エンジェル・フォールン   作:暁天花

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第六章 蒼き世界の境界線
第十六話 蒼き世界の境界線


 聖暦二一四六年、()()()()。夜明けを告げる黎明の光が東から差し込む頃。

 ミユキたちの乗る輸送機以下〈蒼き水平線(ブルー・ホライズン)〉作戦の第二陣は、ほとんど総力が北極点基地(エルドラド・ベース)へと辿り着いていた。

 

 〈D-TOS〉による欺瞞情報の流布が功を奏したのか、道中での戦闘はほとんど起こらなくて。戦力の喪失は戦闘機四機とごく少数に留まった。これは想定されていた数字よりも遥かに少ない損害だ。嬉しい誤算というやつだろう。

 

 機体の外で鳴り響いていた爆発音が、いよいよ至近の距離で聞こえてくる。戦闘の熾烈さを察して、ミユキは閉じていた目を開けて窓の外へと視線を向ける。

 

 ――見えた光景に、驚愕の声がこぼれ落ちた。

 

「え……?」

 

 ミユキにつられるようにして、他の二人も窓外へと意識を向ける。そして、全員が一様に驚愕の言葉を漏らした。

 機体の外。眼下に見える深い紺色(こんいろ)の海には、水平線にまで続く大艦隊が〈天使〉との戦いを繰り広げていた。

 

 至るところで赤と白の爆炎が巻き起こり、その度に大音響が鳴り響く。〈天使〉の攻撃で大破した艦艇が大爆発を起こし、より一層大きな炎と音を響かせる。

 

 ――ついに戦闘領域へと入ったのだ。

 

 機内通信から副操縦士(パイロット)の声が届く。

 

『たった今第二梯団(ていだん)総司令官より通達がありました。“眼下に展開中の艦隊は、アルロット合衆国およびラヴォリア帝国を中核とする人類軍連合艦隊である。以降、私の名において〈蒼き水平線(ブルー・ホライズン)〉作戦は彼らとの合同作戦に転換する”――とのことです』

 

 つまり。この膨大な数の艦艇たちは、ミユキたちの仲間ということだ。

 思わぬ戦力増加に、問い返すアレンの声も上ずっているように聞こえる。

 

「俺たちの行動に変更は?」

『現時点でそのような指示は確認していません』

「了解。てことは、俺たちは予定通り攻勢の最先鋒で変わりなしか」

『現時点では。何か通達があり次第報告いたします』

 

 それきり回線は途切れて、機内には再び戦闘の爆発音だけが鳴り響く。窓外に見える景色の奥、北の水平線の空には目も眩むような純白が広がっていて。それが〈天使〉の領域に近づいていることを如実に示している。

 

「……もうそろそろか」

 

 呟きながら。アレンは〈D-TOS〉用の複合通信機を取り出す。彼が耳につけるのを見つつ、ミユキとレツィーナも複合通信機を耳へと取り付けた。

 目を(つむ)り、意識を集中させて。

 

「「「〈D-TOS〉予備起動!」」」

 

 コンマ数秒後、三人の脳内に無機質な機械音声が響く。

 

【〈D-TOS〉システム起動完了。精神接続(クロッシング)同期中――完了。予備起動状態構築開始】

【飛行魔導を戦闘状態に設定。各種神経系の感応速度強化を設定。戦闘適応処置の予備起動を完了】

【〈魔導銃(レーヴァテイン)〉および〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉の出力設定完了。――全〈D-TOS〉戦闘システムの予備起動を完了】

 

 再び目を開ける。

 

『準備はできたな』

 

 ラプラスの言葉にミユキはこくりと頷いて。直後、機内通信に操縦士(パイロット)の声が届いた。

 

『作戦開始地点に到着しました。後部降下ドアを解放します』

 

 ガコン、という音がしたのち、機体後部が下開きに開いていく。そこから見えるのは、深い海色(みいろ)と今まさに垂直発射装置(VLS)を射出している艦艇だ。吹き込む風は冷たくて、ここが北極なのだということを強く主張してくる。

 短く、深呼吸をして。ミユキは告げる。

 

「各員、出撃!」

 

 

 

 

 自由落下のままに宙空(そら)を飛び降り、輸送機と十分に距離が取れたところで飛行魔導を起動する。三人の背中に天使と似た光の翼が白く輝き、落下を止める。続いて〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉と〈魔導銃(レーヴァテイン)〉を起動。銃身が幻の熱を帯び、剣の刃が鮮やかな蒼色(あおいろ)に煌めく。

