聖暦二一四六年、六月二二日。ブレンツラウ中継基地。
未だ夜の静けさが周囲の平原を支配する中で。ミユキたちは輸送機に乗って出撃の
窓外に見える空は、あいにくの一面雲に覆われた
先遣隊は、小型の戦術核と通常のミサイルの両方を積んだ戦闘爆撃機と、魔導士部隊を乗せた輸送機から構成されている。作戦によると、彼らが〈天使〉の前進拠点――〈ドーム〉までの道を切り拓いてくれるらしい。
そして。その開いた道から〈ドーム〉へと進撃するのが、ミユキたち強襲魔導士部隊の役目だ。
北へと一直線に向かう大編隊から目を離し、意識を自分の乗る輸送機内へと戻す。
隣に乗っているのがユウキで、通路を挟んだ向こう側の後ろにまとまって座っているのがアレンの率いる第一八九魔導士小隊だ。緊張を紛らわすためなのか、そこからは小さな話し声が絶え間なく聞こえてきていた。
ツー、という音ののち、輸送機の
『只今、統合軍司令部より出撃命令が下達されました。よって、これより本機も離陸準備を開始します』
その言葉に、つい先程まで喋っていた声が小さくなる。ミユキも、自然と顔が強ばるのを感じていた。
「……なんだ、緊張しているのか?」
ユウキがちらりと目線を向けてくるのに、ミユキは小さく笑みをこぼす。
「ほんとに、この時が来たんだなって思って」
今から約三十年前。
しかし。そんな敗退の歴史は、今日をもって終わりを告げることとなる。そして。その第一歩は、ミユキたちの活躍にかかっているのだ。
今更そのことに実感が湧いてきて、ミユキは重圧と緊張に心が押し潰されそうになる。
「戦場こそ初めての場所ではあるが、今まで通りの行動さえできていればそう簡単に死にはしない」
「……ああ」
こくりと、ミユキは頷く。
戦場こそ未知の場所とはいえ、敵そのものは今までと同じ〈天使〉だ。〈
だから。いつも通りのことをすれば、全員が生還できる可能性は高いのだと、頭では分かってはいるのだが。
どうにも、心配と不安が拭えない。
『そう心配すんなって。なんてったって、今日は
耳につけていた複合通信機から、抑揚の効いた男性風の機械音声が届く。その聞き慣れた声に、ミユキは自然と小さく笑みをつくっていた。
「久しぶり、ラプラス。一週間ぶりだな」
『よっ。二人とも元気にしてたか?』
声の正体はラプラスだ。彼がこの基地に到着したのは今から十分前で、定刻のギリギリになってやっと
「最終調整はどうなったんだ?」
『
「では、使用感は以前と変わらないという認識でいいな?」
『それで大丈夫だ』
二人の業務上のやり取りを隣で聞きながら、ミユキは目をつぶる。
一週間の休息期間があったとはいえ、今は午前の四時だ。就寝時間こそ二一時ではあったものの、起床が午前一時だったためにミユキはいつもの半分程度しか寝れていないのだ。〈天使〉の非活性化時間がこの時間帯だから仕方ないとはいえ……さすがに眠い。
睡眠不足は判断ミスのもとにもなるので、隙間時間に少しでも睡眠をとろうとした――その時だった。
再び、機内無線に
『これより本機は離陸行動を開始します。各員、シートベルトを着用して離陸に備えて下さい』
そう、
機体はゆっくりと滑走路の上を走り始めた。
†
空のそこかしこで戦闘の極光と爆炎が咲く中を、ミユキたちの乗る輸送機はお構いなしに駆け抜ける。
近くで爆発が起きる度に機体が揺れ、防弾ガラス越しに伝わる炸裂音と刹那の光が機内を幾度となく駆け巡る。
ブレンツラウ中継基地を発ってから二時間、戦闘領域に入ってから十五分。
