エンジェル・フォールン   作:暁天花

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第十一話 反攻作戦

 聖暦二一四六年、六月二二日。ブレンツラウ中継基地。

 未だ夜の静けさが周囲の平原を支配する中で。ミユキたちは輸送機に乗って出撃の(とき)を待っていた。

 

 窓外に見える空は、あいにくの一面雲に覆われた鈍色(にびいろ)で。航空機が空を飛ぶには、あまり適さない天候にもみえる。だが。そんなことはお構い無しに、先遣隊の航空機は次々と滑走路を離陸していた。

 

 先遣隊は、小型の戦術核と通常のミサイルの両方を積んだ戦闘爆撃機と、魔導士部隊を乗せた輸送機から構成されている。作戦によると、彼らが〈天使〉の前進拠点――〈ドーム〉までの道を切り拓いてくれるらしい。

 

 そして。その開いた道から〈ドーム〉へと進撃するのが、ミユキたち強襲魔導士部隊の役目だ。

 北へと一直線に向かう大編隊から目を離し、意識を自分の乗る輸送機内へと戻す。

 

 隣に乗っているのがユウキで、通路を挟んだ向こう側の後ろにまとまって座っているのがアレンの率いる第一八九魔導士小隊だ。緊張を紛らわすためなのか、そこからは小さな話し声が絶え間なく聞こえてきていた。

 

 ツー、という音ののち、輸送機の操縦士(パイロット)の声が機内無線で届く。

 

『只今、統合軍司令部より出撃命令が下達されました。よって、これより本機も離陸準備を開始します』

 

 その言葉に、つい先程まで喋っていた声が小さくなる。ミユキも、自然と顔が強ばるのを感じていた。

 

「……なんだ、緊張しているのか?」

 

 ユウキがちらりと目線を向けてくるのに、ミユキは小さく笑みをこぼす。

 

「ほんとに、この時が来たんだなって思って」

 

 今から約三十年前。北極点基地(エルドラド・ベース)の爆発事故から今日の作戦まで、人類は〈天使〉を前に後退と挫折ばかりを余儀なくされていた。

 しかし。そんな敗退の歴史は、今日をもって終わりを告げることとなる。そして。その第一歩は、ミユキたちの活躍にかかっているのだ。

 今更そのことに実感が湧いてきて、ミユキは重圧と緊張に心が押し潰されそうになる。

 

「戦場こそ初めての場所ではあるが、今まで通りの行動さえできていればそう簡単に死にはしない」

「……ああ」

 

 こくりと、ミユキは頷く。

 戦場こそ未知の場所とはいえ、敵そのものは今までと同じ〈天使〉だ。〈智天使(ケルビム)〉さえ撃破できれば、みんなの実力があればあとはどうとでもなるし、味方の戦力も、攻勢をかけるには十分な数が確保されている。

 

 だから。いつも通りのことをすれば、全員が生還できる可能性は高いのだと、頭では分かってはいるのだが。

 どうにも、心配と不安が拭えない。

 

『そう心配すんなって。なんてったって、今日は()()がついてるんだからな』

 

 耳につけていた複合通信機から、抑揚の効いた男性風の機械音声が届く。その聞き慣れた声に、ミユキは自然と小さく笑みをつくっていた。

 

「久しぶり、ラプラス。一週間ぶりだな」

『よっ。二人とも元気にしてたか?』

 

 声の正体はラプラスだ。彼がこの基地に到着したのは今から十分前で、定刻のギリギリになってやっと精神接続(クロッシング)ができた次第である。遅れた理由を聞いたところによると、最終調整に思いのほか時間がかかってしまったらしい。

 

「最終調整はどうなったんだ?」

精神接続(クロッシング)の感度調整と、異次元転移痕(てんいこん)の検出範囲を一〇%拡大。それと、魔導の出力上限が一五〇〇%になった』

「では、使用感は以前と変わらないという認識でいいな?」

『それで大丈夫だ』

 