 

『全システム起動完了。いつでもいけるぜ』

 

 ラプラスの言葉に「了解」と返して、ミユキは周囲を見渡す。

 あちこちで赤と白の爆発が起きるさなか。無事に到達した輸送機からは、他の魔導士たちが続々と降下を開始していた。至るところで光の翼が滞空を始め、総司令官の合図を待っている。

 

 総勢、一万八七九四名。それがこの場にいる魔導士の総数だ。彼らを中核とした第二陣の攻撃部隊に、ライン連邦の――ひいては世界の命運がかかっている。

 第二陣の全隊員へと発せられた司令が、ラプラスを通じて聞こえてくる。

 

『“現時刻をもって第二梯団(ていだん)の総攻撃を開始する。各隊は特別挺進隊を楔の先鋒として爆心地へ突進、〈天使〉の統御拠点を急襲(きゅうしゅう)せよ”』

 

 三人は互いに目を見合わせて。無言で頷く。

 

「先頭はおれが切り拓く。二人は援護を」

『『了解』』

 

超加速(ブースト)起動】

 

 直後。ミユキたちは北へと進撃を開始した。

 

【〈魔導銃(レーヴァテイン)〉起動。出力を一〇〇〇%に一時強化(ブースト)

 

 まずは実用限界の出力で〈魔導銃(レーヴァテイン)〉を斉射。三つの光条は蒼白の直線を描き、眼前に立ち塞がる〈天使〉の大群に突き刺さる。射線上にいた〈天使〉が次々と白い爆発を巻き起こし、視界を白く染め上げる。魔導で視細胞の順応(じゅんのう)性を強化し、すぐさま元の視界を回復。

 

【〈魔導銃(レーヴァテイン)〉の一時強化(ブースト)を解除。〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉起動。出力を九五〇%に()()。刀身延伸(えんしん)機能を二〇〇%に固定。余剰エネルギーを溶断(ようだん)率に転化】

 

 即座に〈魔導銃(レーヴァテイン)〉の一時強化(ブースト)を解除し、左腰の剣を引き抜く。引き抜いた刃は光線と同じく眩い蒼白を放っている。

 進路上の〈天使〉を掃討したのもつかの間、光条でできた穴は早くも別の〈天使〉によって埋められていく。だが、この隙を見逃さないわけにはいかない。 

 

 後ろからいくつもの光条が飛んでくる中、ミユキたちは自分たちの射撃によって作り出した戦力の穴を全速力で突き進んでいく。アレンが戦況の全体を把握しながら三人の殿(しんがり)を務め、中央に位置するレツィーナは胸にラプラスを抱えながら迫り来る〈天使〉に正確無比な狙撃を加えていく。先陣を切るミユキは、進路上に立ち塞がる〈天使〉を〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉で一刀両断。自分に向かってくるのは仲間に任せ、前方の敵だけを注視する。

 

 そして。数キロ程を進んだところで、ミユキたちは〈守護天使(ガーディアン)〉が空を覆う純白の領域へと突入した。

 

妨害電波(ジャミング)を感知。全〈D-TOS〉システムの出力が二五%低下】

 

『同じ分だけ出力を上げた。〈守護天使(ガーディアン)〉に突っ込まないようにだけ注意しろ』

 

 ラプラスの言葉に三人は無言で頷く。〈守護天使(ガーディアン)〉の群れに飛び込んだら最後、〈D-TOS〉は出力低下の末に停止してしまう。そしてそれは、この戦場においては確実な死を意味する。

 

 白く輝く空の下、薄暗い海上をミユキたちは進んでいく。海のあらゆるところには、全幅百メートルはあろうかという巨大な光の柱が立っていて。天の〈守護天使(ガーディアン)〉まで続いている柱の姿に、ミユキたちはここが〈天使〉たちの領域なのだということを改めて思い知らされる。

 

『――! 前方三キロメートル地点にて巨大な異次元転移痕(てんいこん)を捕捉。識別パターン――〈智天使(ケルビム)〉!』

 

 ラプラスの警告に、三人の間に緊張が走る。思考は一瞬、ミユキはすぐさま通信機に叫んでいた。

 

「全速力で突破する! 二人は個体防壁を頼む!」

『了解!』『わかった!』

 

 前を見据える。

 球状に歪んだ景色はどんどん実体を増し、そして白く眩い光を放ち始める。その間にも、ミユキたちは転移痕(てんいこん)との距離を詰めていく。

 

【〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉の出力を一二〇〇%に一時強化(ブースト)。刀身延伸(えんしん)機能を三五〇%に固定。余剰エネルギーを溶断(ようだん)率に転化】

【戦闘適応処置を五〇〇%に一時強化(ブースト)

 

『最大火力で防壁破壊(De.B.U.F.F.)弾を投射する! 一気にたたっ斬ってやれ!』

 

 耳に届くのは威勢のいいアレンの声だ。その声にミユキはこくりと頷く。

 言われなくても、そのつもりだ。

 異次元転移痕(てんいこん)が極光を放ち、ミユキたちの視界を刹那焼き尽くす。実体化した〈智天使(ケルビム)〉は、イカのような形の身体に巨大な天使の翼を付けた異形だった。全長は――だいたい七〇メートルぐらいだろうか。腹の部分には、ご丁寧に(コア)が露出して佇んでいた。

 

 後ろから放たれた二条の光線が、(コア)目掛けて突き進む。だが、光線はやはり〈智天使(ケルビム)〉の前で個体防壁に塞がれ、そこで光を止める。

 

 ――しかし、二人が放ったのは防壁破壊(De.B.U.F.F)弾だ。防壁自体の破壊はできなくとも、弱体化は付与できる。

 

 脆くなった個体防壁に、ミユキは勢いのままに〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉を突き刺す。一瞬動きが止まったのち、目の前に薄く現れていた半透明の膜――個体防壁は異様な音を立てて崩壊した。

 剣を持ち替え、(コア)へと突撃。 

 

「邪魔だっ!」

 

 一切の攻撃の隙も与えずに、ミユキは〈智天使(ケルビム)〉の(コア)を体ごと横()ぎに一閃する。確かな手応えを感じながら、剣を突き立てたまま背中へと通り過ぎ――直後、〈智天使(ケルビム)〉は呆気なく光の粒子となって四散した。

 

 吹き荒れる光の奔流(ほんりゅう)を背中に受けながらも、ミユキたちは進める足を緩めない。〈D-TOS〉の一時強化(ブースト)を全て解除して、ミユキは問う。

 

「ラプラス! ユウキの反応は!?」

『この先――北極点基地(エルドラド・ベース)の爆心地だ!』

 

 昂る感情を理性で押し殺し、ミユキは今一度強く目の前の水平線を見据える。

 あともう少しでユウキと再会できる。そう思うと、胸の中になにか熱いものがこみあげてきていた。

 まばらに立ち塞がる〈天使〉を撃破しつつ、ミユキたちは爆心地へと一直線に向かう。

 

 

 純白の空はいつの間にか異様な星辰へと変わり、銀河と星雲が息を呑むような美しさを醸し出している。眼下に目を向けると、そこには海ではなく空と同じ夜空が広がってた。

 唯一、視界の先に空いた円形の漆黒だけが夜空に浮いて見えている。その中に見える十字架状の物体は、異様な存在感を放って佇んでいた。

 

 進む足を止め、ミユキはラプラスに問う。

 

「……ここ、どうなってるんだ?」

 

 しばし、ラプラスは押し黙って。彼にしては珍しい曖昧な口調で答えた。

 

『時空がめちゃくちゃな状態に圧縮されてるな。俺たちの世界の物理法則が成り立ってるのが不思議なぐらいだ』

『あの真っ黒なやつは?』

 

 レツィーナが指差した先にあるのは、星空の中でもハッキリと見える程の黒さを持つ円形だ。中に見える十字架も相まって、異様なこの空間の中でも特に異彩を放っている。

 

『あれについては時空どころの話じゃないな。支離滅裂かつ種々雑多(しゅしゅざった)な情報の果てに次元の境界が現出してる』

「次元の境界?」

『俺たちの住む世界が縦、横、高さと時間を合わせた四次元空間なのはお前たちも知ってるな?』

 

 三人がこくりと頷くのを確認してから、ラプラスは続ける。

『この世界には、俺たちの居る四次元よりも更に上の次元があるんだ。五次元なら過去や未来への時間の行き来ができるし、六次元なら別の世界軸に行くことができる……っていったようにな。そんで、あの黒い円――〈門〉って仮称するが、あれはそういった世界と繋がってるんだ』

「それのなにが変なんだ?」

 

 ミユキの問いに、ラプラスは一層険しい声音をつくる。

 