〈D-TOS〉の戦闘準備を終えたミユキたちは、座席にしがみつきながら作戦開始の時を待っていた。
「これ、ほんとに投下地点はまだなのか……!?」
もう何度目かも分からない閃光と座席の揺れを感じながら、ミユキは問いを投げかける。
いくら護衛の部隊がいるとはいえ、この近さで戦闘が起きているのは流石に不安だ。もしかして、既に投下地点を過ぎてしまっているんじゃないかとミユキは勘繰る。
『投下
「そんなのできるわけないだろ……!?」
言い捨てて。より一層激しい揺れに、ミユキは歯を食いしばる。こんな不規則な振動のある場所で歌なんて歌えば、誤って舌を噛みかねない。こんな時にも飄々と喋れるラプラスを、ミユキは少し羨ましいなと思った。
冷然とした面持ちを崩さぬまま、ユウキは淡々とした口調で訊ねる。
「ラプラス、第一八九魔導士小隊との
『ああ。そちらも準備オーケーだ。繋げてみな』
耳の複合通信機に手を当てて、ユウキは口を開く。
「アレン、聞こえるか」
『ああ、聞こえてる。……ミユキも、聞こえてるか?』
「大丈夫だ。ちゃんと聞こえてる」
空を覆う無数の純白――〈
ツー、という音ののち、
『投下ポイントに到着しました。これより、後部の降下ドアを解放します。……どうか、ご武運を』
二人はこくりと頷くと、すぐさま席を立った。ミユキが後部へと足を進める傍ら、ユウキは機内通信に告げる。
「ここまでの輸送と激励、感謝する。……貴方も、また再会できることを期待している」
では、と言い置いて、ユウキは通信を切る。駆け足でこちらに来るのを確認すると、今度は複合通信機越しにアレンの声が聞こえてきた。
『まずは俺たち第一八九魔導士小隊が先に出る。
「え……?」
「了解した」
質問をする前に、ユウキが了承を返してしまった。
行き場のない質問にモヤモヤしていると、それを
『俺たちが戦うべきなのは、〈
「そういうことか」と、ミユキは納得の声を上げる。確かに、階級二位や三位の〈天使〉と連戦するとなると、文字通りの死力を尽くした戦闘が要求される。そして。恐らく、そこに他の〈天使〉に構うような余裕は発生しない。
アレンたちが降下していくのを見ながら、ユウキが問う。
「レーダーの応答は?」
『〈
「……了解した」
と、呟いて。数秒の沈黙ののち、ユウキは再び口を開いた。
「こちら
『……了解』
帰ってきたのは、短い言葉だけだった。
「では、私たちも行こう」
ああ、と、短く応答して。直後、二人は後部ドアから空に飛び降りた。
眼下に広がるのは、緑に包まれたビル群と大きな幹線道路。そして、赤々と燃え上がる墜落した航空機だ。視界は夜明けの薄暗さで、なのに空は真っ白に光り輝いている。周囲を見渡す限り、この一帯は〈
相変わらず轟く爆発音を聞き流しながら、ミユキは意識を集中させる。
「――〈D-TOS〉、戦闘起動!」
瞬間、世界の速度が遅くなり、あらゆる感覚が研ぎ澄まされる。背中に半透明の翼が出現し、落ちていた身体を宙空に留め置く。
引き抜いた〈
【飛行魔導を巡航状態から戦闘状態へと移行。制限速度を時速一五〇に設定】
【
脳内に響くのは、無機質な機械音声だ。
『じゃあ、行くぞ!』
アレンの号令に、二人は「了解」と応答して。直後、彼の部隊は北進を開始した。
戦闘行動の要である二機の〈D-TOS〉――ラプラスとマクスウェルはレツィーナと同行し、厳重な防衛態勢の中にある。空間機動戦闘に長ける彼女のそばなら、〈D-TOS〉が撃破されるといったことはまず起きないだろう。
