ゼロクセイドさん、妃白さん、重國さん、
新たに評価ありがとうございますm(_ _)m
今回もかなり間が空いてしまった……。
俺、南雲 ハジメは、もはやガイドブックと称せる地図を見て“マサカの宿”という宿屋に泊まることを決めた。
紹介文によれば、料理が美味く防犯もしっかりしており、何より風呂に入れるという。最後が決め手だ。その分少し割高だが、金はあるので問題ない。若干、何が〝まさか〟なのか気になったというのもあるが……
「まっさか〜♪まっさか〜♪まさかのおやどぉ〜♪」
ユエに手を引かれというよりユエを引っ張る勢いで歩くナナキは、マサカの宿の響きが面白いのか、チューリップの歌みたいにマサカの宿の名前を連呼している。ここまでテンションが高いのは純粋に楽しいのもあるんだろうが……。
「そろそろ眠いんだろうな……。ちょっと急ぐか」
「そうですねぇ」
「……ん」
ナナキは本来、感情起伏が少ない。並の人が見ても今怒ってるのか、喜んでるのかが非常に分かりにくい。
俺は、手に取るように分かるが……。
現在は変質化して、尻尾という分かりやすく感情を伝えてくれる器官が誕生したが、それにしても今のナナキはテンションの高さがあからさますぎる。
それはナナキの昔からの性質なのだが、眠くなる寸前は異常に上機嫌になるのだ。例えるなら、消えかけのろうそくが消える寸前に強く燃え上がる。あの現象のように段階事にテンションが高くなるんだ。
さっきまでの冒険者ギルドでは眠気進行度レベル1。今がレベル2テンションハイMAX状態。そして、最後のレベル3は、酔っ払いのように呂律が回らなくなり、ふにゃふにゃと力が入らなくなるのだ。
そう、完全体サメナナキが魔力飽和状態に移行したとき、変身が解けたあとになるあのカワイイやつだ。
今日はきっと、ずっと歩き通しだった上、イベント続きで大変だったから疲れたんだろう。
「まだ風呂にも入ってないからな。レベル3に移行する前にさっさと宿へのチェックインを済ませねぇ~と」
「晩ごはんもまだですからねぇ〜」
「ん、地上に出て初めてのまともな食事だから……ちゃんと食べさせたい。」
俺とナナキは魔物の肉、ユエは俺の血、樹海でも料理は振る舞われたが、切迫した状況だったハウリア達からは獣を焼いたものくらいしか出てこなかった。それでも神の舌(笑)を持つナナキは満足していたが……。
というわけで実は、地上を出て食すまともな料理はこれが初めてということになる。
そうして話しているうちに到着したマサカの宿。中に入ると一階は広い食堂になっていて、入ってすぐナナキは鼻をスンスンッと鳴らしていた。
グキュルルルルルルッ
毎度お馴染みすごい自己主張の強い腹の虫を唸らせ、涎をじょばじょばと垂れ流して食堂の食事の数々に目を奪われるている。
スンスンッ「いいにおい〜」
「まずは受付してからだからな」
「ん……もう少し我慢……ね」
「でも確かに食欲をそそられる香りがしますねぇ〜。お腹がペコペコですぅ~」
宿の建物に入館して早々、今にも人の料理に飛びつきそうなナナキを俺が宥め、ユエが優しくナナキに言い聞かせ、最後に残念シアがナナキに同調するようにお腹を擦る。そんな傍から見ても賑やかな俺たちに、お約束のように集まる視線。それらを全て無視してカウンターらしき場所に行くと、十五歳くらい女の子が元気よく挨拶しながら現れた。
「いらっしゃいませー、ようこそ“マサカの宿”へ! 本日はお泊りですか? それともお食事だけですか?」
「宿泊だ。このガイドブック見て来たんだが、記載されている通りでいいか?」
俺がヒラハラと見せたオバチャン特製地図を見て合点がいったように頷く女の子。
「ああ、“キャサリンさん”の紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」
