エンジェル・フォールン   作:暁天花

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第二章 不協和音のそら
第三話 ラプラスと〈天使〉


 

 

『久しぶり、ミユキ』

 

 

 傾いた朱色の光を綺麗な銀髪に煌めかせ、色味の違う緑玉(エメラルド)の双眸をにこりと細めて、目の前の少女はさも当然のような振る舞いで言ってくる。

 

 ユウキ・フォン=アレスシルト。

 五年前に別れたきり会うことのなかった、大切な幼馴染だ。

 ユウキが向けてくる微笑に、ミユキは全身が恐怖で凍りついていた。

 

 ユウキと再会できたことは嬉しい。だけど。それ以上に、ミユキの胸中には激しい不安と恐怖が嵐のように吹き荒れていた。

 彼女の右眼に残る、生々しい縦の傷跡。それは五年前、彼女と別れる直前に()()()()()()()()だ。

 現代の医療ならば、その傷は完全に消し去ることができる。なのに。彼女は五年の歳月を経てもなお、その傷を消さないでいた。

 それは、彼女にとって右眼の傷はなんらかの意味があることを示している。

 

 後ろめたさに言葉が詰まり、右眼の傷とみどり色の瞳が直視できない。

 目線をあちこちへと彷徨(さまよ)わせた結果、ミユキは逃げるように〈D-TOS〉へと視線を逸らしていた。

 

「……こいつが、おれたちの使う〈D-TOS〉なのか?」

 

 不自然極まりないミユキの言動に、ユウキは何の反応も見せない。昔から、彼女が感情を表に出すことは稀だ。

 微笑を消して、ユウキが凛とした声音で答える。

 

「そうだ。あと一八〇秒ほどで起動する」

「マクスウェルとは、何が違うんだ?」

「全てだ」

「ぜん、ぶ?」

 

 即答に戸惑うミユキをちらりと一瞥(いちべつ)して、ユウキが更に言葉を続けてくる。

 

「索敵範囲が三キロから五キロへと延伸され、精神接続(クロッシング)距離は新構造の採用で世界の半分をカバー可能になっている。各種魔導の出力上限も、この〈D-TOS〉ならば最大一〇〇〇%までは可能だ」

「……それって、大丈夫なのか?」

 

 最後の説明に、ミユキは少し怪訝な顔をする。

 通常の〈D-TOS〉(マクスウェル)の出力上限は五〇〇%。しかし、これは人体保護の観点から制限された数値だ。それを大幅に超えるような出力など、大丈夫なのだろうか。

 横髪からちらりとこちらを見つめて、ユウキは断言する。

 

「問題ない。この〈D-TOS〉は適合率の高い者以外には使用できないように使用制限(ロック)がかけられている。そして。私とお前の適合率なら、一〇〇〇%の出力を行っても悪影響は生じないはずだ」

「……そうか。なら、よかった」

 

 見つめてくるみどりの瞳から目を逸らし、再び、眼前の〈D-TOS〉を見上げる。

 

「それと。あと一つ、この〈D-TOS〉には大きな特徴がある」

 

 ユウキが言葉を切るのと同時に、〈D-TOS〉のディスプレイに光が灯った。右上の隅に配されていた電源ランプが青色に点灯し、ディスプレイに文字の羅列が高速で過ぎ去っていく。

 画面が安定するのを見計らって、ユウキは告げた。

 

「それは、この〈D-TOS〉には高度な人工知能が搭載されていることだ」

 

 認証を要求する画面で、ディスプレイに表示された文字が静止する。

 一歩、歩み寄って。ユウキが音声認識を起動。

 

「認証コード登録を開始。……登録者No.2144001、ユウキ・フォン=アレスシルトと、登録者No.2146001、ミユキ・ヘルフェインだ」

 

 数秒ののち、〈D-TOS〉から無機質な機械音声が流れてきた。

 

「登録者コード確認。――承認完了。〈D-TOS〉XMk.Ⅵ『ラプラス』、起動開始」

 

 その音声が流れたきり、二人の間には沈黙が支配する。

 ……が。それから全くと言っていいほど動きがなく、故障したのかと思ったところで、その声は口を開いた。

 