外周の隊員が〈
その間、アレンは常に周囲に目を見張って、戦闘全体の指揮を執っていて。まだ何もできないミユキは、自分の現状に歯がゆさを覚えていた。
『〈
「……それは、分かってる」
ラプラスの言葉に、ミユキは小さく
自分たちが相手をしなければならないのは、軍の危険度指数において第二位を戴冠している〈
最低限の自己防衛だけはしつつ、彼らの進撃に合わせてミユキたちも進んでいく。
そして。作戦開始から十分ほどが経過した頃。
突然、通信機にラプラスの叫び声が届いた。
『前方二キロメートル地点にて異次元
切迫した声音に、ミユキとユウキははっとして前方を見る。すると、そこには円形に景色がねじ曲がった異様な空間ができていた。
その円形は球状に変化して、そして一瞬のうちに何十倍にも膨れ上がっていく。と思うと、突然、全員の視界を一瞬の閃光が
【
一瞬の明滅ののち、ミユキたちは〈D-TOS〉を駆使して視界を即座に回復させる。自然にしていれば治りはするが、そんな悠長に待っていられるような場所でもない。
薄目で視界の回復を確認してから、今度こそしっかりと目を開く。
見えてきたのは、
行く手を阻むように発生したのを考えるに、この先の〈ドーム〉がこの方面の拠点で間違いないらしい。
予想通りの展開だったらしいユウキは、極めて冷静な声で告げる。
『では、この場は任せたぞ』
対して、アレンはいつもの軽い口調で答えた。
『道は切り拓く。行ってこい』
それきり通信は途切れて、ミユキたちとアレンたちの部隊はそれぞれ左右に別れて行動を開始する。〈
その隙を見て、ミユキとユウキは
向かうのはこの作戦の主要目標、眼下に悠然と佇む〈ドーム〉だ。直径十キロメートルにもなる巨大な円形は、生物だけを映さない鏡のようなものでできていて。その中には、
『〈
『現在、先程の三倍規模の異次元
ユウキはこくりと頷くと。今度はこちらに視線を向けてきた。
『今のうちに
彼女の瞳を真っ直ぐ捉えて、ミユキは頷き返す。
「了解」
再び視線を前へと戻し、球状に歪んだ景色を捉える。眼下に見える
そして。光の煌めきが頂点に達した――その時。閃く光が、ミユキたちの視界を
同時に、あらかじめ予備起動していた視細胞の
出現していたのは、全長一〇〇メートルはあろうかという巨大な不死鳥だった。その身体は相変わらず極光の純白で、それはこいつが〈天使〉であることを如実に物語っている。
『各種識別分析完了。……間違いなく〈
ラプラスの言葉に、二人は無言で頷くと。
『行くぞ!』
「ああ!」
短く、応答して。直後、ミユキは顕現した〈
【
【〈
右手に持つ剣の刀身が
【〈
〈
「ユウキ、頼んだ!」
一言、言い置いて。ミユキは〈
近接・高機動戦闘を得意とするミユキにとって、長物の〈
捨てたその手で
【〈
刀身が元の長さにまで縮小し、それと同時に青色の刃が真っ白に染まっていく。
眼前に迫る個体防壁に、ユウキの撃ち放った二本の光条が直撃。最大出力で放たれた
直後。〈
その衝撃は一瞬、許容ダメージを超えた個体防壁は異様な音を立てて跡形もなく消失し、ミユキの身体は再び前へと進み出す。
【戦闘適応処置機能を七〇〇%に
視界が更にクリアになり、眼前に迫る不死鳥の動きが緩慢に
【〈
【
脳に負担のかかる
……全員で帰ると決めたのだ。こんなところで、おれは死ねない。
『小型の異次元
ラプラスの
「なにがあった!?」
『小型の異次元
