だってボク——

 

 

 

 

 

 

 

 ——エースのせいで死んじゃったから」

 

 

 今まで笑顔だったセツナの目が真っ黒になり、無表情でこちらを見つめる。

 

 

「ボク、あのときエースに言ったのになあ、やめておいたほうがいいんじゃないかって」

 

 

 セツナ(なのか?)は立ち上がり、あたしに顔を近づける。

 

 

「でもエースは聞かなかったよね」

 

 

 あたしがセツナにしたことを思い出す。

 

 

「ぅぁ……ぁ……」

 

 

 なにをするべきか分からなくなり、その場から動けなくなる。すると突然、無防備なあたしの首にセツナの両手が伸びてきた。

 

 

「ボクだけ死ぬのもおかしいよね? だからエース、キミもこっちに——「おねえっ!! おねえっ!! 起きて!!」

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 ——目が覚めると、ラビと母ちゃんがあたしの手を握って心配そうにこちらを伺っていた。

 

 

「あ……ラビ……母ちゃん……?」

 

「おねえ、とってもくるしそうだった。だいじょうぶ……?」

 

「おはよう、エース……あんたってば、すっごく魘されてたのよ……」

 

「うなされ……? ——うわっ!」

 

「わ、どうしたんだいエース?」

 

 

 思い出して、勢いよく起き上がる。そういえば、さっきあたしはセツナに首を——そうか、あれは夢だったのか……よく見たら、あたしはすごい寝汗をかいていた。

 

 

「エース、本当に大丈夫かい?」

 

 

 あたしはその問いに、無言で頷く。

 

 

「そうそう、さっきセツナちゃんのお母さんから聞いたんだけどね」

 

 

 セツナ、という言葉にあたしは一瞬身体を跳ねさせる。

 

 

「セツナちゃん、なんとか危険な状態は脱したみたい」

 

 

 その言葉を聞いて、あたしはお母さんに詰め寄る。

 

 

「ほ、本当か! セツナ、大丈夫だったんだな!? 夢じゃないよな!?」

 

「ほんとうだよ! いったでしょ、セツナおねえはつよいって!」

 

「ラビの言ったとおりよ。ただ、まだ目は覚めてないみたいだからそこは心配ね……」

 

「でもよかったぁ……!! ほんどによがっだぁ……!!」

 

 

 セツナの無事を聞いて、我慢しようとしても涙が止まらなかった。つい、母ちゃんの胸で泣き声を上げてしまう。

 

 

「あらあら、エースったら。よしよし、セツナちゃんが目を覚ましたら、ちゃんとあやまって、お礼を言わないとね」

 

「ゔん……! 言う……! ぜっだい、言う……!!」

 

 

 ——それからしばらく、あたしは母ちゃんの胸の中で泣き続けた。

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