女の子がテキパキと宿泊手続きを進めようとする中、俺は何処か遠い目をする。まさか、あのオバチャンの名前がキャサリンだったことが何となくショックだったからだ。暫く茫然自失していると、女の子の「あの~お客様?」という呼び掛けにハッと意識を取り戻した。
「あ、ああ、悪い。一泊でいい。食事付きで、あと風呂も頼む」
「はい。お風呂は十五分百ルタです。今のところ、この時間帯が空いてますが」
女の子が時間帯表を見せる。なるべくゆっくり入りたいので、男女で分けるとして二時間は確保したい。その旨を伝えると「えっ、二時間も!?」と驚かれたが、日本人たる俺とナナキとしては譲れないところだ。
「え、え~と、それでお部屋はどうされますか? 二人部屋と三人部屋が空いてますが……」
「四人部屋とかはないのか?」
「四にッ///!?……大変申しわけありません。四人部屋は予約制で今は全部屋埋まっていまして……」
「う〜ん」
女の子から何やら好奇心の宿る目を向けられるが、スルーして俺は考え込む。
俺としては正直、例え防犯面がきちんとした宿でも油断せず、安全面を考慮して全員でまとまっていた方が良いと思ったんだが、予約制と言うのならしょうがない。残りの二人、三人部屋から選ぶとしよう。
まぁ言っても、三人部屋で四人を無理やり押し込むのは窮屈でまともに休める気がしないため論外だから、必然的に男女別の二人部屋になるだろうが。
「じゃあ二人部屋を2つで頼む」
「それが良い、私とハジメで一部屋、ナナキとシアで一部屋」
「ん?」
俺の要望に被せるようにユエがナチュラルに部屋割を口にする。あまりにも自然すぎたので俺も対応が遅れる。
「い、いやぁユエ「ちょッ!何でその部屋割りなんですか!?」
俺がユエに聞き返す前に、馬鹿デカい声で残念シアが被せてくる。それに対してユエはさらりと返す。
「……当然、ナナキの教育に悪い。シアには、ナナキの寝かしつけをしてもらう。」
「私は召使いですか!それよりッ教育に悪いって何をするつもりなんですか!?」
「……何って……ナニ?」
「ぶっ!? ちょっ、こんなところで何言ってるんですか! それこそ教育に悪いですぅ!!」
2人の言い争いに、最初こそ俺の2人部屋宣言に拍子抜けな表情を向けていた宿泊客、特に男連中は次第に俺に対して強烈な嫉妬の炎が宿った眼差しを向けてくる。
正面の女の子に至っては既に顔を赤くしてチラチラと俺達一人一人を交互に見ていた。
更に、ナナキの見上げてくる純真な眼差しも痛い。これ以上は恥ずか死ぬからその前に止めに入ろうとするが、その目論見は少し遅かった。
「だ、だったら、ユエさんこそナナちゃんと一緒に寝て下さい!寝かしつけなら懐いてるユエさんの方がずっと適任でしょう! 私がハジメさんと一緒に寝ます!」
「……ほぅ、それで?」
指先を突きつける残念シアに冷徹な眼差しを向けるユエ。その視線に負けじと「女は度胸!」と言わんばかりに気合を入れて……
「そ、それで、ハジメさんに私の処女を貰ってもらいますぅ!」
と、 公衆の面前で、バカ丸出しな事を口走った。その瞬間、辺りが静寂に包まれる。誰一人、言葉を発することなく、物音一つ立てない。今や、宿の全員が俺達に注目、もとい凝視していた。厨房の奥から、女の子の両親と思しき女性と男性まで出てきて「あらあら、まあまあ」「若いっていいね」と言った感じで注目している。
「……今日がお前の命日」
「うっ、ま、負けません! 今日こそユエさんを倒して正ヒロインの座を奪ってみせますぅ!」
「……師匠より強い弟子などいないことを教えてあげる」
「下克上ですぅ!」
ユエから尋常でないプレッシャーが迸り、震えながらも残念シアが背中に背負った大槌に手をかける。まさに修羅場、一触即発の雰囲気に誰もがゴクリと生唾を飲み込み緊張に身を強ばらせる。
そして……
ゴチンッ! ゴチンッ!
