エンジェル・フォールン   作:暁天花

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最終話 君が向かう光

「やった……のか……?」

 

 (まぶた)の下で白い閃光を見ながら、ミユキはぽつりと呟く。

 後退のさなか、白い光はどんどん勢いを増し――そして急速に薄くなっていく。目を()く光がなくなったところで(まぶた)を開け――見えた光景に唾を飲み込んだ。

 

 (コア)が砕け、全身の光子結晶が粉々になって光の粒と化していく〈熾天使(セラフィム)〉。その光が流れていく先、光の直下では、漆黒の〈門〉から十字架状のナニカがせり上ってきていた。

 なんとも言えない緊張感の中、ユウキの冷徹な声が脳内に響く。

 

『【ラプラス、あの十字架の次元情報は】』

『ビンゴだ。大尉の読み通り四次元に展開してる』

 

 そう言って〈D-TOS〉に表示されたのは、急速に数値を上昇させている様々な観測値だ。せり上った十字架が〈熾天使(セラフィム)〉の光を飲み込むにつれて、観測値はどんどん上昇していく。表示されている桁は急速に増大し続け、時空の歪みを更に高めていく。

 その様子を、ミユキたちは固唾を飲んで見つめていた。

 

「……ユウキ、あれ」

「【光を吸収し終えた時が勝負だ。……アレン、〈魔導銃(レーヴァテイン)〉をミユキに】」

『了解』

 

 と、近寄ってきたアレンが小銃を投げ渡してくる。それを片手で受け止め、弾倉を確認。残弾数は一。

 

 ……ほんとに?

 

「アレン、弾薬って」

『すまん。もう尽きちまった』

 

 言い終える前に首を横に振られた。視線をレツィーナへと向けると、彼女は曖昧な表情で笑いかけてくる。

 

『私も同じく』

「……そっか」

 

 どうやら、もうこれ以上の継戦は不可能らしい。もし外してしまったどうしようと考えかけて――ユウキにその思考を遮られた。

 

「【どの道二発以上を放てるような時間的猶予はない。……私が照準を担当する。お前は私の合図で引き金を引け】」

「わかった」

 

 短く、応答する。

 

【〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉停止。〈魔導銃(レーヴァテイン)〉起動。出力を一二〇〇%で固定】

 

 右手の剣を(さや)に納め、幻の熱を帯びた〈魔導銃(レーヴァテイン)〉を両手で構える。

 その間にも、〈熾天使(セラフィム)〉だった光の粒子はどんどん十字架へと取り込まれていく。奴が取り込んだ人々の情報をそのまま携えて、文字通り異次元のナニカへと消えていく。

 

 遂に最後の光の粒子を取り込んだ十字架が、突然、天空へと向かって極光の柱を形成する。直径三〇〇メートルはあろうかという半透明の巨大な柱は、星空のはるか彼方まで続いていて。ミユキたちはものすごく嫌な予感を感じる。

 

 背後から救援に向かってくる爆撃機はそのことごとくが〈天使〉の猛攻に晒され、虎の子の核ミサイルを発射することなく海面へと激突していく。

 艦艇から発射されるミサイル群は大型の〈天使〉が身を呈して防ぎ、他の魔導士による遠距離射撃にも、柱は傷一つつかない。

 

 やはり、と、ユウキが重苦しい声音で告げる。

 

『【やつは大気圏外へと飛び立ち、そこで光点(こうてん)爆発を起こすことで今この場にいる全戦力を纏めて消し飛ばすつもりだ】』

『はっ!?』

『なんですって!?』

『……マジかよ』

 

 光点爆発。今から三十年前に、この地点で起きた爆発のことだ。〈天使〉の体を構成する光子結晶を自ら膨大なエネルギーへと変換し、全てを破壊する爆発へと変える現象。

 この場には人類の総戦力が集結しているのだ、そんなものがここで起きたらひとたまりもない。

 

 驚愕する一同の声を傍目に、ミユキの心はどこまでも凪いでいた。

 ユウキと一緒なら、どんな困難も受け止められる。そんな気がした。

 光の柱の中でゆっくりと空に向かう十字架を捕捉しながら、ミユキは問う。

 

「あれを撃てばいいんだな?」

『【ああ。それしか術はない】』

「わかった」

 

 短く応答して。ミユキは視覚と神経系に残りの脳内リソースを全て注ぎ込む。研ぎ澄まされた意識が世界を遅延させ、強化された視覚が天に昇る十字架をより鮮明に捉える。

 光の中にいてもなお、白く輝く十字架。異次元に存在する、〈天使〉の統御機関。

 

『【ラプラスの演算機能を全て狙撃関係の計測に使用する。アレンとレツィーナの飛行魔導以外の使用権限をロック】』

 