『本来、次元にはそれぞれ強固な境界がある。五次元や六次元のものが下位次元――例えば俺たちの住む四次元に現れることはあるが、四次元が上の次元――五次元や六次元に行くのはまず不可能だ。ましてや、その境界が目に見える大きさで現れることなんざ、普通はありえない』

 

 よく分かっていないミユキたちをみて、ラプラスは苦笑いの口調で述べた。

 

『……まぁ、要するに。この空間は色々めちゃくちゃでヤバいってことだ』

「……了解」

 

 とりあえずここが普通の場所じゃないことだけはわかった。幸い〈D-TOS〉の使用に支障がないようなので、ミユキは今一番知りたいことを訊ねる。

 

「ユウキは、」

『一応反応はこの周辺で発せられている。ただ、細かいところまでは――』

 

 と言いかけて。ラプラスの雰囲気が急激に変わった。

 

『――〈門〉の上に巨大な時空情報の歪みを検知した。これは…………』

 

 漆黒の〈門〉の上、歪む星空を、ミユキたちは臨戦態勢で見つめる。その歪みが光と化し、実体化する――その時。

 今までにない重苦しい声でラプラスは告げた。 

 

『〈熾天使(セラフィム)〉だ』

 

 直後、光の爆発がミユキたちを押し包む。それを魔術盾(シールド)氷盾(ひょうじゅん)の重ね合わせで受け流しながら、アレンは目を細めて呟く。

 

『……やっぱり来たか』

 

 光の奔流(ほんりゅう)が晴れて、見えてきたのはやはり全高二〇〇メートルはあろうかという巨大な純白の異形だ。八枚の雄大な翼を上下左右ではばたかせ、その中央には人間の顔のようなモノがつぶらな一つ目を湛えてじっとこちらを見つめている。異形の頭上には、王冠のごとき光の輪が浮かんでいた。

 

 ――〈熾天使(セラフィム)〉。軍の危険度指数においてぶっちぎりの一位を戴冠し、先の〈ルキフェル〉作戦ではライン連邦軍に壊滅的な被害を与えた、最強の〈天使〉だ。

 

『どうするの、ミユキ』

 

 少し離れたところでレツィーナが視線を送ってくる。

 ミユキは少し考えて。決然とした声音で応えた。

 

「こいつを倒す」

 

 でないと、ユウキを探せないから。

 一度ゆっくりと深呼吸をして、眼前の〈熾天使(セラフィム)〉を真正面から睨み据える。

 

『【個は一へと(かえ)る。一は全へと(かえ)る】』

 

 脳内に響き渡るのは、〈熾天使(セラフィム)〉が放つ不快な“音"だ。人から自我を奪い、この世から存在そのものを消し去る忌まわしき呪詛(じゅそ)

 

 〈魔導銃(レーヴァテイン)〉をアレンに投げ渡し、〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉を両手で構え直す。生命維持の魔導は必要最低限に設定し、その分のリソースを各種神経系および飛行魔導の出力へと差し向ける。

 超加速(ブースト)を予備起動して――

 

「――全一時強化(ブースト)起動!」

 

 叫んだのと同時。ミユキは全速力で〈熾天使(セラフィム)〉へと突き進んだ。

 

【〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉の出力を一二〇〇%に()()。刀身延伸(えんしん)機能を三五〇%に固定。余剰エネルギーを溶断(ようだん)率に転化】

【視覚及び各種神経系の感応速度を五〇〇%に一時強化(ブースト)

 

 脳内に、鈍器で頭を打ち付けられたかのような激しい痛みが起こる。けれど、魔導は絶対に解除しない。

 相手は〈熾天使(セラフィム)〉だ。三人で対抗しなければならない以上、まともな魔導行使だけでは勝ち目はない。無理を押してでもやらなければ、こちらが負ける。

 

 ミユキの後方から、アレンの二丁とレツィーナの一丁、そして機動兵装四つを含めた計七条の光線が一斉に〈熾天使(セラフィム)〉へと襲いかかる。それらは一直線に直進し――そのまま、〈熾天使(セラフィム)〉の()()()()()()()()

 

 光の爆発が〈熾天使(セラフィム)〉の表面で炸裂し、防壁破壊(De.B.U.F.F)弾に特有の爆発音を響かせる。だが、続くはずの異様な崩壊音どころか、ミユキたちの視界には薄紫の膜すらも一向に現れない。

 光が晴れて見えてきたのは、微かに傷のついた純白だった。

 

『あいつ、個体防壁がないのか……!?』

 

