世界最強の弟はとってもカワイイサメ人間   作:翁月 多々良

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 皆様、ネガティブハッピィって動画知ってます?
 
 それに出てくるユウヒちゃんってアホの子がいるんだけど、その子の声を聞いて、ますますうちのナナキ君のイメージCVは

 木野 日菜さん だなぁ〜って思いました。



第30話∶バイバイ!ミレディ・ライセン

 

 粉塵がもうもうと立ち込め、その向こうに覗くブロック地面には、放射線状に罅が走る。罅の中央、巨大なクレーターの中心には、両手足を失い頭はつぶれ、胸から漆黒の杭を打ち付けられた巨大だったゴーレムが横たわっている。

 そのゴーレムの上では、身の丈はある戦鎚度ドリュッケンを支えにゼェハァと息を上げるシアと、そんなシアを心配そうに見上げる、“変質化”を解き、幼い少年の姿に戻ったナナキが立っていた。

 

 「うぅ、うさぎさん……だいじょうぶ?」

 

 「え、えぇ。さすがに疲れましたが、全然へっちゃらですよ!」

 

 「そうなの?」

 

 「えぇ!そうなんです!」

 

 そう言って笑顔で「ムフ〜ッ」と胸を張るシアを見て、ナナキも安心したようにへにゃッと笑った。

 

 ナナキは今回、この迷宮の魔力分散の影響でお腹いっぱいにはならなかった為、変質化を解いても、魔力飽和状態による眠気は来なかった。

 

 そうやってほんわかしたお喋りをする二人に、ハジメとユエが歩み寄る。

 

 「やったじゃねぇかシア(・・)。最後の方はすごい気迫だった。正直見直したぞ。」

 

 「………ん、頑張った。お疲れ様シア(・・)。」

 

 「あ、ありがとうございます!ハジメさんユエさん、そしてナナちゃんも………」

 

 感心したように目を細めるハジメと、優しげな眼差しを向けてくるユエの称賛の言葉に、笑顔でお礼を言ったシア。

 

 だがそこで、ある事に気がついたシアが一瞬フリーズする。

 それは(・・・)、シアにとってあまりにも信じられないことで、日常になり過ぎて最早諦めかけていた事だった為、脳の理解が追いついていなかったのだ。そして理解が追いついた今……

 

 「ええええええええええええええッッッ!!!

 

 シアは驚きに絶叫を上げる。

 

 「んだよいきなり、うっせぇなぁ」

 

 そう言って鬱陶しそうに指で耳の穴を指すハジメ。隣にいたユエとナナキも、耳を両手で塞いでいる。

 

 そんなハジメ達の様子をスルーして、シアはオロオロと話し出す。

 

 「だ、だってだって!お二人が……私の名前を(・・・・・・)

 

 そう、今までシアはハジメとユエに『残念うさぎ』『ドジうさぎ』などと、“〇〇うさぎ”で呼ばれ続けてきた。

 最早日常となったそれを、シアも半ば諦観のままに受け入れ始めていたのだが、不満が消えないわけではなかった。

 

 そんな心境のさなか、唐突に名前を呼ばれれば喜びを通り越して、驚きに絶叫していまうのは無理もないことだろう。

 

 「あ?何を今更、戦闘中でも呼んだときあったろうが」

 「え!そうだったんですか!?」

 

 「やっぱり残念うさぎ……。」

 「そ、そんなぁ〜ユエさぁ〜んッ」

 

 確かに、前回の戦闘中。幾度かシアの名前を叫ぶ瞬間があったが、命のやりとりの中、そんな事に気を配ってる余裕はない。気付かなかったとて無理からぬことだ。

そんなことで再び残念呼ばわりされるのはさすがに理不尽だろうと、シアがユエにそう喚いた時だった。

 

 「でも……」

 「へ?」

 

 喚いた事でユエに顔を近づけていたシアの頭に、ユエの小さな手が乗せられる。その手はそのままゆっくりとシアの頭を撫で始めた。

 

 「え、えっと、ユエさん?」

 

 「……見直したのはホント。ハジメは素直じゃないから撫でないだろうけど、代わりに。よく頑張りました」

 

 突然のことで首を傾げるシアにユエはそう優しく語りかける。

 

 「ユ、ユエさぁ~ん。うぅ、あれ、何だろ? 何だか泣けてぎまじだぁ、ふぇええ〜ッ」

 

 「……よしよし」

 

 最初はユエの突然の行動に戸惑っていたシアも、褒められていると理解すると、緊張の糸が切れたのかポロポロと涙を流しながらユエにヒシッと抱きつき泣き出してしまった。

やはり、初めての旅でいきなり七大迷宮というのは相当堪えていたのだろう。それを、ハジメ達に着いて行くという決意のみで踏ん張ってきたのだ。褒められて、認められて、安堵のあまり涙腺がゆるゆるになってしまったようだ。

 

 「うさぎさん。よ〜しよ〜しッ」

 

 すると、シアの頭にもう一つの手が伸びる。少し背伸びをしたナナキが、ユエよりも小さな手でシアの頭を撫でているのだ。

 

 「ナ、ナナちゃぁ〜んッ!」

 

 またも、ドバァッと泣き出したシアが片方の腕を広げて、ナナキもユエと二人一片に抱きしめる。

 

 結局、ナナキからの呼び方は改善されなかったが、今は高望みは要らないと既に満足なシア。

 

 「………。」

 

 しかし、そんな様子を見て何か思ったのか、ユエがシアにナナキ共々抱擁から放す様に言う。

 

 突然幸せな時間をブッ切られた事で少ししょんぼりするシア。そんなシアを他所に、ユエがナナキに耳打ちをする。それを受けたナナキが、何かに驚いたように目を丸くし、少しションボリする。そんな様子のナナキを慰める為ユエに肩へ手を置かれた後、恐る恐ると言った感じにナナキがシアの元へと歩み寄る。

