世界最強の弟はとってもカワイイサメ人間   作:翁月 多々良

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 前回書き忘れていましたが、ナナキ君の服装は白のTシャツに紺のオーバーオール、ピンクのシュシュで髪を結んでいます。

 オーバーオールには鮫の可愛いイラストがプリントされています。


ふぉーるん・しゃーく編
第1話∶初めての外泊


 

 両手で顔を庇い、目をギュッと閉じていた僕、南雲ハジメは、ざわざわと騒ぐ無数の気配を感じてゆっくりと目を開いた。そして、周囲を呆然と見渡すと、

 まず目に飛び込んできたのは巨大な壁画だった。縦横十メートルはありそうなその壁画には、後光を背負い長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれていた。

 

 背景には草原や湖、山々が描かれ、それらを包み込むかのように、その人物は両手を広げている。美しい壁画だ。素晴らしい壁画だ。そう思った、でも……僕にはなぜかそれらの芸術品に薄ら寒さを感じて無意識に目を逸らした。

 

 よくよく周囲を見てみると、どうやら僕達は巨大な広間にいるらしいということが分かった。

 

 素材は大理石かな? 美しい光沢を放つ滑らかな白い石造りの建築物のようで、これまた美しい彫刻が彫られた巨大な柱に支えられ、天井はドーム状になっている。大聖堂という言葉が自然と湧き上がるような荘厳な雰囲気の広間である。

 

 僕達はその最奥にある台座のような場所の上にいるようだった。周囲より位置が高い。周りには僕と同じように呆然と周囲を見渡すクラスメイト達がいた。どうやら、あの時、教室にいた生徒は全員この状況に巻き込まれてしまったようである。

 僕はチラリと背後を振り返った。そこには、やはり呆然としてへたり込む白崎さんの姿があった。怪我はないようで、ホッと胸を撫で下ろす。

 

 あとは……

 

 「お、お、お、落ち着いてくださいナナキ君!!だ、だだ大丈夫、だ大丈夫ぶぶ、せせ、せんせん先生が、つつつ着いてますからららら!!」

 

 「うぅ?あいちゃん……だいじょうぶ?」

 

 弟のナナキの姿もあった。こっちもどうやら無事のようで安心したけど、愛子先生がぼけーっとしてるナナキをムギューっと抱きしめて、安心させようとしているようだが、端から見れば愛子先生の方が落ち着きがなく見えてしまうのは言わないほうがいいだろう。

 

 そして、おそらくこの状況を説明できるであろう台座の周囲を取り囲む者達への観察に移っる。

 

 そう、この広間にいるのは僕達だけではない。少なくとも三十人近い人々が、僕らの乗っている台座の前にいたのだ。まるで祈りを捧げるように跪き、両手を胸の前で組んだ格好で。

 

 彼等は一様に白地に金の刺繍がなされた法衣のようなものを纏まとい、傍らに錫杖のような物を置いている。その錫杖は先端が扇状に広がっており、円環の代わりに円盤が数枚吊り下げられていた。

 その内の一人、法衣集団の中でも特に豪奢で煌きかな衣装を纏い、高さ三十センチ位ありそうなこれまた細かい意匠の凝らされた烏帽子のような物を被っている七十代くらいの老人が進み出てきた。

 

 もっとも、老人と表現するには纏う覇気が強すぎる。顔に刻まれた皺しわや老熟した目がなければ五十代と言っても通るかもしれない。

 

 そんな彼は手に持った錫杖をシャラシャラと鳴らしながら、外見によく合う深みのある落ち着いた声音で僕達に話しかけた。

 

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 そう言って、イシュタルと名乗った老人は、好々爺然とした微笑を見せた。その瞬間

 

 

 

 

 グギュルルルルルルルッ

 

 

 

 「………………」

 

 

 とても厳かな雰囲気をぶち壊すとても大きな腹の虫がこの広い空間に反響するように鳴り響いた。

 

 あまりにもあんまりな出来事にイシュタルと名乗った老人をはじめとした三十人あまりの法衣の集団、そして僕達生徒側も押し黙って、音の発生源に視線を向ける。

 

 

 「おなか……へった……」

 

 それは僕の弟南雲ナナキの腹の虫が鳴った音だった。

 

