エンジェル・フォールン   作:暁天花

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第二話 再会

 屋内演習場でのイベントが終わり、観客も帰ったあとの閑散とした学校の前庭で。三人は魔導士戦闘服のまま、それぞれの配属先に向かう車を待っていた。

 

「今日はいけると思ったんだけどなぁ……」

 

 ミユキと目が合うなり、アレンは悔しさを滲ませた声音で笑う。 

 

「まぁ、今日のはおれも危なかったから」

 

 そう返すミユキは、戦闘が終わってからの頭痛と倦怠感が未だに抜けないでいた。

 〈D-TOS〉はその性質上、使用する度に脳に絶大な負荷がかかる。今日は特に酷使してしまったからか、一時間経ってもなお、過負荷の症状が続いていた。

 アレンと一緒に来ていたレツィーナが、どこか清々しい苦笑を向けてくる。

 

「いくら〈D-TOS〉適合率が高いとはいえ、あんだけ並列起動して保護プロテクトが働かないとはねぇ……。私たちの作戦では、最初の突撃を受けた後にあんたの〈D-TOS〉はオーバーヒートしてる予定だったんだけど」

 

 入学の際の適正検査では、ミユキの〈D-TOS〉適合率は八六%。この値は、下士官学校が始まって以来の数値らしい。上級士官学校のものを含めても、適合率の平均はせいぜい五〇%ほどなのだとか。

 曖昧に笑うその裏で、ミユキは二人とは隔絶した自分の能力に孤独を感じていた。

 

 大切な人を平気で傷つけるような人間が、こんな力を持っちゃいけないのに。おれじゃなくてアレンやレツィーナが持っていれば、もっとたくさんの人を助けられるだろうに。

 そう思わずにはいられない。

 

「お、あれ、来たんじゃないか?」

 

 言われて、ミユキはアレンと同じ方向へと目を向ける。そこには、一台の軍用車両がこちらに向かってきている姿があった。

 ミユキたちの前で停車すると、その車からは一人の男性士官が降りてくる。視線の先は、ミユキだ。

 

「ミユキ・ヘルフェイン()()()()、だな?」

 

 こくりと頷くと、その男性士官は微笑を浮かべた。

 

特設(S)技術(T)試験部隊(T)よりお迎えに上がりました。どうぞ、こちらへ」

「あ……。は、はい」

 

 意図の分からない笑顔に戸惑いつつも、ミユキは答える。車に乗り込む前に振り返ると、二人は笑顔で送り出してくれた。

 

「じゃ、()()()、ミユキ!」

「そっちでも頑張ってよね」

 

 うん、と小さく返事をして。ミユキは笑顔をつくる。繕い半分、本心半分の微笑を。

 

「二人も、元気でな」

 

 そう言うと。ミユキは車の後方座席へと乗り込む。二人の奥に見える太陽は、思っていたよりも西へと傾いていた。

 

 

  †

 

 

 聖歴二一一四年、六月三日。「終末の日曜日(カスタトロフィ)」と呼ばれるその日、人類の半数はたった一日で死滅した。

 この発端は、()北極大陸に存在していた北極点基地(エルドラド・ベース)の、その研究施設だ。

 聖歴二一〇四年、北極点の地下において、人類はある一体の巨大生命体を発見した。

 

 その神々しい見た目と純白の翼から〈天使〉と名付けられたそれは、凍絶(とうぜつ)氷層(ひょうそう)の中、少なくとも表面上には全ての生命活動を停止していた。

 この発見を受けて、翌年、国連総会にて〈天使〉の研究調査が可決され、主要一二カ国による共同解体調査が行われることになった。

 

 調査の結果は、それまでの人類史を覆すような代物だった。

 〈天使〉の内部構造は、これまで発見されたどの生物とも異なる構造だった。人間のような形状をしているものの、内蔵と呼ばれるものは何一つ存在しておらず、そこにあるのは唯一、「(コア)」と呼ばれる()()()()()()()()()()()結晶体だけだった。

 

 一切の捕食器官を持たず、そして光合成に必須となる葉緑体やミトコンドリアの一匹すらも見つからない。

 そうした結果から見出された結論は、「(コア)が〈天使〉の生命活動を維持していた」という、荒唐無稽としか言いようのないものだった。

 そして。〈天使〉を構成する物質もまた、これまでの科学を根底から覆すものだった。

 

 〈天使〉を構成するものは、「光」だった。

 光とは、殆どの生物が世界を視るのに必須のものであり、粒子性と波動性――つまりは原子のような粒の性質と音のような波の性質の両方を併せ持つ稀な「電磁波」である。

 