 瞬間、ミユキの視界には膨大な数の予測射線が表示される。十字架が空に近づくにつれ、半透明の予測射線は数を減らし、一点に終息していく。

 

 ――そして。最後の二つが一点に合わさった。その時。

 

 

「【撃て!】」

 

 

 ユウキの声が、脳内に響いた。

 

 

 即座に、撃発。

 

 

 ミユキの持つ〈魔導銃(レーヴァテイン)〉から蒼白の光線が発射され、それは真っ白な軌跡を描いてただ一点に直進していく。

 白い柱の中で、十字架が加速度的に速度を増して空へと近づいていく。呼応するようにして、蒼白の光線も斜めに空へと軌跡を描いていく。

 

 そして。蒼白の光線と白い柱が交錯し、貫通する、その時。

 十字架が、光線の射線へと入り込んだ。

 

 

 瞬間。異様な爆発音が周囲に響き渡り。

 ミユキたちの視界と意識を、(しろ)い光が焼き尽くした。

 

 

 

  †

 

 

 

 真っ白な視界とぼやけた意識の中で、ミユキは聞きなじみのある少女の声を聞く。

 

 

 ――あの時、この身体を失わなくてホントによかった。

 

 

 その声に、ミユキの意識が少しだけ覚醒に向く。目の焦点が僅かに合うようになり、目の前に一人の人間の姿を形作る。

 

 

 ――こうやってもう一回会えるだなんて、思わなかった。

 

 

 見えてきたのは、ミユキと同じ濡羽(ぬれは)色の長髪をハーフアップで纏め、優しい緋色(ひいろ)の双眸をにこりと細める少女の姿だった。身長はミユキの胸元ぐらい。 

 彼女の姿を認識した瞬間、胸がどくんと高鳴った。

 その髪色、その瞳の色、そしてその声。

 間違うはずがない。忘れるはずのない。大切な大切な、守らなければならなかった人。

 

「……キルシェ」

 

 キルシェ・ヘルフェイン。

 五年前、故郷が襲撃に会った時に目の前で〈天使〉に同化された、ミユキの罪の象徴が。

 守れなかった妹が、そこにはいた。

 目を見開くミユキに、キルシェは相変わらず優しい緋色(ひいろ)の瞳で微笑み続けている。

 

 

 ――ありがと。私を想い続けてくれて。私を最後まで守ろうとしてくれて。

 ――お兄ちゃんが、街のみんなが私を忘れなかったから。私はここでもこんなに鮮明な形でいられたんだよ。

 

 

 何か言わなければ。そう思うのに、ミユキの喉は言うことを聞いてくれない。口を開けても、言葉が出てこなかった。

 キルシェはコロコロと表情を変える。が、その顔はどれも嬉しそうに微笑んでいて。それがより一層ミユキの心を騒ぎ立てる。

 視界が再び白くなり、意識に霧がかかりはじめる。

 

 

 ――もうお別れか。思ったよりはやいな。

 

 

 きょとんとした表情でそう言うと。キルシェはミユキに向き直ってくる。

 

 

 ――私を想ってくれてありがとう。それと、さよなら。()()()()()

 

 

 待ってくれ。まだ、おれはお前になにも。

 手を伸ばそうとして――やっぱり身体が言うことを効かない。どんなに動かそうとしても、身体は全く動かない。

 キルシェは肩を竦めたように笑う。

 

 

 ――謝らなくていいよ。私は、お兄ちゃんを恨んだりなんかしてないから。仕方のないことまで背負う必要はどこにもないんだよ。

 

 

 視界が、意識が更にぼやけていく。笑うキルシェの輪郭が見えなくなり、意識が途切れ途切れになる。

 必死に声を、身体を動かそうともがくけれど、どちらも叶わない。

 

 

 ――()()()()、幸せにね。

 

 

 そして。

 その言葉を最後に。

 ミユキの意識は再び白い世界に溶け落ちた。

 

 

 

  †

 

 

 

 意識が戻ると、ざぁ、ざぁ、と波が揺れる音が世界を満たしていた。

 航空機の鳴らすエンジン音が遠くで鳴り響き、静謐(せいひつ)な世界に微かなノイズを生み出している。

 身体に張り付くのは北極の冷たい水を目一杯に吸った衣服で、寒さにミユキは思わず身震いしてしまう。耳に付けていた複合通信機はどうやら壊れてしまったらしい。どんなに意識を集中させても、〈D-TOS〉が起動する気配はなかった。

 

 仰向けの背中には硬い金属の感触がして、こちらは墜落した航空機の破片なのだろう。けれど、頭の付近だけが柔らかい感触に包まれている。

 

 ……柔らかい感触?