「よう。待たせたな!」

 

 やたらとテンションの高い、いかにも軍人とした口調の若い男性の声だった。

 

「………………え?」

 

 あまりに唐突かつ意表を突くような口調と声に、ミユキは理解が追いつかない。説明を求めてユウキに視線を向けた先、彼女の顔にも少し驚きの色が見えた。

 目の前の黒いモノリス――もとい新型〈D-TOS〉が、その姿に見合わぬ流暢な声音で言葉を重ねてくる。

 

「おいおい。せっかくオレが起動したってのに、二人ともだんまりか? 初めての人にはちゃんと挨拶しようって学校で習ったろ?」

 

 直立不動のモノリスが言うのに、ミユキはしばしの間呆気にとられて。

 

「……お前、喋るのか」

 

 ぽつりと、そんな言葉がこぼれ落ちていた。

 気を取り直したらしいユウキが、なにごともなかったかのように説明を始めてくる。

 

「先程言った通り、こいつに」

「ラプラス、だ」

 

 一つ咳払いをして、続ける。

 

「……ラプラスには、試験的にではあるが高度な人工知能が搭載されている。何か困り事があったりした時には、気軽に訊ねてみるといい」

「というわけで、よろしくな! アレスシルト大尉! ヘルフェイン少尉!」

「あ、ああ。よろしく……」

 

 ラプラスのノリについていけず、戸惑いつつもなんとかミユキは笑顔を取り繕う。相手は人工知能(AI)とはいえ、高度な技術で人格を形成された存在だ。

 これから共に戦う仲間でもあるのだし、彼のノリにはある程度慣れておかないとな、とミユキは思う。

 隣で、ユウキが「よろしく頼む」と言った時だった。

 

 

 突然、耳を劈く不穏な警報音が鳴り響いた。

 

 

 ラプラスとユウキが警戒態勢へと雰囲気を変える中、ミユキだけが呆然とその警報音を聞いていた。……これは、敵襲……?

 肩にかけたバッグから何かを取り出しながら、ユウキは先程までとは打って変わって冷徹そのものの声音で呟く。

 

「……こんな時間に来るとはな」

 

 視線を〈D-TOS〉(ラプラス)へと向け、その意図を汲み取ったらしいラプラスがディスプレイに地図を表示させる。

 

「北西五キロメートル地点に異次元転移痕(てんいこん)を捕捉した。数はそう多くはないが……、ここはこの前突破されたばかりの戦線だ。食い破られるのも時間の問題だろう」

「了解した」

 

 くるりと、振り返る。

 警報の緊迫感の中、ユウキは駆け回る士官の一人を捕まえる。その士官がなにごとかと訊く前に、ユウキはさも当然のように告げた。

 

「私達が迎撃に出る。この基地の司令官に伝えてくれ」

 

 え、とミユキが漏らすが、その声は誰にも聞こえずに大音響の中に溶けていく。察した士官は、「了解しました」とだけ言いおいて、基地司令部の方へと駆けて行ってしまった。

 不安に駆られるミユキに、ユウキが振り向く。圧倒的な決意のみどり色で。

 

「来て早々悪いが、これから私達は実戦に出る。……力を貸してくれ、ミユキ」

 

 その言葉に、ミユキは微かに俯く。

 ずっと、いなくなりたいと思っていた。大切な人を平気で傷つけてしまうような自分は、この世界に存在するべきじゃないと思っていた。

 

 だけど。本当は、いなくなるのも怖い。この戦闘でいなくなるのかもしれないと思ったら、心が寒くなる。

 でも。

 もし、これが、罪滅ぼしになるのなら。

 受けるべき罰も裁きも受けなかった自分が、〈天使〉と戦うことによって、力を貸すことによってユウキの役に立てるなら。

 おれは、全身全霊をもってやらなくちゃならない。たとえ、それでこの身が尽き果て、消えようとも。 

 

 恐怖と不安を決意で塗り替え、ユウキのみどり色の双眸を真正面から見据える。

 

「……おれは、どうすればいいんだ?」

 

 どうすれば、おれはお前の役に立てる。

 

「そう身構える必要はない。士官学校でやったことと同じことをすればいいだけだ。……お前が自分自身を見失わない限り、この世界からいなくなることはない」

 