「ひぅ!?」
「はきゅ!?」
俺の鉄拳が、ユエと残念シアの二人の頭にきれいに叩き込まれる。そんな二人の悲鳴が響き渡り、ユエと残念シアは涙目になって蹲り両手で頭を抱えている。
「ったく、ナナキの前でやめろって言ってんだろッ周りに迷惑だし、何より俺が恥ずいわ」
「……うぅ、ハジメの愛が痛い……」
「も、もう少し、もう少しだけ手加減を……身体強化すら貫く痛みが……」
「自業自得だバカヤロー 寝るのは俺とナナキ、ユエとお前だ残念ウサギ」
俺は、冷ややかな視線を二人に向けると、クルリと女の子に向き直る。女の子は俺の視線にビシィと姿勢を正していた。
「騒がせて悪いな、改めて二人部屋2つ。俺とコイツ、そっち二人だ。一応言っておくが、コイツは男で俺の弟だ。」
「お、男同士……しかも兄弟でなんてぇッ!!……///」
「いや、違くて……」
女の子は話を聞かずトリップしていた。その後は母親らしき女性が女の子を回収していき、父親らしき男性が対応を変わってくれた。
宿泊の手続きを済ませ、部屋の鍵を手渡しながら
「うちの娘がすいませんね」と謝罪はしてくれたが、その目には「男だもんね?わかるよ!」という嬉しくない理解の色が見て取れる。そう考えちまうと、先ほどの謝罪も
『周りが騒がしくしたから、本当はユエ達と寝たいのに仕方なく弟と寝る事に決めた事』
に対しての謝罪に聞こえて、無性に腹が立つ。
弁明するのも面倒なため、俺は溜息を一つ零すとナナキの手を取り二階の部屋へと向かった。
「あにぃ、しょじょってなぁに?」
「ナナキ、お前にはまだ早い。今すぐに忘れなさい」
「うぅ~なんでおしえてくれないの?」
「……ほ、ほらぁ!早く部屋に行って、荷物を下ろして、お風呂に入って、そしてご飯を食べよう!お腹空いてるだろう?今日は好きなものをいくらでも食べていいからなぁ!金ならたくさんある!甘いデザートとかもあるかもしれないぞぉ?」
「おぉ〜でざーと!」じゅるりッ
休みに来たはずなのに、一層疲れた気がするのは俺の気の所為であって欲しい……はぁ~ッ……。
「あのぉ~、ユエさん……もしかしなくてもですけど……」
「……アナタにもわかった?そう、目下一番の強敵は………………ナナキ」
「お、思わぬ伏兵ですぅ〜」
後ろからそんな会話が聞こえたがあえて無視した。
◇
2時間の風呂を済ませ、俺達は食事のために食堂へと降りてきた。ナナキの正体が露見する確率を下げるために、部屋で食べることも考えたんだが、ナナキが当然の様に一目散に食堂に降りてきてしまっていた。
今更部屋で食べるなどと言っても返って怪しまれるため、このまま強行しよう。
ついでに風呂でもあまり休めなかった。最初はレディーファースト精神でユエ達に先を譲り、その後に俺とナナキで入っていたのだが、俺とナナキが湯船に浸かったのを見計らってユエ達二人が風呂場になぐり込んできやがった。
ユエはさすがに、ナナキの眼の前であからさまに“そういうこと”はしてこなかったが、背中を流してきたり、湯船につかるときさり気なく密着してきたりと、いろいろ際どかった。
逆にアホウサギは、ナナキがいるのもお構い無しに“そういうこと”目的で突撃してきたため、ユエに縛られて脱衣所に放り込まれていた。
閑話休題