 

 

 

 

  ♢

 

 

 

 

 

 「ハムハムハム……むぐむぐむぐ」

 

 「こらこらナナキ君、あんまり慌てて食べたら喉を詰まらせますよ。落ち着いて、ゆっくり食べましょう。」

 

 「むん(うん)

 

 

 現在、僕達は場所を移り、十メートル以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間に通されていた。

 この部屋も例に漏れず煌びやかな作りだ。素人目にも調度品や飾られた絵、壁紙が職人芸の粋を集めたものなのだろうとわかる。

 おそらく、晩餐会などをする場所なのではないだろうか。上座に近い方に畑山愛子先生とその隣にナナキ、ナナキの保護者として僕、少し離れて天之河君達四人組が座り、後はその取り巻き順に適当に座っている。

 ここに案内されるまで、誰も大して騒がなかったのは未だ現実に認識が追いついていないからだろう。イシュタルさんが事情を説明すると告げたことや、カリスマレベルMAXの天之河君が落ち着かせたことも理由の一つだろうが。

 

 やっぱり一番の理由はナナキのマイペースさにある。

 

 ナナキの腹の虫のお陰で、完全に毒気が抜かれたとでも言うように、全員から緊張の糸が切れた感じがする。

 

 この部屋について全員で着席した時、タイミングよくカートを押してメイドさんが入ってきた。そう、生メイドである! 地球産の某聖地にいるようなエセメイドや外国にいるデップリしたおばさんメイドではない。正真正銘、男子の夢を具現化したような美女・美少女メイドである!

 メイドさん達は紅茶だけでなくお茶菓子も振る舞ってくれた。きっとナナキのお腹すいた発言を聞いてイシュタルさんが手配してくれたのかもしれない。

 

 だが僕は兄として知っている。こんなクッキー数枚で僕の弟の飢えは満たされないということを。

 

 全員に紅茶とクッキーが行き渡るのを確認するとイシュタルさんが話し始めようとする。が、しかし

 

 「さて、あなた方においてはさぞ混乱して──

 

 グギュルルルルルルルルルルル

 

 

 「…………………。」

 

 

 またもデジャブかのように場が静まり返り、音の発生源に視線を向ける。

 

 そこにはクッキーを食い尽くしてもまだしゅんっとなった寂しげな視線を空になったお皿に向けてお腹を鳴らすナナキの姿があった。

 

 因みに僕のお皿も空になっている。犯人は言わずもがなナナキだ。

 

 「あっえぇっとナナキ君。先生のクッキーも食べていいですよ!」

 

 言われると同時、輝くように破顔したナナキが先生からクッキーを貰う。

 

 これで話が進められると、先生もイシュタルさんも思った事だろう。

 だがまだだ!まだ甘いナナキの胃袋はこんなもんじゃ満足しない。先生のクッキーを食い尽くしてもの未だ腹の虫がおさまらないナナキ。

 

 「ナナキちゃん、私のクッキーもあげるわよ」

 

 と八重樫さん

 

 「ナナっち!鈴のクッキーもお食べ!!」

 

 と谷口さん

 

 そうやって見かねたようにナナキの可愛さに骨抜きにされた女子たちが次々にナナキにクッキーを献上する。

 

 そして女子たち全員のクッキーを食い尽くしてもなお腹を鳴らし寂しげに皿を見つめるナナキを見て女子たちが暴走する。

 

 「ちょっと男子!!あんたたちもナナキちゃんにクッキーを渡しなさい!!」

 

 「「「イヤなんでだよ!!」」」

 

 「当たり前でしょ!!どうせ男子なんてクッキーとかスイーツに興味ないんでしょ!!」

 

 「ざけんな!!俺はクッキーがお袋の作る飯を除いて何よりも大好物なんだよ!!このクッキーは渡さん!!」

 

 「うっさいマザコン!知らないわよあんたの好みなんてぇ!!」

 

 「どいひぃ!!」

 

 結局女子の圧力に屈した男子たちはそのクッキーを残さず徴収されていった。

 

 しかし結局、この場に存在するクッキーを全て食い尽くしたとしても。

 

 グギュルルルルルルルルルルルルルルッ

 