 二人の業務上のやり取りを隣で聞きながら、ミユキは目をつぶる。

 一週間の休息期間があったとはいえ、今は午前の四時だ。就寝時間こそ二一時ではあったものの、起床が午前一時だったためにミユキはいつもの半分程度しか寝れていないのだ。〈天使〉の非活性化時間がこの時間帯だから仕方ないとはいえ……さすがに眠い。

 睡眠不足は判断ミスのもとにもなるので、隙間時間に少しでも睡眠をとろうとした――その時だった。 

 

 再び、機内無線に操縦士(パイロット)の声が響く。

 

『これより本機は離陸行動を開始します。各員、シートベルトを着用して離陸に備えて下さい』

 

 そう、操縦士(パイロット)が宣言すると。

 機体はゆっくりと滑走路の上を走り始めた。

 

 

  †

 

 

 空のそこかしこで戦闘の極光と爆炎が咲く中を、ミユキたちの乗る輸送機はお構いなしに駆け抜ける。

 近くで爆発が起きる度に機体が揺れ、防弾ガラス越しに伝わる炸裂音と刹那の光が機内を幾度となく駆け巡る。

 ブレンツラウ中継基地を発ってから二時間、戦闘領域に入ってから十五分。

 

 〈D-TOS〉の戦闘準備を終えたミユキたちは、座席にしがみつきながら作戦開始の時を待っていた。

 

「これ、ほんとに投下地点はまだなのか……!?」

 

 もう何度目かも分からない閃光と座席の揺れを感じながら、ミユキは問いを投げかける。

 いくら護衛の部隊がいるとはいえ、この近さで戦闘が起きているのは流石に不安だ。もしかして、既に投下地点を過ぎてしまっているんじゃないかとミユキは勘繰る。

 

『投下地点(ポイント)はあと五〇〇メートル先だ。歌でも歌いながら待ってろ』

「そんなのできるわけないだろ……!?」

 

 言い捨てて。より一層激しい揺れに、ミユキは歯を食いしばる。こんな不規則な振動のある場所で歌なんて歌えば、誤って舌を噛みかねない。こんな時にも飄々と喋れるラプラスを、ミユキは少し羨ましいなと思った。

 冷然とした面持ちを崩さぬまま、ユウキは淡々とした口調で訊ねる。 

 

「ラプラス、第一八九魔導士小隊との精神接続(クロッシング)同期は完了したか 」

『ああ。そちらも準備オーケーだ。繋げてみな』

 

 耳の複合通信機に手を当てて、ユウキは口を開く。

 

「アレン、聞こえるか」

『ああ、聞こえてる。……ミユキも、聞こえてるか?』

「大丈夫だ。ちゃんと聞こえてる」

 

 空を覆う無数の純白――〈守護天使(ガーディアン)〉の勢力圏内では、電波による通信は阻害されて使えない。そのため、軍では〈D-TOS〉を中継とした量子通信によって連絡手段を確保しているのだ。

 

 ツー、という音ののち、操縦士(パイロット)の声が機内通信に響く。

 

『投下ポイントに到着しました。これより、後部の降下ドアを解放します。……どうか、ご武運を』

 

 二人はこくりと頷くと、すぐさま席を立った。ミユキが後部へと足を進める傍ら、ユウキは機内通信に告げる。

 

「ここまでの輸送と激励、感謝する。……貴方も、また再会できることを期待している」

 

 では、と言い置いて、ユウキは通信を切る。駆け足でこちらに来るのを確認すると、今度は複合通信機越しにアレンの声が聞こえてきた。 

 

『まずは俺たち第一八九魔導士小隊が先に出る。特設(S)技術(T)試験部隊(T)は俺たちの後に続いてくれ』

「え……?」

「了解した」

 

 質問をする前に、ユウキが了承を返してしまった。

 行き場のない質問にモヤモヤしていると、それを精神接続(クロッシング)で感じ取ったらしい。ラプラスが解説を付け加えてきた。

 