 そう言うと、ユウキはバッグから黒い何かを手渡してきた。手元に目をやると、そこには見慣れた複合通信機がある。

 

「それがお前の通信機だ。使い方は分かるな?」

「ああ」

 

 こくりと頷いて。二人は複合通信機を耳へとつける。

 〈D-TOS〉システムを待機モードで起動し、飛行魔導を発動させる。背中に半透明の白き翼が出現し、二人の身体を宙へと浮かばせる。

 準備が完了したところで、黒いモノリス型だったラプラスが正八面体に変化した。

 この姿が、〈D-TOS〉の戦闘体形なのだ。

 

「では、行くぞ」

 

 ユウキが一言、言い置いて。二人と一機は、〈天使〉の迫り来る方角へと飛び立った。

 

 

  †

 

 

 中継基地から、北西に約十五分。飛行魔導で巡航したその先に、〈天使〉と戦う仲間の戦場はあった。

 陽の光は地平線のすぐ傍にまで傾き、世界を赫々(かくかく)とした茜色で染め上げている。

 

 そんな空を彩るのは、地上の防衛陣地から撃ち放たれる緑色の光条と各種の対空火器。そして、幾度となく打ち上げられている地対空ミサイルだ。

 どうやら、この戦線に魔導士部隊は配置されていないらしい。空に咲くのは、爆炎と光条の織り成す刹那の花だけだった。

 

 茜色の西日が、先行する銀髪の少女を赤く染め上げている。

 

『戦闘区域に入る。各員の〈D-TOS〉を戦闘起動』

 

 淡々としたユウキの声に、『了解』とラプラスの応答が続く。

 ……先程から薄々感じてはいたが。どうも、この〈D-TOS〉は使用者とのコミュニケーションを取りつつシステムの稼働を行うらしい。

 いったい、どんな効果を期待してこんな機能をつけたのだろうか。ミユキにはさっぱり分からない。

 

【〈D-TOS〉戦闘起動開始。飛行魔導を巡航状態から戦闘状態へと移行】

 

 脳内に、無機質な機械音声が通る。

 〈D-TOS〉の音声は、精神接続(クロッシング)を通じて直接脳内へと情報が送られている。そのため、実際にはそのアナウンスは百万分の一秒(マイクロセカンド)以下の速度で伝達され、そして処理されているのだ。

 

 背中の純白の翼が、微かに実体味を帯びて速度と揚力が上昇する。

 続いて、視覚と各種神経系の感応速度が強化され、高機動戦闘に耐えうるように身体機能と呼吸器系が強化される。

 

 ……これで、戦闘適応処置は完了した。

 

【〈魔導銃(レーヴァテイン)〉および〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉を起動。――――全〈D-TOS〉戦闘起動を完了】

 

 手に持つ小銃が幻の熱を帯び、左右に提げた長剣が鞘の隙間から微かな青色をこぼれさせる。

 右目の視界を拡大させて、眼前の敵を捉える。

 

「……あれが、〈天使〉」

 

 思わず、呟いていた。

 人間のような形状をしながらも、顔のパーツは何一つ見当たらない。全身を構成する光の物質が極光を放ち、赤い空に不自然な白色をくっきりと浮かばせていた。

 そして。その背にあるのは、〈天使〉の名に相応しい純白の翼だ。

 自身の全高と同じぐらいの純白の翼を悠然と広げて、〈天使〉どもは茜色の空から眼下の対空部隊を蹂躙している。 

 

『対〈天使〉戦闘の方法は熟知しているな?』

 

 ユウキの言葉に、ミユキはこくりと頷く。

 

「あいつらの中にある(コア)を壊せばいいんだろ?」

 

 (コア)。〈天使〉どもをこの世界に存在させうる、自然の全元素の集合体だ。

 それさえ破壊できれば、〈天使〉は消滅する。

 

『その通りだ。……ミユキ、お前は、お前の戦い方で敵を撃滅しろ。私はお前の援護にあたる』 

 

 その言葉に、ミユキは一瞬逡巡して。

 

「わかった!」

 