 思ってもなかった現象にアレンが驚きの声を上げる。防壁破壊(De.B.U.F.F.)弾は、その名前の通り〈天使〉の持つ個体防壁の破壊に特化した弾丸だ。故に、〈天使〉の体を構成する光子結晶にはほとんど効果がない。

 〈熾天使(セラフィム)〉から発せられる小さな異次元転移痕(てんいこん)の攻撃を避けながら、ミユキはラプラスの声を聞く。 

 

『……いや、そうじゃない。この空間自体が〈熾天使(セラフィム)〉の個体防壁の中なんだ』

『は?』

『ど、どういうことよ……!?』

 

 アレンとレツィーナが困惑の声を上げる。言葉こそ口には出さないものの、その疑問はミユキも同じだ。

 

『より正確な言葉にすると、“ここは〈熾天使(セラフィム)〉と同じ次元・時空だから個体防壁は存在しない"だな。〈天使〉の個体防壁は、彼らの発生によって生じる時空のズレが主な要因だ。そして時空のズレは、〈天使〉が異次元転移――つまり別次元から発生していることに起因する。異次元転移痕(てんいこん)が“異次元"と呼称されるのはこのためだ』

 

 三人がある程度内容を読み込んだのを見計らって、ラプラスは続ける。

 

『そして、この空間は本来存在しないはずの次元の扉が開き、時空がめちゃくちゃな状態になっている。――つまり。〈天使〉と俺たちにあるはずの時空のズレがここでは発生していない。そしてそれは、本来あるはずの個体防壁という物理法則の壁がなくなったことを意味している』

『……イマイチよく分かんねぇけど。とりあえず個体防壁はないってことでいいんだな?』

『ま、そういうことだ。使用弾種は防壁破壊(De.B.U.F.F.)弾以外の使用を推奨するぞ』

『了解。てことでレツィーナ、以降の射撃は劣化ウラン(DU)弾に換装だ。射撃箇所はどこでもいい。とにかく奴の注意をミユキに集中させるな』

『りょーかい!』

 

 二人の通信を聞き終えて。ミユキは訊ねる。

 

「奴の(コア)は」

『中央の目の奥だ』

「了解」

 

 視線を、〈熾天使(セラフィム)〉へと振り向ける。

 焦点の合わない巨大な瞳は、相変わらず澄んだ色をしていて。視界外にいるはずのミユキを捉えているかのような錯覚を覚えさせる。遠巻きで行っていた回避運動を辞め、直角で進路を変更。瞬間、ミユキは〈熾天使(セラフィム)〉へと向かって最大速力で疾駆(しっく)していた。

 

 周囲に発生しては消えていく異次元転移痕(てんいこん)を〈D-TOS〉の予測に従って回避し、不規則に発せられる光線を魔導盾(シールド)で受け流す。時には〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉で光線を切り裂きながらも、ミユキは一切速度を緩めずに突き進む。ここで止まれば、それこそ死しか待っていない。

 

 悠然と佇んでいた〈熾天使(セラフィム)〉が動く。

 向きをこちらに変え、中央の二枚の翼が瞳を守るような態勢に入る。次の瞬間、残る四枚の羽根から無数の光線が放たれた。

 

「っ……!?」

 

 咄嗟にこれ以上の進撃は無理と判断し、魔導盾(シールド)氷盾(ひょうじゅん)を展開しながら上方へと逃れる。視界の端に映る五個のゼロは〈D-TOS〉が計測した光線の数だ。威力確認のために置いてきた氷盾(ひょうじゅん)は、光線に当たった瞬間に蜂の巣状になって消滅していた。

 

 氷盾(ひょうじゅん)は即応の防御魔導とはいえ、それなりの硬度はある盾だ。あれをノータイムで破壊できる攻撃など、人間が食らったらまず貫通は免れない。当たりどころが――それこそ胸や頭などに当たってしまえば即死だ。攻撃の範囲と密度から考えると、この中を無理に突撃するのはさすがに無理だ。リスクが高すぎる。

 

「ラプラス、光線は翼から出てるってことであってるか?」

『ああ。間違いない』 

 

 となると。まずはあの六枚の翼からどうにかしないと。

 思案するミユキの耳に、遠目から攻撃を観測していたアレンの叫び声が入る。

 

『俺たちが左上の羽根をやる! お前は右下をやれ!』

 

 同一のタイミングで真反対の箇所を攻撃すれば、〈熾天使(セラフィム)〉はそれぞれの対応のために放つ光線を二つに分散せざるを得なくなる。そして。光線の密度が先ほどの半分になるのならば、回避や防御をしながらの攻撃も可能だ。