 

 「な、ナナちゃん?」

 

 なんだかもじもじするナナキに、不思議そうに首を傾げるシア。そんなシアに、ナナキはゆっくりと話し出す。

 

 「し……シア(・・)

 

 「え………………えッ!!」

 

 シアはまたまた驚愕する。何度言っても、頑なに『うさぎさん』呼びをやめなかったナナキが、突然「シア」と名前で呼んだのだ。シアの驚きを置き去りにして、ナナキは言葉を紡ぐ。

 

 「えっとね……ごめね。ナナキね……シアがいやがってるってしらなくて……なかよくしたかったから……あだな……よんでたんだけど……ユエあねぇが……シアはちゃんと……なまえでよんでほしいっていってるって……」

 

 そう言ってポツリポツリと呟く声は、次第に嗚咽に濡れていき、足元にポタポタと、玉のような水滴が溢れ始める。

 

 「うぅ、ごめん……ごめんなさいッ……なまえ(・・・)……だいじなの(・・・・・)……ナナキ……しってたのに……ごめんなさいッ……ごめんなさぁあああい!!」

 

 ついには声を上げて「うわぁあああっ」と泣き出してしまったナナキ。それを見たシアは、

「いや、再三名前で呼ぶようにアピールしてましたよ?」

などと言う無粋な言葉を飲み込み、勢いよくナナキの小さな体を思いっ切り抱きしめた。

 

 「いいえ、いいえッ……大丈夫です。私は怒ってません。ナナちゃんの気持ちはちゃんと伝わってます!!」

 

 そう言ってスンスン鼻を鳴らすナナキの顔をムニィッと持ち上げたシアは(餅みたいですぅ)、ナナキの目尻を指で優しく拭い、自分も若干涙目ながらも、笑顔で言い放つ。

 

 「これからも、お友達として仲良くしましょう!よろしくお願いします!ナナちゃん!」

 

 スンスンッ「うん、うんッよろしくね。シア!」

 

 顔をぐしぐしと拭ったナナキが鼻水を垂らしながらも、へにゃとした輝く笑顔を見せる。

 

 そんな二人の姿を、ユエは後方姉貴面で「うんうん」と満足げに見つめていた。

 一方のハジメ(ブラコン)も、微笑ましげにはしつつも、何処か複雑な心境で下唇を噛み締め、前で組んだ腕はミシミシと音を立てていた。

 

 抱き合うシアとナナキ、感心と嫉妬に揺れ動くブラコン、そんな三人を大人な俯瞰した和やかな目で微笑ましげに見つめるユエ。

 

 そんな四人に突如、声が掛けられた。

 

 『あ、あのぉ~、いい雰囲気で悪いんだけどぉ~、そろそろヤバイんで、ちょっといいかなぁ~?』

 

 物凄く聞き覚えのある声。ハジメ達がハッとしてミレディ・ゴーレムを見ると、潰れて歪んだ兜の隙間から、消えたはずの眼の光がいつの間にか戻っていることに気がついた。

咄嗟に、飛び退り距離を置くハジメ達。確かに核は砕いたはずなのにと警戒心もあらわに身構える。

 

 『ちょ、ちょっと、ちょっと、大丈夫だってぇ~。試練はクリア! あんたたちの勝ち! 核の欠片に残った力で少しだけ話す時間をとっただけだよぉ~、もう数分も持たないからッ』

 

 そう言うように、ミレディはピクリとも動く様子がなく、目の光も、儚げに明滅を繰り返している。

 

 その様子に、どうやら本当に数分しか持たない事を悟ったハジメは警戒を解く。

 

 「で?何の用だ死に損ない。死してなお空気も読めんとは……残念さでは随一の解放者ってことで後世に伝えてやろうか」

 

 『ちょっ、やめてよぉ~、何その地味な嫌がらせ。ジワジワきそうなところが凄く嫌らしい』

 

 「で? “クソ野郎共”を殺してくれっていう話なら聞く気ないぞ?」

 

 ハジメの機先を制するような言葉に、何となく苦笑いめいた雰囲気を出すミレディ。

 

 『ハハ、言わないよ。言う必要もないからね。話したい…………というより忠告だね。訪れた迷宮で目当ての神代魔法がなくても、必ず私達全員の神代魔法を手に入れること……君の望みのために必要だから……』

 

 ミレディの力が尽きかけているのか、次第に言葉が不鮮明に、途切れ途切れになってゆく。だが、そんなことは気にした様子もなくハジメが疑問を口にする。

 

 「全部ね……なら他の迷宮の場所を教えろ。失伝していて、ほとんどわかってねぇんだよ」

 

 『あぁ、そうなんだ……そっか、迷宮の場所がわからなくなるほど……長い時が経ったんだね……うん、場所……場所はね……』

 

 

 いよいよ、ミレディ・ゴーレムの声が力を失い始める。どこか感傷的な響きすら含まれた声に、ユエやシア、ナナキが神妙な表情をする。長い時を、使命、あるいは願いのために意志が宿る器を入れ替えてまで生きた者への敬意を瞳に宿した。

敬意とか、そういう高尚な物には縁遠いナナキは、純粋にミレディの心情を慮って寂しそうな顔をする。

 

 ミレディは、ポツリポツリと残りの七大迷宮の所在を語っていく。そうして全ての迷宮の場所を伝え終える。

 

 『以上だよ……頑張ってね』

 

 「……随分としおらしいじゃねぇの。あのウザったい口調やらセリフはどうした?」

 

 ハジメの言う通り、今のミレディは、迷宮内のウザイ文を用意したり、あの人の神経を逆なでする口調とは無縁の誠実さや真面目さを感じさせた。戦闘前にハジメの目的を聞いたときに垣間見せた、おそらく彼女の素顔が出ているのだろう。消滅を前にして取り繕う必要がなくなったということなのかもしれない。

 