 ナナキの飢えは満たされない

 

 「ざっけんなよお前ぇ!!あんだけ食っておいて何でそんなさみしげな小動物のような目ができるんだよ!!」

 

 「くっ南雲弟の胃袋は化け物か……」

 

 「おい南雲!!どうなってるんだよ!!」

 

 

 いよいよ天之河君までも文句を言い始めた。だから僕は仏のような笑みを浮かべて説明責任を果たす。

 

 「ほらぁちょうど今、お昼時だっただろう?ちょうどお腹が空いちゃう時間帯だったんだよ。ナナキは食いしん坊だからなあオヤツじゃ腹の足しにならないもんなぁ」

 

 そうやって僕はナナキの頭を撫でる。ナナキは空腹で今にも泣きそうな顔でコクンと頷く。

 

 「いや、あの量はもうオヤツの次元じゃないだろぉ~!!」

 

 

 その後ついには「びええええん!!」と大声で泣き出したナナキに見かねたイシュタルさんはその彫りの深い目元に影を差しながらもメイドさん達を手配して今度は本格的な料理を用意してくれた。

 

 それは満漢全席もかくやという物量で、ようやくナナキの飢えを満たすことに成功した。ナナキは今も満足そうにモキュッモキュとほっぺを朱色に染めて膨らませている。

 

 カワイイ、周りに幼稚園児が描いたような花が舞っているのが見える。

 

 「ごほんッ!えー、その、ですぅね、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

 ようやく話を始められると思ったイシュタルさん、少しでも緩んだ空気を締め直そうと威厳ある口調で話そうとするが、

 

 クラスの大半が笑顔のハムスター状態のナナキに和んでしまっている始末だ。だが……

 

 次に聞かされた話によってそうもしていられなくなった。

 

 その内容は何ともテンプレで、ファンタジーで、身勝手極まりない内容だった。

 

 ここはトータスと言う異世界であり、ここには人間族、亜人族、魔人族の三つの種族が存在している。人間族は北一帯、魔人族は南一帯、亜人族は東の樹海の中で生きているらしい。

 

 このうち、人間族と魔人族は何百年も戦争を続けている。魔人族は数では人間族に負けているが、個人の資質では勝っている。それによってある種の拮抗状態が保たれていたのだが、最近ある異常事態が多発しているらしい。それは魔人族が魔物を使役しているという事だ。

 

 魔物とは野生動物が魔力を取り入れ変質した異形の事らしい。この世界の人間でも魔物の事は詳しくは分かっていないようだが、それぞれ固有魔法と言う魔法が使える害獣と言う認識らしい。

 

 で、これまで本能のままに動く魔物を魔人族が大量に使役できるようになったことで人間族の数というアドバンテージが崩れ、人間族は滅びの危機を迎えているらしい。

 

 「あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っているのです」

 

 神託で伝えられた受け売りですが、とイシュタルさんは言葉を切りる、それを聞いて僕は隣で眠たそうに目をしばたたかせているナナキを見つめる。

 

 「あなた方にはぜひその力を発揮し、エヒト様のご意思の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救っていただきたい」

 

 イシュタルさん……いやイシュタルはどこか恍惚とした表情でそう言う。恐らく神託を聞いた時の事でも思い出しているのだろう。イシュタルによれば人間族の9割以上が創世神エヒトを崇める聖教協会の信徒らしく、神託を聞いたものは例外なく教会の高位につくことができるらしい。

 

 僕は戦慄する。神の意志を疑わず、嬉々として従うであろうこの世界のいびつさに危機感を覚えていると、突然立ち上がり、猛然と抗議する人が現れた。愛子先生だ。

 

 「ふざけないで下さい! 結局この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっとご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることは唯の誘拐ですよ!」

 

 

 ぷりぷりと怒る愛子先生。彼女は25歳の先生なのだがナナキと同等の小柄な体とボブカットの髪に童顔。これらのせいでどうしたって生徒であっても庇護欲が掻き立てられ、ほんわかしてしまう。ナナキに構う姿なんて子どもと大人と言うよりかはいっそ姉妹と言えなくもない光景だ。そうして今回も多くの生徒が「ああ、また愛ちゃんが頑張ってるなぁ……」とほんわかし始める。が、その空気もイシュタルの次の言葉に凍り付く。