『俺たちが戦うべきなのは、〈座天使(ソロネ)〉や〈智天使(ケルビム)〉みたいな大型の〈天使〉だ。この戦場の最強戦力にあたる俺たちには、雑魚に構ってられるほどの余裕も時間もない」

 

 「そういうことか」と、ミユキは納得の声を上げる。確かに、階級二位や三位の〈天使〉と連戦するとなると、文字通りの死力を尽くした戦闘が要求される。そして。恐らく、そこに他の〈天使〉に構うような余裕は発生しない。

 アレンたちが降下していくのを見ながら、ユウキが問う。

 

「レーダーの応答は?」

『〈座天使(ソロネ)〉が三体に、〈智天使(ケルビム)〉が一体だ。時空歪曲率から推測するに、まだ増える可能性がある』

「……了解した」

 

 と、呟いて。数秒の沈黙ののち、ユウキは再び口を開いた。

 

「こちら特設(S)技術(T)試験部隊(T)隊長、ユウキ・アレスシルト。第一八九魔導士小隊に告ぐ。敵大型〈天使〉の増加が予測されるため、作戦行動開始後、私たちは〈智天使(ケルビム)〉の撃破を最優先に行動する。よって、貴官らには進路上に存在する〈座天使(ソロネ)〉の牽制および戦闘区域の確保にあたってもらいたい」

『……了解』

 

 帰ってきたのは、短い言葉だけだった。

 

「では、私たちも行こう」

 

 ああ、と、短く応答して。直後、二人は後部ドアから空に飛び降りた。

 

 

 

 眼下に広がるのは、緑に包まれたビル群と大きな幹線道路。そして、赤々と燃え上がる墜落した航空機だ。視界は夜明けの薄暗さで、なのに空は真っ白に光り輝いている。周囲を見渡す限り、この一帯は〈守護天使(ガーディアン)〉の勢力圏内のようだ。

 相変わらず轟く爆発音を聞き流しながら、ミユキは意識を集中させる。

 

「――〈D-TOS〉、戦闘起動!」

 

 瞬間、世界の速度が遅くなり、あらゆる感覚が研ぎ澄まされる。背中に半透明の翼が出現し、落ちていた身体を宙空に留め置く。

 引き抜いた〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉が(あお)色に煌めき、もう片方で持つ〈魔導銃(レーヴァテイン)〉が幻の熱を帯びる。遅れて、左腿(ひだひもも)に付けた拳銃も熱を帯びていくのを感じていた。

 

【飛行魔導を巡航状態から戦闘状態へと移行。制限速度を時速一五〇に設定】

超加速(ブースト)予備起動完了。――全〈D-TOS〉システム、起動完了】

 

 脳内に響くのは、無機質な機械音声だ。

 

『じゃあ、行くぞ!』

 

 アレンの号令に、二人は「了解」と応答して。直後、彼の部隊は北進を開始した。

 (あけ)と極光の爆轟(ばくごう)の中を、アレンたちは全速力で翔け抜ける。中央にアレンとレツィーナを配置したデルタ編隊が先陣を切り、その背後にミユキとユウキが続く。

 

 戦闘行動の要である二機の〈D-TOS〉――ラプラスとマクスウェルはレツィーナと同行し、厳重な防衛態勢の中にある。空間機動戦闘に長ける彼女のそばなら、〈D-TOS〉が撃破されるといったことはまず起きないだろう。

 

 外周の隊員が〈魔導銃(レーヴァテイン)〉を撃ち放ち、それに誘導された〈天使〉どもをレツィーナが正確無比な狙撃によって撃ち落とす。彼女の操る四つの機動兵装が縦横無尽に駆け巡り、編隊に攻撃を加える〈天使〉を片っ端から撃破していく。

 

 その間、アレンは常に周囲に目を見張って、戦闘全体の指揮を執っていて。まだ何もできないミユキは、自分の現状に歯がゆさを覚えていた。

 

『〈智天使(ケルビム)〉を倒さない限り、この戦場にいる〈天使〉の統率は()れたままだ。今はまだ、戦う時じゃない』

「……それは、分かってる」

 