 言うのと同時。ミユキは〈天使〉の大群めがけて〈魔導銃(レーヴァテイン)〉を撃ち放っていた。

 それと同時に左腰の剣を抜き放ち、〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉の放つ(あお)い燐光がいつにも増して煌めく。

 

『今回の出力は二〇〇%で設定してあるから安心しろ。……訓練通りにやれば、お前も隊長も死ぬことはない』

 

 荒々しく、けれども不思議と安心感のある声だった。

 ラプラスの言葉に、ミユキはこくりと頷いて。

 

【飛行魔導を超加速(ブースト)

 

 直後。〈天使〉に向かって突撃を開始した。

 

【感応速度を三五〇%へと強化。身体機能を六〇〇%に一時強化(ブースト)

 

 いつもよりも遅く見える世界を、ミユキは一振りの〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉片手に()け抜ける。

 目指すは敵集団の中央、もっとも大きな個体の〈()()使()〉だ。

 

 一概に〈天使〉と言っても、その姿や能力は様々である。

 今、空に蔓延っているのは二種類。〈大天使(アークエンジェル)〉と、それを指揮統制する〈主天使(ドミニオン)〉だ。どちらも不自然なほどくっきりとした白い光の人型に、純白の翼を持った、開戦以来から存在する〈天使〉である。

 

 〈主天使(ドミニオン)〉さえ倒せば、周囲に存在する大量の〈大天使(アークエンジェル)〉どもは指揮系統を失い、一時的にであるがただの有象無象と化す。

 だが。コンマ数秒の判断が命取りになる戦場にとって、その隙は敵を撃滅するのに充分すぎる時間となる。

 そして。ミユキはそれを可能にするだけの速度と〈D-TOS〉適合率を持ち合わせていた。

 

 〈大天使(アークエンジェル)〉の隙間を通り過ぎ、ミユキは〈主天使(ドミニオン)〉目掛けて突き進む。

 あらゆる方角から〈天使〉の放つ青の光条が降り注ぎ、けれどもミユキはそれを片っ端から(かわ)し、〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉で斬り払っていく。

 

 眼前に、〈大天使(アークエンジェル)〉が立ち塞がる。

 回避は不可能と判断し、〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉を構える。進行方向を僅かに左へとずらし、進路を確保。直後。通り抜けざまに蒼刃(そうじん)が一閃。

 肉を切り裂く感覚は一瞬、〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉はそのまま〈大天使(アークエンジェル)〉の(コア)へと到達する。

 

 硬い宝石のような感触を、剣の柄越しに感じる。構わず、振り抜く。

 真っ二つに割れた(コア)は異様な音を生じさせ、粉々に砕け散る。直後、背後に極光の爆発が巻き起こった。

 

 肌を焼くような熱量を背中に感じながらも、ミユキはそれを追い風にして更に奥へと突き進む。

 周囲でいくつもの爆発が巻き起こり、ミユキの進路の安全を確保する。ちらりと右上ななめ後ろを見ると、そこには〈魔導銃(レーヴァテイン)〉を構えるユウキが併走していた。

 

 〈D-TOS〉の送る位置情報によると、ラプラスは地上の防衛陣地に隠れている。〈D-TOS〉は、近ければ近いほど魔導の起動速度が早くなる。そのため、後方ではなくできるだけ前線に居てくれるのは、こちらとしてもありがたい。

 

『私が〈主天使(ドミニオン)〉の注意を誘引する。その間にお前がやつの(コア)を破壊しろ』

「わかった!」

 

 直後。ユウキの射線が〈主天使(ドミニオン)〉へと振り向けられた。

 連射された緑の光条は、一発目に頭部、二発目と三発目がそれぞれ左右の翼へと直撃。以降の射撃は全て胸部、(コア)のある場所へと殺到する。が。そこには傷一つ付いていない。

 

 〈主天使(ドミニオン)〉が動く。

 パーツのない頭部をユウキへと向け、周囲の虚空からいくつもの青い光条を彼女に向けて撃ち放つ。同時に近くの〈大天使(アークエンジェル)〉を招集。あらゆる方角から放たれる光条に、ミユキは思わず悲鳴のような声を上げる。

 

「ユウキ!?」

 

 対して、

 