階下の食堂に来てみれば、チェックイン時と同じ顔ぶれの客が誰ひとり欠けることなく座ったままであった。約1名、見知らぬ全身ローブの大柄な客が増えていたが……ってあの客めっちゃ注文してんな!皿が何重にも上に積み重ねていやがる。
ナナキ以外であんなに食う奴は初めて見るなぁ〜。
俺はその男を一瞥したあと、平静を装いながら先に来ていたナナキのいる席に座る。
グギュルルルルルッ
「あにぃ!おなかすいたぁ!」
「まぁまぁ、そんなに慌てんな」
先ほどよりも大きな腹の虫を唸らせる弟を宥め、俺達四人席に着いて注文を取ろうと店員を呼ぶ。すると、さっきの女の子が「先程は失礼しました」と謝罪しながら給仕にやって来た。謝罪してはいるが瞳の奥の好奇心が隠せていない。さっきも風呂をこっそり覗いていたのはバレてんだからな。若干涙目な様子を見るに、しっかりと両親には絞られているらしい。それでも好奇心の目をを絶やさないのは流石は思春期と言わざる終えない。
「ご注文をどうぞ〜」
気を取り直して彼女も注文のメモを取り出したので俺たちもメニューを眺める。
「じゃあ俺はこのソーセージたっぷりの“ポタフ”、そして付け合わせにパンを一切れ頼む。」
“ポタフ”とは名前でわかると思うが、俺たちの世界で言うところの“ポトフ”だ。なるべく地球の料理に近いものを探したらまずこれが目に入った為、コレを選ばせてもらった。
「……ん、私も同じの」
「あッ!そういうアピールですねユエさん!じゃぁ私もハジメさんと同じものでお願いしまぁ〜す!」
「と言うことは、ポタフとパンの付け合せを3つですね〜」
そう言って女の子がメモに記入していく。すると注文をせずメニューとにらめっこをしているナナキが女の子の目に留まる。
「お悩みでしたら、こちらの“お子様プレート”等はいかがでしょう?“バーグセット”“オムレイツセット”色々ありますよ」
ナナキの外見を見て子供用のメニューを勧める店員の女の子。しかし、それは悪手だ。ナナキは年上に子供扱いされる時は素直に受け入れるのだが、自分よりも年下又は同い年の相手から子供扱いを受けると分かりやすく不機嫌になるのだ。
「ぷくぅ〜ッ!」
「え!?どうしましたか?」
だが、ただ頬を膨らませて睨んてくるだけなのでたとえ睨んていたとしても迫力が皆無でカワイイだけである。
まぁでもナナキが注文に悩んでいたのも事実なので助け舟を出すことにする。
「ナナキ、さっきも言ったろ?何でも好きなものを、
それを受けたナナキはキラキラと瞳を瞬かせ口にはニンマリと弘を描くと、ウキウキとメニューに指を差していく。
「コレと、コレ━━」
「あッはい、チキンの丸ごと焼きとスープの付け合せですn……」
「コレと、コレ━━」
「え?、あッ……えっと特盛バーグのトマトタレ煮込み、ギガントマスの塩揚げ、で以じょ……」
「コレとコレとコレとコレとコレとコレとコレとコレとコレとコレとコレとコレとコレとコレとコレとコレとコレとコレとコレとコレとコレとコレとコレとコレとコレとコレとコレ!」
「え……え?」
怒涛のナナキの注文ラッシュに店員の少女は困惑に筆が止まっている。いや、店員の少女だけじゃない。
この食堂にいる客全員が、ユエ達に対する好奇の目から一転。動揺と驚愕の目をナナキに向けている。
あ~懐かしいなぁ。地球でも家族と外食するときナナキの大量の注文に皆同じ反応を見せていもんだ。だが変質化の影響か、やはり食事量は前より増えている気がする。