 

 

 「お気持ちはお察しします、ですが……現状あなた方の帰還は不可能です」

 

 場に静寂が満ち、誰もが何を言われたのか分からないという表情を浮かべる。

 

 「ふ、不可能って……どういう事ですか!?喚べたのなら帰せるでしょう!?」

 

 「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意志次第ということですな」

 

 「そ、そんな……」

 

 愛子先生が脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。隣に座っていたナナキはその振動で目を覚まし、愛子先生に「だいじょうぶ?」と声を掛ける。そしてそれを皮切りに周囲も口々に騒ぎ始めた。

 

 「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」

 

 「いやよ! なんでもいいから帰してよ!」

 

 「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」

 

 「なんで、なんで、なんで……」

 

 

 パニックになる生徒達。

 

 僕当然も平気ではなかった。しかし、オタク知識がある分こういう展開の創作物は何度も読んでいる。それ故、予想していた幾つかのパターンの内、最悪のパターンではなかったので他の生徒達よりは平静を保てていた。

 

 ちなみに、最悪なのは召喚者を奴隷扱いするパターンだったりする。

 

 誰もが狼狽える中、イシュタルは特に口を挟むでもなく静かにその様子を眺めていた。

 

 だが、僕は、なんとなくその目の奥に侮蔑が込められているような気がした。今までの言動から考えると「エヒト様に選ばれておいてなぜ喜べないのか」とでも思っているのかもしれない。

 

 未だパニックが収まらない中、突然天之河君が立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。その音にまたうとうとしはじめていたナナキも含め、ビクッとなり注目する生徒達。彼は全員の注目が集まったのを確認するとおもむろに話し始めた。

 

 「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

 

 「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

 

 「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

 

 「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

 

 「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 ギュッと握り拳を作りそう宣言する天之河君。無駄に歯がキラリと光る。

 

 同時に、彼のカリスマは遺憾なく効果を発揮した。絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。彼を見る目はキラキラと輝いており、まさに希望を見つけたという表情だ。女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っている。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

 

「龍太郎……」

 

「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

 

「雫……」

 

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

 

「香織……」

 

 いつものメンバーが天之河君に賛同する。後は当然の流れというようにクラスメイト達が賛同していく。愛子先生はオロオロと「ダメですよ~」と涙目で訴えているが天之河君の作った流れの前では無力だった。

 

 結局、全員で戦争に参加することになってしまった。おそらく、クラスメイト達は本当の意味で戦争をするということがどういうことか理解してはいないだろう。崩れそうな精神を守るための一種の現実逃避とも言えるかもしれない。

 

 僕はそんなことを考えながらそれとなくイシュタルを観察した。彼は実に満足そうな笑みを浮かべている。

 

 僕は気がついていた。イシュタルが事情説明をする間、それとなく天之河君を観察し、どの言葉に、どんな話に反応するのか確かめていたことを。

 

 正義感の強い天之河君が人間族の悲劇を語られた時の反応は実に分かりやすかった。その後は、ことさら魔人族の冷酷非情さ、残酷さを強調するように話していた。おそらく、イシュタルは見抜いていたのだろう。この集団の中で誰が一番影響力を持っているのか。

 

 世界的宗教のトップなら当然なのだろうが、油断ならない人物だと、頭の中の要注意人物のリストにイシュタルを加えるのことにした。

 

 ふとそんな事を考えていた時、僕の手を握る感触があった。

 

 「あにぃ?」

 

 視線の先には周りの喧騒にすっかり目が覚めてしまったナナキ。ナナキはいつものボケーとした無表情を向けてくるが、こちらを握る小さな手は、小刻みに震えていた。

 

 ナナキは素直な子だ。その性質故に理性はなく本能のままに生きている。だからだろう、本能で感じ取ってしまったのだ。今が良くない状況なのだということを。

 

 いつもの無表情の瞳の奥をよく見れば、不安に、恐怖に震えている。

 

 はぁ〜っとついため息が漏れる。何やってるんだよ僕は、弟を不安にさせてそれでも僕はこの子の兄なのかよ!

