エース視点です。
「——母ちゃん、またあのカツおにぎりを作ってくれないか?」
「おや、珍しいね。あんたから頼んでくるだなんて。あんた、昔っからワガママ少なかったからねえ……そういうことなら母ちゃん、張り切っちゃうわよ!」
あたしとセツナが三女神様たちと不思議な出会いをしてから数年が経ち、あたしたちは既に小学校高学年となっていた。
あたしがなぜ、母ちゃんにこんな頼みをしたのかというと——なんと再び街の方で出張レース大会が開催されることが決まったからだ。
「それにしても、またレースに出られるなんて——しかも今度はセツナちゃんも一緒! ああ、母ちゃんはどちらを応援したらいいんだろうねえ……! いや、どちらも応援すればいいのよね!」
あたしたちは、あれからトレーニングを怠らず、自分の課題と向き合いながら、身体を仕上げていった。
「エースとセツナちゃんの努力は私が1番知っているわ。今回は絶対に勝てるわよ」
「母ちゃん……その、食事の面でも本当に助かったよ。ありがとう」
そう、実は今まで、身体づくりのために三女神様に監修してもらった食事メニューがあり、母ちゃんはそれの通りに毎日作ってくれたのだ。
「好きでやってるからいいのよ。親は自分の子どもをお世話したいものなの! むしろ、エース、なんでもひとりでやっちゃって寂しかったんだから! たまには、母ちゃんの胸に飛び込んできてくれてもいいのよ?」
「そ、それは……恥ずいから、遠慮しとくよ……」
「あらあら、残念……それはさておき、レース頑張ってね!」
「おう!」
今ならどんなレースでも勝てる。それくらいの自信が持てるほどには、あたしもセツナも力を付けていた。
あたしたちの存在を証明する——まずは、そこからだ!
―――
——来たる出張レース大会当日。あたしたちは既に会場に着き、登録を済ませていた。
そして、母ちゃんが握ってくれたカツおにぎりを食べる。おかげで、身体に力が漲ってくるような感じがした。その後、しばらくしてセツナとウォーミングアップを始めた。
「エース、押すよー? よいしょー」
「ん……いい感じだ——よし、交代するぞ」
準備運動をしたあと、ストレッチとして、交互に前屈の背中を押し合う。
「はーいよろしくね」
「セツナ、押すぞ―……って、やっぱ相変わらずすっげぇ曲がるな」
「へへー! すごいでしょ!」
あたしも再びセツナが走れるようになるまでは知らなかったけど、セツナは恐ろしいほどの柔軟性を生まれ持っている。このバネから繰り出される末脚が、セツナのブキとなっている。
「じゃ、そろそろ軽く走っておこっか」
そうしてあたしたちは、ジョギングほどのペースでレース場の外周を走る。
「今日は初めて本気で戦うね」
そう話しかけてきたセツナの目には、闘志が宿り、これ以上ないくらいに尻尾が動いていた。
「へへっ、1本限りの真剣勝負、どっちが負けてもウラみっこなしだからな!」
あたしも思考をレースの頭に切り替える。セツナとのレースを前に、昂った気持ちを必死に抑えるのだった。
―――
『——美しい青空が広がる今回の出張レース大会、小学生部門芝1600m! ターフは絶好の良バ場となりました! 果たして、スターウマ娘の原石となる子は現れるのでしょうか!』
『1番の紹介をしましょう——』
そしてゲートインが始まる。今回は前回よりも増えて8人のレース。何より最も大きな変化はセツナがいることだ。
『3番カツラギエース、7番人気です』
あたしの番がきて、ゲートに入る。観客からは驚きの声が上がっていた。
『これは……! み、見事な仕上がりですね。登録では、カツラギエースは無所属とありますが、クラブチームのウマ娘相手にどう対抗するのか、期待がかかりますね!」
あたしは3枠3番、セツナは大外8枠8番だ。枠順だけでいえば、ややセツナの方が不利か。
『8番フューチャーセツナ、8番人気です』
『フューチャーセツナも無所属ですが、とても良い仕上がりですね。このレベルのウマ娘は、なかなか見られませんよ!』
セツナの方を見ると、最後に何か三女神様たちと確認しているのか、目を閉じて集中していた。
あたしはただ、自分の逃げを貫くだけ——今までのトレーニングがムダではなかったってことを、見せないとな!