「樹海での食べっぷりを知ってたので今更驚きませんが……相変わらず凄いですねぇ〜」
「ん……こんな小さな体の一体何処に入っているのか……不思議。」
ユエ達も未だに慣れないのか、そんなナナキの様子を興味深そうに眺めている。
「しょ、少々お時間が掛かりますが……宜しいですか?」
「あぁ大丈夫だ。机も狭いし、随時投入で構わないぞ〜」
店員のこういった反応にも慣れてるので、俺は何時も地球でそうしてたように言うと、恐る恐る店員の少女が聞いてくる。
「か、確認なのですが……先ほど沢山注文していただいたメニューは、大、中、小とサイズを選べるのですがいかがなさいま━━━」
「おおもり!!」
当然だと言うようにナナキが元気よく返事をする。店員の少女はもう泣きそうになっており、「か…かしこまりました」と小さく呟くとトボトボとカウンターの奥へと消えていった。
そんな店員の態度とは裏腹にナナキはウキウキでナイフとフォークを持って体を左右に揺らしている。
「き……鬼畜ですぅ……」
「ん……流石はハジメの弟」
「いや、そこで流石と言われても反応に困るんだが……」
そうやって俺たちが暫く、雑談に興じていると、俺達のポタフとパンのセット、並びにナナキの最初の注文、チキンの丸ごと焼きとスープのセットがやって来た。
ポタフは先ほど話した通り見たまんまのポトフだ。鶏や豚から取った出汁のスープにホロホロになるまで煮込まれた根野菜達、そして丸々と太ったソーセージが二本。それも現代の加工技術が施されたものではなく、シンプルに動物の腸に肉を詰め込むという野性的で原始的な作りだ。
そこにフランスパンを輪切りにしたようなファンタジーチックなパン添えられていて、俺は人知れず感動する。
対するナナキの方は、これまたテレビでしか見たことないような見事な鳥の丸焼き。さすが異世界というべきか地球の鶏よりも一回り大きいような気がしなくもない。大皿に乗せられたそれは均一に全て小麦色に染められており、照明に照らされた表面はテカテカと反射し、一種の琥珀を思わせる。そしてその肉から溢れ出た肉汁が皿の底を浸しており、黄金に輝く水面のようだ。
漂う芳醇な香りに食欲をそそる見た目。どれもこれも、奈落や樹海では味わえなかった物ばかり。目の前に現れたご馳走にナナキも今か今かとヨダレを垂れ流し尻尾をフリフリしている。
正直俺達もナナキ程じゃないが、今直ぐにでもお椀に齧りつきたい気持ちで一杯だったが……一点、気になることがあった為そちらを先に済ませることにする。
「店主……でいいのか?なんであんたがいんだ?」
そう、この料理を持ってきたのは先ほどの思春期少女ではなく、その父にして店主らしき男だった。
「申し訳ありませんお客様、娘は一旦下がらせました。」
そう言って頭を下げる店主。一瞬意味が分からなかったが、少し考えれば合点がいった。
「あぁ、ひょっとしてさっきの風呂の件か?いや確かに迷惑ではあったが今後気をつけてくれるんなら別に気にしねぇよ。」
「ん……年頃だろうし、別に怒ってないから大丈夫。」
俺とユエがそう返してやると店主は何故か微妙な顔をして恐る恐ると言うように口を開く。
「で、でしたら……その……何故このような
「「嫌がらせ?」」
俺とユエが唐突な事に同時に声を上げる。嫌がらせ?何のことだ?