 もう一度言う。「()()()」だ。

 つまり、光は「物質」ではない。そして。物質でないものが実体として手に触れれるようになるということは、これまでの人類科学では絶対に有り得ない現象だったのだ。

 

 この二つの研究結果を解析し、分析して他の物事に用いることができないかと、人類が試行錯誤をしている時だった。

 

 

 

 聖歴二一一四年、六月三日。突如、北極点基地(エルドラド・ベース)を中心として巨大な爆発が発生し、星の北半分がそれに巻き込まれた。

 

 

 

 結果、当時の世界人口一二〇億人のうち半数がその一日で死滅した。二次災害の大津波で更に多くの死者が出て、発電所や食糧生産プラントが壊滅的な被害を受けた。

 大爆発における砂塵の巻き上がりによる天候不順も重なり、生産プラントに頼らない作物生産も不足。全ての二次災害がひとまずの終息を終えた時に生き残っていたのは、たったの二〇億人だった。

 

 そして。終末の日曜日(カスタトロフィ)を境に、世界各地には〈天使〉が次々と発生しては、人類を襲うようになっていた。

 

 これに対抗すべく開発されたのが、深層世界摂理(せつり)戦術指向システム――通称、〈D-TOS〉である。

 大脳および脳幹(のうかん)を通じて深層意識野に干渉し、そこから全生命の共通意識――深層世界摂理へと介入、改変することによって素粒子に起きる現象を自在に操り、一時的に「魔法」や「魔術」と呼ばれるものを発動することが可能となる新時代の兵器。

 

 

 

 それから約三十年を迎える、聖歴二一四六年、四月。

 〈天使〉と人類の生存競争は、いまだに終戦の気配を見せていない。

 

 

  †

 

 

 そのまま駐屯基地へと連れていかれるのかと思っていたら、途中の中継基地で降ろされた。

 思わず運転手の士官に訊ねると、「STTは部隊人数が二人だから、機材輸送班と一緒に向かってもらう」とのことらしい。

 

 油田地帯が軒並み〈天使〉の勢力圏内にあるため、燃料事情があまりよろしくないのは知っていたが……。まさか、そこまで徹底して消費を抑えているのかと、ミユキは驚きを隠せない。

 そして。中継基地に着いてから、約十分。

 前後が吹き抜けの格納庫の前で、ミユキは放置されていた。

 

「……ほんとに、ここで合ってるのか?」

 

 こちらに来た時には、空はもうとっくに朱色に染まっていて。もうそろそろ日が落ちる頃合いだというのに、基地の中はまだ随分と忙しそうだ。

 慌ただしく前を通り過ぎる車両と士官たちを見て、ミユキはもしかして自分の存在は忘れ去られているんじゃないかと勘繰(かんぐ)る。

 

「ま、まさか、ね」

 

 頭を振って、沸き起こる不安と恐怖を吹き飛ばす。

 何となく格納庫の中を見回してみると、そこには、黒いモノリスのようなものが夕日の光に照らし出されている姿があった。

 いったいなんなんだろうと近づく。全高は約二メートル。横幅は……それの三分の一ぐらいだろうか。回り込んでみると、厚みは思ったよりも厚かった。

 

 暗転したままのディスプレイ画面の左下には、『Deep World(D) Interventin-()Tactics(T) Oriented(O) System(S)』の文字。

 

「お前、〈D-TOS〉なのか」

 

 思わず呟いていた。

 とはいえ、通常の〈D-TOS〉よりも色味が紫色に近く、その上前後の厚みが通常の〈D-TOS〉(マクスウェル)よりも明らかにぶ厚い。

 他に何か手がかりはないかと、〈D-TOS〉の周辺を捜索していた、その時だった。

 

「なんだ、もう来てたのか」

 

 背後から凛とした少女の声が聞こえてきて、ミユキの動きがぴたりと止まる。

 どこか、聞き馴染みのある声だった。

 硬い雰囲気の言葉遣いと、発声の仕方。可愛らしい声の中に厳然と佇む、芯の通った凛冽の響き。

 恐怖と不安と、それと同じぐらいの安堵と喜びを同時に感じながらも、振り返る。

 

 そこにいたのは、やはりミユキと同じぐらいの一人の少女だった。

 魔道士用戦闘服に身を包み、腰のあたりまで伸ばした綺麗な銀髪が夕焼けに淡く染まっている。

 

 視線を、彼女の目へと合わせる。

 

 見つめ返してくるのは、左右で色味の違う緑玉(エメラルド)の双眸。

 右眼の付近には、生々しい一つの傷跡が残されていて。ミユキは彼女が誰なのかを確信していた。

 みどり色の瞳を微かに細めて、彼女は、()()()はその凛とした声で言う。

 

 

 

「久しぶり、ミユキ」

 

 

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