『各ウマ娘、ゲートに入って体勢整いました』
『——さあゲートが開いた!』
あたしはスタートがかなり得意な方だ。ゲートが開くと同時に、ほぼトップスピードで駆け出す。
『各ウマ娘、特に出遅れもなくきれいなスタートを切りました——が! 3番カツラギエース、はやいはやい! 好スタートで、早くも先頭に躍り出た!』
あたしは、いきなり後続を突き放しにかかった。初めて見た人には愚策だと思われるかもしれないけど、セツナとのトレーニングで鍛えたスタミナと脚は、この程度で削られることはない。
『最初のコーナーを回って、先頭はカツラギエース! 既に2番手とは、8バ身の差が開いています!
『かなり飛ばしていますね。これは掛かっているかもしれません』
『おっと! 8番フューチャーセツナ、ここで2番手に出る! このハイペースに食らいついていきます!』
そうだよな、セツナ! 本来、後ろで様子を見ながら脚を溜めたいだろうけど、セツナはあたしがこのペースで垂れないことを知っている。あたしを逃すわけにはいかないもんな!
『これはなんということだ! カツラギエース、全く落ちる気配がありません! フューチャーセツナは、これを見越していたか! もはやふたりの戦いとなっています!』
『最終コーナーを曲がって、最初に立ち上がってきたのはカツラギエース! しかしフューチャーセツナも突っ込んでくる! 後続の追い上げてくる娘たちは、まだ7バ身後ろ!』
くるかセツナ! あたしもまだ脚は残ってる! 今回は逃げ切らせてもらうぜ!!
「えぇぇぇすぅぅぅ!!」
「うおぉぉぉぉ!!」
『残り200を切り、先頭は依然、カツラギエース! フューチャーセツナが詰め寄るが、それでも粘る粘る!』
——すぐ後ろにセツナが迫っている気配を感じる。それでも、先にゴール板を越えたのはあたしだったと思う。
『3番カツラギエース、今1着でゴールイン!! 半バ身差開いて2着は8番フューチャーセツナです!!」
『いやあ、これは大変なことになりましたね……事前の人気を覆すような快走。まさかこのようなところに、中央のウマ娘にも引けを取らないウマ娘がふたりもいたとは驚きましたね……! いずれにせよ、見事な勝利でした!』
疲れた身体に鞭を打ち、簡易掲示板に表示された着順を見る。1着は——あたしだった。ついさっきまで感じていた疲れが吹き飛び、初めてレースで1着を取ったという事実に、喜びやら高揚感やらで身体がどうにかなってしまいそうだった。
「あ、あたしが1着……1着なんだな! うおおおお!!
よっしゃあ!!」
とにかくこの喜びを全身で表現していたあたしに、ふらふらとした足取りでセツナが近づいてきた。
「エース、おめでとう……! エース、すっごく速くて、本当に楽しかった……! けど、ああ——やっぱり悔しいなぁ。本気だったからこそ、悔しいっ……! うん、次は絶対勝つよ……!」
「セツナ——って、おっとっと!」
急にセツナの力が抜けたかと思うと、あたしに倒れかかってきた。あたしはそれをしっかりと受け止める。
「——ごめんね、エース……。身体の限界がきちゃったみたい……」
「その身体で、それだけ本気で頑張ってくれたんだもんな。おつかれさん。今はゆっくり休みな」
「うん、そうする。ありがとう……」
そう言って、セツナは眠り始めてしまった。あたしは、横抱き——いわゆるお姫様抱っこの体勢でセツナを抱える。
「——あの、すみません!!」
そのままターフを後にしようとしたあたしだったけど、後ろから呼び止められる。振り向くと、そこにはいつぞやの地元の男たちがいた。
あたしはすぐに警戒態勢に入り、男たちを睨みつけた。
「なんだよ、あんたたち……! また何か言いたいことがあるのか!」
そう言うと、男たちは突然膝をつけたかと思うと、全員が地面に頭を擦り付けて土下座をし始めた。
「「「——あの時は、本当に申し訳ありませんでした!!!」」」
「…………え?」
「自分たちよりふた回りも小さい子相手にユメ否定するようなこと言って——全面的に俺らが悪いにも関わらず、謝罪せずに逃げ帰ってしまって……! 死んでも足りないくらいです!」