 

 戦場にそぐわない感触に、ミユキは頭痛で閉じたくなるのをこらえて目を開ける。

 

「気分はどうだ? ミユキ」

 

 可愛らしい、けれども凛とした声と同時に、少女の()()のオッドアイがミユキを真正面から見下ろしてくる。

 カーテンのように垂れ下がる白銀の長髪には、ところどころに黒色の髪が混じっていて。微かに微笑む彼女に、ミユキは思わず問うていた。

 

「お前は……ユウキ、なのか?」

「ああ。そうだ」

 

 一切迷いのない即答だった。

 そして。ユウキそのものの声音と口調だ。

 込み上げてくる熱いものを必死で堪えて、ミユキは彼女の言葉を聞く。そこに居るんだいうことを噛み締めるように。

 

「天に昇る十字架を破壊した際、あそこに集積されていた情報は光と共に解放された。そしてその中に、お前の妹は一つの情報の塊として残されていた」

 

 堪えているのに視界がぼやけてくる。硬い口調とその声は、間違いなくユウキそのものだ。 

 

「お前が取り戻してくれた情報だけでは、私はどの道消えてしまう運命だった。だが。お前たちの記憶から私の情報をコピーし、不足分の情報を補うことで、私はこの世界に居られるようになった」

 

 流れ落ちる雫を拭い、いつもの無表情をつくるユウキの顔を見つめる。

 

「……そして。お前の妹――キルシェが、私にこの身体を与えてくれた」

 

 ――キルシェ。

 

 五年前に〈天使〉に同化された彼女は、場所と時間を経て〈熾天使(セラフィム)〉の中で存在し続けていたのだ。

 なら。さっきのあの邂逅は。

 見返してくる彼女の双眸が、そっと閉じられる。

 

「……キルシェが、私に贈ってくれたんだ。彼女が残していた身体構築情報を」

「……てことは、お前の身体」

 

 こくりと頷き。微かに震えた声音がそれを告げた。

 

「半分はキルシェの身体構造と同じだ。そして。今の私は、体細胞の八六%が光子結晶で構成されている」

 

 つまり。今の彼女の身体は、ほとんど〈天使〉と同一ということだ。そしてその原型は、五年前に〈天使〉に同化されながらもこの世界に存在し続けていたキルシェで。

 緋色の左目と黒色の混じった銀髪は、彼女が〈天使〉の中で存在し続けていたことの名残りでもある。

 

 それきり言葉は途切れて、二人の間には静かな時間が流れ込んでくる。

 吹く風は冷たい。けれど、膝枕越しに感じる温もりはミユキの心をこの上なく暖かくさせていた。

 頭痛が治まってきたところで、ミユキは再び目を開ける。視界に入ってくるのはユウキの赤と緑のオッドアイと、黒の混じった綺麗な銀髪。そしてその背景にある、朝日の昇る真っ青な蒼穹(そら)

 

 いくら気分が心地がよくても、ここは北極だ。〈D-TOS〉による温度調節もなしにここにいては凍死する。

 膝枕を離れ、立ち上がる。幸い無事だった予備の複合通信機を耳に取り付けながら、ミユキは座り込んだままのユウキに目を向けた。

 

「お前、通信機は?」

「そこまでの復元は不可能だった」

 

 立ち上がりながら言われて、ミユキはどうしたものかと考え込む。この通信機がないと、〈D-TOS〉による魔導の使用はおろか精神接続(クロッシング)による通信すら不可能だ。

 

「ミユキ」

 

 名前を呼ばれて思考を中断する。視線を彼女へと向けて――そこには、不安そうな表情をしたユウキがいた。

 

「……一緒に、連れてってくれるか?」

 

 いつもの不器用な真顔を装っているつもりなのだろうが、表情と声でバレバレだ。不安が思いっきり出てしまっている。

 らしくない様子に肩を竦めて、ミユキは答える。

 

「もちろん」

 

 と。

 ユウキの脚と背中を両手で抱きかかえ、〈D-TOS〉に意識を集中させる。

 

【飛行魔導を巡航状態で起動。出力を二〇〇%に固定】

【体感気温を二一℃に調節】

 

 無機質な音声が脳内に響き渡り、それと同時にミユキの背中には半透明の翼が現れる。極寒の空気が少し肌寒い空気に変わり、強ばっていた身体が落ち着きを取り戻す。

 

 しっかりと起動したのを確認してから、残骸を蹴り、空へと駆け出す。

 ふと腕の中のユウキと目が合い、お互いににこりと微笑み返した。 

 

 

 

 朝日の昇るそらは、心地のいい日差しだった。

 

 

 

 






これにて完結になります。
お気に入りや評価をしてくれると、続きも書くかもしれません。
ここまで読んでいただきありがとうございました!!
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