 ラプラスの言葉に、ミユキは小さく(うめ)く。

 自分たちが相手をしなければならないのは、軍の危険度指数において第二位を戴冠している〈智天使(ケルビム)〉だ。先の〈オファニエル〉討伐作戦における激戦を鑑みるに、道中で無駄な消耗をしている余裕などない。

 

 最低限の自己防衛だけはしつつ、彼らの進撃に合わせてミユキたちも進んでいく。

 そして。作戦開始から十分ほどが経過した頃。

 突然、通信機にラプラスの叫び声が届いた。

 

『前方二キロメートル地点にて異次元転移痕(てんいこん)が発生! 形状パターン識別――〈座天使(ソロネ)〉だ!』

 

 切迫した声音に、ミユキとユウキははっとして前方を見る。すると、そこには円形に景色がねじ曲がった異様な空間ができていた。

 その円形は球状に変化して、そして一瞬のうちに何十倍にも膨れ上がっていく。と思うと、突然、全員の視界を一瞬の閃光が()いた。

 

視細胞(しさいぼう)を高速転換。明順応(めいじゅんのう)速度を加速】

 

 一瞬の明滅ののち、ミユキたちは〈D-TOS〉を駆使して視界を即座に回復させる。自然にしていれば治りはするが、そんな悠長に待っていられるような場所でもない。

 薄目で視界の回復を確認してから、今度こそしっかりと目を開く。

 

 見えてきたのは、二重螺旋(にじゅうらせん)の円環が四つ、縦、横、右斜め、左斜めで不規則に回り続ける巨大な異形の姿――〈座天使(ソロネ)〉だ。

 行く手を阻むように発生したのを考えるに、この先の〈ドーム〉がこの方面の拠点で間違いないらしい。

 予想通りの展開だったらしいユウキは、極めて冷静な声で告げる。

 

『では、この場は任せたぞ』

 

 対して、アレンはいつもの軽い口調で答えた。

 

『道は切り拓く。行ってこい』

 

 それきり通信は途切れて、ミユキたちとアレンたちの部隊はそれぞれ左右に別れて行動を開始する。〈座天使(ソロネ)〉の左側に向かったアレンたちが一斉に攻撃を仕掛け、注意が彼らの方向に集中する。

 その隙を見て、ミユキとユウキは超加速(ブースト)を起動。〈座天使(ソロネ)〉のそばを、最大戦速で駆け抜けた。

 

 向かうのはこの作戦の主要目標、眼下に悠然と佇む〈ドーム〉だ。直径十キロメートルにもなる巨大な円形は、生物だけを映さない鏡のようなものでできていて。その中には、(とげ)の付いた球体のような形状をした光結晶――〈天使〉の構成物質だ――が幻のように映っている。

 

『〈智天使(ケルビム)〉は』

『現在、先程の三倍規模の異次元転移痕(てんいこん)が発生中だ。そのうち、顕現(けんげん)する』

 

 ユウキはこくりと頷くと。今度はこちらに視線を向けてきた。

 

『今のうちに明順応(めいじゅんのう)加速の用意をしておけ。実体化と同時に攻撃を開始する』

 

 彼女の瞳を真っ直ぐ捉えて、ミユキは頷き返す。

 

「了解」

 

 再び視線を前へと戻し、球状に歪んだ景色を捉える。眼下に見える(とげ)状の球体は(まばゆ)く輝き、その光が強くなるに連れて異次元転移痕(てんいこん)の大きさも増していく。

 そして。光の煌めきが頂点に達した――その時。閃く光が、ミユキたちの視界を()いた。

 

 同時に、あらかじめ予備起動していた視細胞の明順応(めいじゅんのう)機能を発動。即座に視界を回復させる。

 出現していたのは、全長一〇〇メートルはあろうかという巨大な不死鳥だった。その身体は相変わらず極光の純白で、それはこいつが〈天使〉であることを如実に物語っている。

 

『各種識別分析完了。……間違いなく〈智天使(ケルビム)〉だ』

 

 ラプラスの言葉に、二人は無言で頷くと。

 