「え?」
「え?」
「ん?」
どうにも話が噛み合わない。一体どういうことだ?そう俺が首を傾げていると横からちょんちょんと俺をつつく存在ナナキが上目遣いで
「あにぃ〜つぎのまだ〜?」
と次の料理を催促してくる。
「お、もう食い終わったか……おい店主!話はいいから、早く次を用意してくれ」
そう言って店主に振り向くと、店主は信じられないものを見るようにナナキの方を凝視する。
「あ……あり得ない……一体どうなって?ほ、骨は!?それに肉汁や油なんかも無くなって……」
そう、さっきまで鳥の丸焼きが乗せられていた皿には鳥の骨どころか油汚れ、食べかす一つとして残っていなかった。試しに指でこすってみればキュッキュッと音が鳴るレベルでピカピカだ。正直もうこれ、皿洗い必要無くないかってくらいに。
「恐ろしく早い食事……私じゃなければ見逃しちゃうですぅ」
「だから、なんでそんなネタを知ってんの?」
シアが言うにはナナキは食事が到着して俺とユエが目を逸らした隙に、あれだけ大きな鶏を二口で完食、スープは一瞬で飲み干した。しかしそれだけでは飽き足らず、その大きく長い舌を駆使して皿についた肉汁やスープの残り滓をベロベロと舐め回していたらしい。それは流石に行儀が悪いので後でユエと一緒に一言言おうと決める。
「え……え!?」
今でも何が起きたのかわからないっといった具合に混乱している店主にナナキは笑顔で言う。
「ほねまでやわらかくて、おいしかったです!つぎもくーださい!」
そのナナキの言葉に何も言えなくなった店主は「か、かしこまりましたぁ……」と背筋を丸めて厨房へと下がっていった。その後ろ姿はさすが親子だと思わせるほど思春期少女とそっくりだった。
「……一体なんだってんだ?」
「……さぁ?」
「いやぁ〜、普通こんな小さい子があれだけの注文を一人で食べ切れるとは思わないですよぉ〜」
どうやらあの店主は、ナナキのあの大量の注文を宿を困らせる『嫌がらせ』と思い込んでいたらしく、その原因と思われる娘を下げさせることで俺達の溜飲下げてもらおうと考えていたらしい。
これもシアの談だ。
「そういうもんかぁ?」
「ハジメさんは感覚が麻痺してんですよぉ」
「……ん、なるほど……でも今はむしろ、逆に『嫌がらせ』の方が良かったって思ってそう。」
「あぁ〜確かにですぅ」
「うぅ?」
相変わらずナナキは、自分が話題の中心であることに気づかずポケ~ッと首を傾げている。かわいい。
その後も、料理は続々とやってきた。今度は父親と娘の二人で一遍に持ってきていた。その表情は、もうなりふり構っていられないって感じだ。
そんなことよりも到着した料理は、溶け崩れたトマトが混在した濃厚なソースに浸された巨大なハンバーグに、黄色いころもでカラッと揚げられだ巨大な魚の2てん。
どれもこれもボリューミー。だが、それらを来た瞬間から俺の弟は一瞬で平らげてしまう。その異様な光景に宿にいる誰もが注目の視線を向けてくる。
それでもやはり、親子3人で切り盛りしている宿だ。これだけの注文を捌くにはさすがに時間がかかるのか、料理の配給ペースが落ちて━━━
グギュルルルルルルッ
「………ぐすんッ」
「何チンタラやってやがんだゴラァッ!!うちの子がお腹すかせて泣いちゃってんじゃねぇかぁあ!!」
「「「ひぃッすいません!!」」」
「客泣かせるたぁいい度胸だ!!てめぇ達それでも接客業かぁあ?あ”ぁ”ん”?」
「「「すいませんすいませんッ!!今すぐ用意を━━
「
「やめてくださいハジメさんッ!!このままでは……このままでは彼らもッ父様たちの二の舞いにぃいいッ!!」
まぁ、ちょっとした騒ぎは起きつつ順調にナナキの食事は進んでいった。俺が丁寧にお願いした事も功を奏して調理ペースも上がっている気がする。 多分……。
店員親子の顔色も皿を一つ持ってくる度、青くなっている気がするが、気の所為だろう。
汗を流しながら、
「逆に考えるんだ……これで商売繁盛間違い無しだ……」
とか、
「混んでる時もこんぐらい忙しい……そう思わないと……」
とか、
「辛い……キツイ……疲れた……一瞬でもそう考えたら……………死ぬ!!」
とか、なんとか言ってた気がするが……気の所為だろう
……多分ッ!うんッ!!