「俺たち、あの時はちょっと僻んでて……後から冷静になって、人間として終わってることしてるって気づいたんです……」
「その抱える子にも、本当に申し訳ないことをしました! ウマ娘の力を使わせるくらい、煽ってしまって……許されないことだとは思いますが謝らせてください! なんなら俺らを気が済むまで蹴ってくれていい!!」
いきなり全員から謝られたかと思ったら、なにやらとんでもないことを言い始めた。女子小学生に大の男3人が土下座している光景、絵面的には最悪である。でも、そうだな……そこまでいうなら——
「——本当に、反省してるんだな?」
そう言いながら、真ん中で土下座している男に近寄り、足を振り上げ——ることはしなかった。
「ふん、反省してるようだし、いいよ。別に。セツナもそういうのは望んでないだろうしな」
「え……で、でも……」
「でももすともない!! あたしがいいって言ってるんだから、もう立て」
「お、おう……」
おっかなびっくりに男たちは立ち上がる。
「——なんであんなつまらないこと言ったんだ?」
あたしがそう聞くと、男たちはゆっくり口を開いた。
「——俺たち、あの時、実は地元の高校でたまに甲子園に出場するくらいの野球部に入ってたんですが、そのスタメンっていうのはほとんどスカウト——県外からくる才能のあるやつらばかりで……」
「練習しても練習してもスタメンになんかなれなくて……毎日雑用ばっかで悔しくて、僻んでて……もう野球なんて止めようかって思ってて、そんな時にウマ娘のレースがあるって聞いて興味本位で見に行ってみたんです」
「そしたら、その……地元民のキミが負けているのを見てしまって……そこに俺たちの姿を重ねてしまったんです……人として最低なことを口走ってしまいました……キミの、キミたちの努力を何も知らずに」
へえ、こいつらも同じような境遇だったのか……まあ、だからといって、セツナに危害を加えようとしたことを許すつもりはないけどな。
「……なるほどな。じゃあそれで、今日のあたしたちの走りをみて、どうだった?」
「——本当に素人目から見ても、素晴らしい走りでした。あんな負け方をしたにも関わらず、キミは諦めずにこの数年必死に努力してきたことが伝わってきました」
「キミたちの走りを見て、すべては自分たちの努力不足だったって思い知らされました。気づいた頃にはもう何もかも遅すぎたんですが……」
「でも、希望を持てました! 俺たち田舎者でも、やれるんだって。夢を見ていいんだって。1着、本当におめでとうございます……!」
「ふ、ふーん。そうかよ」
まあ、あたしの走りでそう思ってくれるなら、厳しいトレーニング積んだ甲斐があったというものだ。
「エースの走りは、希望をくれる走りなんだからぁ! 世界でイチバンカッコいいんだよぉ! むにゃむにゃ……」
「!? セ、セツナ!? ——って、寝言かよ……」
び、びっくりした……! 突然セツナが喋り始めるから何かと思ったけど、寝言だったのか……それにしてもこのタイミングでどんな夢を見てるんだか。
「あ、あの! 俺たち、キミたちのファンになっても良いですか! キミたちの走りは夢を見せてくれる……今日のレース、とても感動しました!」
ファン……そうか、ファン——! へへっ、まさかあたしにファンがつく日がくるとは。
「……ところであんたたち、結局野球は辞めちまったのか?」
「……はい、お恥ずかしながら」
「なら、あたしたちがその夢継いでやる。田舎者が世界を獲るなんて、信じられないかもしれないが、あたしたちが不可能なんてないこと、証明してやる!」
「っ……!」
「あたしたちが“エース”になる瞬間、それを見届けてくれれば、それでいいさ。じゃあな」
そう言って、あたしは男たちから離れた。ふと腕の中で穏やかな顔で眠っているセツナを見て、少しだけ癒される。
あたしたちの走る理由——それを叶えるために、もっと鍛えないとな、セツナ!
あと1話ほどで、幼少期編は終わる予定です。