『行くぞ!』

「ああ!」

 

 短く、応答して。直後、ミユキは顕現した〈智天使(ケルビム)〉に突撃を開始した。

 

超加速(ブースト)起動】

【〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉の出力を五〇〇%に上昇。固定。刀身延伸(えんしん)機能を二〇〇%に固定。余剰エネルギーを溶断(ようだん)率へと転化。――完了】

 

 右手に持つ剣の刀身が蒼白(そうはく)に煌めき、光の刃が元の長さの二倍にまで延伸される。高速機動のさなか、左手に持つ〈魔導銃(レーヴァテイン)〉を発砲。薄い紫の壁が浮かび上がって来るのを見て、個体防壁の位置を確認する。

 

【〈魔導銃(レーヴァテイン)〉を停止。〈魔導拳銃(リジル)〉起動】

 

 〈魔導銃(レーヴァテイン)〉から熱が消失し、左腿(ひだりもも)に付けていた拳銃が幻の熱を帯びる。

 

「ユウキ、頼んだ!」

 

 一言、言い置いて。ミユキは〈魔導銃(レーヴァテイン)〉を宙空に放り捨てた。

 近接・高機動戦闘を得意とするミユキにとって、長物の〈魔導銃(レーヴァテイン)〉は邪魔物にしかならない。一瞬の判断が生死に直結する対〈智天使(ケルビム)〉戦闘では、“邪魔”を認識することですら命取りになってしまうのだ。

 

 捨てたその手で左腿(ひだりもも)の拳銃――〈魔導拳銃(リジル)〉を振り抜き、更に突撃。個体防壁に向けて、〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉の切っ先を突き立てる。

 

【〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉の出力を一〇〇〇%に一時強化(ブースト)。刀身延伸(えんしん)機能を一時停止。余剰エネルギーを溶断(ようだん)率へと転化――完了】

 

 刀身が元の長さにまで縮小し、それと同時に青色の刃が真っ白に染まっていく。

 眼前に迫る個体防壁に、ユウキの撃ち放った二本の光条が直撃。最大出力で放たれた防壁破壊(De.B.U.F.F.)弾が、〈智天使(ケルビム)〉の持つ頑強な個体防壁に脆弱(ぜいじゃく)性を与える。

 

 直後。〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉の切っ先が、薄い紫の膜と激突した。

 その衝撃は一瞬、許容ダメージを超えた個体防壁は異様な音を立てて跡形もなく消失し、ミユキの身体は再び前へと進み出す。

 

【戦闘適応処置機能を七〇〇%に一時強化(ブースト)

 

 視界が更にクリアになり、眼前に迫る不死鳥の動きが緩慢に()()()

 

【〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉の一時強化(ブースト)を終了。設定保存――完了】

魔導盾(シールド)および氷盾(ひょうじゅん)生成式を予備起動】

 

 脳に負担のかかる一時強化(ブースト)はこまめに停止し、その分の空いたリソースで不測の事態に備える。

 

 ……全員で帰ると決めたのだ。こんなところで、おれは死ねない。

 

『小型の異次元転移痕(てんいこん)を多数確認! これは……攻撃用か!?』

 

 ラプラスの鬼気(きぎ)迫る叫び声に、ミユキは一旦超加速(ブースト)を停止する。回避行動をとりながら、ミユキは叫ぶ。

 

「なにがあった!?」

『小型の異次元転移痕(てんいこん)がお前らの周囲に多数発生中だ! ――視界に情報を共有する。少しでも当たったら体細胞が粉々になるぞ!』

 

 ラプラスが言い終えるのとほぼ同時。二人の視界に、突然小さな黒色の球が現れた。上下左右のあらゆるところに発生したそれらの奥には、不自然に歪んだ景色が見えている。

 その光景が意味するのはただ一つ、異次元転移痕(てんいこん)が発生しているということだ。

 

 ……どうやら、おれたちはこれを避けながら戦わなければならないらしい。

 