ラプラスが言い終えるのとほぼ同時。二人の視界に、突然小さな黒色の球が現れた。上下左右のあらゆるところに発生したそれらの奥には、不自然に歪んだ景色が見えている。
その光景が意味するのはただ一つ、異次元
……どうやら、おれたちはこれを避けながら戦わなければならないらしい。
加速した自分の時間の中で、ミユキは周囲に発生する異次元
これは無理だと判断し、その場を一旦離脱。
「これじゃあ近づけないぞ。どうする?」
ミユキの問いに、ユウキはしばし押し黙って。それから、はっきりとした声音で告げた。
『私がヤツの注意を
「……お前は、大丈夫なのか」
『ヤツから離れるにつれて、異次元
極めて冷静な、けれども生きる意志の通った声に、ミユキは鼻から息を吐く。こんな時なのに、小さく笑みがこぼれ出ていた。
信頼には、信頼で応えるべきだろう。
「……わかった。おれは、どうすればいい?」
『お前に少しでも注意が向けば、肉薄と同時に超高密度の異次元
「わかった」
それきり通話は途切れて、視界の端には二つの光条が〈
彼女が元々持っていた一丁と、先程ミユキが投げ捨てた一丁。その二丁の〈
その光景の先、悠然と佇む〈
「あいつの
『胸の中央部、つまりは鳥類の心臓と同じ位置だ。……鳥の心臓がどこにあるのかは分かるな?』
「ああ。分かってる」
こくりと頷いて。ミユキは、突撃の準備を進める。
【
【戦闘適応処置機能を八五〇%に
【〈
【全予備起動を完了。設定保存頂を呼び出しモードへと移行】
……あとは、機が来るのを待つだけだ。
〈
『注意が完全に逸れたと同時に、
「了解」
小さく頷き返して。ミユキは意識を戦場へと更に没入させる。
チャンスは一回。これを逃せば
おれは、まだ死ねない。ユウキは、おれと一緒に生きてくれると言ってくれた。両親と妹は、おれに生きろと言ってこの世界からいなくなった。
みんなが、おれが生きることを望んでくれた。そして。おれも、みんなと一緒に生きたいと思った。
だから。この戦闘は、必ず成功させて。そして、生きて帰らなければならないのだ。
決意の炎を瞳に灯して、ミユキは眼前に佇む純白の不死鳥――〈
発生する異次元
ついに痺れを切らしたのか、〈
もたげた頭部の先に青い光が灯り、大きく広げた
それらの光球はみるみるうちに大きくなり、そして煌めきを急速に増していく。左右に灯る光が青色へと変わった――その時。
緑色の光線に、これだけの硬度を誇る結晶を撃ち砕く貫徹力。それは、彼女が
『今だ!』
ラプラスの叫ぶ声が耳に届く。それを聞きながら、ミユキは全ての魔導を起動していた。
【
【設定保存頂の魔導を一括起動。〈
脳内に量子通信の音声が流れ、それと同時に世界の動く速度が更に遅くなる。瞬間、激しい痛みが頭に走った。
それには構わず、ミユキは左手に構える〈
ここまで、〇.三秒。
速度を緩めず肉薄し、
開いた傷口に〈
【
圧力に屈した〈
【視覚情報から爆発の関係情報を除外。対炎適応処置を起動】
対爆魔導を作動させて身体を守り、視界から邪魔な炎を除去。傷口の奥、小さく見えたのは極彩色の宝石だ。
自然に存在する全元素を重ね合わせた、通常ならばありえない構成の巨大物質。
ここからでは刃は届かないし、かといって刀身を伸ばせば切れ味が不足する。この傷口を更に開けば
……となると。選択肢はただ一つ。
眼前の
剣の柄をさかさに持ち替え、持ち手を後ろへと引いて――
「終わりだッ!」
直後。ミユキはその赤線に沿って〈
【〈
【
脳内に無機質な機械音声が響く。
刹那。ミユキの視界を、真っ白な閃光が