 

 「了解」と返して、ミユキは言われた通り右下の羽根へと肉薄する。視界の端、左の上空に映るのは、〈熾天使(セラフィム)〉の注意を引きつけるためにあえて前進してきた二人の姿だ。アレンが前衛、レツィーナが後衛という布陣そのものは変わっていないが、敵との距離はいつもより明らかに近い。

 

 意識を目の前の戦闘へと集中させて、ミユキは左(もも)に付けていた拳銃を引き抜く。

 

【〈魔導拳銃(リジル)〉起動。出力を一〇五〇%に一時強化(ブースト)

 

 左手に伝わってくる幻の熱を確認し、眼前に迫る〈熾天使(セラフィム)〉の翼へと無造作に狙いをつける。直後、ミユキは〈魔導拳銃(リジル)〉の引き金を連射した。

 超威力の速射に超加速(ブースト)が速度を相殺され、刹那空を進む速度が遅くなる。

 

超加速(ブースト)を多重起動。〇.五秒後に解除】

 

 即座に再加速し、再び突撃。着弾を示す大爆発を煙幕代わりに残る距離を突き進む。爆炎が晴れるのと同時に、ミユキは右手の〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉を〈熾天使(セラフィム)〉の翼に突き立てた。

 

 

 

 

 三人の激闘をレツィーナの胸元で見守っていたラプラスは、〈D-TOS〉と同時並行で行っていたユウキ・アレスシルト大尉の捜索に進展があったことに気付く。

 ラプラス自身の人格データを圧縮し、戦闘に必要な〈D-TOS〉の容量を確保しながらもう一つの作業ウィンドウを開く。

 そして。自身の量子コンピュータが示す結果に、驚嘆の声を漏らした。

 

『……これは、まさか』

 

 

 

 

 

 右下の翼を真っ二つに両断し、根元から切り離して。極光の爆発が吹き荒れるのを背中に、ミユキは〈熾天使(セラフィム)〉から距離をとる。

 一度の被弾が致命傷になる以上、一撃離脱戦法は徹底して行わなければならない戦法だ。少しの油断や慢心が、このギリギリの戦場の中では文字通り命を落とす原因になる。

 

 全員で帰ると決めたのだ。絶対に死ぬ訳にはいかない。

 

 十分に距離をとってから振り返る。視界に飛び込んできたのは、二枚の翼が欠けた〈熾天使(セラフィム)〉の姿だ。

 脳に響き渡る“音"と不規則に動く四枚の翼は、心なしか痛みに喘いでいるようにも見える。

 同じく一度距離をとったアレンたちから通信が届く。

 

『これで光線の数は減った……のよね』

『それは間違いないな。後退の時に計測された数は六万五〇〇〇。最初に計測された数の六分の四にまで下がってる』

 

 ということは、あの翼が光線の発生源なのは間違いないようだ。二枚減ったところでまだ六万も射線があるのは驚きだが……、回避しなければならない火力の光線は半分程度しかないのだ。高貫通のものさえ回避できれば、あとはどうとでもなる。

 

「この調子で戦えば全員無事に倒せるはずだ。……二人とも、いけるか?」

『ええ。もちろん』『当たり前だ』

 

 帰ってくるのは、二人の力強い応答の声。頼もしい声に思わず笑みがこぼれ出た――その時だった。

 

『お前たちに報告したいことがある』

 

 話題を切るように、険しい口調でラプラスが口を開いた。

 「どうした?」と、代表してミユキが訊ねる。周囲に異次元転移痕(てんいこん)が発生していないのを確認してから、ラプラスは告げた。

 

『アレスシルト大尉の座標が特定できた』

 

 三人の間に衝撃が走る。それから、安堵と歓喜の感情が心の奥底から沸き起こっていた。

 

 ……やっぱり。まだ、ユウキは消えてなんかいなかった。

 

 沸き立つ心を抑え、あくまで平静を装ってミユキは淡々と訊ねる。 

 

「場所は」

『今君たちの〈D-TOS〉に情報を送る。アレスシルト大尉の反応は――』

 

 瞬間、ミユキの視界には一つの光点が映し出される。〈D-TOS〉を通じて視界に転写された、ユウキの位置情報のアイコンだ。

 

「……!」

 

 その光の位置に、ミユキは赤の双眸をきつく細める。

 ユウキがいる場所。そこは。

 

『――〈熾天使(セラフィム)〉の(コア)の中を示している』

 

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