 加速した自分の時間の中で、ミユキは周囲に発生する異次元転移痕(てんいこん)の粒たちを次々と躱していく。だが、あまりにも密度の濃い転移痕(てんいこん)の前に、ミユキと〈智天使(ケルビム)〉の距離は近づくどころか段々と離されてしまっていた。

 

 これは無理だと判断し、その場を一旦離脱。魔導盾(シールド)氷盾(ひょうじゅん)を囮にしながら戦域のギリギリまで後退する。

 

「これじゃあ近づけないぞ。どうする?」

 

 ミユキの問いに、ユウキはしばし押し黙って。それから、はっきりとした声音で告げた。

 

『私がヤツの注意を誘引(ゆういん)する。ミユキ、お前はその隙に肉薄し、早急に(コア)を破壊しろ』

「……お前は、大丈夫なのか」 

『ヤツから離れるにつれて、異次元転移痕(てんいこん)の密度は薄くなっている。……私の戦闘距離ならば、ヤツの攻撃は十分に回避可能だ』

 

 極めて冷静な、けれども生きる意志の通った声に、ミユキは鼻から息を吐く。こんな時なのに、小さく笑みがこぼれ出ていた。

 信頼には、信頼で応えるべきだろう。

 

「……わかった。おれは、どうすればいい?」

『お前に少しでも注意が向けば、肉薄と同時に超高密度の異次元転移痕(てんいこん)を展開されて終わりだ。……ミユキ、お前は、私に全ての注意が向ききったタイミングで突撃しろ』

「わかった」

 

 それきり通話は途切れて、視界の端には二つの光条が〈智天使(ケルビム)〉へと伸びていくのが見える。

 彼女が元々持っていた一丁と、先程ミユキが投げ捨てた一丁。その二丁の〈魔導銃(レーヴァテイン)〉を巧みに駆使し、戦場を縦横無尽に駆け抜けながら、ユウキは〈智天使(ケルビム)〉へと何度も攻撃を加えていた。

 その光景の先、悠然と佇む〈智天使(ケルビム)〉を見据えながら、ミユキは訊ねる。

 

「あいつの(コア)は」

『胸の中央部、つまりは鳥類の心臓と同じ位置だ。……鳥の心臓がどこにあるのかは分かるな?』

「ああ。分かってる」

 

 こくりと頷いて。ミユキは、突撃の準備を進める。

 

超加速(ブースト)予備起動。出力を通常の二〇〇%に設定。完了】

【戦闘適応処置機能を八五〇%に一時加速(ブースト)。予備起動条項に登録】

【〈魔導銃(リジル)〉の出力を一〇〇〇%に一時強化(ブースト)。終了。設定保存――完了】

【全予備起動を完了。設定保存頂を呼び出しモードへと移行】

 

 ……あとは、機が来るのを待つだけだ。

 

 〈智天使(ケルビム)〉の胸部に〈魔導銃(レーヴァテイン)〉の斉射を浴びせかけながら、ユウキが告げる。

 

『注意が完全に逸れたと同時に、劣化ウラン(DU)弾で頭部を狙撃する。それが開始の合図だ』

「了解」

 

 小さく頷き返して。ミユキは意識を戦場へと更に没入させる。

 チャンスは一回。これを逃せば(コア)を破壊することは叶わないし、ミユキの生還も叶わない。

 

 おれは、まだ死ねない。ユウキは、おれと一緒に生きてくれると言ってくれた。両親と妹は、おれに生きろと言ってこの世界からいなくなった。

 みんなが、おれが生きることを望んでくれた。そして。おれも、みんなと一緒に生きたいと思った。

 だから。この戦闘は、必ず成功させて。そして、生きて帰らなければならないのだ。

 

 決意の炎を瞳に灯して、ミユキは眼前に佇む純白の不死鳥――〈智天使(ケルビム)〉を鋭く睨み据える。

 発生する異次元転移痕(てんいこん)を最小限の動きで回避し続けながら、空を()けるユウキは二丁の〈魔導銃(レーヴァテイン)〉を何度も何度も〈智天使(ケルビム)〉へと差し向けていた。頭部、胸部、両翼と、あらゆる箇所に青白い光線は直撃し、けれども〈智天使(ケルビム)〉の表面にはそれらしき傷は何一つついていない。どうやら、今回の〈智天使(ケルビム)〉は本体の強度に秀でているタイプらしい。