 『あはは、ごめんね~。でもさ……あのクソ野郎共って……ホントに嫌なヤツらでさ……嫌らしいことばっかりしてくるんだよね……だから、少しでも……慣れておいて欲しくてね……

まぁ……そっちの弟くんには効果なさそうだけどね。……純粋で清らかな子が……一番強いってことなのかも……』

 

 「うぅ?」

 

 「おい、こら。狂った神のことなんざ興味ないって言っただろうが。なに、勝手に戦うこと前提で話してんだよ。

あと最後の、ナナキがピュアでキューティーなのは認めるがな。それ俺達は純粋でも清らかでもないって言ってるようなもんだぞ」

 

 『あれ?そう聞こえた?……まぁ間違っていないのかも……』

 

 「おいッ!」

 

 『アハハハッ』と笑い声を上げるミレディ。最後の最後でやっぱりふざけた奴なのか?と思いハジメが不機嫌そうな声をあげるが、

それを最後にミレディは、意外なほど真剣さと確信を宿した言葉をハジメに返す。

 

 『……戦うよ。君が君である限り……必ず……ハジメ君(・・・・)……君が(・・)、神殺しを為す……』

 

 「……気安く名前を呼ぶなッ……ったく意味わかんねぇがよ。そりゃあ、俺の道を阻むなら殺るかもしれないが……」

 

 名指しされ、若干困惑するハジメ。ミレディは、その様子に楽しげな笑い声を漏らす。

 

 いつしか、ミレディの体は燐光のような青白い光に包まれていた。その光が蛍火の如く、淡い小さな光となって天へと登っていく。死した魂が天へと召されていくようだ。とても、とても神秘的な光景である。

 

 その時、おもむろにユエがミレディの傍へと寄って行った。既に、ほとんど光を失っている眼をジッと見つめる。

 

 『何かな?』

 

 囁くようなミレディの声。それに同じく、囁くようにユエが一言、消えゆく偉大な〝解放者〟に言葉を贈った。

 

 「……お疲れ様。よく頑張りました」

 

 『……』

 

 それは労いの言葉。たった一人、深い闇の底で希望を待ち続けた偉大な存在への、今を生きる者からのささやかな贈り物。本来なら、遥かに年下の者からの言葉としては不適切かもしれない。だが、やはり、これ以外の言葉を、ユエは思いつかなかった。

 

 ミレディにとっても意外な言葉だったのだろう。言葉もなく呆然とした雰囲気を漂わせている。やがて、穏やかな声でミレディがポツリと呟く。

 

 『……ありがとね』

 

 「……ん」

 

 そんなユエとミレディのやり取りに感化されたのか、もう一人、ミレディに駆け出す人物がいた。

 

 トンッ と何かが体当りしてきた軽い感触にミレディが『おや?』と視線を動かす。

 そこに居たのはミレディの拉げた顔に身体を目一杯広げて抱き着くナナキだった。

 ナナキには難しいことは分からない。頭が良くないからユエのように気が利いたことも言えない。ただ、自分の気の向くまま、衝動的にミレディをぎゅっと抱き締めていた。言葉にできない思いを伝えるように、ミレディを抱き締め、グリグリと額を擦り付けていた。

 それを受けていたミレディは……

 

 『君……は……本当に……良い子……なんだね……

君の思い。しっかり伝わったよ……ありがとう』

 

 震えているのか、限界が近いから途切れているだけなのか定かではないが、先程までとは一転。嗚咽を含んだような声に聞こえた。

 

 因みにその背後では、ミレディに知った風な口を聞かれるだけでなく、ユエとナナキと触れ合っていることにイラっとしたハジメが「もういいから、さっさと逝けよ」と口にしそうになり、それを敏感に察したシアに「空気読めてないのはどっちですか! ちょっと黙ってて下さい!」と後ろから羽交い絞めにされて口を塞がれモゴモゴさせていたのだが、幸いなことに三人は気がついておらず、厳かな雰囲気は保たれていた。

 

 

 『……さて、時間の……ようだね……どうか……君達の……君達のこれからが……自由な……意志の下に……あらんことを……』

 

 オスカーと同じ言葉をハジメ達に贈り、“解放者”の一人、ミレディは淡い光となって天へと消えていった。

 

 辺りを静寂が包み、余韻に浸るようにユエとシアとナナキが光の軌跡を追って天を見上げる。

 

 「……最初は、性根が捻じ曲がった最悪の人だと思っていたんですけどね。ただ、一生懸命なだけだったんですね」

 

 「……ん」

 

 「バイバイ」

 

 どこかしんみりとした雰囲気で言葉を交わすユエとシア。ナナキなんて、尻尾をしゅんと下げて、ミレディが光となって消えた後に、いまだにその小さな手を振り続けている。

 のだが、ミレディに対して思うところが皆無の男、ハジメはうんざりした様子で三人に話しかけた。

 

 「もういいだろ、さっさと行くぞ。それと、断言するがアイツの根性の悪さも素だと思うぞ? あの意地の悪さは、演技ってレベルじゃねぇよ」

 

 「ちょっと、ハジメさん。そんな死人にムチ打つようなことを。ヒドイですよ!まったく空気読めないのはハジメさんの方です。ナナちゃんが変に真似したらどうするんですか!!」

 

 「……ハジメ、KY?」

 

 「うぅ、あにぃ……ミレディ、きらい?」

 

 「ユエ、ナナキお前らまで……はぁ、まぁ、いいけどよ。念の為言っておくが、俺は空気が読めないんじゃないぞ。読まないだけだ。後、ミレディは普通に嫌いだ。」

 

 「うぅ……。」

 

 そうハジメにバッサリ言われてしょんぼりするナナキ。そんなナナキをユエとシアが必死に慰めている間に、いつの間にか壁の一角が光を放っていることに気がついたハジメ達。気を取り直して、その場所に向かう。上方の壁にあるので浮遊ブロックを足場に跳んでいこうと、ブロックの一つに三人で跳び乗った。と、その途端、足場の浮遊ブロックがスィーと動き出し、光る壁までハジメ達を運んでいく。