 

 僕は思考をリセットするために頭を振るい、顔をナナキに向ける。とびっきりの笑顔を。

 

 「安心してよナナキ、兄ちゃんが付いてるから、何も怖くないよ」

 

 そう言って頭を撫でてやると

 

 「へへッ」

 

 幸せそうに笑った。

 

 

 

 

  ♢

 

 

 

 その後僕らはイシュタルに連れられて、王宮に向かっていた。

道中、ここ聖教教会本山のある【神山】と呼ばれる場所から麓のハイリヒ王国へと“天道”と呼ばれる魔法でまるで光るロープウェイの様に向かっていた。

 

 その時ナナキは僕の制服の裾を引っ張りはしゃいでいた。

 

 「あにぃ!みて…みて!おそら…おそらッ!!」

 

 魔法なんてテレビの中でしかお目にかかれなさそうな体験をしてテンションが上がっているのだろう。

鳥のマネなのか「とんでるー」なんて叫びながら両手をバタバタさせて走り回っている。

 

 クラスのみんなも女子は勿論、男子も一部の人間はその様子を微笑ましそうに見ていたが、最終的に愛子先生が「走り回っちゃいけません!」って言って後ろから抱きつきながら止められていたけれど、 でも僕達だって例外じゃない、ナナキほどあからさまじゃないが、今後の心配事なんかそっちのけで”魔法“に目を輝かせていた。

 

 まぁその後、雲海を抜け天より降りたる〝神の使徒〟という構図そのままの演出の片棒を担がされて、それだけで一喜一憂する人々を見て、神の意志が中心に回るこの世界の歪さを再認識することになったのだけれどもね。

 

 王宮に着くと、僕達は真っ直ぐに玉座の間に案内された。

 

 教会に負けないくらい煌びやかな内装の廊下を歩く。道中、騎士っぽい装備を身につけた者や文官らしき者、メイド等の使用人とすれ違うのだが、皆一様に期待に満ちた、あるいは畏敬の念に満ちた眼差しを向けて来る。僕らが何者か、ある程度知っているようだ。

 

 こういうの居心地悪いから最後尾でひっそりと付いていこうとしたけれど、そうは問屋がおろさなかった。

 

 ナナキが僕の手を繋いでいつもの面倒を見てくれる八重樫さん達幼馴染組の所へと直行しに行ったのだから。

 

 ナナキは完全に八重樫さんに懐いている為側に居たいと言う気持ちは分からんでもないけれど、あの……その……勘弁してください!!

 周りの視線、特に天之河君あたりの刺すような視線がキツイから!!

 心情的にはブルータスに裏切られたカエサル皇帝の気分だから!!ナナキ、お前もか!!

 

 そうこうしているうちに、美しい意匠の凝らされた巨大な両開きの扉の前に到着すると、その扉の両サイドで直立不動の姿勢をとっていた兵士二人がイシュタルと勇者一行が来たことを大声で告げ、中の返事も待たず扉を開け放った。

 

 イシュタルは、それが当然というように悠々と扉を通る。天之河君やナナキ等一部の者を除いて生徒達は恐る恐るといった感じで扉を潜った。

 

 ナナキは「ひらいひろい!!」と相変わらずのはしゃぎようで僕の手を離し、あっち行ったりこっち行ったりしてる。愛子先生が真っ青な顔で人差し指を口の前に持っていき「しーっしーっ」と声なき声で訴えている。

 

 扉を潜った先には、真っ直ぐ延びたレッドカーペットと、その奥の中央に豪奢ごうしゃな椅子――玉座があった。玉座の前で覇気と威厳を纏った初老の男が立ち上がって(・・・・・・)待っている。

 

 その隣には王妃と思われる女性、その更に隣には十歳前後の金髪碧眼の美少年、十四、五歳の同じく金髪碧眼の美少女が控えていた。更に、レッドカーペットの両サイドには左側に甲冑や軍服らしき衣装を纏った者達が、右側には文官らしき者達がざっと三十人以上並んで佇んでいる。

 

 玉座の手前に着くと、イシュタルは僕達をその場に止め置き、自分は国王の隣へと進んだ。

 そこで、おもむろに手を差し出すと国王は恭しくその手を取り、軽く触れない程度のキスをした。どうやら、教皇の方が立場は上のようだ。これで、国を動かすのが〝神〟であることが確定だな、と内心で溜息を吐く。