『このぐらいならばどうとでもなる! お前は速く(コア)を破壊しろ!』

 

 怒鳴る少女の声に、ミユキは視線を眼前の〈主天使(ドミニオン)〉へと振り向ける。

【〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉の出力を五〇〇%に一時強化(ブースト)

 蒼い刃が更に煌めきを増し、光の刃が実体の二倍ほどにまで延伸される。

 

『それで全部たたっ斬れるはずだ!』

 

 通信機に響く、ラプラスの声。

 それに呼応するかのように、ミユキは〈主天使(ドミニオン)〉の胸部目掛けて吶喊(とっかん)する。大きく振りかぶり、虚空に向けて(あお)光刃(こうじん)を振り下ろす。

 

 がぁん! という音とともに、刃は虚空に生じた紫の障壁と激突した。

 個体防壁。それが、この半透明の障壁の名だ。〈天使〉ならば必ず持つそれは、衝撃の九〇%を吸収し、通常兵器の火力を著しく減少させる。

 〈魔導銃(レーヴァテイン)〉を手放し、右腰の剣を振り抜く。

 

【〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉を並列起動。――〈D-TOS〉使用者の脳内使用率が一〇〇%を突破】

 

 しかし。人体保護プログラムは発動されない。

 構わず、右手の〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉と同じ五〇〇%にまで一時強化(ブースト)し、〈主天使(ドミニオン)〉の個体防壁を今度こそ打ち破る。

 

 そのまま、突撃。

 右手の〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉で光の肉体を斬り裂き、(コア)までの侵入経路を構築する。左手の剣でそれを更に広げ、三撃目。

 右手の〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉を突き刺そうとした――その時だった。

 

 

『【全ては、一に(かえ)る】』

 

 

 直接脳内に入りこんできた“音”に、ミユキの動きが止まる。

 不愉快と吐き気が支配する中に、不自然な喜びと安堵感が生まれてくる。

 

『【個は一に(かえ)る。全ては、神に帰す。全ては、一つに戻る】』

 

 意識がだんだんと薄くなり、この“音“に何もかもを委ねたくなる。自分の全てが消失していくような感覚がして――

 

 ――いやだ!

 

 頭を振って、ミユキは“音”の残響を振り払った。

 まだ、おれは消えたくない。

 まだ、おれはユウキになにもできていない。

 まだ、おれはここにいなきゃならない。

 

 一度距離をとり、下唇を噛み切って意識を強引に取り戻す。修復しつつある肉体を視界の中央に捉え、〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉の切っ先を突き立てる。

 そのまま、(コア)へと直進。極彩色の宝石へと突き刺さった剣を、縦方向に振り抜いた。

 

 〈主天使(ドミニオン)〉の(コア)が粉々に砕け散り、純白の身体が更なる極光に光り輝く。

 咄嗟にその場を退避して――直後、〈主天使(ドミニオン)〉は極光と大熱量を撒き散らしながら爆散した。

 視界が白い光に()かれるさなか、通信機にラプラスの切羽詰まった声が届く。

 

『精神保護プロテクトの上書きを完了した! ――すまん、一次精神保護を突破されていた! 二人とも大丈夫か!?』

『私は大丈夫だ。ミユキは、』

「おれも、大丈夫だ」

 

 二人の応答に、ラプラスはほっとした音声を上げる。

 それもそのはずか、とミユキは思う。なぜなら、あの“音”は、心地の良い感覚に身を委ねたら最後、二度とかえってくることはできないのだから。

 

「……あれが精神侵入、か」

 

 平静を装いながら、ミユキは呟く。

 先程の“音”は、精神侵入と呼称される〈天使〉に共通した攻撃方法の一つだ。

 

 どんなに強い魔導士であろうが、あの音に意識を預けてしまうだけで、その人はこの世界から()()()()()

 〈天使〉と同じように、全身を光に変換されて、何も残さずに消え去ってしまう。

 動きを止めた〈大天使(アークエンジェル)〉を傍目に、ユウキが緊張感を緩めずに告げる。

 

『あとは残った〈大天使(アークエンジェル)〉を掃討すれば、この戦闘は終わる。……くれぐれも、気は抜くんじゃないぞ』

 

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