 そうして運ばれた先で、見計らった様に光の壁が薄れると奥へと続く通路が現れる。

 ハジメ達の乗る浮遊ブロックは、そのまま通路を滑るように移動していく。どうやら、ミレディ・ライセンの住処まで乗せて行ってくれるようだ。そうして進んだ先には、オルクス大迷宮にあったオスカーの住処へと続く扉に刻まれていた七つの文様と同じものが描かれた壁があった。ハジメ達が近づくと、やはりタイミングよく壁が横にスライドし奥へと誘う。浮遊ブロックは止まることなく壁の向こう側へと進んでいった。

 

 

 くぐり抜けた壁の向こうには……

 

 「やっほー、さっきぶり! ミレディちゃんだよ!」

 

 ちっこいミレディ・ゴーレムがいた。

 

 

 

 「「……………………………。」」

 「う、うぅ?」

 

 「ほれ、みろ。こんなこったろうと思ったよ」

 

 

 言葉もないユエとシア。状況が分からず首を傾げるナナキ。 ハジメの方は予想がついていたようでウンザリした表情をしている。ハジメが、この状況を予想できたのは、単にふざけたミレディも真面目なミレディもどっちも彼女であることに変わりはないということを看破していたからだ。ウザイ文のウザさやトラップの嫌らしさは、本当に真面目な人間には発想できないレベルだった。また、ミレディは、意思を残して自ら挑戦者を選定する方法をとっている。だとしたら、一度の挑戦者が現れ撃破されたらそれっきり等という事は有り得ない。それでは、一度のクリアで最終試練がなくなってしまうからだ。

 

 なので、ハジメは、ミレディ・ゴーレムを破壊してもミレディ自身は消滅しないと予想していた。それは浮遊ブロックがハジメ達を乗せて案内するように動き出した時点で確信に変わっていた。浮遊ブロックを意図的に動かせるのはミレディだけだからだ。

 

 黙り込んで顔を俯かせるユエとシア、大きな瞳をぱちくりさせるナナキに、ミレディが非常に軽い感じで話しかける。

 

 「あれぇ? あれぇ? テンション低いよぉ~? もっと驚いてもいいんだよぉ~? あっ、それとも驚きすぎても言葉が出ないとか? だったら、ドッキリ大成功ぉ~だね☆」

 

 ちっこいミレディ・ゴーレムは、巨体版と異なり人間らしいデザインだ。ナナキと同じくらい背丈の華奢なボディに乳白色の長いローブを身に纏い、白い仮面を付けている。ニコちゃんマークなところが微妙に腹立たしい。そんなミニ・ミレディは、語尾にキラッ! と星が瞬かせながら、ハジメ達の眼前までやってくる。未だ、ユエとシアの表情は俯き、垂れ下がった髪に隠れてわからない。もっとも、先の展開は読めるので、ハジメは一歩距離をとった。

 

 その時だった。

 

 「ミレディの……こども?」

 

 「えっ?」

 

 「「「えっ?」」」

 

 ナナキの素っ頓狂な声が、その場の空気を一変させる。ナナキはどうやら、目の前のミニゴーレム姿のミレディを、先程のミレディの子供か何かだと勘違いしているらしい。

 

 「ミレディの……あかちゃん?」

 

 「あ、いやぁ~そうじゃなくて……ね?」

 

 首を傾けミレディに指を差し、大して意味の変わらない問いを投げかけるナナキに、ミレディはたじたじになる。

 

 「うぅ?……こミレディ(・・・・・)?」

 

 「……う、うわぁああああああああッ!!、やめてぇええ!下手に怒られるより、渾身のネタが通じなかった瞬間が一番辛いからぁああッ!!」

 

 まさかこんな反応をされるとは予想打にしなかったミレディはまるで滑ったような空気に耐えきれず、羞恥に頭を抱えて膝をついてしまう。ふとチラッともう一度ナナキを見やるも……

 

 「………うぅ?」

 

 「はぅあッ!!やめて!そんな目で……そんな純粋な目で私を見ないでぇええええ!!」

 

 ナナキの曇りなき眼に撃ち抜かれ、さらなるダメージを受けてしまう。

 さっきミレディが自分で言ったように、『純粋で清らかな子が一番強い』という事を奇しくも、彼女自身の醜態によって証明された形となった。

 

 

 

  ◇

 

 

 「それで?……さっきのは」

 

 「あっはい、その〜ただの死んだふり……です……はい。」

 

 「あの光って昇って行ったのは?」

 

 「えっとぉ……演出です。そうした方が……何かリアルに死んだ風に見えるかもぉ〜と、思い……まし、て……はい。」

 

 今、殺意に満ちたユエとシアの眼差しに射抜かれ、ボロボロで床に正座させられ縮こまっている解放者ミレディ・ライセン。

先程、ナナキの無自覚な精神攻撃で悶絶している時に、ユエとシアにボコられた彼女は、必死の命乞いと、ハジメの仲裁により何とか命を繋いだ。

 

 そえして今、ユエとシアに尋問されているわけだが……

 

 「やっぱり殺しますか?」

 

 「ん……慈悲はない。」

 

 「ちょッ!!ホントに勘弁してください!!この体を壊されたら本当に危ないんですぅ〜!!」

 

 ミレディが敬語を使い、完全に立場が逆転している。未だに絶えない二人の怒りの炎はこのままミレディを焼き尽くす勢いだ。そんなミレディに涙目(に見える)で請われ、ナナキを伴い渋々止めに入るハジメ。

 

 当然だが、ハジメがミレディを助けるのは他にも情報がないか聞き出す為で、その後はユエ達がどうしようが知ったことではない。

 