 

 そこからはただの自己紹介だ。国王の名をエリヒド・S・B・ハイリヒといい、王妃をルルアリアというらしい。金髪美少年はランデル王子、王女はリリアーナという。

 

 後は、騎士団長や宰相等、高い地位にある者の紹介がなされた。ちなみに、途中、美少年の目が白崎さんに吸い寄せられるようにチラチラ見ていたことから彼女の魅力は異世界でも通用するようである。

 そして可愛くはしゃぐナナキを見て王女様が何やらソワソワしていたのはもはや通例のようなものである。

 

 その後、晩餐会が開かれ異世界料理を堪能した。ナナキの昼食のときにちょっと見たが、見た目は地球の洋食とほとんど変わらなかった。たまにピンク色のソースや虹色に輝く飲み物が出てきたりしたが非常に美味だった。

 

 そしていつも通り美味しそうに食事をするナナキを見て、イシュタルをはじめとした、神山から同行していた人達は、「コイツどんだけ食うつもりだ!?」と驚愕した表情をしていた。

 

 「いや、昼あれだけ食ったのに!!どんだけ食うのナナっち!?」

 

 あっ地球組も驚いてた。

 

 王宮では、僕らの衣食住が保障されている旨と訓練における教官達の紹介もなされた。教官達は現役の騎士団や宮廷魔法師から選ばれたようだ。いずれ来る戦争に備え親睦を深めておけということだろう。

 

 晩餐が終わり解散になると、各自に一室ずつ与えられた部屋に案内された。天蓋付きベッドに愕然としたのは僕だけではないはずだ。僕は、ナナキと2人部屋にしてもらった。先生がナナキの障害について、国や騎士団の人に話してくれたらしくて、兄の僕と一緒のほうが落ち着くだろうとの気配りだそうだ。ちょうどこんな豪奢な部屋に一人なんてイマイチ落ち着かない気持ちだったから丁度いい。

 

 「おっきぃー!!」なんて叫んでベッドに飛び込んだナナキは気がつけば熟睡していた。

 

 そうだよね、今日は色々あったしナナキ自身もあんなにはしゃいでたし。

 

 スーッスーッと気持ちよさそうに規則正しい寝息を立てる弟を見る。おもむろに前髪をいじり、頬を撫でながら物思いにふける。

 

 さっきたまたまイシュタルとすれ違った時、イシュタルは一瞬ナナキを睨んだ(・・・)様に見えた。

 

 そう、あれはまるで使えない、ゴミを見る目だ。きっとナナキの障害に関しては愛子先生から聞いているのかもしれない。

 

 きっとイシュタルの心情的には、不良品を掴まされたような気分なのだろう。

 

 「ふざけるなよ」

 

 自然と声に出ていた。でもしょうがないじゃないか。勝手に呼び出した挙げ句にゴミ扱い……人の弟を何だと思っていやがる(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 まぁ好都合だ。ナナキは絶対に戦争なんかに巻き込ませない。絶対、誰にも傷付けさせない。

 

 「大丈夫、兄ちゃんが絶対に守ってやる。一緒うちに帰ろう」

 

 そう言いながら僕は横になると自然と意識が溶けていった。僕も相当疲れていたらしい。

 

 意識がおちるその瞬間までその小さな頭を撫で続けた。瞼の裏に焼きついた寝顔は何処か幸せそうに笑っていたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 シリアスブレイカーナナキ君

 南雲家はそこそこ(・・・・)裕福な家庭である。本来両親の職業を考えたらそれなりの金持ちを名乗れるくらいの資産を持っているはずだが、それには南雲家次男の存在が、大きく起因している。

 なぜなら、南雲家両親、二人の仕事の利益を合わせた全体の50%はナナキ君の食費に消えているからである。

 故に本来は豪邸に住めるほどの収入を得ているはずの南雲家はごくごく平凡な2階建て建築に住んでいる。

 ただしキッチンの冷蔵庫又は冷凍庫は規格外だぞ!

 トータス&地球組「お前どんだけ食うねん!」

 ハジメ「僕が麻痺しているのかなぁ〜」

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