 

 ついに痺れを切らしたのか、〈智天使(ケルビム)〉が初めて動いた。

 もたげた頭部の先に青い光が灯り、大きく広げた両翼(りょうよく)の節目に真紅の光球が形成される。

 それらの光球はみるみるうちに大きくなり、そして煌めきを急速に増していく。左右に灯る光が青色へと変わった――その時。

 

 ()()の光線が、〈智天使(ケルビム)〉の頭部を撃ち貫いた。

 緑色の光線に、これだけの硬度を誇る結晶を撃ち砕く貫徹力。それは、彼女が劣化ウラン(UD)弾を使用したことを示している。

 

『今だ!』 

 

 ラプラスの叫ぶ声が耳に届く。それを聞きながら、ミユキは全ての魔導を起動していた。

 

超加速(ブースト)起動。戦闘適応処置機能を八五〇%に一時強化(ブースト)。生命維持に不必要な強化条項を除外。停止】

【設定保存頂の魔導を一括起動。〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉および〈魔導拳銃(リジル)〉の出力を一〇〇〇%に一時強化(ブースト)。刀身延伸機能を二〇〇%に固定。余剰エネルギーを溶断(ようだん)率へと転化。――完了】

 

 脳内に量子通信の音声が流れ、それと同時に世界の動く速度が更に遅くなる。瞬間、激しい痛みが頭に走った。

 それには構わず、ミユキは左手に構える〈魔導拳銃(リジル)〉の撃鉄を下ろす。

 ここまで、〇.三秒。

 

 速度を緩めず肉薄し、蒼白(そうはく)に煌めく〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉を一閃。〈智天使(ケルビム)〉の胸部を斬り裂いた。

 開いた傷口に〈魔導拳銃(リジル)〉の銃口を押し当て、引き金を引く。射撃で生まれた余剰エネルギーは弾丸諸共〈智天使(ケルビム)〉の内部構造をズタズタに引き裂き、爆炎となって隙間から漏れ出してくる。

 

魔導盾(シールド)起動。〇.二秒後に消失を設定】

 

 圧力に屈した〈魔導拳銃(リジル)〉が粉々に砕け、そこから赤い炎が吹き出してくる。それを魔導盾(シールド)で受け止めて、ミユキは躊躇なく傷の奥へと突き進む。

 

【視覚情報から爆発の関係情報を除外。対炎適応処置を起動】

 

 対爆魔導を作動させて身体を守り、視界から邪魔な炎を除去。傷口の奥、小さく見えたのは極彩色の宝石だ。

 自然に存在する全元素を重ね合わせた、通常ならばありえない構成の巨大物質。

 

 ここからでは刃は届かないし、かといって刀身を伸ばせば切れ味が不足する。この傷口を更に開けば(コア)には到達できるが、生憎そんなことをするような時間もない。

 

 ……となると。選択肢はただ一つ。

 

 眼前の(コア)を再びしっかりと見据え、自分との距離と最も有効な角度を〈D-TOS〉によって算出する。その結果を視界に共有し、〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉から〈智天使(ケルビム)〉の(コア)へと幻の赤線が出現する。

 剣の柄をさかさに持ち替え、持ち手を後ろへと引いて――

 

「終わりだッ!」

 

 直後。ミユキはその赤線に沿って〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉を投擲した。

 蒼白(そうはく)の刃は閉じていく傷口を一直線に突き進み、そのまま(コア)へと突き刺さる。それを確認し、即座に退避。

 

【〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉の自爆コードを解放。――認証完了】

魔導盾(シールド)起動】

 

 脳内に無機質な機械音声が響く。

 刹那。ミユキの視界を、真っ白な閃光が()き尽くした。

 

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