 「……ハジメ、ナナキどいて、そいつ殺せない」

 「退いて下さい。ハジメさんナナちゃん。そいつは殺ります。今、ここで」

 

 「まさか、そのネタをこのタイミングで聞くとは思わなかった。っていうかいい加減遊んでないでやる事やるぞ」

 

 そう言うハジメの背後で吐く息もないのに、安堵に息を吐くミレディ。しかし、安心もつかの間。ハジメの説得に関してはユエたちが一枚上手だった。

 

 「……ナナキのオヤツがまだ。」

 「そうです、今から食べやすいように細かく砕いてやるですぅ」

 

 

 

 「………………それもそうだな。情報についてはこの部屋漁れば何とかなるだろうし、よっし調理を始めるかぁ〜ッ」

 

 「嘘でしょおおおおおおおおッ!!」

 

 そう言って振り返りドンナーを抜くハジメ。

ブラコンにとって弟とはどんな大義や、目的よりも優先される存在。弟の為ならば時には後先考えず行動することを一切躊躇ったりしないのだ。

 

 結局その場は「ミレディをいじめちゃだめ!」というナナキの鶴の一声で収められた。弟が言う事なら何でも聞いちゃうのもブラコンの(さが)である。

 

 その後、魔法陣を通って神代魔法“重力魔法”を入手する。ハジメとシアは適性なし、ユエとナナキは適性抜群。ユエは当然だが、ナナキは予想以上に適性があり、ユエが100%適性があるとすれば

ナナキは120%(・・・・)程の適性だと言わる。意外な情報に驚愕したハジメ達だったが、ミレディが言うにはこの指標は明確に数値化されたわけではなく、あくまで個人の感覚的なもので参考程度に聞いておけば良いという事だ。

 

 少しの疑念は残るが取り敢えず納得する一同。その後もハジメはミレディに攻略の証、報酬に鉱石類やアーティファクトの類が無いか尋問を再開する。

 

 「あ、あの〜、コレもう恫喝ですよね?野党とか盗賊とかの悪役のやる所業ですよね?」

  

 「「「あッ?」」」

 

 「いえ、何でもありましぇん……」

 

 ハジメ達三人に詰められ、もういっその事哀れに見えてきたミレディは、消沈した様子で、攻略の証の指輪に、虚空から出現させた穴から鉱石の類を、放出する。

 

 2つの楕円に一本の杭を通したような紋章の指輪を受け取り、床に山のように積まれた鉱石を自分の“宝物庫”に仕舞った時、ハジメは何かを思い出したようにミレディへ問いを投げる。

 

 「そう言えばよお前、教えるって約束だったよな?」

 

 「な、何をでございましょうか?」

 

 「とぼけんな、お前戦う前にナナキの事見てたよな(・・・・・・・・・・)?」

 

 ハジメが言っているのは、戦闘直前にハジメが問おうとしてはぐらかされた質問。あの時ミレディは、ハジメとナナキが異世界の出身と聞き、何故か狼狽し、ナナキへと視線を動かしていた。

 

 アレには一体、どういった真意があったのか?

 

 「……………………。」

 

 ハジメの問いにミレディは俯いて答えない。いや詳細は分からなくても、ハジメはその答えが何か?ある程度の予想を立てていた。

 

 「お前……いやお前等解放者は……変質者(・・・)についてなんか知ってんのか?」 

 

 「ッ!?」

 

 ミレディは、ゴーレムの体ではあるが分かりやすく狼狽して、肩をビクつかせる。

 

 「やっぱりな。知ってることを話せッ変質者には何が━━」

 

 しかし、ハジメが口に出せたのはそこまでだった。

 

 「━━ッ!?」

 

 ハジメの“魔力感知”がミレディが何かしらの魔法を行使しようとするのを捉える。

 

 「てめぇ!」

 「ハジメ!!」

 

 ハジメに遅れてユエも何か違和感を感じ飛び出そうとするも、遅かった。ハジメ、ユエ、シア。ナナキを除いたこの三人の眼前で魔力が弾ける。一瞬一際強い光に三人視界が遮れる。

 

 だが、これといった影響は感じられない。ただ目が眩んだだけだ。

 

 「どういうつもりだミレディてめぇ……」

 

 ミレディの理由のわからない攻撃とも言えない攻撃に、ハジメが苛ついた様子で聞く。

 

 「えぇーいうるさい!人が下手に出ていれば調子に乗ってぇ〜!!もうあったま来たんだからね!」

 

 対してミレディは小さな体をいっぱいに使って、「うがーッ」と不満を爆発させたように吠える。まぁミレディの言っている事は当然の主張だ。

 しかし、そんな事知ったことかと食って掛かるのがハジメクオリティー。

 

 ハジメは先ほどの問いの続きを投げかける。

 

 「いいからさっさと吐け!

 

 今のそれ“宝物庫”だろ(・・・・・・・・・)ッ?だったらそれごと全部寄越しやがれ!!」

 

 

 

 

 「え?あにぃ?」

 

 ハジメは当然の顔をして、先程とは全く違う問いを投げかけた。更に、それについてを誰も指摘してこない。

この異常な状況に気付いているのは、唯一、ミレディの魔法を受けていない。ナナキ一人だけだった。

 

 「あにぃ!まっ━━━

 「あぁもう!無理なものは無理!!さっさと帰れ!!」

 

 ナナキの声を遮るようにミレディが叫ぶと同時に、足元のブロックを上昇させ、天井に吊り下がった紐を思いっ切り引っ張った。

 

 「「「?」」」

 

 

 一瞬、何してんだ? という表情をするハジメ達。だが、その耳に嫌というほど聞いてきたあの音が再び聞こえた。

 

 ガコン!!