そうこうして、俺達の机に積まれたナナキの分のお皿が、食堂で最初に目に停まった全身ローブに大柄のオッサンのものと同じ高さになりかけた。
その時だった。
「すまない、店員……追加の注文を頼めるかな?」
そう言って手を挙げるオッサンを見つめる思春期少女の瞳は、絶望を通り越して虚無に染め上げられていた。
◇
こんばんわ諸君。私はしがない流浪のフードファイター、老い先短い余生を楽しく過ごすただの老いぼれだ。
フードファイターとは、読んで字のごとく
各地で行われている、各々が喰らう食事量を競い合う戦い “フードファイト”を、数々のライバル達としのぎを削り合う戦士達の総称。
それが “フードファイター” だ。
私もフードファイトを始めて長く、有り難いことにそれなりの上位ランカーとして、市井に名前も覚えてもらっている。
だが……流石に老いには勝てず、私の“喰いたい”という気持ちとは裏腹に、私の身体は量を喰うたびに悲鳴を上げ始めていた。
医師にも呆れた目を向けられたよ……。
それを期に私は王国に訪れる。食文化が発達した此処王国でも、フードファイトは収穫を祝う祭典として毎年の如く執り行われている。
ここでの戦場を最後に、私はフードファイターを引退するつもりだった。
しかし、数年前から魔人族との戦争において我々人間族は、魔人族の急な躍進に苦戦することとなる。
その影響かここ暫く、食糧自給率は著しく下がる事になる。
噂に聞く使徒様の活躍により、食糧問題は改善されつつあるが、すべては市民と兵糧に回されているため、フードファイトは人間族が住む北大陸内の全国中で中止を余儀なくされていた。
そのことに対して私に不満は勿論ない。苦しむ民と、国のために戦う兵士に食糧が優先されるのは当然。寧ろ、自ら推奨するほどだ。
だがしかし、これを最後の戦いと定めていた我が身としては、少し複雑であった。
私はもう、王国に来て何年もこの地で燻っている。幸い副業で冒険者をやっていたから収入については心配はない。
だが、やり甲斐を無くし、ただ息を吸って吐いているだけの生活など生きていると果たして言えるのだろうか?
不完全燃焼。その心境はまるで、主君を失った亡国の兵士の如く……。
「もう……潮時かもしれんのぅ……」
私は今宵、自己満足の競う相手もいないただの大食いをして、この惰性に終止符を打とうと、この “マサカの宿” に訪れていた。
「……情けないものだ」
私は机に積まれた皿を見ながらそう呟く。全盛期ならば、これの半分以上は食えただろうに……。
最期の時とは、思ったよりも呆気ないものだ……。
一種の諦めとともに、私は会計のために店員を呼ぼうとした━━━
━━━その時だった。
「おいおい、あのちっちゃい子……今ので何皿目だよ」
「しかも重たい食材ばっかだぜ、…うっぷ」
「量もあれだが、食うスピードも尋常じゃねぇ。みるみるうちに皿が積み上がっていきやがるッ!!」
なにやら周りが騒がしい。
ふとそちらに視線を向けてみると
「おぉ……なんという……」
私はそこで、妖精を見た。
羽織るフードの下から煌びやかな髪をなびかせる。幼く可愛らしい
だが、私が目を奪われたのは少女自身ではなく、その食いっぷりであった。
その幼い身からは考えられない食事量。そして圧倒的食事スピード。それら全てが規格外で……。それを目にした私は、自分の中の消えかかっていた何かが再燃するのを感じる。
グルルルルルルッ
数年ぶりに
「すまない、店員……追加の注文を頼めるかな?」
気がつけば私は、追加の注文を取っていた。
次回
茶番が………始まる……ッ