 

 

「「「!?」」」

 

 それはトラップが作動する音。その音が響き渡った瞬間、轟音と共に四方の壁から途轍もない勢いで水が流れ込んできた。正面ではなく斜め方向へ鉄砲水の様に吹き出す大量の水は、瞬く間に部屋の中を激流で満たす。同時に、部屋の中央にある魔法陣を中心にアリジゴクのように床が沈み、中央にぽっかりと穴が空いた。激流はその穴に向かって一気に流れ込む。

 

 「てめぇ! これはっ!」

 

 ハジメは何かに気がついたように一瞬硬直すると、直ぐに屈辱に顔を歪めた。

 

 白い部屋、窪んだ中央の穴、そこに流れ込む渦巻く大量の水……そう、これではまるで“便所”である!

 

 「嫌なものは、水に流すに限るね☆」

 

 ウインクするミレディ。ユエが咄嗟に魔法で全員を飛び上がらせようとする。この部屋の中は神代魔法の陣があるせいか分解作用がない。そのため、ユエに残された魔力は少ないが全員を激流から脱出させる程度のことは可能だった。

 

 

 「“来…”」

 

 「させなぁ~い!」

 

 

 しかし、ユエが“来翔”の魔法を使おうとした瞬間、ミレディが右手を突き出し、同時に途轍もない負荷がハジメ達を襲った。上から巨大な何かに押さえつけられるように激流へと沈められる。重力魔法で上から数倍の重力を掛けられたのだろう。

 

 「それじゃあねぇ~、迷宮攻略頑張りなよぉ~」

 「ごぽっ……てめぇ、俺たちゃ汚物か! いつか絶対破壊してやるからなぁ!」

 「ケホッ……許さない」

 「殺ってやるですぅ! ふがっ」

 

 ハジメ達はそう捨て台詞を吐きながら、なすすべなく激流に呑まれ穴へと吸い込まれていった。

 

 しかし、ハジメ達は気付いていなかった。自分達の中でただ一人、重力に晒されなかった人物がいた事を。

 

 「あにぃッユエあねぇッシアッ!?」

 

 そう、ミレディは何故か“重力魔法”の影響下からナナキだけを除外した。そしてサメの力を持つナナキなら、どんな激流でも水の中はナナキのフィールド。呼吸を気にせず自在に泳ぐことができる。

 ナナキは一瞬で流されていったハジメ達を追いかけるため、首のチョーカーの金具を緩めエラ筋を解放し、一気に深水しようと尻尾を跳ね上げるが……

 

 「ちょっと待った待った!何のために水責めにしたと思ってんのさぁ〜」

 

 そんなミレディの気の抜けた声と共に、ナナキの体が一気に水から引き上げられる。

 

 「ふわぁッ!!」

 

 そうして恐らく“重力魔法”で逆さ宙吊りにされたナナキはそのままミレディの眼前まで運ばれた。

 

 ただ地べたに打ち捨てられる……訳ではなく、いつの間にか用意されていたフカフカのクッションの上に座らされ、これまた周囲にいつの間にか現れた二体のゴーレム騎士がナナキに向けて手を翳す。翳した手から赤と緑の魔法陣が重なって現れると、そこから熱風が濡れたナナキの体に吹き付けられる。

 そして魔法陣の浮かんでいない手の方で、ナナキの髪をワシャワシャと激しく揺らす。

 

 「ふわぁ〜〜〜ッ!」

 

 そう、ゴーレム達はナナキの濡れた身体を乾かしているのだ。熱風も丁度いい温度に設定されていて、暑がりのナナキにとっても心地よい塩梅だ。

 そしてある程度身体を乾かされたナナキが気づけば、眼前のテーブルには、山のように積まれたお菓子とジュースが並べられていた。

 

 「うぅ?」

 

 目まぐるしく変わる状況について行けず、頭上に(はてな)を量産するナナキ。ナナキの反対に座るのはミレディ。

 流石のナナキも警戒する。相手はたくさんのイタズラをしてきたミレディだ。このお菓子にも何か仕掛けがあるのかも!

 

 「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。そのお菓子は、知り合い(・・・・)が作ったとっても美味しいものなんだ。私は食べれないけど腐らせるのもったいないから君にあげるよ。

 ……まぁ言われるまでもなさそうだけどねぇ〜」

 

 そうやって、ニヤついたような声で言われてナナキも気づく。ナナキとお菓子の距離はいつの間にかゼロになっており、口の端からはヨダレを垂らしていた。

 

 ハッとなったナナキは頭をブンブン振ってお菓子から顔をそらす。それでも、開いた片目がずっとお菓子を追っていた。

 

 グギュルルルルルッ

 

 本人同様、体はとっても正直さんである。

 

 「我慢しなくていいよ、本当に……怪しいものじゃないんだしさ……。その……お詫びの意味もあるから」

 

 そう言うミレディは、今までのふざけた感じでも、素を見せた依然とした態度でもなく、何処か真剣ながらも、哀愁を感じさせる。暗い雰囲気だった。

 

 「うぅ?おわび?」

 

 「そう、お詫び。だから遠慮しないで」

 

 そんなミレディをどこか不思議に思いながらも、ナナキはそういう事ならと、目の前に広がるカップケーキやらクッキー等のお菓子に元気良くかぶり付いた。

 

 「いっただきまぁ〜す!!」

 

 もう我慢の限界だったのだろう。夢中で食べ進めていたナナキには……

 

 「こんな事で……お詫びにもならないと思うけれど……

 

 そんなミレディの暗く小さな声は届くことはなかった……。

 

 

 

 「ごちそうさまでした!」

 

 「もう食べ終わったの!?早いね!?もうちょっと感傷に浸らせてくれよ!!」

 

 それなりの量を用意していたつもりだったが、どうやら目の前の少年相手には不足だったらしいと、心の顔を引きつらせるミレディ。

 

 まぁ、なにはともあれ、ナナキを呼び止めた目的を果たすため、ミレディは本題を切り出そうと前のめりになる。

  

 「さて、話をしようか“変質者”の君。とても……とっても大事な話だ。」

 

 「はっうん!」

 

 ナナキは気づいていないが、ミレディにはナナキが“変質者”だと一度も口に出していない。それなのにミレディは、ナナキの天職が“変質者”だと看破してみせた。

 しかし残念ながら、この場にその違和感に気づける人物はいない。ただ聞き入ることしかしないナナキ相手では、淡々と話が進むだけ………その筈だった。

 

 

 「………………………………。」

 

 「ミレディ?」

 

 

 しかし……。

 

 

 「………………………………。」

 

 「うぅ?」

 

 

 

 言葉が………出なかった。

 

 いざ口に出そうとすれば身が竦む。目の前の少年の姿を意識する度に、哀しみに蝕まれる。

 

 いいや、自分達にこの少年に同情する資格などありはしない。ましてや、罪悪感を感じるなど……あってはならない。

 なんせこの少年に、そんな残酷な運命を強いる原因となったのは他でもない。

 

 自分達、解放者なのだから……。

 

 だけど……それでも……

 

 どうしても……思わずにはいられないッ

 

「何故この子なんだ!?」

 この子の兄は言った。自分達はこことは別の世界から来たと……。

 なぜ……そんな見ず知らずの少年達がこんな事に巻き込まれなければいけない?

 世界の為、犠牲を強いることを選んだのは自分達だ。

 それでも何故……、こんな小さな子供でなければいけないんだ!?

 

 分かっている。こんな事を思うのは傲慢だ。身勝手だ。

 これまでも、自分達は三人(・・)……犠牲にしてきたのに……最後の一人(・・・・・)それが異世界の……それも子供だからって哀れに思うのは……他の三人への不義理で、何よりも酷い冒涜だ。

 

 分かっている。分かっているんだ!

 

 それでもッ!!

 

 (割り切れるものじゃ……ないよ……ッ)

 

 いつの間にか、ミレディは俯いていた。肩を震わせ、無言の嗚咽を漏らしていた。それでも彼女は、解放者として立ち上がった最初の日から、弱音を吐くことは許されない。

 

 とても暗い静寂が、室内一帯を包む。この場には、かつての仲間達のように、唯一ミレディの気持ちを推し量り共有できる者はもういない。

 

 

 そんな時だった。ミレディの金属の頭を、熱の籠もった何かが触れる。

 

 「ミレディ……ないてる(・・・・)。だいしょうぶ?」

 

 それは、ミレディの向いから隣に移動していたナナキだった。優しい温もりが灯る小さなぷにぷにの手で、心配そうにミレディの頭を撫でつける。

 

 ミレディはゴーレムだ。涙を流さない。流すことが出来ない。それでもこの少年は、目の前の少女が、泣いていることを見抜いた。

 

 ナナキには、難しいことはわからない。

 それでも、今でこそ泣き虫な彼は、世の中には泣きたくても泣けない人がいる事を、身を持って(・・・・・)知っている。

 

 しかし、ここでは『泣けない』のニュアンスが少し異なるのは御愛嬌。

 それでも、その温もりはミレディにとっては……

 

 「ぅ、うぅ……うわあああああああッ!!」

 

 解放者として凍らせた心を、一時的に溶かし、一人の少女に戻すには十分だった。

 

 「ごめんッごめんよぉッ……私達の世界の身勝手で……君は……君達は……ッ!!」

 

 謝ることは許されない。それでも、謝る言葉が止まらない。

 

 涙の雫は流れない。それでも、泣き叫ぶ声は抑えられない。

 

 気持ちが溢れ、溶かされ、抑えられなくなったミレディは、ナナキの身体に強くしがみつく。

 

 そんなミレディを拒まず、ナナキは優しく受け止めた。

 

 「よ〜し、よ〜し。だいじょうぶ。だいじょうぶ。」

 

 ミレディが泣き止むまで、ナナキはずっとミレディの頭を撫で続けた。

 ナナキには、難しいことはわからない。 

 だから、自分がされて嬉しかったことを他の人にもしてあげるのだ。

 自分が悲しかった時、“ママ”が、母が、あにぃが……そうしてくれたように。

 

 

 

 

  ◇

 

 

 

 

 その後、落ち着いたミレディは、すべてを話した。

 

 変質者とは何なのか?

 

 変質者には、どんな運命が待ち受けているのか?

 

 それらすべてを……

 

 

 「………うぅ?」

 

 残念ながら、

 理解する知能を、ナナキは持ち合わせていなかった。

 

 「ハ、ハハ……そっ……か……わかんない……か……。」

 

 意を決して話したのに、まさかの返しをされて、ミレディも呆気にとられる。

 

 「でも……うん、その方が良いのかもしれない。」

 

 ミレディは一人納得し、“宝物庫”からあるものを取り出す。

 それは、中央に青い宝石がはめ込まれたペンダントだ。

 

 そのペンダントをナナキの首へとかける。

なすがままされたナナキは、次の瞬間驚愕する。ペンダントを掛けた先から、ナナキの髪は黄金に、瞳は紅に、水かきとエラ、そして尻尾が跡形もなく姿を消したのだ。

 

 「なんで!?すごい!」

 

 「おぉ、その色も似合うね〜ぇ。でも尻尾とか水かきは無くなったわけじゃない。姿が見えないだけだから、物をぶつけ無いよう気をつけるように!」

 

 「君、その姿だと目立つだろ?」といたずらっ子のように言うミレディに、ナナキは言い当てられて心底驚いたように頷く。

 

 まぁ、言い当てるも何も、ナナキの姿は普通に目立つ。これはナナキの反応がいちいち大きくて、見ていてかわいらしくて和むミレディが、どうしてもふっかけたかったイタズラと、それと共に贈る選別だった。

 

 「そのペンダントをつけてる間、君の姿は完ぺきに誤魔化すことができるんだ。」

 

 ペンダント一つでこの効果。完全に“シュテルンヘルト”の完全上位互換である。

 

 「これ、くれるの?」

 

 「あぁ、もちろん。選別として送らせて欲しい。」

 

 「すごい!ありがとー!!」

 

 「ふふ、どういたしまして……あっでもこれは

神代魔法(・・・・)よりもすごい魔法(・・・・・・・・)を使っているんだ。名付けて、『“絶対に見つからない魔法”』ってところかな?

 君のお兄さんに仕組みを聞かれても内緒にしてくれるかい?」

 

 そう言って、ニコちゃんマークの口の部分に人差し指を持っていくミレディ。

 

 「え……で、でもぉ」

 

 しかし、ナナキの反応は自信のないものだった。

なぜなら、ナナキは口が軽い訳では無いのだが、素直過ぎる性格が故に、お世辞にも隠し事が上手いとは言えない。心配そうにするナナキに、それでも問題ないというようにミレディが続ける。

 

 「大丈夫。君のお兄さん達にもやって見せたように。そこん所はイジっておく(・・・・・・)から、これも“神代魔法”の力なんだ!」

 

 「そうだったんだ!」

 

 あの時、激流に流される前のハジメ達の様子がおかしかった絡繰は、“生成魔法”“重力魔法”とはまた違う神代魔法の力だったらしい。

 その処置をナナキは受け入れ、ペンダントの効果以外、詳しい仕組みはナナキの頭から全て消え去った。

 

 

 「さぁて、あまり長く引き留めて悪かったね。これ以上長居させちゃったら、君のお兄さん達がまたこの迷宮に乗り込んできそうだよぉ〜」

 

 「うぅ、ミレディ。あにぃきらい?」

 

 「まさか!君のお兄さんやあの兎人族の娘は、反応がとっても面白かったよ………ちょっと苦手だけど

 「うぅ?」

 「何でもない!」

 「そっかッ」

 

 最後の小言の失言は食い気味に誤魔化したことで、無事、詮索されることはなかった。

 そうしてミレディはまた、頭上の紐を引っ張り再び水が流れる。今回は激流ではなく、あくまで水を貯めるだけの為穏やかな水流だ。

 

 お別れの前、再びミレディはナナキを抱きしめる。今回は甘えるようにではなく、旅立つ幼子を慈しむように、灰銀の髪が生える小さな頭を撫でつける。

 

 「こんな事。私が君に言えることじゃないのは分かってる。でも……言わせて欲しい。

 私たちの世界の事は気にしないで……

 君は君の望みのままに……

 君のやりたい事を、君のやりたいように……

 

 君のこれからが……自由な意思の下にあらんことを……」

 

 それら全てが、叶わぬ願い(・・・・・)であると理解していながら、それでもミレディは、願わずにはいられない。

そうして、ミレディはナナキから離れると、ナナキは再びチョーカーの金具を緩め、水に飛び込もうと駆け出すが、飛び込む寸前に足を止め、ミレディの方へと振り返る。

 

 「バイバイミレディ!またね!

 

 そう大声で言って手を大きく振った後、勢い良く水の中へと飛び込んでいった。ミレディも、その手を振り返した。

 しかし……

 

 「またね(・・・)、ナナキ君。でもどうか(・・・・・)……これが最後の出会いでありますように。」

 

 かけた言葉は、相反する意味を紡いでいた。

 

 

 ナナキが去ってしばらく、ミレディの部屋の隅に、地面から生えるラッパのような物体が機械音を立てて出現する。

 

 『■■(後悔)■■■■■(しておるか)?』

 

 そのラッパから響いたのは、意味をなさない獣の唸り声。しかし、意味だけはなぜか理解できる不気味な音だ。

 

 「後悔なんて……していませんよ。」

 

 そう、ミレディは呟くように返答する。しかし今、気持ちが少し溶かされたミレディは、弱々しく続きを呟く。

 

 「後悔は、ありませんが……1度だけ……弱音を吐かせて、くれませんか?」

 

 『・・・、■■■■(よかろう)。』

 

 許しを得たミレディは、呼吸の必要ない身体であるはずなのに、深く深く、深呼吸をした。

 

 「私が本当に……世間で言われてる、人心を介さない非道な“反逆者”だったら……どれだけ楽だったでしょうか?……」

 

 そんな、消え入るように吐かれた弱音を聞いたラッパの向こうの相手……、

 

 ライセン大迷宮の地下深く、ハジメ達が周回攻略したことで、連動して(・・・・)ブロックが組み替えられ、ブロックの檻から解放された山のように巨大な真っ黒な亀型の怪物は……。

 

 『………………■■■■(知らんよ)

 

 と、冷たく吐き捨てた。

 

 

 





 おまけ話《同い年》

 シア「あのぉ~ナナちゃん?」

 ナナキ「うぅ?」

 シア「いっそのこと呼び捨てじゃなくて、シア“お姉ちゃん”って呼んでくれてもいいんですよ?」

 ナナキ「……うぅ?」

 シア「あっ!よ、呼び辛かったら……そ、そのぉ、ゆ、ユエさん同様に、シア“あねぇ”ッ……とかでも良いんですよっ?」
 ナナキ「ううん、よばないよ」

 シア「そ、即答!!?何で!?」

 ナナキ「うぅ?……だってシア。ナナキとおないどしさん(・・・・・・・)だもん。あねぇじゃないもん。」

 シア「そ、そんなぁ〜……。」

 ハジメ「調子に乗んな」

 ユエ「それは高望みしすぎ……。」


 ナナキの曇りなき眼と、真っ直ぐな回答に撃沈されたシア。
今後、彼女の野望。『お姉ちゃん呼び計画』を達成させることは出来るのだろうか!?

 頑張れシアッ 負けるなシアッ 
 そして世界の命運なんてどうでもいいッ!!
 道は険しく、(ナナキ)は手強い。
 だがしかし、彼女の戦いはまだ始まったばかりだぁ!!
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